オルペウスの諸神讃歌(1/2)
(41)
メーテール・アンタイア〔厄除け母神〕讃歌
薫き物は香草
厄除けの(ajntaiva)女王、女神、不死なる神々ならびに
死すべき人間ども両方の名号数多なる母よ、
御身はかつて、嘆きにくれて、おちこち経巡って、探し求め、
不食のままエレウシスの渓にたどりつき、
冥府へ、尊いペルセポネイアのもとに赴かれた、
デュサウレースの聖らなる子を道案内人として連れて、
聖らなるゼウス・クトニオスの聖らなる婚礼の告知者、
神さびたエウブゥロスをば、死すべき身の者の必要からお産みになったかた。
いざ、女神よ、御身に請い願わん、祈願者数多なる女王よ、
御身の厳粛なる密儀に、慈悲深き方として来たりたまわんことを。
(42)
ミセー讃歌
薫き物は蘇合香
テスモポロス[077]なる、茴香の杖携えるディオニューソスをば呼ばわらん、
恨みはてなき種子なる名号数多なるエウブゥレウス、
聖潔、厳粛にして、男性なる、御女神ミセー、
男性にして女性、二重の自然本性もつ、救いのイアッコス[078]を。
御身がエレウシスの神殿[079]の供犠を悦ばれようと、
プリュギエーにおいて母神とともに秘儀を執り行われようと、
あるいは、キュテーラに坐す花冠も美事なかたとキュプロスを悦ばれようと、
あるいはまた、麦もたらす聖らな平野を、
アイギュプトスの河のほとりで、黒衣纏える厳かなイシスとともに悦ばれようとも。
好意持ち、秘儀の善き褒賞のために来たりませ。
(43)
ホーラーたち[080]への讃歌
薫き物は香草
テミスとゼウス御神との娘御たるホーラーたち、
エウノミアー〔秩序〕、ディケー〔正義〕、多幸なるエイレーネー〔平和〕、
陽春の、草地の、花咲き乱れる、聖らなる、
彩り見取り、花咲きにおう風に香りも高き、
永久に咲くホーラーたち、巡廻する、容色甘き、
咲き乱れる花々の、露しげき外套に身を包む方々、
<聖らなる>ペルセポネーの父を同じくする姉妹、モイラたちと
カリスたちが円舞によって、光の中へと引き上げた、
ゼウスと、果実もたらす母とに懇ろに。
密儀の新参者たちにとって目出度く神々しい秘儀に来たりませ、
好機の実りよき産物をつつがなく案内して。
(44)
セメレー讃歌
薫き物は蘇合香
我が勧請するは、カドモスの乙女子にして、万物の女王、
器量よきセメレー、美豆良も慕わしく、胸襞深いかた、
茴香の杖持つ、陽気至極なディオニューソスの母親、
火走る光線によて大いなる苦痛を
クロノスの御子ゼウスのおぼし召しで、不死に与った、
死すべき身のはかなき者らの中で、三年に一度ごとに
尊いペルセポネーから誉れを得られるかた、
御身の〔子〕バッコスの産みの陣痛を経験したもうたゆえに
厳粛な宴と、清潔なる密儀を
今、御身に、女神よ、請い願わん、カドメイアの乙女なる御女神よ、
和やかな心を呼び寄せて、密儀に与る者たちのもとに常にいますよう。
(45)
ディオニューソス・バッサレウス・トリエテーリコス[081]の讃歌
来たりませ、浄福のディオニューソス、火中に生まれ、牡牛の面したるかた、
バッサロス〔=バッサレウス〕・バッケウス、名号数多なる、全能者、
御身、剣と、そしてまた血と聖なるマイナスたちとを歓び、
オリュムポスにてエウ・ハイの声をあげ、猛り吼える、†狂えるバッコスよ、
茴香の杖持つ、恨み尽きせぬかた、あらゆる神々に崇められ、
地上に居住するかぎりの、はかなく死すべき身の者らにも崇めらるるかた。
来たりませ、浄福なるかた、跳びはねつつ、数多の悦びを万人にもたらすために。
(46)
リクニテース(唐箕神)[082]讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
これらの祈りに、唐箕神ディオニューソスを勧請せん、
ニューサ生まれの花と咲く、渇望されてきた、陽気至極なバッコスを、
ニュムペーたちと、花冠もよろきアプロディーテーとに愛された若枝、
御身、かつて、舞踏する足取りで森の中で跳びはね、
狂気に歓喜するニュムペーたちとともに駆け抜け、
また、ゼウスのはからいで、尊いペルセポネーのもとに
連れ行かれ、不死なる神々に愛されるものに育てあげられたかた。
陽気に来たりたまえ、浄福なかたよ、そして悦ばしい供犠を享けたまえ。
(47)
ペリキーオニオス[083]讃歌
薫き物は香草
我が勧請するは、バッコス・ペリキオニオス、酩酊の授け手、
御身、カドモスの館全体を包みこんだ
大地の鳴動を退けて、力尽くで鎮められた、
火をもたらす閃光が、烈風の轟音によって全地を
揺るがせた時に。まさに、万物の束縛を跳び出させたかた。
来たりませ、浄福なかたよ、バッコス祭に、楽しき心もて。
(48)
サバージオス[084]讃歌
薫き物は香草
