PL本 | Caxton本 |
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22 さて、アイソーポスは鳥刺したちを全員召し寄せ、ワシの雛を4羽狩り集めるよう言いつけた。そうして、狩り集められた雛を、言い伝えられているとおりに育て、わたし〔筆者〕にはぜんぜん説得的ではないけれど、それら〔のワシ〕にとりつけられた袋によって童僕たちを上空へと運びあげるよう、また、童僕たちのいうことを聞いて、彼らが望むなら、上空へなり大地に向かって地上へなり、どこへでも飛ぶように調教した。かくして冬の季節が過ぎ去り、春が輝き染めたので、アイソーポスは旅立ちの諸事万般荷造りをして、例の童僕たちとワシたちをも引き連れ、アイギュプトスへと出発したが、その威儀と威容は、かの地の人々のどぎもをぬくに足るものであった。 ネクテナボーはといえば、アイソーポス来着と聞き、「わしは謀られた」と友たちに謂う、「アイソーポスが死んだと伝え聞いていたのに」。 しかし次の日、王は全員が純白の衣裳をまとうよう言いつけ、自分はキッロス色〔火色(pyrros)と黄色(xanthos)との中間の色〕の衣裳に、飾り紐(diadema)と宝石をあしらった頭巻巾(kitaris)を身につけた。そうして高い王座に腰をおろし、アイソーポスを案内するよう言いつけた、「わしを何に譬えるか?」入ってきた相手に謂う、「アイソーポスよ、そしてわしといっしょにいる者どもを」。すると彼は、「陛下は春の太陽に、陛下のまわりのこれなる方々は、季節折々の穀物の穂(stachys)に〔"stachys"には、「麦の穂」という意味のほかに、若枝=貴族の御曹子の意味がある〕」。すると王は彼に驚嘆し、数々の贈り物をもって歓迎した。 その日の次の日、今度は王が真っ白の衣裳に身ごしらえをし、友たちには深紅の衣裳を身につけるよう言いつけて、入ってきたアイソーポスにまたもや前回の質問を聴いた。するとアイソーポスは、「陛下は」と云った、「太陽に譬えます、陛下のまわりのこれなる方々は光線に」。そこでネクテナボーが、「思うに、少なくともわしの王国に比すれば、リュケーロスは何ほどのこともあるまい」。するとアイソーポスが微笑しながら謂った、「あの方について、おお、王よ、そのような不用意な発言はおひかえなさいまし。私ども族民に比べれば、あなたがたの著名な王国は太陽のごとくに光り輝いております。されど、いったんリュケーロスに比較さるれば、その光は闇にすぎぬと明示されるに何の欠くるところもないのです」。 |
さて、イソップは鷹匠たちに、四羽の雛鷲を持ってこさせると、自分で鷲を調教した。彼はそれぞれの鷲の足に二人の子供を結わえつけ、子供が餌を上げたり下げたりするにつれて、鷲も餌を求めて舞い上がったり、舞い下りたりするようにしたのである。このような準備をして冬を越すと、イソップはリクルス王に暇乞いをして、鷲と子供を連れてエジプトへ行き、王の面前に出た。王はイソップがせむしで片輸なのを見て、バビロニア王が自分を馬鹿にしたと考えた。汚い徳利にも美酒が詰まっているということを思いつかなかったのである。イソップは王の前に脆いて、謹んで挨拶し、王を太陽に、その家来たちを日光にたとえて讃えた。 |
ネクテナボーも、言葉の図星なのに驚倒し、「われわれのもとに連れてきたか」と謂った、「塔を建設するはずの者らを」。そこで彼が、「用意はできております、場所を指示していただけさえすれば」。そこで、都市の外の平野に王は出かけ、土地を測量して指示した。そういうわけで、アイソーポスはその場所の四隅に4羽のワシを、袋に乗せて吊り上げられる童僕たちとともに連れ行き、鳥を操る童僕たちに建築用の道具を与え、飛び上がるように言いつけた。彼らは上空にいたると、「わしらに石をくれ」と彼らは謂った、「漆喰をくれ、材木をくれ、他にも建築に必要なものを」。ネクテナボーはといえば、童僕たちがワシたちに上空に運びあげられるのを眺めて、謂った、「どこからわしのところに空飛ぶ人間たちがやってきたのか?」。するとアイソーポスが、「いや、そうではなくて、リュケーロスが持っておられるのです。しかるに陛下は、人間の身でありながら、神にも等しい王と競うおつもりですか?」。そこでネクテナボーが、「アイソーポスよ、わしの負けだ。しかしわしがそなたに質問し、そなたはわしに答えてもらいたい」。 |
