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沈黙の哲学者セクゥンドス(1)

セクゥンドスの生涯と思想

(Vita et sententiae Secundi)

セクゥンドスの生涯

(Vita Secundi)



[解題]

 『沈黙の哲学者セクゥンドス』は、二世紀にギリシア語で書かれた伝記で、作者は未詳。主人公セクゥンドスについても詳細は不明である。
 この作品を知る人は、おそらくわが国では少ないのではないかと思う。B・E・ペリーによれば、シンドバード物語の祖本であるパハラヴィ一語版の成立に影響を与えたとされる作品の一つである。とりわけ沈黙のモチーフと、死に直面しても沈黙を守り通すこと、死を免れたのちに王・皇帝との間に質疑応答がなされることなどが、シンドバード物語に採り入れられているという。皇帝ハドリアーヌスの間に対するセクゥンドスの答は連想ゲームを彷彿とさせるもので、実に見事な答もあるが、分かりにくい答もあるようである。
 ギリシア語のほか、シリア語、アルメニア語、アラビア語、エティオピア語、ラテン語の写本が伝存しており、アラビア語版とエティオピア語版のともに第一三章には、「シンドバード物語」から逆に挿入話「毒入り牛乳」が採り入れられている。この伝記そのものの研究はシンドバード物語の研究とはまた別のものであるので、シンドバード物語の成立にどのような点で影響を与えたと思われるのかを紹介するにとどめて、シンドバード物語の起源の問題とともに、この伝記の果たした役割についての詳細は、B・E・ペリー『シンドバードの書の起源』(未知谷、2001.4.刊)に譲りたいと思う。
 (西村正身『賢人シュンティパスの書』未知谷、p.173)




[底本]

TLG 1521
VITA ET SENTENTIAE SECUNDI
(A.D. 2)
1 1
1521 001
Vita Secundi, ed. B.E. Perry, Secundus the silent philosopher
[American Philological Association Philological Monographs
22. Ithaca,
New York: American Philological Association, 1964]: 68-78.
5
(Cod: 1,167: Biogr.)
2 1
1521 002
Sententiae, ed. B.E. Perry, Secundus the silent philosopher
[American Philological Association Philological Monographs
22. Ithaca,
New York: American Philological Association, 1964]: 78-90.
5
(Cod: 583: Gnom.)





セクゥンドスの生涯(Vita Secundi)

68."t"
哲学者セクゥンドスの生涯

68.1
 セクゥンドスは哲学者になった。この人物は、全時間、沈黙の修行をしつつ哲学にいそしんだ。ピュタゴラス派の生き方を選んだのである。沈黙の理由はこうである。
 小さいころ、教育を受けるべく両親のもとから送り出された。彼が教育を受けている間に、彼の父は亡くなった。ところで、彼は次の俚諺を常々耳にしていた。「女はみな娼婦、慎み深いのは人目につかぬ女のみ」というものである。さて、大人になって、自分の祖国に帰ると、犬儒派の修練をひけらかした。杖と頭陀袋をたずさえ、頭〔の毛〕と髭をたくわえたのである。〔そのため〕この人物は、宿泊所を自分の家の中にとったが、家人の誰ひとり、彼の母親さえも、彼を認知できなかった。さて、女たちに関する〔先の〕ロゴスも、はたして真理であるかどうか、確信を得たいと思い、下女のひとりを呼び、金貨6枚をこれにやるからと約束し、彼女の女主人、つまり自分の母親を恋慕しているふりをした。彼女はその金貨を受け取り、自分の女主人を口説くことができた。これに金貨50枚を約束したのである。彼女〔女主人〕は下女と申し合わせてこう云った、
70.1
 「夕方になったら、あの方をこっそり案内し、あの方と共寝しましょう」。
 くだんの哲学者は、下女からの報告を受けると、夕食の支度に行かせた。そしてまさしく食事も終わり、寝所に入ったとき、彼女〔女主人〕は、彼と肉体的な交わりをするものと期待したが、彼は自分の母親として抱擁し、自分に授乳してくれた乳房のあたりを眼で照らしただけで、夜明けまで寝ていた。そして日が射しこむと、セクゥンドスは起き上がり、出て行こうとした。彼女は、彼を引き留めて言った。
 「わたしを罪しようとして、こんなことをなさったのですか」。
 彼は云った。
 「違います、母上、自分の出てきたところを汚すのは義しいことではないからです。起こってはならないことです」。彼女は、彼が何者であるかを彼から聞き知った。彼は彼女に云った。「わたしはセクゥンドス、あなたの息子です」。
 彼女は自分の罪を思い、羞恥に堪えられず、首をくくった。セクゥンドスの方は、自分の舌のせいで母親の死が起こったことを知り、以後は口をきくまいと、その拒否を自分に課した。じっさい、死ぬまで沈黙を修練しつづけたのである……