耳傾けたまえ、父よ、クロノスの御子、ザバージオス、栄えある神霊よ、
御身はバッコス・ディオニューソスを、つまりおらぶ、エイラピオーテース〔「縫いこめられたる者」の意〕をば、
太腿に縫い込めたもうた、長じての後、来たらんがために、
頬うるわしきヒプタ[085]のいます神さびたるトモーロスへと。
いやむしろ、浄福なる女神、プリュギアーをしろす、万物の王者たるにふさわしい方よ、
好意をいだく助け神として、秘儀執り行う者たちに臨みたまえかし。
(49)
ヒプタ讃歌
薫き物は蘇合香
ヒプタを勧請せん、バッコスの養い親、娘御、
聖なるサボスの秘儀を執り行う入信者たちと、
咆吼とどろかすイアッコスの夜の合唱舞踏隊に崇められる女神を。
わが祈りに耳を傾けたまえ、大地の母、女王様、
よしや御身が、プリュギアなる聖なるイーデーの山に住持なさろうと、
あるいはトモーロスが御身を嘉したまい、リュディア人たちに美しき舞踏場をも。
祭儀に来たりませ、神聖なる尊顔に喜色をたたえて。
(50)
リュシオス・レーナイオス〔レーナイオンの解き放ちの神〕讃歌
薫き物は乳香
耳傾けたまえ、浄福なるかた、ゼウスの御子、バッコス・エピレーニオス〔葡萄収穫期のバッコス〕、二人の母もつかた、
恨み尽きせぬ種子、名号数多にして、解き放ちのダイモーン、
浄福なものらの聖なる隠し子、エウ・ホイのバッコス、
肉付きよく、実りよく、賑々しい実りを増やす方、
収穫月の、大いなる力を揮う、千変万化の方、
死すべき身の者らの労苦止める方として現れる御神、聖なる花、
解き放ちの神、茴香の杖もて荒れ狂うブロミオス、エウ・ホイの神、万人に陽気な方よ、
死すべき身の者らと不死なるものらとのうち、御身が好む者らに、†示現したまえ、
今こそ御身を呼ばわらん、密儀に与る者らに、喜んで果実もたらすかたとして来たりたまわるよう。
(51)
ニュムペーたち[086]讃歌
薫き物は香草
ニュムペーたちよ、気象大いなるオーケアノスの娘御たち、
大地の、水分の通路たる奥処に住まいを有し、
秘かな走路、バッコスの養育者、地界の、賑々しいかたがた、
実りもたらす、野のニュムペー、斜行する、聖らなかたがた、
洞穴に現れ、洞窟を悦び、上天を通う、
水源の、駈け、露をまとい、足取り軽く、
現れ、消え、谷間のニュムペー、花咲き乱れ、
パーンとともに山々をスキップし、エウ・ハイの声を挙げ、
岩から流れ、鋭く澄み、唸り音あげ、山々を渉猟し、
野生の乙女たちにして、泉と森に棲むかたがた、
香りよき乙女ら、白衣の、
山羊飼い、女羊飼い、獣好き、野生の木の実好き、
霜を悦び、やさしく、多くのものを養い、生長をもたらす、
ハマドリュアスのニュムペー〔樹の精〕、悪戯好き、水分の小径、
ニューサの生まれ、†気の触れた、パイアーンの叫び手、春の享受者、
バッコスとデーオーとともに、死すべき身の者どもに悦びをもたらすかたがた。
歓喜の気持ちをもって、縁起よき供犠に来たりませ、
生長養う季節に健やかな流れを注ぎつつ。
(52)
トリエテーリコス[087]讃歌
薫き物は香草
御身を勧請せん、浄福なる、名号数多なる、̸狂える[088]バッコスよ、
牡牛の角もつ、葡萄絞り器の神、火中に誕生した、ニューサ生まれの、解き放ちの神よ、
太腿に育まれた、唐箕神、†火の洗礼受けた秘儀の司(つかさ)、
夜のもの、エウブゥロス、頭巾(mivtra)を被(かず)き、茴香の杖揮う方、
男の狂宴、三性もつもの、ゼウスの隠れた若枝、
最初に生まれた、ヘーリケパイオス、神々の父にして息子、
生肉喰いの、王笏保つ、舞踏に狂う、祭礼行進の導師、
三年に一度の聖らな静穏
地中より跳び出し、火と燃えさかる、†二度生まれの若者、
山を渉猟するかた[089]、有角で、仔鹿の皮をまとった、年ごとに祀られる、
黄金の槍もつパイアーン〔アポッローン〕[090]、†、葡萄の房に飾られた、
バッサレウス、常春藤を悦び、†数多の乙女もつ秩序†
来たりませ、浄福なかたよ、秘儀に与る者たちに常に悦びにあふれて。
(53)
アムピエテース〔年毎に祀られる神〕讃歌
薫き物は乳香、また乳を灌奠せよ
バッコス・アムピエテースを勧請せん、地上のディオニューソスを、
乙女たちと同時に、美豆良もよろしきニュムペーたちとともに目覚めたもう、
御身、ペルセポネーの聖なる館に寝み、
清潔なるバッコス年たる、三年の間眠りたまうかた。
三年ごとの祭列を再びみずから目覚めさせるとき、
帯よろしき養母ともども讃歌に向かいたもう、
めぐる季節にしたがって、就寝し、時を動かせる。
いざ、浄福なかたよ、緑の果実もたらし、角もつ、稔りのバッコスよ、
万神の秘儀に登りたまえ、つややかな顔に、
完熟した厳粛な果実にあふれさせつつ。
(54)
