ノストイ

[解説]
 『オデュッセイア』の詩人は、叙事詩の主題としての「アカイア人たちの帰還」(1.326, 10.15)にもよく通じており、その背景のもとにみずからの叙事詩を構成した。他の英雄たちの帰還に対する彼の言及は、叙事詩の環の帰還の内容とかなり一致している。一方、叙事詩の環の詩人は、オデュッセウスの帰還への簡単なほのめかし(マローネイアでの出会い)をしているにすぎないように見える — 疑いもなく、分離した『オデュッセイア』がすでに流布していたからであろう。

 英雄たちの多くは、波乱のない帰郷をはたした。大多数の帰還物語は、(a) ロクロイのアイアースのように、トロイでの神聖冒涜罪に対する罰として溺死する。(b)アガメムノーンのように、故郷に到着したとき殺される。これに続くのが、数年後、オレステースの復讐である。この物語の中に、メネラーオスの位置はない。それゆえ、彼の帰還は、兄の所業からは切り離され、まさしくオレステースの所業後まで延期させられたのである。アトレウスの2人の裔〔アガメムノーンとメネラーオスの兄弟〕の帰還は、この叙事詩全体の枠を形成した。つまり、彼らを離ればなれにした仲違いにはじまり、メネラーオスの遅すぎる期間に終わるのである。事実、アテーナイオスはこの詩を『アトレウスの裔の帰還』として引用している。

 ここに組みこまれた他の物語のうち、コロポーンでのカルカースの死は、クラーロスでの神託の拠り所と結びついている[註]一方、ネオプトレモスのモロッソス地方への旅は、そこに彼が王国を設立する伝説と、彼の血を引くことに対する地方の支配者たちの要望を含意をする。まったく不明なのは、パウサニアスによって(fr. 1に)挙証されている「冥界や、そこでの身の毛のよだつ事柄」という説明によってこの叙事詩の中に占められている位置と、連続する断片の全体(2-8)のありそうな文脈である。それほどありそうでもなくはない示唆は、アガメムノーンと、彼とともに殺された者たちの亡霊が、『オデュッセイア』24.1-204における求婚者たちの亡霊のように、冥界にやって来たと記述されているということである。

[註]『エピゴノイ』fr. 4と比較せよ。この地方に対する詩人の関心は、彼がコロポーン人であったというエウスタティオスの確信にいくらかの色を付ける。他の出典はトロイゼーンのアギアースの作品に帰するけれども。




ノストイ(Noovstoi)
アトレウスの後裔の冥界下り(=Atreidw:n kavqodoV)

TESTIMONIA

Schol. Pind. Ol. 13.31a, 後のエウメーロスのTESTIMONIAを見よ。

Hesychius Milesius, Vita Homeri 6
 他にも幾つかの詩作品が彼に帰せられる。『アマゾニア』『小イーリアス』『ノストイ』等々。

Suda ν 500
 novstoV。家郷への帰還〔の意〕……『ノストイ』を讃美する詩作者たちも、できるかぎりホメーロスに追随している。
ex marg. add. codd. GM.〔写本欄外の書き込み〕
 『アカイア人たちの帰還(NovstoV =Acaiw:n)』を書いたのはひとりではなく、他にも幾人か居るようである。

Eust. Od. 1796.52
 『ノストイ』を書いたコロポーンの人……(『テーレゴニア』fr. 6)。


ARGUMENTUM

Oroclus, Chrestomathia, suppleta ex Apollod. epit. 6.1-30
 以上に続いて、トロイゼーン人アギアースの『ノストイ』5巻。内容は以下のとおり。

 (1)アテーナーは、出航をめぐって、アガメムノーンとメネラーオスとを争わせる。そこでアガメムノーンの方は、アテーナーの瞋恚を宥めるため、延期する。ディオメーデースとネストールは、船出して家郷へ無事帰着する[1]。彼らの後でメネラーオスが出航するが、<嵐に見舞われて、Ap.>五艘とともにアイギュプトスにたどりつく。残りの船は大洋で破滅したのである[2]。

 (2)また、カルカース、レオンテウス、ポリュポイテース[3]の一行は、陸路コロポーンに進んだが、テイレシアースが[4]<カルカースが Ap.>そこで命終したので、埋葬する。

 (3)また、アガメムノーンの一行は、出航せんとするとき、アキッレウスの亡霊が現れて、何が起こるかを予言して妨げようとする。<そこでアガメムノーンは供犠した上で船出し、テネドスに寄港する。しかしネオプトレモスをば、テティスが現れて、2日間とどまり供犠するよう説得する。彼はとどまるが、船出した者たちは、テーノスあたりで嵐に遭う。アテーナーが、ヘッラス人たちに嵐を送るよう、ゼウスに要請したからである。そして多数の船が沈む。Ap.>次いで、カペレウスの断崖[5]あたりの〔嵐〕と、ロクリス人アイアースの破滅が説明される。<そして〔アイアースの遺骸は〕海岸に投げ棄てられていたのを、テティスがミュコノスに埋葬する。Ap.>

 ネオプトレモスの方は、テティスが忠告したので、陸路を進む。そしてトラケーにたどりついて、マローネイアでオデュッセウスと遭遇する。そして旅程の残りを終え、命終したポイニクスを葬る。自身はモロッソス人たちの所までたどりつきペーレウスに認知される[6]。