イソップが、エジプト王がバビロニア王に出した難題を解いてみせたこと。エジプト王はイソップの賢い答えぶりに感心し、「わしの塔を建てる者たちを連れてきたか」と尋ねた。そしてイソップを広い野原へ案内して、「わしはここへ塔を建てたいのじゃ」と言った。イソップは野原の四隅に子供を二人結わえた鷲を一羽ずつ置いた。子供が餌を空中に捧げた。すると鷲は舞い上がりはじめた。ついで、子供は「塔を建てるための煉瓦と材木とタイルを持ってきてください!」と叫んだ。王はこれを見て、イソップの賢さに降参した。 |
そうしてことばを継いで謂う、「ここにわしの牝馬たちがおるが、こやつら、バビュローンにいる牡馬たちがいななくや、たちまち孕みよる。これについてそなたに知恵があるなら、披露してもらいたい」。するとアイソーポスが、「明日、陛下にお答えいたします、王よ」。そこから退出してくると、童僕たちに猫を捕まえてくるよう、そして、捕まえられてきた猫を公然と鞭打ちながら連れまわるよう言いつけた。ところでアイギュプトス人たちはこの生き物を敬っていたので、それがあまりにひどい目に遭わされているのを目撃して、走り寄って、鞭打っている連中の手から猫をひったくったうえ、すぐさまこの災難を王に言上した。彼〔王〕はアイソーポスを呼んで、「そなたは知らぬのか」と謂う、「アイソーポスよ、われわれのところでは猫を神として敬っているということを。え? 何のためにこんなことをしでかしたのか」。 すると彼が、「リュケーロス王に不正をはたらいたんです、おお、王よ、夕べ、この猫が。というのは、喧嘩っぱやくて威勢のいい、おまけに夜の刻限さえ彼に告げてくれる雄鶏が彼にはいたのですが、それを殺してしまったのです」。すると王が、「嘘をついて恥ずかしくないのか、アイソーポスよ。一晩のうちにアイギュプトスからバビュローンまでゆくような猫がどうしていようか」。するとくだんの男が微笑して謂う、「いったいどうして、おお、王よ、バビュローンのいる牡馬がいなないたからといって、当地の牝馬が孕むことがありましょうや」。王はこれを聞いて、彼の賢慮を祝福した。 |
ついで王はイソップに言った。「ではこういう問題を解いてくれ。わしがギリシアから取り寄せた牝馬はバビロニアの牡馬の助けで孕むが、なぜか」イソップは「明日お答いたします」と答えた。イソップは宿へ帰ると、召使に、「大きな猫を一匹捕まえてきてくれ」と言った。召使がそうすると、イソップは人々の前で猫を鞭で打たせた。エジプト人たちは急いでこのことを王に報せた。イソップはただちに呼び出された。王は言った。「おまえは知っているはずだ、われわれが崇めている神は猫の姿をしているということを。おまえは大それた罪を犯したのだ」イソップ「この性悪者は、昨晩バビロニア王にひどい悪さをしたのでございます。こ奴めは王が可愛がっていた雄鶏を殺したからであります。その雄鶏はいくさに強く、夜は定刻に時をついていたのであります」王はイソップに「おまえがこんな大嘘つきだとは思わなかったぞ。この猫がどうして一晩でバビロニアまで行って来れたのだ」イソップはにやりと笑い、こう答えた。「王様、同じように、パビロニアの牡馬もこの国へ来て、あなたの牝馬を孕ませるのでございます」王はイソップの賢さを大いに讃えた。 |
その後、都市ヘーリオスの出身者たちで、ソフィストの提題に精通した人士を呼び寄せて、アイソーポスについてこの者たちと相談し、アイソーポスともども宴会に呼んだ。かくして一同が寝椅子についたとき、ヘーリオスの市民のひとりがアイソーポスに向かって謂う、「あなたにひとつ質問をして、それにあなたがどう答えるか、あなたから聴くようわたしはわたしの神から遣わされた」。するとアイソーポス、「あなたは虚言している。なぜなら、神が人間から学ぶ必要は何もないからです。だから、あなたはあなた自身のみならず、あなたの神をも誹謗しているのです」。 | 〔欠落〕 |