バッコスたちのシーレーノス・サテュロス讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
我に耳傾けたまえ、おお、いとも厳かなる養育者、バッコスの養父よ、
シレーノスたちのうちにも、とりわけ最善なる、あらゆる神々と、死すべき身のはかなき者らとに、
三年ごとの季節に尊ばれるかた、
清潔な儀式によって尊ばれる、長老、羊飼い宗団の秘儀の司、
エウ・ハイの声挙げる、帯もよろしき信女たちとともに醒めたるかた、
常春藤(キヅタ)被くナイスたちとバッコス信女たちとに嚮導されるかた。
こちらへ、万神の秘儀へ[091]、サテュロスたちと同時にありとある
獣の姿したものらのもとに、大男神バッコスのエウ・ハイの声挙げて、
バッコス信女たちとともにレーナイア祭の厳かな祭儀を捧げつつ、
秘儀に与る清潔な女たちに夜に現れる狂宴を示し、
エウ・ハイの歓呼挙げつつ、茴香の杖愛するかたよ、宗団に平安を見出して。
(55)
アプロディーテーに寄せて
薫き物は乳香
天来の、数多の讃歌に謳われたる、微笑愛するアプロディーテーよ、
わたつみに生まれたる、生成の女神、全夜を愛する、厳かなかた、
軛にかける夜の守り神、アナンケーの手管織りなす母神。
何となれば、万事は御身から生まれたゆえ、されば、御身は世界を軛の下に置き、
三界を支配したもう、すなわち、天界にあるものらも、
果実数多なる大地にあるものらも、わたつみの深みにあるものらも、
そのすべてを生み成したもうた、バッコスの厳かなる脇侍よ、
祝祭を愉しみ、エロースたちの婚礼の仕度する母、
婚礼の床悦ぶペイトー〔「説得」の意〕、隠秘の、悦び授ける女神、
目に見え、目に見えぬ、美豆良も慕わしく、立派な父を持つかた、
神々の婚礼の宴(うたげ)仲間、笏保つ、雌狼よ、
誕生与え、人を愛し、最も渇望され、生の与え手、
恋に狂う呪文によって、はかなき者らを
馬勒咬まされぬ必然に結びつけたもうかた。
来たりませ、キュプロス生まれの神さびた輩よ、オリュムポスにあれ、
神さびた女王よ、美しき顔に喜色を湛え、
乳香に富めるシュリアの座を護りたもうにせよ、
御身こそは†平野に、黄金造りの†戦車に駕して、
聖なるアイギュプトスの肥沃な河床を支配したもう、
ハクチョウの牽く馬車に乗り、わたつみの大波の上を
行きつつ、海獣の円舞を嘉したまい、
あるいは、ディア〔アルゴスの古名〕の地に蒼黒き顔したニュムペーたちを歓び、
砂浜を軽き戦車で†跳ねまわる。
御女神よ、御身を養い育てたキュプロス 美しき処女たちや、生娘のニュムペーたちがすべての年毎に
讃歌を捧げるのです、御身を、浄福なかたよ、不滅の聖らなるアドーニスを。
来たりませ、浄福なる女神、惚れ惚れする形姿の持ち主。
いざ、厳かな魂を以て、清潔な言葉によって御身を呼ばわらん。
(56)
アドーニス讃歌
薫き物は香草
我が祈りに耳傾けたまえ、名号数多なる、最善のダイモーンよ、
繊細な髪をして、荒野を愛するかた、渇望の痛苦に溢れる、
エウブゥレウス、千変万化の、万物の顕著な養親、
若者にして乙女、……永久に††満開の、アドーニス、
めぐる美しき季節にともない、消え、また現れる[093]、
生長を扶け、二本の角はやし、いとも慕わしい、涙流して崇められるかた、
形姿輝く、猟する者たちを歓ぶ、長髪も繁き、
心も愛しい、キュプリスの甘き愛童、エロースの若枝、
巻き毛も愛らしいペルセポネーの寝床に産まれたかた、
御身、かつて澱んだタルタロスの下に住まいし、
そして再び、オリュムポスへと、季節の果物を伴い来たりたまうかた。
来たりませ、浄福者よ、秘儀に与る者たちのもとに、大地から諸々の果実を連れて[094]。
(57)
ヘルメース・クトニオス讃歌
薫き物は蘇合香
コーキュトスの畔、必然の帰らざるの路に住みたもう
御身、死すべき身の者どもの魂たちを、大地の下界へと案内したもう、
ヘルメース、バッコス祭を主宰するディオニューソスの裔、パピアに坐す乙女、眼差し迅きアプロディーテーの〔裔〕、
御身、ペルセポネーの神殿に奉仕し、
病めるさだめの魂どもにとって大地の下に導く役をつとめ、
定めの時が到るや、それらを降下させたもう、
神々しき杖もて、†眠りを授けられた万物を魅了しつつ、
そしてまた、眠れる魂たちを目覚めさせつつ。なぜなら、御身に
広きタルタロスに、女神ペルセポネー
死すべき身の者どもの久遠の魂たちに道を案内するよう。
いざ、浄福なるものよ、秘儀に与る者たちの為業に幸せな終焉を送りたまえ。
(58)
エロース〔恋〕[095]讃歌
薫き物は香草
わが勧請するは偉大、聖潔、慕わしく、甘きエロース、
弓に心得あり、有翼、火の走路を駈ける、速度も俊足の、
神々ならびに死すべき人間どもと戯れ、
才に富み、両性、万物の鍵もつかた、
天なる霊界、海、大地の、さらには死すべきものらのために、
