イーリオンの略奪

[解説]
 この詩は、『アイティオピス』と同じ詩人の作とされるが、幾つかの細部において、『小イーリアス』の略奪からは逸れる二者択一の説明を与えている。プロクロスの叙事詩環の要約では、『小イーリアス』との対応する説明は、『略奪』に有利なように抑えられている。

 彼がこれを再現しているように、アルクティノスの詩は、アカイア勢が出発したことが明らかとなり、木馬をどうすべきか、トロイア人たちが相談しているところから始まる。これは物語を始めるには本当らしくない点と考えられてきた。しかし、『オデュッセイア』8.500-520に述べられているデーモドコスの歌に驚くほどよく対応している。そしてわれわれは、『オデュッセイア』の詩人が、古典期に流布していたような環の詩によく似た叙事詩を知っていたと、またもや想像してよかろう。




イーリオンの略奪(=Ilivou pevrsiV)

TESTIMONIA

IG 14.1286=Tabula Iliaca B p. 49 Sadurska
 『イーリアス』『オデュッセイア』は、48叙事詩編に属する。

Dion. Hal. Ant. Rom. 1.68.2
 われわれが知っている最も古い詩作者はアルクティノス。

De Arctino v. etiam ad Aethiopidem.〔アルクティノスについては、『アイティオピス』のTESTIMONIAをも見よ〕


ARGUMEMTUM

Proclus, Chrestomathia, suppleta ex Apollod. epit. 5.16-25
 これらに続くのが、『イーリオンの略奪』の2巻、ミレートス人アルクティノス作。内容は以下のとおり。

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Laocoon Sculpture in the Vatican Museum

 馬に関する件を、トロイア人たちは猜疑し、どうすべきか、まわりに立って相談する。すると<カッサンドラが、その中には武装した兵がいると言い、占者ラオコーンも〔そういう〕ので Ap.>ある人たちには、これを崖から突き落とすのがよいと思われ、ある人たちには、焼き払うのが〔よいと思われた〕が、ある人たちは、これは聖なるもので、アテーナーに奉納されたに違いないと主張した。そこでついにこの人たちの意見が勝利する。そこで好機嫌に打って変わり、戦争から解放されたものとして、祝祭を催す。しかしその最中に、<アポッローンが彼らに前兆を送る。Ap.>2匹の大蛇が、<近くの島嶼から海を泳ぎ渡って、Ap.>現れ、ラオコーンと、その子どもたちのひとりを横死させたのである。この怪事件に心を痛めて、アイネイアースの一統はイーデーへと抜け出した。

 そしてシノーンが、〔味方と〕見せかけてあらかじめ潜入していて、アカイア勢のために松明を掲げる。そこで、テネドスから来航した者たちと、木馬からの者たちが、敵勢に襲いかかる。<そして敵勢が眠るのを見計らって、〔木馬の扉を〕開けて、武装して出てきた。そして、真っ先にポルテウスの子エキオーンが跳び出して、死んだ。残りの者たちは、残りの者たちは綱にぶら下がり、囲壁の上にたどりつくと、門を開けて、テネドスから引き返して来た者たちを迎え入れた。Ap.>そして多数の者たちを亡き者にして、都市を力ずくで押さえる。ネオプトレモスは、内庭に坐すゼウスの祭壇に庇護を求めたプリアモスを殺す。メネラーオスはヘレネーを見つけ、デーイポボスを殺害したうえで[1]、船陣に連れ下る。

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Ajax_drags_Cassandra_from_Palladium

 (3)イーレウスの子アイアース〔小アイアース〕は、カッサンドラーを暴力で引き離し、アテーナーの木像といっしょに引きずってゆく。このことにヘッラス人たちは憤慨し、石打の刑に処することを相談する。しかし彼はアテーナーの祭壇に庇護を求めたので、さしあたりの危険からは救われる。しかしながら、ヘッラス勢が帰帆するとき、アテーナーは彼に海洋での破滅を工夫する。

