ギリシア叙事詩断片集

[底本]
Greek Epic Fragments
From The Seventh To The Fifth Centuries BC
Edited and Translated by
Martin L. Ewst
harvard University Press, 2006.




[序]

 「叙事詩(epic)」という用語は、初期のあらゆる六脚律の詩(hexameter poetry)(例えば、ヘーシオドスやエムペドクレースの諸作品を含む)にしばしば適用される。現在では、通常、遠い過去の出来事に関する物語風の詩に限定される。この範疇は、本来は特定の英雄の挿話や一連の挿話の物語に関連する詩と、一族、諸々の族民、その交友関係や婚姻関係の長期にわたる歴史に関連する詩との間に、区別が設けられている。前者においては、これをわれわれは英雄詩と呼ぶのであるが、行為は数日、数週間、たいていは数年間に及ぶ。後者においては、これをわれわれは系譜学的・好古的詩と呼ぶことができるが、数多の世代に及ぶのである。

 この区別は便宜的なものであって、絶対的なものでないのは、どちらの種類の詩群も、他方の要素を含みうるからである。ホメーロスにおいては、6世代ないし8世代をさかのぼる系譜論をわれわれはそこここに見出すし、系譜論的・好古的詩の最初の例である偽ヘーシオドスの『名婦鑑』においては、個々人に付せられた英雄的物語の要約が系譜論の中に現れるのをわれわれは見出すのである。

 古代の叙事詩は、伝承的な素材の縮図であったから、抒情詩やエレゲイア詩、あるいはイアムボス詩にあるような作者の輪郭をはっきりさせるという感覚は必ずしもなかった。少数の後期叙事詩、例えばエウガンモーンの『テレゴニー』やパニュアッシスの『ヘーラクレア』は、特定の作者としっかり結びついていたが、たいていは題目によって匿名的に引用されるのが常で、作者の同一性についてはしばしば不確実なのが現実であった。多くの作者は、古代を通じて、名声を選ぶのではなく、「『キュプリア』の詩人」というような言い廻しを好んだのである。

英雄詩・叙事詩の環

 英雄的範疇において同一視できる詩群は、2つの大きな環(テーバイ環とトローイア環)の1つに属するか、2人の独立した大英雄たち(ヘーラクレースとテーセウス)の1人の功業に関係するか、いずれかである。その他の叙事詩(例えば自己充足した『アルゴナウティカ』)は、少なくとも口承の中には存在したにちがいないが、もしも書きつけられることがなかったとしたら、早い段階で消滅していたであろう。

 前4世紀に、おそらくは逍遙学派の中で、「叙事詩の環(ejpoko;V kuvkloV)」が引かれた。実際は読書目録で、少なくともトローイア叙事詩を含み、おそらくさらにもっと広い集まりであったろう。詩群は、多かれ少なかれ連続した筋をたどれるよう(実際は、それらの幾つかは主題において重複するにしても)順序正しく読まれることのできる集成として扱われるべきであった。プロクロスがその『文学便覧(Crhstomavqeia)』の中に記述している「叙事詩の環」は、神統紀に始まっており、その結果、物語は世界のはじまりから英雄時代〔Photius, Bibl. 319a21-30〕の終わりにまで及んでいる。

 諸々の叙事詩は、古典期によく知られており、また、ステーシコロスやピンダロスのような詩人たちや悲劇作家たちは、広範囲にわたってそれらに話を向けた。後に、それらは人気を失った。トロイアの情景を描いたヘレニズム期の芸術家たち、「環の詩人」と呼ばれ、それを基にした詩人たちは、おそらくはもはや散文の梗概を用い、原典は使用していなかったであろう。しかしながら、詩群の幾つかは後2世紀になってもまだ、パウサニアスやアテーナイオスのような一部の物書きたちに伝存していたように見える。


forward.gifテーバイ環