万物産む神的な風が、緑の果実をもたらすものとして養うかぎりのもの、
タルタロスが、はたまた潮海轟かす海洋が広くもてるかぎりのものを。
何となれば、これらすべての舵を握るは、御身のみなればなり。
いざ、浄福なかたよ、浄福な秘儀の覚知者たちとともに来たりませ、
そしてこの者たちから、場違いなつまらぬ衝動を防除したまえ。
(59)
モイラ(運命)たち讃歌
薫き物は香草
際限〔仮借〕なきモイラたち、かぐろきニュクスの愛し子たちよ、
我が祈りに耳傾けたまえ、名号数多なるかたよ、御身ら、天界の湖[096]のほとり
そこには、白き水が夜の熱によって
石よき洞穴の、滑らかな、蔭さす窪みに砕け落ちる、
はかなき者らの果て無き大地の上に住まうことを御身らは渇望したもうた。
そこから、はかなき〔人間の〕資格ある種族めざし、虚ろな望みもて、
密に織りあがった紫衣に身を包んで進みたもう、
定めの野に、そこには全地保つ戦車を駆り立てる、
裁きの栄光が、愁いに満ちた希望の、あるいはまた
オーギュギアの法と、際限なき法秩序の初めの果てから。
何となれば、清浄な生の内にあるはモイラのみ、雪いただくオリュムポスの頂きに住む不死なるものらのうち他の何びとも、
ゼウスの完全な眼さえもたぬゆえに。我らに生起するかぎりのことは、
モイラとゼウスの理性とが全時間にわたって知っておいでだから。
いざ、我によって祈願されたる、心優しき、気象やさしい、
アトロポス〔変えるべからざる女〕よ、ラケシス〔配給者〕よ、クロートー〔紡ぎ手〕よ、示現したまえ、よき父持つかたがたとして、
永遠なる、目に見えぬ、変えるべからざる、常に強情なかたがたとして、
すべてのものを授け、奪い去る、死すべき身の者らにとっての必然として。
モイラたちよ、神法にかなえる我が灌奠と祈りを聴き入れたまえ、
好機嫌なはからいで、秘儀に与る者たちのもとに苦しみ解き放つため来たりたまわんことを。
{モイラたちの目的を取り去りたまえ、オルペウスが}
(60)
カリスたち[097]讃歌
薫き物は蘇合香
我に耳傾けたまえ、おお、威名鳴り響くカリスたちよ、誉れも輝く、
ゼウスと、胸襞深きエウリュノメーとの娘子たち、〔すなわち〕
アグライアー〔輝く女〕、タレイア〔花の盛り〕、幸いなるエウプロシュネー〔陽気〕、
悦びの生みの女親、愛らしく、陽気で、聖なる女〔神〕たち、
千変万化の、永久に咲く、死すべき者らの憧れ。
願い事の女神、キュクラス衣の、紅潮した、奥床しき方々よ。
来たりませ、幸い授ける女〔神〕たち、秘儀入信者たちにいつも優しき方々よ。
(61)
ネメシス讃歌
薫き物は乳香
おお、ネメシス、御身を勧請せん、女神よ、最も偉大なる女王よ、
万物を見行(みそなわ)し、数多の氏族よりなる死すべき身の者らの生を覗き見る方。
永遠にして、厳格至極、ひとり義しい者たちを歓びたまい、
多様多彩な言葉を、絶えず定めなく変え、
はかなき者らがみな、頸に軛を置かれることを恐れてきた相手。
何となれば、御身の知はいつも万事を気遣い、言葉を軽蔑する魂は、
判別できぬ衝動のせいで、御身を忘却することもない。
万事を望み見、万事に聴き入り、万事を害したもう。
死すべき身の者どもの裁きは御身次第、至上最高のダイモーンよ。
来たりませ、浄福なる、聖潔のかたよ、秘儀に与る者たちに常なる加護者として。
そして善き精神を持つことを許したまえ、神法にかなわざる、
万事を軽蔑し、二股膏薬の考えをば止めさせて。
(62)
ディケー〔正義〕讃歌
薫き物は乳香
ディケーの眼を歌わん、万物見行(みそなわ)す、姿輝く方にして、
ゼウス御神の聖なる玉座にさえ坐し、
天上より、数多の氏族よりなる死すべき身の者らの生を見下ろし[098]、
不正なる者らに義しい罰を天降らせたもう、
公正の真理に不法事をすり寄せたまうかた。
死すべき身の者どもの悪しき考えを見舞う判定しがたき事はみな、
より多くを望む不正なる謀にとって、
ひとり御身のみがだしぬけに不正者たちに裁きを目覚めさせる。
不正者たちの敵だが、義しい者らには好機嫌なかたよ、
いざ、女神よ、義の女神としてしあわせな考えに示現したまえ、
生のふさわしい日が常に到達するように。
(63)
ディカイオシュネー〔義しさ〕讃歌
薫き物は乳香
おお、死すべき身の者らにとって、最も義しく、冥加に余る、渇望されるかた、
死すべき身の義しい者らを常に等しく嘉したもう、
まことに誉れある、冥加授ける、威光大いなるディカイオシュネー、
御身、清浄なる考えに悖るものらを常に害したまい、
その良心は常に不壊。何となれば、御身の打ち砕きたもうはすべて
御身の軛に服さざるかぎりのものら、†されど、その転覆によって†
強固な平衡棹を貪欲に傾けさせる。
無党争者にして、万物に愛され、お祭り好き、慕われる方よ、