今度は別の者が云った、「大なる神殿あり、そのなかに柱あり、12の都市を有す、その各々は30の梁に覆われている。そしてこれを2人の乙女がめぐっている」。するとアイソーポスが謂った、「その問題は、われらのところでは子どもたちでも解けるでしょう。すなわち、神殿とはこの世界、柱とは1年、諸都市とは月々、梁とは月の日数、して昼と夜とが2人の乙女で、この乙女たちは、お互い交互に交替しあっているのです」。 | 翌朝、王は国じゅうの学者たちを呼び寄せて、イソップと知恵比べをさせた。ある学者が言った。「大きな神殿に大きな柱が一本ある。その柱は十二の都市を支えており、それぞれの都市は三十の大きな帆で覆われており、その上を二人の女が走りつづけている。これは何か」イソップ「そんな問題はバビロニアでは幼児でさえ答えられます。神殿は天であり、柱は地です。十二の都市は十二か月、三十の帆はひと月の三十の日、二人の女は昼と夜です」 |
明くる日、ネクテナボーは友たち全員を呼び集めて謂う、「あのアイソーポスのおかげで、リュケーロス王に貢祖を納める義務が生じようぞ」。するとなかのひとりが云った、「われわれが見たことも聞いたこともないものとは何か、という問題をわれわれに述べるようやつに申しつけましょう」。そこでそう決定されて、ネクテナボーは満足し、アイソーポスを呼んで謂った、「われらの述べてくれ、アイソーポスよ、われらが見たことも聞いたこともないものとは何かという問題を」。すると彼は、「これについては明日あなたがたにお答えしましょう」。 こういって退出すると、証文をこしらえた、そこには、ネクテナボーは合意にもとづいてリュケーロスに1000タラントンの負債を負えりとしたためられていたが、翌日、王のもとに立ち戻ると、この証文を手渡した。しかし王の友たちは、証文を開封するよりも早く、全員が言った、「それは見たこともあるし、聞いたこともある、また真実知ってもいる」。そこでアイソーポス、「返済いただけるとは、あなたがたに感謝いたします」。ネクテナボーはといえば、負債の同意を読みあげて、云った、わしはリュケーロスに何の負債もないのに、そなたらはみな証言するのか?」。そこで彼らは変説して云った、「われらは見たことも聞いたこともありません」。するとアイソーポスが、「事情かくのごときでありますれば、提題も解けました」。 |
次の学者がイソップに言った。「われわれが見たことも聞いたこともないものとは何か」イソップは宿へ戻ると、偽の証文を書いた。それはネクタナブス王がリクルス王に金貨千マルクを借りており、それを指定の期日に返却することを約束した内容であった。イソップはこの証文を翌朝王に届けた。王はひじように驚き、貴族たちに、「おまえたちはリクルス王がわしに金を貸したのを見たり聞いたりしたことがあるか」と尋ねた。彼らは「ございません」と答えた。イソップは言った。「これであなたの問題は解けました。見たり聞いたりしたことのないものを、あなたは見たり聞いたりしたからです」 |
これに対してネクテナボーも、「かかる知恵袋をおのが王国内に持っておるリュケーロスは浄福なるかな」。かくして、協定どおりの貢祖をアイソーポスに引き渡し、平和裡に送り返した。アイソーポスはといえば、バビュローンに帰着すると、アイギュプトスで起こったことをすべてリュケーロスに語り、貢祖を引き渡した。リュケーロスは、アイソーポスのために黄金の人像を建立するよう言いつけた。 | 王は、イソップのような家来を持つバビロニア王はなんたる幸せ者かと言って、イソップに多くの贈り物を与え、パビロニア王への貢ぎ物とともに彼をバビロニアに帰したのであった。 |