 (4)また、オデュッセウスはアステュアナクスを亡き者にし、ネオプトレモスはアンドロマケーを褒賞として受け取り、残りの戦利品は分配される。デーモポーンとアカマースはアイトラーを見つけ、自分たちに伴い行く。次いで、都市に火をかけ、ポリュクセネーをアキッレウスの墓の上で喉を掻き切る。


断片集

1 Schol. Monac. in Verg. Aen. 2.15, ”山のような馬”
 アルクティノスが言うには、それは長さ100フィート、幅50フィート、その尾と膝が動くことができたという。

Setvius auctus in Verg. Aen. 2.105, ”巨大な馬”
 ある人たちが記録している。この馬は長さ120フィート、幅30フィート、その尾、膝、眼が動くことができたという。

2 Schol. (T) Il. 11.515,”矢を切除するにも”
 一部の人たちが謂うには、この称賛はあらゆる医師たちに共通ではなく、手当てする唯一の人とある人たちが言うマカーオーンに対するものである。というのは、ポダレイリオスは諸々の病を治療したからである……これは、どうやら、アルクティノスも『イーリオンの劫略』の中で思いなしていることらしい。その中で彼は謂う。

というのは、父たる大地を揺する神みずからが、彼らに両人に、<賜物として>
与えたからである。ひとりよりは別のひとりの栄誉を高めた。
ひとりには、軽やかな手さばきを授け、矢弾を
肉から抜き出し、切開し、あらゆる傷を治させた。
今ひとりには、あらゆる精確なる知識を胸の中に置き、
見えざるものを知り、不治なるものを癒させた。
怒りに狂うアイアースの、眼のきらめきと、圧しひしがれた精神を
やすやすと最初に悟ったのも彼であった。

3 Schol. Eur. Andr. 10
 <ある人たちが>謂うには、エウリピデースは、トロイアをめぐる諸々の神話について、クサントスには注意を払<おうとはしない>が、もっと重要で、信頼に足る者たちに〔注意を払っている〕。すなわち、ステーシコロス(PMGF 202)が記録しているところでは、〔アステュアナクスは〕死んだといい、『略奪』を著した叙事詩環の詩作者も、実際囲壁から投げつけられた。これにエウリピデースも追随しているのだ、と。

4 Dion. Hal. Ant. Rom. 1.69.3
 アルクティノスが謂うには、ゼウスによってダルダノスに与えられたパッラディオンは1つ、これは、この都市が攻略される間、足を踏み入れてはならないところに秘匿されていた。ただし、策謀者たちを欺くために、これの似像が、原型と何ら違わないようこしらえられ、公の場所に安置されていた。アカイア人たちが手に入れようと策謀したのは、これであったと。

5 Schol. (D) Il. 18.486a, ”プレーイアデス”〔昴〕
 7つの星々……言い伝えでは、エーレクトラーは、〔イーリオンは〕子孫の植民地ゆえ、イーリオンの劫略を観ることを望まず、自分が位置していた場所を後にしたという。だからこそ、もともとは7つ星であったのが、6つ星になったという。この歴史は叙事詩の環作家たちの作品にある。

6 Schol. Eur. Tro. 31, ”ある者はテッサリアー人の手に落ちた。アテーナイ人の頭たるテーセウスの子らの所有物となった者もある”
 一部の人たちが謂うには、これは〔聴衆を〕喜ばせるために述べられたのだ。なぜなら、アカマースとデーモポーン麾下の者たちは、戦利品の中から何も受け取らず、ただアイトラーだけを受け取った。それは、彼女のためにこそ、メネステウスの嚮導の下、イーリオンにやって来たのだから。しかしリュシマコス(FGrHist 382 F 14)は、『略奪』を詩作した人が次のように書いていると謂う。

テーセウスの子らには、総帥アガメムノーンが贈り物を授けた、
また、意気盛んな、民の牧者メネステウスにも。

Ps.-Demosth. 60.29
 アカマース部族の人たちは、叙事詩を思い出しました。その中でホメーロスは謂っています。アカマースがトロイアへと導いたのは、母親アイトラーのためであったと。ですから、彼がありとある危険を体験したのは、自分の母親[註]を救うためだったのであります。

[註]実際には彼の祖母。話者は思い違いをしている。


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