平和を嘉し、堅実な人生を熱望する方。
何となれば、御身は常に過大を嫌い、平等を嘉したまうがゆえに。
というのは、御身においては徳の知がしあわせな終焉に至るゆえ。
耳傾けたまえ、女神よ、死すべき身のものらの悪を義しく打ち砕きて、
地の実りを食する死すべき身の人間どもと、
いずこなりと、母なる神さびた大地と、
わたつみの水に住まうゼウスとが、懐に抱きたもう
ありとある生き物とのしあわせな生が、常に平衡を保って進むように。
(64)
ノモス〔法習〕讃歌
不死なる者らと死すべき身の者らとの、聖らなる御男神をば呼ばわらん、
天来のノモス、星辰を組み分けする、義しい印章、
わたつみの、水中の、大地の、自然の確かさ、
上方から大いなる天をみずから運び案内する
法習にしたがって、常に党争なき、不均衡のなさを追究し、
†義なき妬みを†唸り音で追い立てる。
そして死すべき身の者どもにも生のしあわせな終わりを目覚めさせる方。
何となれば、ご自身のみが、生き物らの舵をば、
真っ直ぐ至極の知を集めて支配したもうゆえ、常に曲がることなく、
オーギュゴス的であり、経験豊か、何びとをも害することなく
諸々の掟とともに生き、不法な者らには悪しき弾を課して。
いざ、浄福者よ、まことに誉れある、冥加をもたらし、万人に渇望されるかたよ、
好意ある心をいだいて、御身の記憶を送りたまえ、並びなき勇者よ。
(65)
アレース[099]讃歌
薫き物は乳香
不壊にして、勢い猛、大いなる力を揮う、剛勇のダイモーン、
武具好きの、金剛、死すべき者の殺害者、城壁の毀し手、
御男神アレース、武具を鳴らし、いつも殺人の血汐[100]を浴びる者、
人殺しの血を悦び、戦いの騒音を立て、戦慄する者、
剣と投げ槍とをもって無趣味な戦闘を渇望するかた。
気の狂った争いを 、心悲しませる労苦を
キュプリス〔アプロディーテー〕とリュアイオス〔バッコス〕の祭礼の渇望へと傾倒せよ
武具の堅きを、デーオーの業に変えて、
祝福の授け手として、子を養う平和を渇望して。
(66)
ヘーパイストス[101]讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
気負い猛にして、大いなる力を揮う、倦むことなき火、ヘーパイストスよ、
輝く炎をよってきらめきわたり、死すべき者らに光をもたらすダイモーン、
光をもたらし、腕力揮い、永遠なる、術に生きる者、
功労者、宇宙の部分、咎なき元素、
あらゆるものに好奇心持ち、あらゆるものを打ち負かし、あらゆるものを超越し、あらゆるものを消費するもの、
霊気、太陽、星辰、月、けがれなき光。
これらをこそ、ヘーパイストスの四肢が死すべき者らに現前させるもの。
御身はあらゆる家を持ち、あらゆる都市、あらゆる族民、
死すべき者らの身体に住みたもう、雄々しきかたよ。
耳傾けたまえ、浄福なるかたよ、<御身を>供犠にかなえる献酒祭に勧請せん、
喜ばしき祭事に、いつも温和な方として到来したもうように。
倦むことなき火の怒りの狂気を止めよ、
われらの身体の内に自然の炎を保って。
(67)
アスクレーピオス[102]讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
万物の癒やし手、アスクレーピオス、大男神パイアーンよ、
病める人間どもの惨めな激痛に呪文をかけ[103]、
良薬授け、力強きかたよ、示現したまえ、健康を引き下ろし、
諸々の病を、死の辛い運命を止め、
生長を扶る、助力者、災悪祓い、冥加を授ける方、
ポイボス・アポッローンの誉れも輝く輝く、強き息子、
病の敵、ヒュギエイア〔健康〕の非の打ち所なき連れ合いよ、
来たりませ、浄福者、救主、人生のしあわせな終焉を付与したもうために。
(68)
ヒュギエイア〔健康〕讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
奥床しく、慕わしき、いとも滋養に富む、女王中の女王、
耳傾けたまえ、浄福なヒュギエイア、冥加もたらす、万物の母よ。
何となれば、はかなき者らにとって諸々の病は御身のおかげでこそ死に絶え、
御身のおかげでいずれの家も繁栄し賑わい、
術知も栄える。ただし、宇宙が御身を、御女神、渇仰するが、
ただ、いつも魂を滅ぼすひとりアイデースのみが御身を嫌う、
永久に栄え、最も祈願をこめられ、死すべき身の者らの休息場。
何となれば、御身なくして、人間どもにとって万事は無益。
何となれば、冥加授ける富も、富める者らにとってより甘美になることはなく、
成人も、御身なくしては、苦労を重ねて老齢に達することはないゆえ。
何となれば、御身のみが万事の覇者にして、万人にとっての御女神ゆえ。
いざ、女神よ、秘儀執り行う者たちのもとに、いつも加勢者として示現したまえ、
