[解題]
アポッロドーロスの名のもとに伝わっているギリシア神話の要覧『ビブリオテーケー(Biblioqhvkh)』(3巻)は、アテーナイのアポッロドーロス(前180頃-前110頃?)とは別人(偽アポッロドーロス)の手になる作品である(後1〜2世紀ころ)。
[底本]
TLG 0548
Pseudo-APOLLODORUS Myth.
(A.D. 1/2)
1 1
0548 001
Bibliotheca (sub nomine Apollodori), ed. R. Wagner, Apollodori
bibliotheca. Pediasimi libellus de duodecim Herculis laboribus
[Mythographi Graeci 1. Leipzig: Teubner, 1894]: 1-169.
5
(Cod: 28,414: Myth.)
邦訳は、高津春繁によって、アポロドーロス著『ギリシア神話』(岩波文庫、昭和28年4月)として出版されている。
[I]
1.1.1
初め、ウーラノス〔天空〕が全宇宙を権力支配した。そしてゲー〔大地〕を娶って、先ず、百手と命名される神々、つまり、ブリアレオース、ギュエース、コットスを生んだ。この者たちはその大きさと力において無比・無類にして、手は100本ずつ、頭は50ずつを有していた。この者たちの後に[彼のためにゲーが生んだの]がキュクロープスたち、つまり、アルゲース〔閃光の神〕、ステロペース〔雷光の神〕、ブロンテース〔雷鳴の神〕で、そのおのおのは額に眼を1つ有していた。1.2.1 ところがこの者たちをばウーラノスは縛してタルタロスに投げ込んだ。(それはハーデース〔の館〕の暗陰なところで、大地が天から離れているのと同じほど大地から離れている場所である)。さらにゲーによって彼がもうけたのは、男の子たちとしては、ティーターンと命名される神族、つまり、オーケアノス、コイオス、ヒュペリーオーン、クレイオス、イーアペトス、皆の中で最も年若なクロノス、娘たちとしては、ティーターニスと呼ばれる神族、つまり、テーテュース、レアー、テミス〔法〕、ムネーモシュネー〔記憶〕、ポイベー、ディオーネー、テイアーであった。
1.3.1
しかしゲーは、タルタロスに投げ込まれた我が子たちの破滅に憤慨し、父を襲うようティーターン神族を説得し、金剛不壊の大鎌をクロノスに与えた。そこで彼らは、オーケアノスを除いて、襲いかかり、クロノスは父親の陽根を切り取って海中に抛り投げた。すると、流れる血の滴りからエリーニュスたち、つまり、アレークトー、ティシポネー、メガイラが生まれた。かくて彼らは支配の座から放逐し、タルタロスに投げ込まれていた兄弟たちを引き上げ、支配権をクロノスに引き渡した。
1.4.1
しかし彼は、この者たちをば再び縛してタルタロスに閉じ込める一方、妹のレアーを娶ったが、ゲーとウーラノスとが歌のかたちで彼に預言し、自分の子どもによって支配権を剥奪されようと言ったので、生まれ来る子どもたちを呑み下すを常としていた。すなわち、最初に生まれたヘスティアーを呑み下し、次いでデーメーテールとへーラーを、彼女たちの後にはプルートーンとポセイドーンを。1.5.1 しかし、このことに怒ったレアーは、たまたまゼウスを孕んだとき、クレータに赴き、ディクテーの洞窟でゼウスを生んだ。そしてこれをば、クゥレースたちならびに、メリッセウスの子のニンフたち、つまり、アドラステイアとイーデーとに、養育するようにと与えた。そこで彼女たちは、この子をアマルテイアの乳で育てる一方、クゥレースたちは武装して、洞窟の中で嬰児を守りつつ、槍で盾を打ち鳴らしたのは、子どもの声をクロノスが聞きつけないようにするためであった。他方レアーは、石を産着にくるんで、1.5.10 あたかも生まれた子どもであるかのようにして、呑み下すようクロノスに与えたのであった。
[II]
1.6.1
さて、ゼウスは一人前となるや、オーケアノスの娘メーティスを協力者に得、彼女はクロノスに薬を飲み下すよう与え、この薬で彼は先ず第一に石を、次いで、呑み下していた子どもたちを吐き出した。この者たちといっしょになってゼウスは、クロノスとティーターン神族とに対する戦争を開始した。彼らは10年にわたって戦ったが、ゲーがゼウスに、タルタロスに下されている者たちを共闘者に得るなら勝利すると託宣した。そこで彼は番をしているカムペーを1.7.1 殺して、彼らの縛を解いた。このとき、キュクロープスたちも、ゼウスには雷鳴と雷光と雷霆を、プルートーンには犬皮の兜を、ポセイドーンには三叉鉾を与えた。かくて彼らはこれらで武装して、ティーターン神族を制覇し、彼らをタルタロスに閉じ込め、百手巨人たちを番人に任じた。そして自分たちは支配権をめぐって籤を引き、ゼウスは天空の統治権を、ポセイドーンは海のそれを、プルートーンはハーデースの館のそれを引き当てた。
1.8.1
さて、ティーターン神族の子孫となったのは、オーケアノスとテーテュースからは、オーケアニスたち、つまり、アシアー、ステュクス、エーレクトラー、ドーリス、エウリュノメー、[アムピトリーテー]、メーティス。コイオスとポイベーからは、アステリアーとレートー。ヒュペリーオーンとテイアーからは、エーオース〔曙〕、ヘーリオス〔太陽〕、セレーネー〔月〕。クレイオスと、ポントス〔海洋〕の娘エウリュビアーとからは、アストライオス、パッラース、ペルセース。イーアペトスとアシアーからは、天空を両肩に担ぐアトラース、ポロメーテウス、エピメーテウス、メノイティオス。この者は、ティーターン神族との戦いの際、ゼウスが雷霆で撃ち、1.9.1 タルタロスに下した相手である。また、クロノスとピリュラーからは、半人半獣のケンタウロスであるケイローン。エーオースとアストライオスからは、風たちと星たち。ペルセースとアステリアーからはヘカテー、パッラースとステュクスからは、ニーケー〔勝利〕、クラトス〔覇権〕、ゼーロス〔競争心〕、ビアー〔暴力〕。また、ハーデースの館にある岩から流れ出るステュクスの水を、ゼウスが誓言の水としたのは、その子どもたちとともに、ティーターン神族に対して自分と共闘してくれたので、この名誉を彼女に与えたのであった。
1.10.1
ポントスとゲーからは、ポルコス、タウマース、ネーレウス、エウリュビアー、ケートー。さらに、タウマースとエーレクトラーからは、イーリス〔虹〕とハルピュイアたち、つまり、アーエッロー<と>オーキュペテー。ポルコスとケートーからは、ポルキデス〔ポルコスの娘たち〕とゴルゴーンたち。後者については、1.11.1 ペルセウスの物語を述べる際に言おう。ネーレウスとドーリスからは、ネーレイデス〔ネーレウスの娘たち〕。その名は、キューモトエー、スペイオー、グラウコノメー、ナウシトエー、ハリエー、エラトー、サオー、アムピトリーテー、エウニーケー、テティス、エウリメネー、アガウエー、エウドーレー、ドートー、ペルーサ、ガラテイア、アクタイエー、ポントメドゥーサ、ヒッポトエー、リューシアナッサ、1.12.1 キューモー、エーイオネー、ハリメーデー、プレークサウレー、エウクランテー、プロートー、カリュプソー、パノペー、クラントー、ネオメーリス、ヒッポノエー、イーアネイラ、ポリュノメー、アウトノエー、メリテー、ディオーネー、ネーサイエー、デーロー、エウアゴレー、プサマテー、エウモルペー、イオネー、デュナメネー、ケートー、リムノーレイア。
[III]
1.13.1
ゼウスはといえば、へーラーを娶って、ヘーベー、エイレイテュイア、アレースを生む一方、数多くの死すべき女たち、不死なる女たちと交わった。そういう次第で、ウーラノスの娘テミスからもうけたのは、麗しい娘たち、つまり、エイレーネー〔平和〕、エウノミアー〔秩序〕、ディケー〔正義〕、モイラたち、つまり、クロートー、ラケシス。ディオーネーからは、アプロディーテー。オーケアノスの娘エウリュノメーからはカリスたち、つまり、アグライエー、エウプロシュネー、タレイア。ステュクスからはペルセポネー。ムネーモシュネー〔記憶〕からはムーサたち、つまり、最初にカッリオペー、次いでクレイオー、メルポメネー、エウテルペー、エラトー、テルプシコレー、ウーラニアー、1.13.10 タレイア、ポリュヒュムニアー。
1.14.1