 (5)次いで、アイギストスとクリュタイメーストラとによって亡き者にされたアガメムノーンの、オレステースとピュラデースによる復讐(timwriva)と、メネラーオスの自分の〔王国〕への復帰[7]が〔語られる〕。

[1] 『オデュッセイア』3.130-183を見よ。
[2] 『オデュッセイア』3.276-300を見よ。
[3] アポッロドーロスはアムピロコスとポダレイリオスとを加える。
[4] アポッロドーロスはカルカースだという。こちらの方が意味はよく通じる。
[5] エウボイアの南端、東面した岬。アイアースの死については、『オデュッセウス』4.499-510を見よ。
[6] アポッロドーロスが言うには、戦争に勝ってモロッソス人たちの王になったと、また、アンドロマケーが彼に息子モロッソスを生んだという。
[7] 『オデュッセイア』3.303-312を見よ。


断片集

1 Paus. 10.28.7
 オデュッセウスを扱ったホメーロスの詩であれ、いわゆるミニュアース、『ノストイ』であれ(たしかにこれらのなかにも冥界や、そこでの身の毛のよだつ事柄への言及があるが)エウリュノモスというダイモーンのことは何も知らない。

2* Et. Gen., Magn., Gud. s.v. nekavdeV
 叙事詩環の作品の中では、亡霊はnekavdeVと言われる。

3 Ath. 281b
 詩人たちの言うところでは、昔のタンタロスも快楽主義者だったという。とにかく、『アトレウスの裔の帰還』の作者によれば、彼は神々のところに赴き、神々とともに暮らしている間、ゼウスから、何でも所望するものを申せと言われた。で、彼は飽くなき享楽への志向を持っていたので、そういうことを述べ、神々と同じ生き方をしたいと言った。その願いにゼウスは怒ったが、約束を覆すわけにも行かないので、そのとおりにしてやった。ただし、眼前にあるものを楽しむことはできず、たえず不安同様の状態にいるようにさせた。つまりゼウスは、彼の頭の上に石を吊して、それで眼前にあるもの何ひとつにも手を出せなくした、というわけだ。

4 Paus.10.29.6
 『ノストイ』の詩句によれば、クリュメネーはミニュアースの娘で、彼女はディオーンの子ケパロスと結婚し、自分たちにイーピクロスという子を生んだという。

5 Paus. 10.30.5
 これらの上にマイラが石の上に坐っている。『ノストイ』の中で彼女について詩作されているところでは、まだ処女のまま人間界から逝った、この処女はテルサンドロスの子プロイトスの娘で、これ〔テルサンドロス〕はシーシュポスの子である。

6 Argum. Eur. Med.
 彼〔イアソーン〕の父親アイソーンについては、『ノストイ』を詩作した人が次のように謂っている。

すると、たちまち、〔メーデイアは〕愛するアイソーンを若々しい青年にした。
熟練の工夫にて老いを脱がせて。
黄金の鍋の中で、数多の薬草を煮えたぎらせて。

7 Clem. Strom. 6.12.7
 そしてテオースのアンティマコスが、(Epigoni fr.2)「なぜなら贈り物から数多の災悪が人間界に生まれるのだから」と云うところで、アギアースが〔次のように〕詩作した。

なぜなら、贈り物は人間どもの理性を、あるいはまた行いを、たぶらかせるのだから。[註]

おそらくは、エリピューレーの収賄のほのめかし。

8 Schol. Od. 2.120
 ミュケーネーは、イーナコスと、オーケアノスの娘メリアーとの娘。彼女とアレストールとの子がアルゴスだと、叙事詩の環の中で関係づけられている。

9 Philod. De pietate B 4901 Obbink
 アスクレーピオスはゼウスによって殺されたと、ヘーシオドスが書いている……『ノストイ』の中でも言われている。

10 Poculum Homericum MB 36 (p. 101 Sinn)
 詩作者アギアースに倣って、『アカイア人たちの帰還』から。アガメムノーンの死。アルクメオーンと、アイアースの子メーストール、3番めの人物の名は判読できない。食卓に就いているところを襲われている。襲撃者はアンティオコスとアルゲイオス。

11 Apollod. Bibl. 2.1.5
 〔ナウプリオスが〕娶ったのは、悲劇作家たちの言うところでは、カトレウスの娘クリュメネー、『ノストイ』を書いた人によれば、ピリュラーを……そして生んだのは、パラメーデース、オイアクス、ナウシメドーン。

12 Ath. 399a, "yuvai"
 『アトレウスの裔たちの帰還』を詩作した人が、第3巻の中で謂っている。

イーソスをば、ヘルミオネウスは俊足で追いかけ、
腰をやりにて刺せり。[註]

[註]ヘルミオネウスは多分メネラーオスの息子で、戦闘では、アイギストス勢に対してオレステースの手助けをした。

13 Schol. Od. 4.12, "ekj douvlhV"
 彼女がである[3]、とアレクシオーンは〔云う〕……『ノストイ』の詩人が〔云う〕には、ゲティス[4]。

[3] メネラーオスは女との間にメガペンテースをもうけた。その女は奴隷であった、という意味。
[4] おそらくその女の名前はゲティスという意味であろう。しかし、詩人はおそらく"ejk douvlhV GevtidoV"〔女奴隷=ゲタイ人の女〕と言ったのであろう。ゲタイ人に言及した最初。


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