堪えがたき病の辛い不運を引きずり落として。
(69)
エリーニュスたち[104]讃歌
薫き物は蘇合香と〔乳香の〕粉末
耳傾けたまえ、まことに誉れある女神たち、咆え猛り、エウ・ハイの声挙げる、
ティシポネーとアッレクトーと神々しきメガイラよ。
夜の者たちにして、住み処を持つは秘かなる奥処、
ステュクスの聖なる水の畔なる、陰陰たる洞、
はかなき者らの神法にかなわざる謀に、いつも立腹し、
狂気し、居丈高に、責め苦にエウ・ハイの声を挙げ、
獣の皮をまとい、復讐者、御稜威高く、悲嘆をもたらす方、
アイデースの地の住人にして、畏怖すべき乙女たち、千変万化のかたがた、
朦朧とし、目に見えず、考え得るかぎりの俊足。
何となれば、太陽の敏速な炎も、月や[105]
知恵の徳や、活動的な勇猛さの†喜びや、
人生の麗しい若さのつややかさも、
御身らなくしては人生の好機嫌を目覚めさせることはないのですから。
いざ、ありとある死すべき身の者どもの際限なき輩を、常に
ディケーの眼をもって監視したまえ、法を行うかたがたとして。
いざ、神さびたモイラたちよ、もつれる蛇の髪した、千変万化のかたがたよ、
〔我が〕生の思いを、柔和にして浄福なものに変えたまえ。
(70)
エウメニスたち讃歌
薫き物は香草
我に耳傾けたまえ、好機嫌の忠告において、威名鳴り響くエウメニスたちよ、
偉大なるゼウス・クトニオスと、美豆良も美事な慕わしい乙女なる
ペルセポネーとの聖潔な娘御たちよ、
御身らは、不敬虔なる死すべき身の者らすべての生を浄め、
責め苦を課する、不正者たちの懲罰者、
蒼黒き女主人たち、その眼から煌めき放つのは、
反射光の、恐ろしき、肉を苛む輝き。
永遠の、見るも恐ろしい形相の、退る、万能の女神たち、
嘆く者にとって手足を萎えさせ、蓬髪、夜の、†数多の運命の女神、
夜の乙女たち、もつれる蛇の髪した[106]、見るも恐ろしい形相のかたがた。
御身らを勧請せん、神法にかなえるに精神に〔我を〕接近させたまうことを。
(71)
メーリノエー讃歌
薫き物は香草
メーリノエーを呼ばわらん、クロコス色のペプロス被(かず)く、地界の花嫁を、
御身は、コーキュトスの河口のほとりにて、厳かなるペルセポネーが、
聖なる婚礼の寝床にて、ゼウス・クロニオスによってもうけたまいし方、
プルゥトーンを詐称して瞞して交わって、
ペルセポネーの気性に二重身の表皮をもって生まれたまい、
虚ろな幻影で死すべき身の者どもを狂わせ、
異様な外観に、形の型を†出現させ
時には目に明らかに、時には影の如く、夜間に光るかた。
いざ、女神よ、御身に請い願わん、地界の者らの女王よ、
魂の狂気を、地の果てまで払い除けたまわんことを、
好意ある、神々しき尊顔を、秘儀に与る者らに見せたまいて。
(72)
テュケー〔運〕讃歌
薫き物は乳香
こちらへ、テュケーよ。御身を呼ばわらん、祈りによって、善きものらの女支配者を〔呼ばわらん〕、
優しい、道の守り神を、冥加の保持のために、
嚮導者アルテミス[107]、威名鳴り響く、エウブゥレウスの、
血から生まれたる、抗しがたい願いを有する、
奥津城にまし、おちこち経巡り、人間どもに謳歌される方を。
何となれば、死すべき身の者らの多種多様な人生は御身次第なれば。
何となれば、ある者らには、冥加に余る多さの財産に与らせながら、
ある者らには、腹立ちまぎれに悪しき貧しさをけしかけたもうゆえ。
いざ、女神よ、御身に請い願わん、好意もて人生に示現したもうよう、
冥加な者たちを、冥加に余る財産で満たすために。
(73)
ダイモーン〔神霊〕[108]讃歌
薫き物は乳香
ダイモーンを勧請せん、†大いなる、怖気立つ嚮導者をば、
慈悲深きゼウス、万物の祖、死すべき身の者らの命の付与者、
偉大なゼウス、おちこち経巡り、応報する、絶対君主、
富み溢れ?る家に入りたもう時は、富の与え手、
何となれば、苦しみと悦びの†鍵は、御身のものなればなり。
さればこそ、浄福者よ、清潔な方よ、嘆きに満ちた禍を払いたまい、
全地に生命の破壊を送るかぎりのものらを気遣いたまい、
人生の甘くしあわせな終焉を、栄光あるものとして付与したまえ。
(74)
レウコテアー讃歌
薫き物は香草
我が呼ばわるはガドモス生まれのレウコテアー、厳かなる女ダイモーン、
力あるかた、冠も美事なディオニューソスの養母。
耳傾けたまえ、女神よ、懐深きわたつみをしろしめ、
浪を悦び、死すべき身の者らの最大の救い主。
何となれば、船々の大海の走路の定めなき前進は御身次第、
汐海における死すべき身の者らの嘆かわしい運命を解きたもうは御身のみですから、
御身が押し寄せて、愛しい救い主として来たります相手はのは。
いざ、神さびた大女神よ、加勢者として示現したまえ、
