古代ギリシアの女流詩人たち
Book VI, epigram 54
Paulus Silentiarius〔後6世紀〕作
青銅のtettixを リュコレイアの御方*1に奉納するはロクリス人なる
エウノモス*2 花冠愛を競いし記念として。
そは大竪琴(phorminx)の競演のとき。相手に立ちけるはパルテス。
しかるを まさに撥もて ロクリス人の七弦琴を奏でんとしけるおりしも
鈍き音たてて 琴の弦 ふつと切れたり。
しかあれど 流麗なる調べの曲の乱るるよりも早く、
優美なる音節を口ずさみつつ tettix 竪琴の上にとまり
失われたる糸の音を引き受けたり。
かつて森にさんざめきし山野の精なる木霊をば
われらが弾琴の法に合わせて。
されば御身、レトの浄福なる子*3よ、御身のtettixを〔エウノモスは〕讃えるなり、
青銅の歌い手を竪琴の上に据えて。
*1 Lykoreia〔「狼山」の意〕はパルナッソス山頂の地名・市名。住民はLykoreus。ここではアポッローンのことをさす。ちなみにアポッローンの添え名はLykaios(狼の)である。
*2 Eunomos 琴の名手。
*3 もちろん、アポッローンのこと。
Book VI, epigram 120
〔タラスの〕レオニダス〔前3世紀〕作
高き樹々の上に座し、灼熱の暑さに燃え立ちて、
道行く人間どものために 報酬なき歌をば、
たおやかなる白露の雫を味わいつつ、
いかにして歌うかをわれ知れるのみならず、
御身もまた 兜よろしきアテネの長柄の上に
われ―tettixのとまりたるを、御身よ、見るべし。
われら 芸神たちに愛さるると同じく、アテネ
われらに愛さるるほどに。かの乙女神こそ縦笛つくりたれば。
Book VI, epigram 156
テオドリダス〔前3世紀〕作
美しきtettixの髪留めとともに カリステネスのこの
刈り込まれた髪房を 妖精アマリュンティアたちに捧ぐ
清祓されしものらを牡牛とともに。されば少年の輝けること 星にも等しく、
産毛脱けかわりし若駒のごとし。
Book VII, epigram 190
アニュテ〔4世紀〕作[あるいはレオニダスの作とも]
野の歌い女たるakrisと、樹上の住まい人たる
tettixのために 木の塔婆をつくりしは少女ミュロ、
乙女の涙をそそぎつつ。これら二つの
遊び友だちをば 頑なるアイダス〔=ハデス〕 連れ去りぬれば。
Book VII, epigram 195
メレアグロス〔前1世紀〕作
akrisよ、わたしの恋心のまぎらわせ、眠りの慰め、
akrisよ、声澄める羽根を持った野の芸神、
自然の生みし琴の模倣者よ、どうかわたしに恋歌を奏でておくれ
愛しい脚で おしゃべりな羽根をかき鳴らして、
わたしを苦労から解き放つように 憂いから覚ましておくれ、
akrisよ、恋に惑わす歌声を響かせて。
そうしたら、あんたに贈り物をあげよう、常磐色した朝掘り白葱と
口に噛み砕いた露の滴りを。
(kai; drosera;V stovmati scizomevnaV yakavdaV.)
Book VII, epigram 196
同じメレアグロス作
声の高いtettixさん、あなたは露の雫に酔いしれて
(=AchveiV tevttix, drosepai:V stagovnessi mequsqeivV,)
野原でぺちゃくちゃ 野の芸神を賛美する。
高みの葉陰には 鋸のような肢でとまり
日焼けした身で 竪琴のひと節を鳴きしきりつつ。
でもさぁ、お友だち、樹々の妖精たちのために 歌声のもっと新しくて面白いのを
聞かせてちょうだい、パン神のために奏でる さんざめく返歌として、
そしたら わたしは恋神〔Eros〕をのがれて、午睡をとりましょう
ここ 陰濃き鈴掛けの下にもたれて。
Book VII, epigram 201
パムピロス〔不祥〕作
今ははや 緑の木の葉にとまって
歌いたて 甘き鳴き声を浴びせかけることはない、
声高きtettixよ、歌う汝を取り殺したのだ、
大馬鹿者の子どもの広げられた手が。
Book VII, epigram 213
アルキアス作
かつては こんもりしたペウケ松の あるいは
高き笠持つ陰濃きピテュス松の 緑なす若枝にとまり
すらりと姿よき腰のくびれによりて、声高なものよ、おまえは歌曲を奏でたり、
tettixよ、羊飼いたちにとりて七弦琴よりも素敵な歌を。
しかるを今は、訪れ来たりし蟻たちに打ち負かされしおまえを
ハデスの予見されざる奥津城 覆い隠したり。
されど、汝打ち拉がれなば、受け容るるべし、讃歌の主