さらに、カッリオペーとオイアグロス、ただし、名義上はアポッローンからは、ヘーラクレースが殺したリノスと、歌で石や樹を動かせた吟唱詩人オルペウス。彼は、自分の妻エウリュディケーが、蛇に咬まれて亡くなったとき、彼女を連れもどそうと、1.15.1 ハーデースの館に降りていって、送り返すようプルートーンを説得した。そこで彼は、オルペウスが自分の家にたどり着くまで、行く行く振り向かないならば、そうしようと請け合った。しかし相手は信じられず、振り返って彼女を見たので、彼女は再び引き返した。またオルペウスはディオニューソスの秘儀をも発明し、マイナスたちに引き裂かれて、1.16.1 ピエリアーに埋葬された。またクレイオーは、アプロディーテーの怒りに触れ(というのは、アドーニスに対する彼女の恋を悪罵したからである)、マグネースの子ピエロスに対する恋に落ち、同衾して彼から子ヒュアキントスをもうけた。ピラッモーンとニンフのアルギオペーとの子タミュリスが彼に対する恋に落ち、男を恋する最初の者となった。1.17.1 しかしながら、後に、アポッローンに恋されていたとき、アポッローンが円盤を投げて、心ならずもヒュアキントスを死なせてしまった。タミュリスの方は、美しさと弾琴の技で抜きん出ていたため、ムーサたちと音楽の技を争い、勝っているとわかったら、〔ムーサたち〕全員と交接するが、負ければ、何でも彼女たちが望むものを奪われると申し合わせた。しかしムーサたちが上まわり、彼から両眼と竪琴の技を奪い去った。1.18.1 エウテルペーと河神ストリューモーンからは、トロイアーでディオメーデースが殺したレーソス。一部の人たちが言うには、カッリオペーの裔であった。タレイアとアポッローンから生まれたのはコリュバースたち。メルポメネーとアケローオスからはセイレーンたち。この者たちについては、オデュッセウスの話のところで述べよう。
1.19.1
ヘーラーの方は、床入りの儀をすることなくヘーパイストスを生んだ。しかしホメーロスの言うには、これをもゼウスによって生んだという。しかし、彼をばゼウスは、縛られたヘーラーを助けようとしたとして、天から投げ落とした。すなわち、ゼウスはこの女神を、ヘーラクレースがトロイアーを陥落させた後航行しているとき、嵐を送ったので、オリュムポスから吊り下げたのである。レームノスに落下して、歩行できなくなった彼を救ったのはテティスであった。
1.20.1
また、ゼウスは、同衾しないため数々の姿に身を変じたメーティスと交わり、彼女が孕むや、1.20.3 すばやく呑み下した。彼女から生まれるはずの乙女の次に生まれる子が天の権力者になるだろうと〔ゲーが〕言っていた。それを恐れて彼女を呑み下したのである。しかし誕生の時が来たときに、プロメーテウスが、あるいは、他の人たちが言うにはヘーパイストスが彼の頭を斧で撃つと、頭から、トリートーン河のほとりに、アテーナーが武装して飛び出した。
[IV]
1.21.1
コイオスの娘たちの中では、アステリアーはウズラに姿を変えて身を海に投じた。ゼウスとの同衾を逃れようとしたからである。そうして、彼女にちなんでかつてはアステリアーと呼ばれていた都市は、後にはデーロスと〔呼ばれた〕。他方、レートーはゼウスと同衾したため、ヘーラーによって全地を追われ、ついにデーロスに至って最初にアルテミスを生み、後に彼女に助産してもらってアポッローンを生んだ。
1.22.1
さらに、アルテミスは狩猟を事とし、処女のままとどまり、アポッローンの方は、ゼウスとテュムブリスのパーンから占い術を学び、デルポイに赴いた。当時はテミスが託宣していた。そして神託所を守護していた蛇ピュートーンが、彼が大地の裂け目に近づくのを妨げたので、1.23.1 これを亡きものにして、神託所を引き継いだ。また、しばらく後にはティテュオスをも殺した。この者はゼウスと、オルコメノスの娘エラレーとの息子である。ゼウスは彼女と同衾した後、ヘーラーを恐れて、大地の下に隠し、孕まれていた子である巨体のティテュオスを光の中に引き上げた。この者は、ピュートー〔デルポイ〕にやって来たレートーを観て、情欲に駆られて引き寄せた。しかし子どもたちに救援し、〔彼らは〕これを射殺した。さらに死後も懲罰を受けた。禿鷹たちがハーデースの〔館〕で彼の心臓を喰っているからである。
1.24.1
また、アポッローンはオリュムポスの子マルシュアースをも殺した。この者は、アテーナーが、自分の見てくれが不格好になるからと投げ捨てた笛を見つけ、アポッローンと音楽をめぐる争いにおよんだ。そこで彼らは、勝者は敗者を望むまま扱うことを申し合わせ、勝負が始まるや、アポッローンは竪琴を引っ繰り返して競い合い、マルシュアースに同じことをするよう命じた。しかし後者はできなかったので、アポッローンが勝っていることになり、マルシュアースをとある高い松の樹の上から吊し、皮を引き剥いで、1.24.10 そうやって滅亡させた。
1.25.1
オーリーオーンは、アルテミスがデーロスで殺した。この者は大地から生まれた者で、身体が巨大であったと言われる。しかしペレキュデースは、彼はポセイドーンとエウリュアレーの子だと言う。彼にはポセイドーンが、海を歩いて渡る力を与えた。この者は<最初に>シーデーを娶った。器量をめぐって争って、ヘーラーがハーデースの館に投げこんだ相手である。〔オーリーオーンは〕今度はキオスに赴き、オイノピオーンの娘メロペーに求婚した。しかしオイノピオーンは酔わせて、彼が眠っているところを盲目にさせ、海辺に打ち捨てた。1.26.1 しかし彼は<ヘーパイストスの>鍛冶場に赴き、僕童の1人を掠って、肩の上に載せ、日の出の方向に案内するよう命じた。そしてそこに辿り着くと、太陽の光線に灼かれて視力を回復し、大至急1.27.1オイノピオーンのところに急いだ。ところが彼〔オイノピオーン〕のために、ポセイドーンがヘーパイストスのこしらえた家を地下に用意していた〔ので、見つけられなかった〕、他方、オーリーオーンはエーオースが恋に落ち、掠ってデーロスに連れて行った。というのは、彼女がアレースと寝床を共にしたため、アプロディーテーが、彼女をたえず恋するようにさせたからである。オーリーオーンはといえば、一部の人たちが言うには、円盤投げをするようアルテミスに挑戦して亡き者にされたといい、ある人たちが〔言うには〕、ヒュペルボレイオス人たちのところからやって来た処女たちの一人オーピスを強姦したために、アルテミスに射殺されたという。
1.28.1
ポセイドーンはといえば、[オーケアノスの娘]アムピトリーテーを娶り、彼にトリートーンとロデーが生まれた。後者はヘーリオス〔太陽〕が娶った。
[V]
1.29.1
プルートーンはといえば、ペルセポネーに恋し、ゼウスの協力によって、ひそかに彼女を掠った。そこでデーメーテールは、炬火を手に、夜も昼も、全地を探し求めてさまよった。そして、ヘルミオネー人たちから、プルートーンが彼女を掠ったと知って、神々に対する怒りから、天を後にし、1.30.1女に身をやつしてエレウシースにやって来た。そうして先ず、カッリコロン〔「美しき舞」の意〕と呼ばれる井戸のそばにある、彼女にちなんでアゲラストス〔「笑いなき」の意〕と呼ばれることになる岩の上に腰掛けた。次いで、当時エレウシース人たちを王支配していたケレオスのところに赴いた。中に3人の女たちがいて、彼女たちが自分たちの傍に坐るよう言った中で、イアムベーなる老女が戯れ言をいって女神を微笑させた。このことが機縁となって、テスモポリア祭では女たちが戯れ言をいうのだと言われている。
1.31.1
ところで、ケレオスの妻メタネイラには幼児がいたので、これをデーメーテールは引き取って育てた。そしてこれを不死にすることを望み、夜な夜な嬰児を火の中に降ろして、その死すべき肉を剥ぎ取ろうとした。すると、日々、デーモポーン(これがその子の名前であった)は大きくなったが、<メタネイラ>が見張っていて、火の中に埋められたところをとらえて悲鳴をあげた。まさにこのゆえに嬰児は火の中から取り上げられ、女神は1.32.1 正体を顕現させた。しかし、メタネイラの子どもたちのうち年長のトリプトレモスには、有翼の大蛇たちの牽く戦車をこしらえてやり、小麦を与え、〔トリプトレモスは〕天に引き上げられて、これを人の住まいする全地に播いた。しかしパニュアッシスは、トリプトレモスはエレウシースの子だと言う。というのは、デーメーテールは彼のところにやって来たと謂っているからである。しかしペレキュデースは、彼はオーケアノスとゲーの子だと謂っている。
1.33.1
さて、ゼウスがプルートーンに、コレー〔「乙女」の意。ペルセポネーのこと〕を送り返せと命じたので、プルートーンは、彼女が母親のもとに長くとどまることのないよう、柘榴の粒を喰うよう彼女に与えた。彼女は、結果がどうなるか予想することなく、それを食べてしまい、アケローンとゴンギューラの子アスカラボスが彼女に対する偽証をしたので、この者にはデーメーテールがハーデースの館で重い岩を載せたが、ペルセポネーは、毎年、1年の1/3はプルートーンと、残りは神々と、とどまることを余儀なくされた。
[VI] 1.34.1