漕席のしつらえもよい船に、救い主として、晴朗なる謀を持って、
秘儀に与る者たちに、わたつみにおける船足速き順風を連れないたもうて。
(75)
パライモーン讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
バッコス合唱舞踏隊の嚮導者ディオニューソスの陽気至極な乳母兄弟、
潮波に囲まれた海の聖なる深淵に住まいする、
御身パライモーンを勧請せん、神々しき祭儀に
機嫌よろしく来たりまして、新しき顔を嘉し、
陸地においても海においても秘儀参入者を助けたまわんことを。
何となれば、海を帆走する船人たちにとって
死すべき者らにとって唯一の救い主として現れたもうから、
海の波浪に対して気むずかしい怒りを解きたもうとき。
(76)
ムゥサ〔芸神〕たち[109]讃歌
薫き物は乳香
ムネーモシュネーと、いや高く鳴り轟くゼウスとの御娘子たち、
ピエーリアにますムゥサたち、威名鳴り響き、令名も輝かしき、
死すべき者らに来臨したもうとき、渇仰されることこのうえなく、多形、
すべての子に、瑕疵なき徳を産むかた、
魂の養い手、知性の正しさの与え手、
力ある理性を嚮導する御女神たち、
死すべき者らに、厳かに執り行われる秘儀を示したかたがた、
すなわちクレイオー、エウテルペー、タレイア、メルポメネー、
テルプシコレー、エラトー、ポリュムニア、ウゥラニエー、
カッリオペー、母神と、力ある女神ハグネーとともに。
いざ、密儀に示現したまえ、多種多彩なる、聖潔な女神たちよ、
慕わしく愛しい、数多の讃歌に謳われたる名声を引き具したもうて。
(77)
ムネーモシュネー〔記憶〕讃歌
薫き物は乳香
ムネーモシュネーをば呼ばわらん、ゼウスの伴侶たる、御女神を、
御身、聖なる、神々しき、声澄めるムーサたちを生みたまい、
心を害する悪しき忘却とは常に無縁、
あらゆる理性を、はかなき者らの魂たちといっしょに同居させる[110]、
死すべき身の者らの思量を力ある堅固なものに増大せしめる、
甘美このうえなく、覚めてあることを愛し、万事を記憶したまい、
そのおのおのの知を〔我らの〕胸々に据えたまい、
逸脱させることなく、万人に正気を覚醒させたもう。
いざ、浄福なる女神よ、秘儀に与る者たちに、厳粛なる儀礼の
記憶を呼び起こしたまえ、そして彼らの忘却を防除したまえ。
(78)
エーオー讃歌
薫き物は〔乳香の〕粉末
耳傾けたまえ、女神よ、死すべき身の者らを照らす日を連れ来たる
晴れやかに光を放つエーオース、世界を朱に染め、
偉大な神なる輝くティーターンの御使い女、
御身、夜の暗く、散りばめられた旅をば
御身の昇る時、大地の下に送り遣る。
諸々の仕事の嚮導者、死すべき身の者らにとっての生の奉仕者。
死すべき身の人間の種族は御身を悦ぶ。何びとたりとも
高みに見そなわす御身の眼差しを逃れる者なく、
甘き眠りを睫毛から振り払うとき、
あらゆるはかなき身の種族は悦び、這うものらはみな、また他に
四足獣、有翼類、水棲類、多くの種族が。
何となれば、仕事によるあらゆる生計を死すべき身の者らに授けたもうゆえに。
いざ、浄福なる、聖潔なかたよ、秘儀に与る者たちに聖なる光を増したまえ。
(79)
テミス讃歌
薫き物は乳香
我が勧請するは聖なるウーラノスの少女、善き父持つテミス、
ガイアの若枝[111]、若き花の蕾の顔した乙女、
御身、はかなきものらに聖なる託宣を初めて示し、
デルポイなる奥処、ピュートーンが王支配したところ、
ピュティアーの間で、神々に掟したかた。
御身はまたポイボスの殿にも神法を与えたもうた。
まことに誉れある、姿輝ける、尊き、夜をさまようかた。
何となれば、死すべきものらに初めて聖なる秘儀を現し、
バッコス祭の夜毎に主宰者としてエウ・ハイの声を上げた方ですから。
何となれば、浄福なるものらの栄誉と聖なる秘祭とは御身のものなればなり。
いざ、浄福なるものよ、来たりませ、晴朗なる想いを歓んで、
秘儀執り行う御身の供犠にかなえる成道者たちのもとに、乙女よ。
(80)
ボレアース〔北風〕[112]讃歌
薫き物は乳香
冬の冷風にて、世界の深みに大気を与える、
霜を凝結させるボレアースよ、雪に白いトラケーより来たれかし、
群雲と湿りの路もつ大気の謀叛をやめさせたまえ、
水をば迸る雨にかえ、
万事を晴天に替え、
大地を照らす、太陽の光のように。
(81)
ゼピュロス〔西風〕讃歌
薫き物は乳香
万物生み成せるゼピュロスの風、大気を経巡る、
甘き息吹、囁き、†死すべきものの休息をもたらすもの、
春めかす、草地の、避難場所として渇望され、
船乗りたちを優しき避難所を、順風を引き寄せる。
来たりませ、好意寄せてくださるかた、無憂を吹き寄せてくださるかた、
上天の、目に見えぬ、軽き翼した、大気の形したものたちよ。