あのマイオニデスでさえも 漁師たちの謎掛けに亡じたれば。
Book VII, epigram 364
Marcus Argentarius作
akrisとtettixのために ミュロ この墓標を立つる、
二つながらにわずかな土塊を手ずからふりかけ、
恋しさに積み薪の上に涙しつつ。この男の歌い手〔tettix〕を奪いしは
ハデス、女の歌い手〔akris〕はペルセポネが。
Book IX, epigram 71
ビュザンティンのアンティピロス〔後1世紀〕作
背高きオークの張り出した枝よ、その高きこと
無雑なる暑さから我が身を守らんとする人間たちによき陰をもたらし、
葉も美しく、水を通さぬことは陶土にまさり、モリバトの宿、
tettixたちの宿、真昼の大枝よ、
わたしも守っておくれ おまえたちの葉群の下に横たわる
太陽光線からの逃れ人を。
Book IX, epigram 92
テッサロニケのアンティパトロス〔アウグストゥス帝時代(27 B.C.-A.D.14)〕作
tettixたちは露があれば酔うに足る。まして、酒を飲んで
歌えば その令名は白鳥たちにまさる。
かくのごとくに 歌人も客遇に感謝し
わずかを受けても 恩人たちに讃歌を返礼することを知る。
されば 先ずは われら汝に応えん。モイラたちが
嘉したまえば、わが詩文に汝の現るることしばしばならん。
Book IX, epigram 122
不祥、<あるいは>エウエノス作
アッティス〔アッティカ〕の乙女、甘き育ちの〔燕〕よ、おしゃべりなおまえが
おしゃべりtettixをつかまえて、羽根ある子らの餌に運ぶか、
おしゃべりをおしゃべりが、羽根よきものを羽根あるものが、
夏の客人をば、夏の客人が?
すぐに放してやらないか? 讃歌に長けたものたちが
讃歌に長けたくちばしに滅ぼさるるは ふさわしくも義しくもないのだから。
〔詩の内容はともかく、同音の繰り返しによる耳で聴くための詩であると考えられる。
=Anqi; kovra melivqrepte, lavloV lavlon aJrpavxasa
tevttiga ptanoi:V dai:ta fevreiV tevkesin
to;n lavlon aJ lalovessa, to;n eu[pteron aJ pteroevssa,
to;n xevnon aJ xeivna, to;n qerino;n qerinav ;
koujci; tavcoV rJivyeiV; ouj ga;r qevmiV, oujde; divkaion,
o[llusq' uJmnopovlouV uJmnopovloiV stovmasin.〕
Book IX, epigram 264
アポロニデス〔後1世紀〕作、あるいはピリッポスの作品とも
あるとき叢林の高き枝のわたりにとまり
tettix 正中の太陽の燃えるなか、羽根で
腹を撃ちつつ、自作の節にのせて練達の甘き作品を
荒れ地に響き渡らせてあり。
このときクリトン、ありとある猟鳥ねらうピアリア人の
鳥刺し、肉体なきもの〔tettix〕の背を捕らえたり。
されど報いを報わるる。ありとある羽根あるものを求むれど
いつもの罠にしくじり さまよいつづけ。
Book IX, epigram273
ビアノールの作
暑き日の叢林に おしゃべりこの上なきtettix
二枚の舌ある口で鳴き声あげて歌いたてたりけるおりしも、
クリトン とりもちつけた罠をこしらえてこれを捕らえたり
中空にある歌い手を、鳥刺し本来の営みにあらざるに。
されば、不敬の猟の応報を受けたり。ほかの鳥ども狙いて
罠を掛けるも かつてのごとき首尾よき捕獲はもはやあらざりけり。
Book IX, epigram 372
作者不明
すらりとした脚もて精巧なる織物したりける蜘蛛
tettixをば よじれたる罠に搦めとりたり。
言うもさらなり、精巧なる足枷に悲鳴をあげる
歌好きな子を見ては われ見過ごしにできずして、
網より解きて慰め、かく言いかけたり。
「汝助かるべし、芸神の声楽もて歌いたてるものよ」
Book IX, epigram 373
作者不明
なぜに 我を―孤独好きなtettixを、牧人たちよ、恥知らずな猟に
露けき大枝より捕らえるや?
妖精たちの〔庇護する〕旅の女たる小夜啼鳥として 昼も昼日中
丘べに 陰濃き雑木林に 黄色い声を張り上げる我を?
見よ 鶇を 黒歌鳥を、見よ ありとある
椋鳥たち―百姓の富の略奪者どもを。
実りの破壊者を亡きものにするは法、あれらは亡ぼすがよい。
〔されど〕木の葉と緑の露を惜しむことやある?