とにかく、デーメーテールについて言われているのは、以上である。片やゲーはといえば、ティーターンたちのことで憤慨して、ウーラノスによって、身体の大きさでは飛び抜け、力では比類なきギガースたちを生んだ。見てくれは見るも恐ろしく、あたまとあごは毛むくじゃらで、脚は大蛇の鱗をもっていた。生まれたのは、一部の人たちの言では、プレグライでといい、他の人たちの言では、パッレーネーでという。そして天めがけて岩や1.35.1 火のついた樫の樹を投げつけるを常とした。とくにポルピュリオーンとアルキュオネウスが誰よりも抜きん出ており、とくに後者は、自分の生まれた地で戦うかぎりは、不死でさえあった。さらにこの者は、ヘーリオスの牛たちをもエリュテイアから追い払った。しかし神々には、神々によってはギガースたちの誰をも滅ぼすことはできないが、ある死すべき者が共闘するとき、成就できるという預言があった。そこでゲーはこのことを察知して、死すべき者によっても滅ぼされることのありえない薬草を探していた。これに対してゼウスは、エーオース〔曙〕とセレネー〔月〕とヘーリオス〔太陽〕に現れることを禁じ、薬草は自分が先に切り取り、アテーナーを介して1.35.10ヘーラクレースを共闘者として招請した。1.36.1 そしてあの者は、先ずはアルキュオネウスを射倒した。ところが、地に倒れるや、ますます意気盛んとなった。そこでアテーナーの勧告により、パッレーネーの外にこれを引きずっていった。そうやってその者も命終した。だがポルピュリオーンの方はヘーラクレースとヘーラーにも闘いを挑んで突進した。しかしゼウスがヘーラーに対する欲情を彼に植えつけ、彼が神衣を引き裂いて強姦せんとしたので、彼女は助けを求めた。そこでゼウスが彼を1.37.1 雷霆で撃ち、ヘーラクレースが矢を射て、殺した。残りの連中のうち、アポッローンがエピアルテースの左眼を射ち、ヘーラクレースが右眼を射った。エウリュトスはディオニューソスがテュルソス杖で殺し、クリュティオスは炬火でヘカテーが、ミマースはヘーパイストスが金床を投げて〔殺した〕。アテーナーは逃げるエンケラドスにシケリア島を投げつけ、パッラースからはその皮を剥ぎ取ってこれで戦闘の際自分の身体を 1.38.1 鎧った。ポリュボーテースは海を横切って逃げるところをポセイドーンに追跡され、コースに至った。しかしポセイドーンは島の一部を折り取って彼に投げつけた。これがいわゆるニーシューロンである。ヘルメースはハーデースの犬皮帽をかぶって 1.38.5 この戦闘でヒッポリュトスを殺した。アルテミスはグラティオーンを、モイラたちは、銅の棍棒をもって戦うアグリオスとトオーンを〔殺した〕。その他の連中はゼウスが雷霆を投じて滅亡させた。一方ヘーラクレースは、滅び行く連中をことごとく射倒した。
1.39.1
しかし神々がギガースたちを制覇したので、ゲーはますます逆上して、タルタロスと交わって、キリキアーで、人間と獣との混合した自然を有するテューポーンを生んだ。これは、大きさといい力といい、それまでゲーが生んだどれよりも抜きん出ており、その腿までは途方もなく大きな人形をしていたので、どんな山よりも高く、頭はしばしば星辰にも接していた。手は、一方は日の沈む方にまで届き、もう一方は日の昇る方にまで届いた。その〔両肩〕からは 1.40.1 大蛇の百の頭が突き出ていた。腿から下の部分は、毒蛇の巨大なとぐろを有し、その螺旋は頭頂にまで達し、シューシューと大音を発していた。その身体には全体に羽根が生え、頭と顎からはおどろ髪が風にたなびき、眼は火と燃えていた。テューポーンとはこのようなものであり、これほど大きなもので、火のついた岩を投げつつ、シューシュー音を発し同時にまた雄叫びながら、天そのものに突進した。口からは猛烈な火を 1.41.1 噴き出していた。神々はといえば、彼が天に突撃するのを見て、アイギュプトスへの亡命を甘受し、さらに追跡されたので、姿を動物に変えた。しかしゼウスは、遠くにあっては、テューポーンに雷霆を投げ、近くにあっては金剛の大鎌で撃ち倒し、逃げるところをカシオス山まで追尾した。それはシリアに聳えている。そこにおいてそれが手傷を負っているのを見て、1.42.1 組み合った。しかしテューポーンはとぐろを巻いて、相手を締めつけ、大鎌を取り上げて、両手・両足の腱を引き抜き、両肩に担ぎあげて、海を越えてこれをキリキアーに運び、着くとコーリュキオンの洞窟の中に押し込めた。同様に、腱をも熊の皮にくるんでそこに仕舞い込み、番人として牝大蛇デルピュネーを任じた。この乙女は半獣であった。しかしヘルメースとアイギパーンとが 1.43.1 腱を盗み出してこっそりとゼウスに装着した。するとゼウスは本来の力を取りもどし、有翼の馬たちに牽かれた戦車に搭乗して突然天からあらわれ、雷霆を投げつつ、ニューサと呼ばれる山までテューポーンを追いつめ、そこでモイラたちが追われる相手を欺いた。というのは、無常の果実を味わえば、ますます強くなろうと説き伏せたのである。そういうわけで再び追跡されてトラーキアに至り、ハイモス山で闘いながら、1.44.1 全山を投げつけようとした。しかし、雷霆に撃たれて再び彼の上に押しつけられたので、山の上におびただしい血がほとばしり出た。このことに由来して、その山はハイモスと呼ばれると謂い伝えられる。さらにシケリア海をよぎって逃走しはじめた相手に、ゼウスはシケリアのアイトナ山を投げつけた。これこそは巨大な山であって、そのときから今日に至るまで、投げつけられた雷霆から火の噴出が続いていると言い伝えられる。
─ ─ ─
1.45.1 しかし、このことについてはここまでがわれわれによって言われたとしよう。
[VII]
プロメーテウスはといえば、水と土から人間を造形し、これに火をも与えた、ゼウスに気づかれぬように巨茴香の中に隠して。しかしゼウスはそれと知るや、へーパイストスに下命して、その身体をカウカサス山に釘づけにさせた。これはスキュティアの山である。この山に釘づけにされてプロメーテウスは多年数の間縛られ、毎日鷲が舞い下りて来て、彼の肝葉をついばんだ。肝臓は夜の間に大きくなったからである。
1.46.1
かくして、われわれがへーラクレースに関する箇所で明らかにするように、へーラクレースが彼を解放するまで、火を盗んだ罪を償ったのである。
プロメーテウスには一子デウカリオーンが生れた。この者は、彼はプティーアーあたりの場所を王支配し、エピメーテウスとパンドーラー1.47.1(神々が最初に造形した女である)との娘ピュッラーを娶った。しかしゼウスが青銅の種族を抹消しようとしたので、プロメーテウスの勧告によってデウカリオーンは箱舶を建造し、必需品を積み込んで、ピュッラーとともにこれに乗り込んだ。かくてゼウスが空から大雨を降らして、ヘッラスの大部分を大洪水で覆ったので、近くの高山に逃れた少数の者を除いて、すべての人間が滅亡してしまった。このときには、テッサリアーの山々も裂け、コリントス地峡とペロポンネーソスの外にある全土は水に覆われたのであった。1.48.1しかしデウカリオーンは、九日と同じ数の夜、箱舶に乗って海上を漂い、パルナーッソスに漂着し、そこで雨がやんだので、下船して、ゼウス・ピュクシオスに供犠した。そこでゼウスはヘルメースを彼のところに遣わして何なりと望むものを選ぶことを許した。すると彼は自分に人間どもが生まれることを選んだ。そうして、ゼウスの言によって、石を拾って頭ごしに投げると、デウカリオーンが投げた石は男、ピュッラーが〔投げた〕のは女となった。これにちなんで、国民(laoiv、単数laovV)も隠喩的に、1.48.10石(livqoV)という意味の(la:aV)から命名されたのである。
1.49.1
ピュッラーからデウカリオーンに生まれた子どもたちは、先ずはヘッレーン。これはゼウスから生まれたと<一部の人たちは>言う。<第二は>クラナオスの後にアッティカを王支配したアムピクテュオーン。娘としてはプロートゲネイア。これとゼウスとからは、アエトリオスである。ヘッレーンとニムフのオルセーイスとの間にはドーロス、1.50.1クスートス、アイオロスが〔生まれた〕。ところで当の〔ヘッレーン〕は、自分の血を引くいわゆるギリシア人たちをヘッレーネスと命名し、子どもたちに土地を分配した。かくしてクスートスはペロポンネーソスを得て、エレクテウスの娘クレウーサからアカイオスとイオーンをもうけ、この二人にちなんでアカイア人たち、イオーニア人たちと呼ばれるのであり、ドーロスはペロポンネーソスの対岸の地を得て、自分にちなむ住民をドーリス人たちと呼び、アイオロスはテッサリアーあたりの場所を王支配して、その住民をアイオリス人たちと命名し、1.50.10デーイマコスの娘エナレテーを娶って、男児としては、クレテウス、シーシュポス、アタマース、サルモーネウス、デーイオーン、マグネース、ベリエーレースという7人、娘としてはカナケー、アルキュオネー、ベイシディケー、カリノュケー、ベリメーデーという5人をもうけた。
1.52.1
さて、ペリメーデーとアケローオスとからは、ヒッポダマースとオレステースが、ペイシディケーとミュルメドーンとからは、アンティポスとアクトールが〔生まれた〕。他方、アルキュオネーを娶ったのは、へオースポロス〔暁をもたらすもの〕の子ケーユクス。しかしこの者たちは思い上がりのために滅びた。というのは、夫は妻をヘーラーと言い、妻は夫をゼウスと言ったからであるが、ゼウスは彼らを烏と化し、女をカワセミ、男をカツオドリにした。
1.53.1