しかし多日を経ずして、アイソーポスはヘッラスに航行したくなった。かくてまた、王にいとまごいをして出郷した、その前に、誓ってバビュローンに立ち返り、以後はこの地で余生をすごすとの誓いを彼〔王〕に立てた。こうして、ヘッラスの諸都市を遍歴し、自分の知恵を披露しつつ、デルポイにも赴いた。しかしデルポイ人たちは、対話には喜んで耳を傾けたが、彼に対する敬意や奉仕はいかほどのこともしなかった。 そこで彼は彼らにしっぺ返しをして謂った、「デルポイ人諸君、あなたがたを海に漂う材木に譬えることをわたしは思いついた。すなわち、それは遠く隔たったところから波間に漂っているところを見ると、何かたいそう価値あるもののようにわたしたちは思うのだが、近くに寄ってみると、まったく安物だとわかる。じっさいわたしも、あなたがたの都市から遠く離れていたときは、あなたがたを語るに価するもののごとく驚嘆していたものだが、今現にあなたがたのところに来てみると、いわば全人類の中で最も無用人間だということを実見した。わたしはとんだ誤解をしていたもんだ」。 これを聞いてデルポイ人たちは、もしかするとアイソーポスがほかの諸都市に行っても自分たちのことを悪く言うのではないかと怖れ、罠にかけてこの人物を亡き者にするたくらみを相談した。そしてじつに、黄金の杯(phiale)を、自分たちのところにあるアポッローンの神殿から引っ張りだしてきて、こっそりとアイソーポスの敷物の下に隠した。こうして、アイソーポスは、連中にたくらまれていること知らぬまま、出発してポーキスに向かって進んでいた。 |
イソップがバビロニアに帰ったこと。王がイソップを讃える黄金の像を建てさせたこと。イソップはパビロニア王の許へ戻り、エジプトでしてきたことの一部始終を物語った。そこで王はイソップを称えて、黄金の像を広場に建てさせた。その後まもなく、イソップはギリンアへ行きたくなり、王に許可を願い出た。王は悲しんだが、イソップがかならず帰ってきて王と生死をともにする旨誓ったので、出国を許可した。イソップはギリンアのすべての都市を旅して歩き、寓話を語って知恵を示したので、ギリンア全土でたいへんな評判になった。彼は最後に、ギリンアで最も有名な地方デルポイへやってきた。しかしデルポイの市民は嫉みからイソップを軽蔑した。イソップは彼らに言ったo「みなさん、あなたがたは海中の丸太のようなものです。遠くから見れば何か立派なものに見えますが、近くに寄って見ればつまらぬものです。同様にあなたがたも、私が遠方にいたときは、ギリシアで最良の人たちと思いましたが、来てみれば最悪の人たちでした」デルポイ人はこの言葉を聞いて、会議を聞き、ィソップがいると自分たちの権威が失墜すると思い、彼を殺す方法を考えた。ちょうどイソップの召使が旅立ちの準備をしていた。彼らはイソップの旅嚢の中にアポロの神殿の金杯をこっそりひそませた。そしてイソップがデルポイを出発するやいなや、彼らは彼を聖物盗のかどで捕まえた。 |
するとデルポイ人たちが襲いかかり、彼を逮捕し、神殿荒らしだと判断した。彼は、けっしてそんなことをしたことはないと否認したが、連中は力ずくで敷物を広げて、黄金の杯(phiale)を発見した。これをまた取り上げると、街のみんなに、少しばかりの騒ぎどころでなく見せびらかせた。ここにいたってアイソーポスは、連中の策謀に気づき、彼らに放免を懇願した。しかし連中は、放免しないばかりか、神殿荒らしとして牢獄に放りこみさえし、これに死刑の有罪票決を下した。 アイソーポスは、この邪悪なる運命(txche)から助かるすべもなく、獄舎に座ってひとり嘆き悲しんでいた。 すると彼の知己のひとり、名はデーマスが、彼のところに入ってきて、ひどく嘆いているのを眼にして、この受難の理由を尋ねた。すると彼が謂った、 「自分の夫を埋葬したばかりの女が、毎日、墳墓のところに通って嘆き悲しんでいた。墓から遠からぬところで耕していたひとりの男が、その寡婦と情交したくなった。そこで、ウシたちを後に残し、自分も墓のそばにやってきて、座って、その女といっしょに嘆き悲しみだした。