(82)
ノトス〔南風〕讃歌
薫き物は乳香
軽快な足どりで、大気に湿り気の小径をこしらえ、
迅速な翼もて、そこかしこ吹きわたり、
雨もよいの雲とともに、雷雨の支配者として御身は来たる。
何となれば、これは大気を巡る御身の褒賞は、ゼウスに由来するから、
雨を子にもつ群雲を、大空から地上へ送ることは。
さればこそ、請い願わん、浄福者よ、供犠を悦んで、
果実を熟れさせる嵐を母なる大地に送りたまうことを。
(83)
オーケアノス[113]讃歌
薫き物は香草
我が勧請するはオーケアノス、不滅の父、永遠に臨在する方、
不死なる神々と死すべき人間どもとの祖、大地のぐるりを取り巻く円環を波動させる御身。
そこからあらゆる河川とあらゆる海洋と
大地の聖なる湿り気が沸き起こる。
聞こしめせ、浄福、多幸なるかた、神々の最大の浄め、
大地の愛すべき果て、極の初め、濡れた小径持つものよ、
来たれる秘儀入信者たちにいつも歓びつつ親切を尽くしたまえ。
(84)
ヘスティアー[114]讃歌
薫き物は香草
力あるクロノスの娘御なる女王ヘスティアー、
御身、久遠の、最大の火の真中に住まいを持ち、
密儀によって神法にかなう信者たちを受け容れ、
冥加に余る、陽気なる、聖潔な者らを。
浄福なる神々、死すべき身の者らの、
永遠なる、変幻自在のもの、渇望されることこのうえない、青草のごときかた。
微笑する[115]、浄福なかたよ、これらの供犠を切に受け容れたまえ、
幸いと、心安まる健康を吹き送って。
(85)
ヒュプノス〔眠り〕讃歌
薫き物はケシで
ヒュプノスよ、あらゆる浄福者たちと、あらゆる死すべき身の人間どもとの御男神よ、
広き地の養うかぎりの、ありとある生き物たちたちの〔御男神よ〕。
何となれば、ひとり御身のみが万物を支配し、万物を訪い、
鍛冶の手にはならぬ足枷によって身体を束縛し、
憂いを追い払い、諸々の労苦に対する甘美な停止を有し、
あらゆる苦痛に対して聖なる励ましを提供して。
そして、御身は魂たちを救うべく、死への配慮を唱導したもう。
何となれば、御身はレーテー〔忘却〕とタナトス〔死〕とのまことの兄弟なればなり。
いざ、浄福なかたよ、請い願わくは、御身が 気立て楽しいかたとなりたまいて、
神的な勤行に好意を寄せて、密儀に与る者たちを救われんことを。
(86)
オネイロス〔夢〕讃歌
薫き物は香草
御身を勧請せん、浄福なるかたよ、長き翼した、凶きオネイロスよ、
将に来たらんとする事どもの告知者、死すべき身の者どもにとっての最大の託言者。
何となれば、甘き眠りの静けさのうちに、黙して到来し、
魂どもに語りかけて、死すべき身の者どもの心を御自ら目覚めさせ、
そうして、浄福者たちの心意を、夢のまにまに、御自ら囁きたまう、
黙したまま、沈黙せる魂たちに、将来の事を予示したまう、
その幸せな理性が、神々への敬神へと道をたどる〔魂たち〕に、
あたかも、美しき将来が、想像の中で先取りされると、
人間どもの生を、前喜びの愉悦に導くが、
悪しき事どもには停止を〔導く〕ように、そのように、祈りと供犠によって、
大男神たちの瞋恚を解くよう、神ご自身が命じになるのである。
何となれば、敬虔な者らにとって終末は常により甘美であるが、
悪しき者らに対しては、将に来たらんとする必然を何ら明かすことはない、
夢見、悪しき所行の報告者〔オネイロス〕が、
到来する苦しみからの解放を見出さないかぎりは。
いざ、浄福なるかたよ、請い願わくは、御身が神々の招魂を告げ、
万事において真っ直ぐな考えに常に近づけしめ、
悪しき事どもの徴は何ひとつ怪異なものらによって出現させたまわぬよう。
(87)
タナトス〔死〕讃歌
薫き物は粉末乳香
我に耳傾けたまえ、御身、ありとあらゆる死すべき者らに対する操舵権を握り、
御身が遠ざかっている†かぎり、ありとあらゆるものに†聖なる時を†与えるかたよ。
何となれば、御身の〔もたらす〕眠りは、身体に対する魂の執心(oJlkovV)[117]をも打ち砕くのですから、
自然の堅持する結合を解き、生き物たちに長き眠り、永遠の眠りをもたらす時に、
御身は万物にとっては共通だが、或る者たちにとっては災いである、
年若い生の盛りを速やかに終わらせる時には。
何となれば、ひとり御身のみによって、万物の定めは遂行されるのですから。
ひとり御身のみは、祈願も請願もお聞き入れにならないのですから。
されど、浄福なかたよ、御身が生の長き時間に近づけたまわんことを、
わたしは懇願します、諸々の供犠と祈願とを以て、
人間界におけるしあわせな褒賞(gevraV)として老齢(gh:raV)がありますようにと。
2016.12.13. 一応、訳了。
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