カナケーはポセイドーンからホプレウス、ニーレウス、エポーベウス、アローエウス、トリオプスを生んだ。このうちアローエウスはトリオプスの娘イーピメデイアを娶った。彼女はポセイドーンに恋して、いつも海に通って、両手で波を掬っては、懐に注ぎ込んだ。そこでポセイドーンは彼女と同衾して、アローアダイ〔アローエウスの子どもたち〕と言われる、オートスと1.51.1エピアルテースを生んだ。この者たちは、毎年、横幅1ペーキュス、高さ1オルギュイアずつ大きくなった。こうして九歳になって、幅が9ペーキュス、高さが9オルギュイアになったとき、神々と闘いを交えようと思いたって、オッサをオリュムポスの上に載せ、オッサの上にぺーリオンを載せて、これらの山々によって天に登らんとした。また海を山で埋めて陸地とし、陸地を海に変じようとしたと言い伝えられている。1.55.1またエピアルテースの方は、へーラーに、オートスはアルテミスに求婚した。さらにはアレースを捕縛しもした。しかしこれをへルメースが盗み出し、アローアダイの方はアルテミスが詭計によって亡き者にした。つまり、彼女は見た目を鹿に変じて彼らの間を飛び跳ね、彼らの方はこの獣を狙いすまし、投槍で同土討ちに終わったのである。
1.56.1
また、カリュケーとアエトリオスからは、一子エンデュミオーンが生れ、この者はテッサリアーからアイオリス人たちを率いてエーリスを建設した。しかし彼はゼウスの子だと言う人たちもいる。この者は美しさの点で抜きん出ていたので、1.56.4セレーネーが恋したが、ゼウスが彼に何でも望むものを選ぶことを許した。すると彼は、不老不死となって永久に眠ることを選んだのである。
1.57.1
ところで、エンデュミオーンとある水のニンフの、あるいは一部の人たちによれば、イーピアナッサの子どもがアイトーロスで、この者はポローネネウスの子アーピスを殺して、クーレース人の地に逃れ、迎え入れてくれた人たち、つまりプティーアーとアポッローンの息子たちであるドーロスラーオドコス、ポリュボイテースを殺害し、その地を自分の名をとってアイトーリアーと呼んだ。
1.58.1
アイトーロスと、ポルボスの娘プロノエーとの間には、プレウローンとカリュドーンが生まれ、アイトーリアーにある諸都市は彼らにちなんで名づけられた。このうちプレウローンは、ドーロスの娘クサンティッペーを娶って一子アゲーノール、娘としては1.59.1ステロペー、ストラトニーケー、ラーオポンテーを生んだ。他方、カリュドーンと、アミュターオーンの娘アイオリアーとからは、エピカステー<と>プロートゲネイアが生まれ、後者とアレースとからオクシュロスが〔生まれた〕。またプレウローンの子アゲーノールは、カリュドーンの娘エピカステーを娶ってボルターオーンとデーモニケーを〔生み〕、後者とアレースとの〔子〕は、エウエーノス、モーロス、ピュロス、テスティオスである。
1.60.1
さて、エウエーノスはマルペーッサを生み、これにアポッローンが求婚したが、アパレウスの子イーダースが、ボセイドーンから有翼の戦車をもらって、彼女を掠った。そこでエウエーノスは、戦車で追いかけ、リュコルマース河まで到達したが、捕らえることが出来なかったので、馬たちは屠殺し、我が身は河に投身した。かくて、その河は彼にちなんで1.61.1エウエーノスと呼ばれている。しかし、イーダースがメッセーネーに到来した時、アポッローンが彼に行き合い、乙女を奪い取ろうとした。かくて彼らが少女との婚姻をめぐって闘っていると、ゼウスが彼らを引き分けて、どちらの相手と同衾することを望むか、選ぶことを処女当人に許した。すると彼女は、自分が老いたときにアポッローンが捨てるのではないかと恐れて、イーダースを夫に選んだ。
1.62.1
他方、テスティオスには、クレオボイアの娘エウリュテミスから、娘としてはアルタイアー、レーダー、ヒュペルムネーストラー、男としては、イーピクロス、エウヒッポス、プレークシッポス、エウリュピュロスが生まれた。
1.63.1
ところで、ボルターオーンと、ヒッポダマースの娘エウリュテーとから生まれた子どもたちは、オイネウス、アグリオス、アルカトオス、メーラス、レウコーベウス、娘としてはステロベーで、これとアケローオスとから、セイレーンたちが生まれたと言い伝えられている。
[VIII]
1.64.1
さて、カリュドーンを王支配していたオイネウスは、ディオニューソスから葡萄の木をもらった最初の者である。そして、テスティオスの娘アルタイアーを娶ってもうけたのがトクセウスで、これを、溝を跳び越えたからとて、彼〔オイネウス〕はみずから殺した。この他にテュレウス、クリュメノスと、娘ゴルゲー(これを娶ったのがアンドライモーン)、デーイアネイラ(アルタイアーがディオニューソスによって生んだと言い伝えられる)がいた。彼女〔デーイアネイラ〕は、戦車を馭し、戦争の事を修練し、彼女に対する求婚をめぐってへーラクレースはアケローオスと1.65.1格闘したのである。アルタイアーはオイネウスによって一子メレアグロスを生んだが、彼はアレースから生まれたと謂われている。この者が生後7日経った時、モイラたちが現れて、メレアグロスが命終するのは、炉の上に燃えている燃え木が燃え尽きたときであろうと云ったと言い伝えられている。これを聞いたアルタイアーは、燃え木を取り上げて、箱の中にしまった。こうしてメレアグロスは不死身の高貴な男子となったが、1.66.1次のようにして命終した。その地の年々の収穫の初穂をすべての神々に供犠する際に、オイネウスはアルテミスをのみ失念した。そこで女神は瞋恚して、大きさといい強さといい飛び抜けた野猪を差し向けたが、この猪は土地に種蒔くことができなくするとともに、家畜も出くわした者たちも滅亡した。この猪退治に、〔オイネウスは〕全ヘッラスから最も善勇の者たちを呼び集め、獣を殺した者に、一等賞としてその皮を与えると布令した。1.67.1この猪狩りに参集したのは、以下の者たちである。オイネウスの子メレアグロス、アレースの子ドリュアース、この者たちはカリュドーンの出である。アパレウスの子イーダースとリュンケウスはメッセーネーから、ゼウスとレーダーとの子カストールとボリュデウケースはラケダイモーンから、アイゲウスの子テーセウスはアテーナイから、ベレースの子アドメートスはペライから、リュクールゴスの子アンカイオス<と>ケーペウスは1.68.1アルカディアーから、アイソーンの子イアーソンはイオールコスから、アムピトリュオーンの子イーピクレースはテーバイから、イクシーオーンの子ペイリトゥースはラーリッサから、アイアコスの子ペーレウスはプティーアーから、アイアコスの子テラモーンはサラミースから、アクトールの子エウリュティオーンはプティーアーから、スコイネウスの娘アタランテーはアルカディアーから、オイクレースの子アムピアラ一オスはアルゴスから。1.69.1この者たちとともに、テスティオスの子どもたちも〔やって来た〕。参集した彼らをば、オイネウスは九日間客遇した。そして十日目に、ケーペウスやアンカイオスやその他の何人かは、女といっしょに狩りに出かけることを断ったが、メレアグロスは、イーダースとマルペーッサとの娘クレオパトラーを妻としていたにもかかわらず、アタランテーによっても子づくりをすることを望み、この女といっしょに狩りに出かけることを彼らに無理強いした。1.70.1かくて彼らが猪を取り囲んだとき、ヒュレウスとアンカイオスは獣によって滅亡し、エウリュティオーンは、ペーレウスがこころならずもは投槍で撃ち倒してしまった。しかし猪は、最初にアタランテーがその背に、二番目にはアムピアラーオスが眼に、矢を射込んだ。そこでメレアグロスがこれの脇腹を刺して殺し、その皮を得てアタランテーに与えようとした。1.71.1ところがテスティオスの子どもたちは、男たちが居合わせる中で、女が最優賞を得ることを恥じ、彼女からその皮を奪い取り、もしメレアグロスが受け取る気がないなら、血のつながりからいって自分たちのものだと言い立てた。そこでメレアグロスは激昂して、テスティオスの子どもたちを殺し、皮をアタランテーに与えた。ところがアルタイアーは兄弟たちの破滅を苦にして、かの燃え木に火をつけた。そうしてメレアグロスは突然死んでしまったのである。
1.72.1
しかしある人たちの謂うには、メレアグロスが命終したのはそういう次第ではなく、最初に撃ったのはイーピクレースだとして、テスティオスの子どもたちがこの狩りに異議を申し立てたため、クーレース人たちとカリュドーン人たちとの間に戦闘が起こった、そこでメレアグロスが打って出て、テスティオスの子どもたちの中の何人かを殺害したので、アルタイアーが彼を呪った。1.73.1そこで彼は怒って、家に留まっていた。しかし、すでに敵勢が城壁に押し寄せ、市民たちが嘆願して助勢を要請したので、妻に説き伏せられてやっとのことで打って出て、テスティオスの残りの子どもたちを殺した後、闘いの中で死んだという。かくて、メレアグロスの死後、アルタイアーとクレオパトラーはみずから縊り果てたが、屍体を悲嘆した女たちは、鳥と化した。
1.74.1
アルタイアー亡き後、オイネウスはヒッポノオスの娘ペリボイアを娶った。この女のことを、『テーバーイス』の著者は、オーレノスが敗戦した際、オイネウスが褒賞として得たと言うが、ヘーシオドスは、アマリュンケウスの子ヒッポストラトスに凌辱されたので、父親のヒッポノオスが、アカイアーのオーレノスから、ヘッラスを遠く離れたオイネウスのもとに送ったのだが、1.75.1〔彼女を〕殺すよう頼みこんでのことであったという。さらには、ヒッポノオスは自分の娘がオイネウスに凌辱されたことを知り、孕んだ彼女を彼のもとに送り出したのだと言う人たちもいる。とにかくこの女からオイネウスに生まれたのがテューデウスである。しかしペイサンドロスは、彼は〔オイネウスの娘〕ゴルゲーから生まれたと言っている。というのは、ゼウスのはからいによって、オイネウスは自分の娘に対する恋におちたからであると。