すると女が、いったいどうしてあんたまでそんなに泣き悲しむと聴いたので、『わしも』と謂う、『べっぴんの女房を埋めてきたところや。こうやって泣いていると、苦痛が軽くなるのや』。すると彼女、『あたしと同じことが身の上に起こったのね』。するとくだんの男、『するって〜と、同じ受難に見舞われたのやから、お互いお知り合いにならんて法があるもんか。わしはあんたをあいつみたいに愛するから、あんたもわしを、あんたの亭主みたいにもう一度』。こういうことをいって女を口説き、そのとおり同衾した。しかしその間に、盗人がやってきて、ウシたちを解いて逃げ去った。くだんの男がもどってきて、ウシたちが見つからなかったので、激しく胸を打って泣きわめきだした。そこにくだんの女もやってきて、嘆いているのを見つけて、謂う、『また泣いてるの?』。するとくだんの男、『今こそ』と云った、『真実わしは泣いているのだ』。 じっさいわたしも多くの危難をまぬがれてきたけれど、今こそ本当に嘆き悲しんでいるのだ、この災悪からの解放される途がどこにも見つけられないので」。 |
イソップが裏切られたこと。また、彼がデルポイ人らに鼠と蛙の話をしたこと。イソップは盗みを否定したが、旅嚢の中から盗品が出てきた。イソップは彼らの陰謀と知り、もはや逃れられないと分かると、おのが不運を悲しんで泣いた。デマスという友人が、元気を出したまえ、と彼を慰めた。 |
その後、デルポイ人たちもやってきて、彼〔友〕を牢から追い払い、 強制的に崖の上に引っ張っていった。彼は連中に向かって言った、 「生き物たちが同じ言葉をしゃべっていたとき、ネズミがカエルと友だちになり、これを食事に呼んだ。そして金持ちの蔵に案内して、そこには有り余るほどの食料があったので、「召し上がれ」と謂う、「親愛なカエル君」。かくして食事の後、カエルもネズミを自分の住処に呼んだ。「さあ、君が泳ぎ疲れないよう」と〔カエルが〕謂う、「細紐で君の脚をぼくの脚に結びつけよう」。そうやって、池へと引っ張っていった。しかし、こいつが深みへ潜ったので、ネズミは溺れ、死に際に言った、『ぼくは君に殺される。けれど、もっと大きなものが復讐してくれるだろう(ek-dikethesomai)』。こうして、ネズミの屍体が池の中に漂っていたので、ワシが舞い降りてきて、それをかっさらった、それとともに、いっしょに結わえつけられていたカエルまでも。そういうわけで、〔ワシは〕両方をご馳走にした。だからわたしも、力ずくであんたがたから処刑されても、報復してくれるものを持つことになろう。なぜなら、バビュローンや全ヘッラスが、あなたがたにわたしの死の代償を求めるだろうから」。しかしデルポイ人たちはアイソーポスを見逃すどころの話ではなかった。 |
デルポイ人らは、イソップは死刑に値するとして、彼を高い山に連れていき、頂から突き落とすことに決めた。 イソップはこの宣告を聞き、彼らを翻意させるべく、次の寓話を語った。 「昔、動物たちの間には平和がありました。鼠と蛙は仲良く暮らしていました。鼠は蛙を食事に招き、次は蛙が鼠を食事に招きました。そして鼠に、『川を無事に渡れるように、君の足を僕の足に繋ぐといい』と言いました。こうして鼠は蛙と足を繋いで川に入りました。鼠は溺れそうになりました。そして言いました。『僕を殺すとは君もひどいことをするものだ。だが生き残っている者が君に仕返しをするだろう』こうして両者が引っ張りっこをしていると、鳶が飛んできて、両者を捕まえて食べてしまいました。同様に、おまえさんたちも不当にも私を殺そうとしていますが、バビロニアとギリシアの人々がおまえさんたちに復讐するでしょう」 しかしデルポイ人らはイソップを釈放しなかった。そしてイソップを山頂へぐいぐい引っ張って行った。 |