Book IX, epigram 380
ある文献学者の作
もしも 白鳥に等しく雲雀が歌うことができ、
小木菟が小夜啼鳥と競うなら、
もしも 郭公がtettixよりも声澄めりと言いつのるなら、
わたしもパッラディオスと同じ詩が作れるだが。
Book IX, epigram 584
作者不明
〔竪琴奏者エウノモスのデルポイにある像に寄せて〕
われを―エウノモスを、おおアポッロンよ、御身は知れり、いかにしてかつて
ロクリス人なる我がスパルタに打ち勝ちたるかを。されど耳を貸す者たちには語り聞かせん。
変化に富みし曲を竪琴にのせて奏でおりたり。されど歌曲のさなか
わが撥 弦を切りて垂らせたり。
げにわが用意の歌声の時めぐり来たりなば、
耳に確かな韻律をもたらすことかなわじ。
このとき一匹のtettix みずから竪琴の腕木に降り立ち
欠けたる調べを充たせり。
すなわち われは六つの腱を爪弾き。しかして第七の弦を想うとき
われらその声を借りたり。
わが演奏に 丘べなる真昼のこの歌人は
かの田園の歌声をもって合奏し、
げに彼の歌い出だすとき、魂なき腱もろともに
異なれる音色に変えたり。
このゆえに われ合奏に感謝す。しかして彼は青銅にかたどられ
われらが竪琴の上にとまるなり。
Book IX, epigram 668
スコラ学者マリアヌス作
〔アマシアの郊外にあるエロスという名の神苑に寄せて〕
まこと エロスの神苑は美し、そは これなる美しき樹木を
穏やかなるゼピュロス 息吹きかけて奮い立たせるところ。
ここに 露けき牧草地も花々に輝く
紫冠をいただきし蕾より あまたの飾りを咲きにおわせて。
また たおやかなるナイアス〔泉のニュムペ〕の三つの乳房は
その流れをいやましにこんこんと溢れさす。
ここに老いたるイリス〔河〕 樹林のそばを泳ぎ
葉群うるわしきハマドリュアスたち〔樹木のニュムペー〕の逗留の地、
また 葡萄に富める沃野には つややかなるオリーヴの実
いたるところ葡萄豊かな日向の地にあふれる。
おちこちに小夜啼鳥 さえずりわたる。これに応えるはtettix
歌声に返歌の調べもて。
いざ 客友よ、いかにもあれ わが前を通り過ぐることなかれ
閉ざすことなきこの神の館を
しかして ささやかなる客遇を受けよ。
Book X, epigram 16
スコラ学者テアイテトスの作
はや 実り豊かな芽吹きのころおい 葉も美しき野は
薔薇のつぼみを花開かせる。
はや 釣り合いよき糸杉の大枝に
音楽狂いのtettix 麦穂を束ねる人を慰める。
子ども好きの燕も 廂の下に巣をつくり
泥こねし部屋に雛をばあやす。
このとき 海は眠る、西風好きの平穏が
船を運ぶ背に晴天を広げるとき、
〔海は〕船尾楼に襲いかかることなく、
波打際に波飛沫を噴きかけることなし。
船乗りよ、海の主にして港の贈り主たるプリエポス〔プリアポス〕のために
烏賊かヒメジの華やかなる薄切れを、
あるいは、声を発するベラを 祭壇のたもとであぶりてのち
イオニア海の果てに憂いなく船出するがよい。
Book XII, epigram 98
ポセイディッポス〔前3世紀〕作
芸神たちのtettix*を 恋神Pothosは 茨〔の寝台〕に縛りつけて
鎮めんとする、松明かたえに持して。
されど かつて著書に辛苦せし魂は 苦痛を鳴き立てる
無慈悲なる精霊に責められて。
* 詩人の魂(W. A. Patonによる)
Book XVI, epigram 227
〔メッセネの〕アルカイオス〔前3世紀〕作
〔ヘルメス像に寄せて〕
ここ緑の草地に身を投げ出して、旅人よ、
過ぎたる疲労に弱った手足を休めよ、
ここ ゼピュロスの西風に松も揺すぶられ
耳傾けるおまえを慰むるは tettixたちの歌曲、
さらには 丘べの牧人も 真昼時 泉のかたえ
叢林の 生い茂った鈴掛けの下に牧笛を奏でて。
かく 晩夏*犬狼星の暑気を逃れてのち 峠を越え行くがよい
頃合いを見て。これを告げたもうはヘルメス 神に従うべし。
* 原語"oporinos"は「"opora"の時期の」という意。"opora"は、1年のうちで、犬狼星(シリウス)と大角星(アルクトゥウルス)とが昇る期間、すなわち、7月の終わりから8月の全部、9月の上旬までの時期。
END.
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