1.76.1
テューデウスはといえば、高貴な男となったが、人を殺したために国外追放となった。殺した相手は、ある人たちの言うには、オイネウスの兄弟のアルカトオスであり、『アルクマイオーニス』の著者によれば、オイネウスに対して策謀したメラースの子どもたち、つまり、ペーネウス、エウリュアロス、ヒュペルラーオス、アンティオコス、エウメーデース、ステルノプス、クサンティッポス、ステネラーオスであるといい、しかしペレキューデースの謂うには、自分の兄弟オーレニアースだという。とにかくアグリオスが彼を告訴するや、アルゴスに逃れ、アドラストスのもとに来て、その娘デーイピュレーを娶り、ディオメーデースをもけた。
1.77.1
そういう次第で、テューデウスはアドラストスとともにテーバイ攻めに出征して、メラニッポスによって負傷して死んだ。他方アグリオスの子どもたち、つまり、テルシーテース、オンケーストス、プロトオス、ケレウトール、リュコーペウス、メラニッポスは、オイネウスの王位を奪って父に与え、かてて加えて、生きながらえたオイネウスを1.78.1幽閉して、虐待した。しかしその後、ディオメーデーがアルクマイオーンとともに秘かにアルゴスからやって来て、アグリオスの子どもたちは、オンケーストスとテルシテースを除いて、1.78.4皆殺しにし(上記の二人はその前にベロポンネーソスに逃れていたからである)、王位の方は、オイネウスは老いていたので、オイネウスの娘を娶ったアンドライモーンに与え、オイネウスの方は、ペロポンネーソスに連れて行った。1.79.1しかし逃亡したアグリオスの子どもたちは、アルカディアーのテーレポスの竈あたりに待伏せて、老人を殺害した。そこでディオメーデースは屍体をアルゴスに運んで、彼の名をとって今ではオイノエーと呼ばれている都市のあるところに葬り、そして〔ディオメーデースは〕アドラストスの娘アイギアレイア、<あるいは>、一部の人たちの謂うところではアイギアレウスの娘を娶ったうえで、テーバイとトロイアーに出征した。
[IX]
1.80.1
アイオロスの子どもたちのうち、アタマースはボイオーティアーを権力支配し、ネペレーから子としてプリクソス、娘としてヘッレーを子づくりした。二度目にはイーノーを娶って、この女から彼にレアルコスとメリケルテースとが生まれた。ところがイーノーはネペレーの子どもたちに対して策謀して、小麦を焙るよう女たちに説いた。そこで彼女たちは男たちに隠れてそれを実行した。すると大地は、焙られた小麦をうけたので、例年の作物を実らせなかった。それゆえアタマースは1.81.1デルポイに使いを遣って、この不作から逃れる術を伺わせた。ところがイーノーは、派遣された者たちを説き伏せて、もしもプククソスがゼウスの生け贄となれば、不作はやむであろうと託宣されたと言わせた。これを聞いてアタマースは、土地の住民たちに無理強いされて、プリクソスを祭壇に供えた。1.82.1しかしネペレーが、娘ともども彼を引っさらい、へルメースからもらった金毛の牡羊を与え、これに空を運ばれて彼らは大地と海を渡った。しかし、シーゲイオンとケッロネーソスとの間にある海の上に来た時に、へッレーは深海に滑り落ち、そこで彼女は死んだので、その海は彼女にちなんで1.83.1へッレースポントス〔「ヘッレーの海」〕と呼ばれた。プリクソスの方は、コルキス人たちのところにたどり着いた。これを王支配していたのがアイエーテースで、彼はヘーリオスとペルセーイスとの子、またキルケーとパーシパエーとの兄弟であり、後者を娶ったのがミーノースである。彼〔アイエーテース〕はプリクソスを歓迎し、娘の1人カルキオペーを与えた。そこで彼〔プリクソス〕は、金毛の牡羊をゼウス・ピュクシオスに供犠し、その皮はアイエーテースに与えた。そこで後者はそれをアレースの杜にある樫の木に釘付けにした。やがてカルキオペーからプリクソスに子どもたち、つまり、アルゴス、メラース、プロンティス、キュティーソーロスが生まれた。
1.84.1
アタマースはといえば、後に、へーラーの怒りにふれて、イーノーから生まれた子どもたちをも奪われた。というのは、自分は気が狂って、レーアルコスを射殺し、イーノーの方はメリケルテースを自分とともに海に投げ込んだからである。さらに〔アタマースは〕ボイオーティアーから追放され、どこに住むべきか神にお伺いを立てた。野生の生き物たちによって客遇される場所に住むよう彼に託宣されたので、数々の地を経巡った後、羊の分け前を分け合っている狼たちに出くわした。すると彼ら〔狼たち〕は、彼を見て、分け合っているものを棄てて逃げた。そこでアタマースはその地に居を構えて、1.84.10自分にちなんでアタマンティアーと命名し、ヒュプセウスの娘テミストーを娶って、レウコーン、エリュトリオス、スコイネウス、プトーオスをもうけた。
1.85.1
アイオロスの子シーシュポスはといえば、エピュラー、今で言うコリントスを建設し、アトラースの娘メロペーを娶った。彼らの間に一子グラウコスが生まれた。これにエウリュメーデーから一子ベッレロポンテースが生まれた、火を噴くキマイラを殺した者である。しかしシーシュポスは、ハーデースの館で、両手と頭で岩を押し転がし、坂の向こう側まで運び越す努力をするという懲罰を受けている。しかし岩は、彼に押されるたびに、再びもとに押し戻されるのである。ところでこの罰を受けているのは、アーソーポスの娘アイギーナのためである。というのは、ゼウスがひそかに彼女を掠ったことを、1.85.10捜し求めていたアーソーポスに漏らしたからだと言われている。
1.86.1
〔アイオロスの子〕デーイオーンはといえば、ポーキスを王支配し、クスートスの娘ディオメーデーを娶り、彼に生まれたのが、娘としてはアステロディアー、男児としてはアイネトス、アクトール、ピュラコス、ケパロスで、この者〔ケパロス〕はエレクテウスの娘プロクリスを娶った。しかし今度はエーオース〔暁の女神〕が彼に恋して掠って行った。
1.87.1
〔アイオロスの子〕ペリエーレースはといえば、メッセーネーを占領して、ペルセウスの娘ゴルゴポネーを娶り、彼女から彼にアパレウス、レウキッポス、テュンダレオース、そしてさらにイーカリオスという子どもたちが生まれた。ただし、多くの人たちは、ペリエーレースはアイオロスの子ではなくて、アミュクラースの子キュノルタースの子だと言う。それ故、ペリエーレースの後裔に関することは、アトラース族のところでわれわれは述べるであろう。
1.88.1
〔アイオロスの子〕マグネースはといえば、水のニンフを娶り、彼に生まれた子どもたちは、ポリュデクテースとディクテュスである。この者たちはセリーポスを建てた。
1.89.1 〔アイオロスの子〕サルモーネウスはといえば、初めはテッサリアーあたりに居住したが、今度はエーリスに現れ、そこに都市を建設した。しかし傲慢な人物で、ゼウスと同等になろうとして、不敬のせいで罰せられた。というのは、彼は自分がゼウスであると言い、あのかたの供犠を取り上げて自分に供犠するよう言いつけ、乾燥した鞣し革を青銅の釜とともに戦車で引っぱっては雷鳴と言い、天めがけて火のついた松明を投げては雷光だと言ったのである。そこでゼウスは雷霆で彼を撃ち、彼によって建設された1.89.10都市とその住民をことごとく抹消した。
1.90.1
ところで、サルモーネウスと、アルキディケーとの娘テューローは、[サルモーネウスの兄弟]クレーテウスのもとで養育されたが、エニーペウス河に恋情をいだき、いつもその流れに通い、これに心をうったえていた。するとポセイドーンがエニーペウスに化けて彼女と寝床を共にした。そして彼女は1.91.1秘かに双子の男子を生んで捨て子にした。かくて嬰児たちが遺棄されているところに、通りがかった馬飼いたちの馬の1頭が、一方の嬰児に蹄で触れ、顔の一部に一種の痣をつくった。そこで馬飼いは子どもたちを両方とも拾い上げて養育し、1.92.1痣のついた方はペリアース、もうひとりの方はネーレウスと呼んだ。彼らは成人するや、母を認知し、継母のシデーローを殺害した。というのは、母が彼女によって悪行されていることを知って、これを襲撃したが、彼女は先を越してへーラーの神域に庇護を求めたのだが、ペリアースはまさしくその祭壇上で彼女を殺戮し、あまつさえ、1.93.1へーラーを全然崇拝することなく過ごしたのである。後には彼らは互いに謀叛し合うに至り、ネーレウスは追われてメッセーネーに来てピュロスを建設し、アムピーオーンの娘クローリスを娶り、彼女によって自分に生まれたのが、娘としてはペーロー、男児としては、タウロス、アステリオス、ピュラーオーン、デーイマコス、エウリュビオス、エピラーオス、プラシオス、エウリュメネース、エウアゴラース、アラストール、ネストール、ペリクリュメノスで、この〔ペリクリュメノス〕には、ポセイドーンも姿を変ずる力を授け、へーラクレースがピュロスを劫掠した際の戦闘においては、ある時は獅子に、ある時は蛇に、ある時は蜜蜂になったものの、1.93.10ネーレウスの他の子どもたちともども、へーラクレースによって殺された。1.94.1しかしネストールのみは、ゲレーニアー人たちのところで養育されていたので助かった。彼はクラテイエウスの娘アナクシビアーを娶り、娘としてはペイシディケーとポリュカステー、男児としてはペルセウス、ストラティコス、アレートス、エケプローン、ペイシストラトス、アンティロコス、トラシュメーデースをもうけた。