そこで彼はアポッローンの神殿に逃げこんだ。しかし連中は怒りに狂ってそこからも引きずり出し、再び崖の上に引っ張っていった。 彼は引きずりゆかれながら言った、「わたしの話を聞け、デルポイ人たちよ。野ウサギがワシに追われて、フンコロガシの隠れ家に逃げこんで、これに助けてくれるよう懇願した。そこでフンコロガシは、嘆願者を亡き者にしないようワシに要請し、自分の小ささを誓って軽蔑しないと、最も偉大なゼウスにまでかけて相手に懇願した。ところが〔ワシ〕は、怒ってフンコロガシを翼ではたいて、野ウサギを奪って喰ってしまった。 そこでフンコロガシは、ワシの跡をつけて、その巣がどこにあるかを知った。そこで襲いかかると、その卵を転がし落として潰してしまった。ワシはといえば、こんなことを敢行しようとするものがあれば、恐ろしい目に遭わされるので、2回目にはもっと上空高い場所に雛を産んだけれど、ここもまたフンコロガシがこれに同じことをした。 そこでワシはすっかり途方にくれて、ゼウスのもとに、というのは、その聖なる鳥と言い伝えられていたから、昇ってゆき、卵の3回目の誕生をその膝のうえに置き、これを神にゆだね、護るよう嘆願した。しかしフンコロガシは、糞団子を作り、昇っていって、ゼウスのふところの中にそれを落としたので、思わずゼウスが立ち上がって糞をふるい落とそうとしたときに、思わず知らず卵まで投げ出してしまった。もちろんそれは落ちてぐちゃぐちゃになった。 フンコロガシから、これがこんなことをしでかすのは、ワシに仕返しをするためだということ、じっさい、くだんのワシはフンコロガシに不正をはたらいたのみならず、〔ゼウスにかけての誓約を無視したから〕ゼウス本人に不敬でもあったことを聞き知って、〔ゼウスは〕やってきたワシに向かって、フンコロガシを苦しめている〔のはおまえだ〕、〔おまえが〕苦しむのは義しい、と云った。 とはいえ、ワシの種族が消滅することを望まず、フンコロガシにワシと和解をするよう忠告した。けれども聞き入れなかったので、かの〔ゼウス〕は、ワシたちの産卵の時期を、フンコロガシが現れない別の時期に変更したのである。だからあなたがたも、おお、デルポイ人諸君、わたしが〔庇護を求めて〕逃げこんだこの神を、たとえ神殿は小さかろうと、辱めてはならない。不敬を働いた者は見逃されることはないであろうから」。 |
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イソップが死んだこと。イソップは彼らに抵抗した。そして彼らの手を逃れてアポロの神殿に逃げ込んだ。だがすべては無駄だった。彼らはイソップを引きずり出し、処刑の場所へと引っ張って行った。イソップはこのひどい仕打ちに、次のような話をした。「ある女に頭の弱い生娘がありました。母親は神々に、娘に知恵をお授けください、と何度も祈りました。この娘はあるとき畑へ行きました。そこには袋に小麦を詰めている男がいました。彼女が『何をしているのですか』と聞くと、男は『知恵を袋に詰めているんだよ』と答えました。彼女は言いました。『どうか私の体にも知恵を少し入れてください。そのお礼は母がしますから』すると男はただちに彼女を捕まえて、その腹に知恵を入れました。つまり彼女の処女を奪ったのです。娘は喜んで母親の許へ帰ってきました。そして『お母さん、立派な若者がいて、私の体に知恵を入れてくれたんですよ』と言いました。母親はこれを聞いてひどく悲しみ、娘にこう言いました。『娘や、おまえは知恵をもらったんじゃないよ。持っていた知恵をなくしたんだよ』」 |
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しかしデルポイ人たちは、これらのことばをわずかに気にとめただけで、やはり死刑の崖に引っ張っていった。そこでアイソーポスは、自分の言ったことに彼らがひとつも心動かされないのを見て、再び謂う、「野蛮で人殺しの諸君、聞くがよい。ひとりの百姓が田舎で年老いて、いまだかつて街に行ったことがなかったので、その見物を親類の者たちに依頼した。そこで彼らは驢馬にくびきをつけ、荷車の上に彼を乗せて、ひとりでゆくよう言いつけた。しかし道中、暴風雨の天候に見舞われ、真っ暗になって、驢馬たちが道に迷って、とある崖の方へと老人を連れて行った。