"alkyon"〔アルキュオーン〕には二つの神話がある。ひとつは、アポッロドーロスが伝えているもので、ケーユクスとその妻アルキュオネーは、その幸福な夫婦生活をゼウスとヘーラーとに比したため、その傲りによってアルキュオネーは"alkyon"に、ケーユクスは"keyx"に変えられたという〔I_7_4〕。
もうひとつはオウィディウスが伝え、ヒュギーヌス〔65〕もこれに従っているものであるが、こちらのくだくだしい物語は、原書〔XI_410 ff.〕にあたられたい。
"alkyon"という語を、"hals"〔海〕+"kyo"〔孕む〕の合成語として、"alkyon"は海洋に浮かぶ巣をつくると信じられていたという。この語源説の真偽のほどはわからぬが、とにかく、"alkyon"が海に浮かぶ巣をつくるとは、古くから信じられていたようだ。
波にさらわれる巣をあわれとおぼしめしたゼウスは、"alkyon"が卵を産む間、海を凪にするようにした。それが「"alkyon"の日々」だという。アリストテレースも、次のように書き留めている。
鳥類は、先に述べた如く、たいてい春の頃から夏の初めにかけて交尾し産卵を行うが、カワセミだけは例外である。カワセミ(Alcedo atthis)は冬至の頃産卵する。それゆえ、冬至が穏やかな日和ならば、冬至の前の七日と後の七日は「カワセミの日々」といわれるのであって、シモーニデースが歌ったとおりである。
ゼウス神冬月の十四日を静め給えば、地上の人々その日々を「なぎの季節」、目もあやなカワセミの子育ての「聖き季節」と呼ぶごと。
たまたまプレイアデス星〔すばる〕のある頃に北風が吹き、冬至に南風が吹くと、穏やかな日和になるのである。カワセミは七日間で巣を造り、残りの七日間で卵を産み、雛をかえす、といわれている。ところで、当地では、「カワセミの日々」が必ずしも冬至の頃になるとは限らないが、シケリア〔シチリア島〕の沖では、ほとんどいつもそうなるのである。カワセミは五つぐらい卵を産む。(島崎三郎訳)
『動物誌』第5巻8章(542b)
すでにホメーロスも、「踝(くるぶし)美しき」マルペーッサが、アポローンに誘拐されたおのれの境遇を嘆くのを、「辛苦多き"alkyon"の境涯」(IL. IX_563)と譬えている。具体的内容はわからぬものの、おそらく、"alkyon"の苦労は当時の人たちの通念となっていたようだ。
マルペーッサは、その後、ゼウスの取り計らいで、神アポッローンではなくて人間のイーダースを選び、二人はそれなりに幸せな生活を送るのであるが、二人の間に生まれたクレオパトラに"Alkyone"という綽名をつけている〔Il. IX_562〕。ここでは、「辛苦多き"alkyon"の境涯」を味わったマルペーッサの娘というほどの意味であろうが、後にクレオパトラはメレアグロスの妻となり、不幸な死を迎えることとなる。しかし、これはまた別の機会に述べることとなろう。
もうひとつ、おそらくは語呂合わせからできあがった神話ではないかと思うが、巨人族Gigantes〔単数は"Gigas"〕の一人にアルキュオネウス(Alkyoneus)というのがいる。最も巨大で強く、生地にあるかぎり神々さえ敵し得ないので、アテーナの一計で、ヘーラクレースが彼を生地パレーネーから誘いだして射殺したという。
このアルキュオネウスに娘たちがいて、父親の死を嘆いて海に身投げをした。これを憐れんでやはり"alkyon"に変えたというのである。ピロコロス断片186