1.95.1
ペリアースの方はテッサリアーあたりに住み、ビアースの娘アナクシビアーを、何人かの人たちの謂うにはアムピーオーンの娘ピューロマケーを娶り、男児としてはアカストス、娘としてはペイシディケー、ペロペイア、ヒッポトエー、アルケースティスをもうけた。
1.96.1
〔アイオロスの子〕クレーテウスはといえば、イオールコスを建設し、サルモーネウスの娘テューローを娶り、彼女から彼にアイソーン、アミュターオーン、ペレースが生まれた。こうしてアミュターオーンはピュロスに住み、ペレースの娘エイドメネーを娶り、彼に生まれた子どもたちはビアースとメラムプースである。後者は田舎に住んでいたが、彼の家の前に樫の木があり、そこには蛇たちの巣穴があり、従僕たちが蛇を殺してしまったが、〔メラムプースは〕この爬虫類は木を集めて焼き、1.97.1蛇の子たちは養育してやった。それらが一人前になったとき、眠っている彼の肩の両脇に立って、舌で両耳を浄めた。そうして彼は起き上がり、驚きあきれたことには、飛び越えてゆく鳥たちの声がわかった、こうして彼は鳥たちから教わって、人々に未来を予言した。さらには、犠牲獣による占い術をも加え、またアルペイオス河のほとりでアッポローンと出遇って以降は、最善の占い師となった。
1.98.1
他方、ビアースの方は、ネーレウスの娘ペーローに求婚した。しかし1.98.2彼〔ネーレウス〕は、求婚を自分に申し出る者が多数だったので、イーピクロスの牝牛たちを自分にもたらした者に娘を与えようと謂った。しかしこの〔牝牛たち〕はピュラケーにいて、人も動物も近づき得ない一匹の犬がこれを守っていた。ビアースはこの牝牛たちを盗むことができないので、1.99.1兄弟に助勢を頼んだ。するとメラムプースは引き受けて、盗んでいるところを見つけられて、一年間捕縛された後、牝牛たちを得るであろうと予言した。そうして引き受けた後、ピュラケーに赴き、予言どおり、盗みを見つけられ、牢屋に捕われの身となって見張られた。しかし1年が残り少なとなった時、屋根の人に見えない場所にいる長虫の1匹が、梁はもうどれくらい食われたかと尋ねると、1.100.1他のものらが、ほとんど残っていないと答えるのを聞いた。そこですぐに自分を他の牢屋に移すようにと懇願し、それが行われてから久しからずして牢屋が崩れ落ちた。そこでピュラコスは驚き、彼が最善の占い師であることを知って、解放して、どうすれば自分の子イーピクロスに子どもたちができるか云うよう頼んだ。そこで彼は牝牛たちを得るという条件で引き受けた。1.101.1そうして、二頭の牡牛を犠牲に供した、ばらばらにして、〔占いをするための〕鳥たちを呼び寄せた。すると禿鷲がやって来たので、この鳥からわかったことは、ピュラコスがかつて牡羊の恥部を切除している時に、まだ血のついている戦刀をイーピクロスの側に置いたところ、子どもが怖がって逃げたので、今度は聖なる樫の木にこれを突き差し、やがて樹皮がこれを包み隠してしまったということであった。そういう次第で彼〔禿鷲〕は言った、戦刀が見つけられて、その錆をけずり落として、十日間イーピクロスに呑むよう与えたなら、子どもが出来るだろうと。1.102.1このことを禿鷲から聞き知ったメラムプースは、戦刀を見つけ出し、イーピクロスには、錆をけずり落として、十日間飲むよう与え、彼に一子ポダルケースが生まれた。かくて牝牛たちをピュロスに追って行って、ネーレウスの娘を得て兄弟に与えた。そうして、暫時メッセーネーに住んでいたが、ディオニューソスがアルゴスの女たちの気を狂わした時に、その王国の一部をもらう条件で、彼女らを癒し、ビアースとともにその地に住んだ。
1.103.1
さて、ビアースとペーローとの子がタラオス、これと、メラムプースの子アバースの娘リューシマケーとの子が、アドラーストス、パルテノパイオス、プローナクス、メーキステウス、アリストマコス、エリピューレーで、彼女〔エリピューレー〕を娶ったのが、アムピアラーオスである。また、パルテノパイオスにはプロマコスが生まれ、これは、エピゴノイ〔後裔たち〕とともにテーバイに出征した。メーキステウスの子がエウリュアロスで、これは、トロイアーに赴いた。プローナクスの子はリュクールゴスで、アドラーストスと、プローナクスの娘アムピテアーとの間には、娘としてはアルゲイアー、デーイピュレー、アイギアレイア、男児としてはアイギアレウス<と>キュアニッポスが〔生まれた〕。
1.104.1
さて、クレーテウスの子ペレースは、テッサリアーにペライを建設し、アドメートスとリュクールゴスをもうけた。ところがリュクールゴスの方はネメアーに住み、エウリュディケーを、しかし一部の人たちの謂うところではアムピテアーを、娶り、1.105.1<後に>アルケモロスと呼ばれたオベルテースをもうけた。しかしアドメートスがペライを王支配していた時に、ペリアースの娘アルケースティスに求婚している彼に、アポッローンが日傭い人として仕えた。ところがあの者〔ペリアース〕が、戦車に獅子と猪を軛に繋いだ者に娘を与えると布令したので、アポッローンが軛に繋いで与えた。そこで彼〔アドメートス〕はペリアースのところに持って行って、アルケースティスを得た。ところが、婚礼の儀で供犠する際に、アルテミスに供犠することを失念した。そのため、閏房を開いてみると、とぐろを巻いた大蛇で満たされているのを見出した。1.106.1そこでアポッローンが、女神を宥めるよう云い、モイラたちには、アドメートスが命終せんとした時に、彼のために死ぬことをすすんで選ぶ者が誰かいれば、彼は死から解放されるよう、要請した。ところが、死ぬ日が至ると、父も母も彼のために死のうとしてくれなかったが、アルケースティスが身代りとなって死んだ。するとコレーが彼女を送り返した、ただし一部の人たちの言うには、ヘーラクレースがハーデースと闘って、<彼のもとに連れもどした>という。
1.107.1
また、クレーテウスの子アイソーンと、アウトリュコスの娘ポリュメーデーとの子がイアーソーンである。この者は、イオールコスに住んでいたが、イオールコスは、クレーテウスの後、ぺリアースが王支配し、王権に関して神託を乞うたこの者に、神は、片方のサンダルの男に用心すべしと告げた。ところが、初めは託宣意味が解らなかったが、1.108.1後になってやがてそれを理解した。というのは、海辺でポセイドーンにたいする供犠を挙行しようと、他の多くの者たちとともにイアーソーンをもこれに呼び寄せた。彼はといえば、地方で農作に熱中していたので、供犠へと急いだ。しかし、アナウロス河を渡る時に、片方のサンダルの者となって登場した。一方のサンダルを流れの中でなくしたのだ。そこでペリアースは彼を目にし、託宣を思い合わせ、近づいていって尋ねた、「思い通りにできる権力を持っていて、1.109.1市民たちの一人から殺されるであろうという神託が自分にあるなら、どうするか」と。そこで彼は、当てずっぽうな思いつきか、それともメーデイアがペリアースの災悪となるようにというへーラーの怒り(というのは、彼はへーラーを崇拝していなかったから)のせいか、「金毛羊皮を」と言った、「持ってくるようそいつに言いつけます」。これをペリアースは聞いてすぐに、その皮を取りに行くように彼に命じた。ところでその皮は、コルキスのアレースの杜の<中にある>樫の木に吊るされていたが、不眠の大蛇に見張られていた。
1.110.1
これを取りに遣られたイアーソーンは、プリクソスの子アルゴスを呼び寄せ、後者はアテーナーの指示で、五十櫂船を建造した。この船は建造者にちなんでアルゴー号と命名された。船首には、アテーナーがドードーナの樫の木からとった物言う材木を嵌めこんだ。かくて船が艤装されるや、神託をうかがった彼に神は、ヘッラスの最も善勇の士たちを結集して航行することを許した。1.111.1かくて結集した者たちは次のごとくである。ハグニアースの子ティーピュス、彼は船を操舵した。オイアグロスの子オルペウス、ボレアースの子ゼーテースとカライス、ゼウスの子カストールとポリュデウケース、アイアコスの子テラモーンとペーレウス、ゼウスの子へーラクレース、アイゲウスの子テーセウス、アパレウスの子イーダースとリュンケウス、オイクレースの子アムピアラーオス、1.112.1コローノスの子カイネウス、へーパイストスあるいはアイトーロスの子パライモーン、アレオスの子ケーペウス、アルケイシオスの子ラーエルテース、へルメースの子アウトリュコス、スコイネウスの娘アタランテー、アクトールの子メノイティオス、ヒッパソスの子アクトール、ペレースの子アドメートス、ペリアースの子アカストス、ヘルメースの子エウリュトス、オイネウスの子メレアグロス、リュクールゴスの子アンカイオス、ポセイドーンの子エウペーモス、タウマコスの子ポイアース、テレオーンの子1.113.1ブーテース、ディオニューソスの子パーノスとスタピュロス、ポセイドーンの子エルギーノス、ネーレウスの子ペリクリュメノス、ヘーリオスの子アウゲアース、テスティオスの子イーピクロス、プリクソスの子アルゴス、メーキステウスの子エウリュアロス、ヒッパルモスの子ペーネレオース、アレクトールの子レーイトス、ナウボロスの子イーピトス、アレースの子アスカラポスとイアルメノス、コメーテースの子アステリオス、エラトスの子ポリュペーモス。