彼はいよいよ崖から落ちそうになって、『おお、ゼウスよ』と云った、『わたしがあなたにいったいどんな不正をしましたでしょうか、こんな理不尽に破滅しようとは、それも、生まれよき馬たちのせいでも、善き半驢馬のせいでもなくて、極安の驢馬たちによって』。去れば、わたしも、同様の状況に今あるのがいまいましい、貴い人士や著名な人たちによってではなく、やくざな極悪人どもによって破滅するのが」。 | イソップはまた、こういう話をした。 「昔、若いときから年を取るまで、畑にばかりいて、都会へ一度も出たことのない農夫がありました。彼は主人に、一度都会を見物に行かせてほしい、と頼みました。人々は彼を荷車に乗せ、ロバに引かせて行かせました。するとひどい嵐が起きて、ロパは正しい道を見失って、荷車を山へ引いていきました。そして嵐に視界を奪わて、ロバも荷車も彼もみんな谷底に落ちてしまいました。この老人は落ちて行きながらジュピターにこう言いました。『ジュピター様、私が罪を犯したためにこのように不幸な死に方をしなければならないとしましても、この役立たずなロバのせいで死ぬのはとても残念です。これが美しい馬だったらよかったでしょうに』同様に私も、正しい人たちでなく、おまえさんたちのような不正な者たちによって処刑されようとしているのです」 |
さらに、いよいよ崖から突き落とされそうになって、次のような寓話(mythos)を述べた、「ある男が、自分の娘に恋して、女房は野良に追いやって、娘をひとりきりに引き離して強姦した。すると娘が、『お父さん』と云った、『神法に悖ることをなさったのよ。むしろ、多くの男たちに辱められた方がよかったのに、生みの親のあんたによりは』。されば、おまえたちにも、おお、違法なデルポイ人たちよ、これを言おう、スキュッラやカリュブディス〔シケリアの海峡にあるとされた大渦。〕、またアプリカのシュルティス〔アフリカの北端、カルタゴとキュレーネーとの間にある数々の湾の2つの砂州の名前〕に呑みこまれることを選ぶのだった、おまえたちから不正・無意味に殺されるよりは。とにかく、おまえたちの祖国に呪いをかけ、あらゆる正義に反してわたしが破滅させられることの証人に神々を立てよう、耳を傾けて、わたしのために復讐してくださるであろう」。こうして、デルポイ人たちは崖下に彼を突き落として処刑した。 | さていよいよイソップが突き落とされる場所へ来ると、イソップはまたひとつ話をした。「ある男が自分の娘に惚れて、力ずくで娘を辱めました。娘は父親に言いました。『娘の私にこんな恥ずべきことをしたとは、あなたは何たる悪者、愚か者でしょう。私はこの暴行を、血のつながったあなたでなく、百人もの他の男から受けたほうがましでした』私も同じです。おまえさんたちのようなならず者でなく、立派な人たちによって殺されたかったです。しかし私は神々がおまえさんたちを罰してくださることを祈ります」そこで彼らはイソップを山頂から谷底へ突き落とした。かくてイソップは哀れにも死んでしまったのであった。 |
しかし程経ずして、〔デルポイ人たちは〕疫病がかかり、アイソーポスの死を贖うべしという神託を受けた。彼らは[自分たちでも]自覚していたこともあって、不正に殺害された彼のために、標柱まで建立した。しかし、ヘッラスの第一人者たる人たちや、相当な知者に属する人たちもみな、こういった人たちもアイソーポスに対してなされたことを知ってデルポイに赴き、その地の人たちといっしょに考察し、彼ら自身もまたアイソーポスの宿命の復讐者となったのである。 //END. |
デルポイ人らが彼らの神に犠牲を捧げたこと。そしてイソップの霊を慰めるために神殿を建立したこと。イソップが処刑されると、デルポイの都はひどい疫病と飢饉に見舞われた。彼らは途方に暮れて、イソップの霊を慰めるべく、アポロに犠牲を捧げた。そしてイソップ殺害が不当だったとして、彼らは神殿を建立した。一方、ギリシアの王侯たちはデルポイ人らがイソップを殺害したという報せを聞いて、イソップを不正にも惨殺した彼らを罰すべく、デルポイへやってきたのであった。//END. |