1.114.1
これらの者たちは、船長イアーソーンに率いられて出航し、レームノスに寄港した。この時たまたまレームノスは男が一人もおらず、トアースの娘ヒュプシピュレーによって王支配されていたのは、以下の理由による。レームノス島の女たちはアプロディーテーを崇拝しなかった。そこで彼女〔アプロディーテー〕は彼女たちに悪臭をうえつけ、そのために、彼女たちを娶った男たちは、トラーキアの近傍から1.115.1捕虜の女たちを得て、これと共寝した。そこで侮辱されたレームノスの女たちは、父親たちならびに夫どもを殺害した。ただヒュプシピュレーのみは、自分の父トアースをかくまって救った。こういう次第で、当時女に統治されていたレームノスに寄航して、彼らは女たちと交わった。そこでヒュプシピュレーはイアーソーンと共寝して、エウネーオスとネブロポノスという子どもたちを生んだ。
1.116.1
さらに、レームノスからドリノオニアー人たちのところに寄港した。これを王支配していたのがキュージコスである。この者は彼らを熱烈に歓迎した。さらに、夜間、そこから出航して、逆風に遭遇し、知らぬ間に再びドリオニアー人たちのところに寄港した。ところが彼ら〔ドリオニアー人たち〕は、ペラスゴイ人の軍勢であると思って(ペラスゴイ人たちによってたえず戦争を仕掛けられていたので)、夜のうち、知らないまま知らない相手と交戦した。アルゴナウタイは数多くの相手を殺し、その中にはキュージコスも含まれていた。昼になって、それと知り、彼らは悲嘆して1.116.10頭髪を切り、キュージコスを豪華に埋葬した。そして埋葬の後、航行してミューシアーに寄港した。
1.117.1
ここには、へーラクレースとポリュペーモスとを置き去りにした。その所以は、テイオダマースの子ヒュラースは、へーラクレースの恋する相手であったが、水汲みにやられ、その美しさ故にニンフたちに掠われた。しかしポリュペーモスが彼の叫びを聞きつけ、剣を抜いて追跡した。盗賊に連れて行かれたと思ったのである。そして出遇ったへーラクレースに説明した。しかし、両人がヒュラースを探している間に、船は出航してしまい、ポリュペーモスはミューシアーに都市キオスを建設して王となり、1.118.1へーラクレースの方は、アルゴスに帰った。ただしへーロドーロスは、彼はその時は全然航行することなく、オムパレーのところで奴隷奉公したと謂っている。しかしペレキューデースは、彼はテッサリアーのアペタイに置き去りにされたのだと言う。その者の重量を載せることができないとアルゴー号が声を発していたからというのである。しかしデーマラートスは、彼はコルキスまで航海したと伝えている。というのは、ディオニューシオスが、彼はアルゴナウタイの指揮者であったとさえ謂っているからである。
1.119.1
ミューシアーからは、ベブリュクス人たちの地を目指して去った。この地を王支配していたのは、ポセイドーンとビーテューニアーの<ニンフとの>子アミュコスであった。ところが、高貴なこの者は、立ち寄る外国人に拳闘を強要し、このやり方で亡き者にしていた。そういう次第で、この時もアルゴー号にやって来て、彼らの中の最善者を拳闘で挑戦した。ポリュデウケースが彼と拳闘することを受け、肘で殴り殺した。ベブリュクス人らが彼に突進したので、最も善勇の士たちは武器を取って、1.119.10彼らのうち敗走する多数を殺した。
1.120.1
そこから船出してトラーキアのサルミュデーソスに上陸した。ここに住むのが、両眼を盲いた占い師ピーネウスであった。この者のことを、ある者はアゲーノールの子であると言い、ある者はポセイドーンの息子であると言う。また、彼が盲目にされたのは、ある者たちは、人間に未来を予言したために神々によってと謂い、ある者たちは、継母に口説かれて、自分の子どもたちを盲目としたためにボレアースとアルゴナウタイの手によってと〔謂い〕、また何人かの人たちは、プリクソスの子どもたちに、1.121.1コルキスからヘッラスに行く航路を漏らしたためにポセイドーンによって、と〔謂う〕。また彼にハルピュイアたちを遣わしたのは神々である。彼女らは有翼で、ピーネウスに食卓がしつらえられるや、空から舞い降りて来て、大部分を引っさらって行き、わずかに浅されたものは臭気にみちているあまり、口にすることができなかった。そこで、航海に関する事を知りたいと望むアルゴナウタイに、ハルピュイアたちから自分を解放してくれれば、航路を忠告しようと彼は謂った。そこで彼らは彼に食べ物の卓をしつらえたが、突然ハルピュイアたちが1.122.1叫び声とともに舞い降りてきて、食物を引っさらった。目撃するや、ボレアースの子どもたちであるゼーテースとカライスが、有翼であるので、剣を抜いて、空を横切って追いかけた。ハルピュイアたちにとっては、ボレアースの子どもたちによって死ぬことが定めであった。他方、ボレアースの子どもたちにとっては、追いかけながら捕えることができない場合は、そのとき命終することになっていた。かくて追いかけられたハルピュイアたちの中、一人はペロポンネーソスでティグレース河に墜落した、この河は彼女にちなんで今はハルピュースと呼ばれている。しかし彼女のことを、ある者は1.123.1ニーコトエー、ある者はアエッロプースと呼ぶ。〔ハルピュイアの〕別のひとりは、オーキュペテーと呼ばれるが、一部の人たちによればオーキュトエー(しかしヘーシオドスは彼女をオーキュポデーと言う)は、逃れてプロポンティスを経てエキーナデス群島にたどり着いた。群島は彼女にちなんで今はストロパデスと呼ばれる。というのは、これらの島にたどり着いたときに方向転換し(ejstravfh)、海岸に着くや、疲労困憊のあまり、追跡者もろとも墜落したからである。しかしアポッローニオスは『アルゴナウタイ』の中で、彼女たちはストロパデス島まで追跡されたが、ピーネウスにもう不正しないと誓いを立て、1.123.10何も蒙らずにすんだと謂っている。
1.124.1
さて、ハルピュイアたちから解放されたピーネウスは、アルゴナウタイに航海法を漏らし、海上にあるシュムプレーガデス岩について忠告した。で、この岩は非常に大きく、風の力によって互いにぶつかり合い、海路を塞ぐのである。それらの上には深い霧がかかり、轟々と鳴りひびき、翼あるものらにとっても1.125.1間を通り抜けることは出来ない。そういう次第で、〔ピーネウスは〕彼らに云った、鳩たちを岩と岩との間に放って、これが無事に〔通過したのを見た〕場合には、安心して通航し、もし〔鳩が〕駄目だったのを〔見た〕場合には、無理に航行してはならないと。これを聞いたうえで彼らは船出した。そうして岩に近くなったとき、船首から鳩たちを放った。すると、飛ぶ鳩の尾の端を岩が合わさって挟み切った。そこで岩が再び退くのを待機していて、力一杯に漕ぎ、またへーラーの助勢によって、通り抜けたが、船は飾り艫の端をすっぱり切り取られていた。1.126.1シュムプレーガデス岩はといえば、それ以来立ちつくしている。船が通り抜ければ、完全に静止するのが、それらの定めだったからである。他方、アルゴナウタイは、マリアンデューノイ人たちのところに着き、そこでリュコス王が熱烈に歓迎した。ここでは、占い師イドモーンが、猪が彼を突いたため、死に、ティーピュスも〔死に〕、アンカイオスが船の操舵を引き受けることになった。
1.127.1 さらにテルモードーンとカウカサスを沿岸航行し、パーシス河に至った。これはコルキスの地にある。で、船が投錨したので、イアーソーンはアイエーテースのもとに赴いて、ペリアースに課せられた内容を言って、その皮を自分にくれるように頼んだ。すると相手は、1.128.1青銅の足の牡牛をひとりで軛に繋いだならば、やろうと約束した。彼のところにいる二頭の牡牛は狂暴で、大きさは抜きん出ており、へーパイストスの贈物であった。これは青銅の足を持ち、口からは火を噴くのである。これらを軛に繋いだ彼には、大蛇の牙を播くことを課した。というのは、カドモスがテーバイで播いた半分を、1.129.1アテーナーからもらって所持していたのである。さて、どうやったら牡牛たちを軛に繋ぐことができるか、イアーソーンが行き詰まっていると、メーデイアが彼に恋情をいだいた。この女というのは、アイエーテースと、オーケアノスの娘エイデュイアとの娘で、女魔法使いであった。そこで、イアーソーンが牡牛に横死するのではないかと恐れて、父親に隠れて、牡牛たちを軛に繋ぎ、〔金毛羊〕皮を入手する協力をすると宣明した、自分を妻とすると誓い、同船してヘッラスに連れて行ってくれるなら、と。1.130.1イアーソンが誓うと、彼女は薬草を与え、牡牛たちを軛に繋ごうとする際に、これを盾と槍と身体に塗布するよう命じた。というのは、彼女の謂うには、これを塗布すれば、一日の間は、火によっても刀によっても不正されることはないのである。さらに、牙が播かれると、大地から武装した男たちが彼に向かって立ち現れるであろうと彼女は説明し、彼らが集まっているのを見たら、その真ん中に遠くから石を投げ、そのために互いに闘い合ったら、その時に連中を殺すようにと1.131.1彼女は言った。そこでイアーソーンはこれを聞いて、身体に薬を塗りこめて、神殿の杜に現れて、牡牛たちを探し求め、それらが大火とともに突進して来るのを軛に繋いだ。さらに、彼が牙を播くと、大地から武装した男たちが出て来た。そこで彼は、多くがいっしょなのを見て、見えないようにして石を投げ、自分たち同士で1.132.1同士討ちしているところに近づいて亡き者にした。そうして、牡牛たちが軛に繋がれたにもかかわらず、アイエーテースが皮を与えず、さらには、アルゴー号を焼き払い、乗り組んでいる者たちを殺そうと思った。しかしメーデイアが機先を制し、夜の間に、イアーソーンを皮のところに案内し、番をしている大蛇をイアーソーンとともに薬で眠らせて、皮を手に入れ、アルゴー号にやって来た。弟のアプシュルトスも彼女について来た。そこで彼らは、これらの者たちとともに、夜の間に、出航した。
1.133.1
対してアイエーテースは、メーデイアによって何が敢行されたかを悟り、船を追跡するべく進発した。しかし彼が近づくのを目にするやメーデイアは、弟を殺し、八つ裂きにして深みに投げ捨てた。そこでアイエ一テースは、わが子の肢体を集めている間に、追跡に後れをとった。そのため、引き返し、拾われたわが子の肢体を葬り、その場所をトモイと命名した。そして、多くのコルキス人たちを、アルゴー号の探索に送り出し、もしメーデイアを連れて来なければ、彼ら自身があの女の罰をうけると脅迫した。そこで彼らは1.133.10、別れて方々に探索を行った。
1.134.1
さて、すでにエーリダノス河を沿岸航行しているアルゴナウタイに、ゼウスは虐殺されたアプシュルトスのために怒り、猛烈な嵐を送り、漂流の憂き目を見舞った。そして彼らがアプシュルティデス群島を沿岸航行していると、もしアウソニアへと進んで、アプシュルトス虐殺をキルケーによって浄められなくては、ゼウスの瞋恚はやむことがないであろうと、船が発声した。そこで彼らは、リグリア族、ケルト族の地を沿岸航行し、サルディニア海を通過し、テュッレーニアーの傍を通り抜けて、1.134.10アイアイアーに至り、そこでキルケーの歎願者となって、浄めをうけた。
1.135.1
さらに、セイレーンたちの側を航行した時には、オルペウスが対抗する音楽を奏で、アルゴナウタイを引き留めた。しかしブーテースのみは、彼女らの方に泳ぎ去り、これをアプロディーテーが掠って、リリュパイオンに住まわせた。
1.136.1
セイレーンたちの次に船を出迎えたのは、カリュブディス、スキュッラー、浮き岩で、これ〔浮き岩〕の上には、多量の火と煙とが立ち上っているのが見えた。しかしながら、これらの間を通って、テティスがネーレーイスたちといっしょになって船を通過させたのは、へーラーに依頼されたからであった。
1.137.1
さらに、ヘーリオスの牡牛たちを擁するトリーナキアー島の側を通り抜けて、彼らはパイアキアー人たちの島ケルキューラにやって来た。これを王支配しているのはアルキノオスであった。他方、コルキス人たちは、船を発見することができなかったので、ある者たちはケラウニオン山の附近に居を占め、ある者らは、イリュリアーまで運ばれて、アプシュルティデス群島を建設した。しかし一部の者はパイアーキアー人たちの所に赴き、アルゴー号をつかまえ、アルキノオスにメーデイアを引き渡すように要求した。1.138.1すると彼〔アルキノオス〕が云った、既にイアーソーンと同衾しているなら、彼女をイアーソーンに与えよう、もしまだ処女であるなら、父に送り返そうと。だが、アルキノオスの妻アレーテーは、先回りして、メーデイアをイアーソーンと契らせた。そのため、コルキス人たちはパイアーキアー人たちの地に住みつき、アルゴナウタイはメーデイアとともに出航した。
1.139.1
ところが、夜、航行中に彼らは激しい嵐に遭遇した。で、アポッローンがメランティオス山の背に立って、海に矢弾を射て稲妻を放った。そこで彼らは近くに島を見つけ、その島には、思いがけなく現われて(ajnafanh:nai)投錨したので、アナペーと呼んだ。そこで耀くアポッローンの祭壇を設け、供儀を捧げた後、宴楽のために食卓を設けた。すると、アレーテーによってメーデイアに与えられていた十二人の侍女たちが、たわむれに最善の士たちをからかった。そこから今もなお、供儀の際にからかうことが女たちの1.139.10習慣となったのである。
1.140.1
そこから出航しながら、クレータに寄港することを妨げられたのは、タロースのせいである。この者のことを、ある者たちは青銅族に属すと言い、ある者たちはへーパイストスによってミーノースに与えられたと〔言う〕。彼は青銅人であったが、ある者たちは彼のことを牡牛だと言う。ただし、頸から踵まで延びている一本の血管を有し、血管の端は、青銅の釘で塞がれていた。1.141.1このタロースは、日に三度、島を馳せめぐって見張りをしていた。それ故このときも、アルゴー号が近づいて来るのを見て、石を投げつけた。しかしメーデイアに欺かれて死んだ。一部の人たちが言うには、薬によってメーデイアが彼に狂気をうえつけたといい、ある人たちによれば、不死にしてやると約束し、彼女が釘を抜いたので、神血がすべて流れ出たために死んだという。しかし何人かの人たちは、彼はポイアースに踵を射られて命終したと言っている。
1.142.1
ここには一夜留まった後、水を汲もうと思ってアイギーナに寄港したが、水汲みに関して彼らの間に競争が生じた。そこからさらにエウボイアとロクリスの間を航行してイオールコスに着いた。全航海を終えるのに、四ヵ月かかった。
1.143.1
ところで、ペリアースは、アルゴナウタイの帰還を断念し、アイソーンを殺そうとした。ところが彼はみずからを亡き者にすることを願い、供犠を挙行している間に、牡牛の血を平然として吸って死んだ。そこでイアーソーンの母はペリアースを呪い、幼い男児プロマコスを後に残して、みずから首を吊った。しかしペリアースは、彼女が後に残した男の子をも殺した。さて、イアーソーンが帰還し、皮は渡したが、不正された事柄については、復讐せんとして1.144.1好機を待っていた。そしてその時は、最善の士たちとともにイストモスに航行し、ポセイドーンに船を奉納し、さらにはメーデイアに、ペリアースをして自分に償いをさせる方法を見出すよう頼んだ。そこで彼女はペリアースの王宮に赴き、その娘たちに、父をずたずたに切り裂いて煮つめるよう説得した、薬で彼を若者にしてやると公言して。そして信用させるため、牡羊を八つ裂きにして煮つめて、仔羊にした。そこで娘たちが信用して、父親をずたずたに切り裂いて煮つめた。そこで1.144.10アカストスは、イオールコスの住民たちとともに父親を葬り、イアーソーンをば、メーデイアともどもイオールコスから追放した。
1.145.1
かくて、彼らはコリントスに来て、十年間はしあわせに暮らしたが、今度はコリントスの王クレオーンが娘グラウケーをイアーソーンの許婚にしたので、イアーソーンはメーデイアと離婚して、〔王の娘を〕娶った。そこで彼女〔メーデイア〕は、イアーソーンが誓いをかけた神々を呼ぶとともに、イアーソーンの忘恩を何度もなじり、娶られた女には、毒薬の浸された衣裳〔ペプロス〕を送り、これをまとった女は、助けようとした父親もろとも猛火によって焼き尽くされ、1.146.1またイアーソーンから得た子どもたち、メルメロスとペレースは殺し、ヘーリオスから有翼の大蛇の戦車をもらい、これに乗って逃れて、アテーナイに来た。ただし、逃れる際に未だ稚い子どもたちを、高きにいますヘーラーの祭壇の上に嘆願者として据えて置き去りにした。しかしコリントス人たちは、彼らを降ろしたうえで、傷つけたと<も>言われている。
1.147.1
さて、メーデイアはアテーナイに来て、そこでアイゲウスに娶られて、一子メードスを生んだ。しかし後にテーセウスに策謀し、子どもとともにアテーナイから亡命者として追放された。しかしながら、この者は多くの非ギリシア人たちを制覇し、自分の支配下にある全土をメーデーアと呼び、インドイ人たち攻めに出征する途上で死んだ。他方メーデイアは、人知れずコルキスの地に来て、アイエーテースが兄弟ペルセースによって王国を盗まれているのを見出し、後者を殺して父親に王国を取りもどしてやった。
1.147.10
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2013.05.16.