 ちょうどそのころ、皇帝アドリアノス〔在位117-138〕がアテーナイにやってきて、彼のことを耳にし — 何であれ美しいことが彼〔皇帝〕に気づかれるはずはないからである — 、謁見するようこれを呼びにやった。そしてセクゥンドスがやってくると、アドリアノスは、果たして沈黙を真に修練しているかどうか審査してやろうと、72.1 立ち上がって、先ず彼を歓迎した。しかしセクゥンドスの方は、いつもどおり沈黙を守りつづけた。アドリアノスは彼に謂う。
 「口をきくがよい、哲学者よ、そうすれば、われわれはそなた〔の教え〕を学べよう。沈黙していては、そなたの内なる知恵を知ることはできないのだから」。
 しかしセクゥンドスは依然として沈黙していた。さらアドリアノスは彼に謂う。
 「セクゥンドスよ、余が来るまで沈黙していたのは美しいことであった。なぜなら、そなたより本当に評判高き聞き手や、そなたの言辞に対処できる者をもつことはできなかったであろうから。しかし今は余がおり、頼んでいるのだ、口をきくがよい、そなたのロゴスを徳(ajrethv)へと引き上げるのだ」。
 しかしセクゥンドスは臆することもなく、帝王を恐れることもなかった。ついにアドリアノス憤慨し、ひとりの護民官に謂った、いわく、
 「この哲学者を、われわれにロゴスを吐くようにさせよ」。
 するとその護民官はすぐに云った。
 「ライオンやヒョウや多の獣でしたら、人間の口をきくよう説得することができますが、哲学者の不従順を〔説得することは〕できません」。
 そこで、ひとりのヘッラス人の死刑執行人を呼びつけ、謂う。
 「帝王アドリアノスに口をきくことを望まぬ者が生きながらえることを余は望まぬ。連れて行って、こやつを処罰せよ」。
 その一方で、アドリアノスはこっそりその死刑執行人に命じて、これに謂った。
 「哲学者を引っ立てるとき、道々彼と口をきき、口をきくよう話しかけよ。そして、もしも返答するよう彼を説得できたら、彼の首を刎ねよ、しかし、返答しなかったら、助命して、もう一度彼をここに連れて来よ」。
 こうして、セクゥンドスは沈黙したまま連行されていった。そして、死刑執行人は彼を連れて、ペイライエウスに下っていった。そこが死刑に処される者たちの場所だからである。そして、彼〔セクゥンドス〕に言った。
 「おお、セクゥンドスよ、沈黙したまま死ぬのはどうしてなのだ。口をきけ、そうすればおまえは生きながらえられよう、ロゴスによっておまえ自身に命を授けるのだ。というのも、白鳥は生の終わりに歌い、他のものらもそうだ。鳥類は自分たちに与えられた声でさえずり、生涯無音というものは何もいない。だから思いなおせ。74.1 おまえに生じた沈黙の時間は充分なのだから」。
 他にも数多のロゴスで慰め、セクゥンドスを誘惑した。しかしセクゥンドスは、生きのびることをも無視し、沈黙したまま死を待ち、ロゴスに転向しようとはしなかった。そこで死刑執行人は、この男をいつもの場所に引き立て、謂う。
 「セクゥンドスよ、おまえの首を突き出せ、そしてみずからこの剣を受けよ」。
 するとセクゥンドスは首をのばし、沈黙したまま、生に別れを告げた。そこで抜き身の剣を見せつけながら、死刑執行人が謂う。
 「おお、セクゥンドスよ、声を出しておまえの死を購うのだ」。
 だがセクゥンドスは口をきかなかった。そこで死刑執行人は彼を伴い、アドリアノスのもとに赴いて、謂う。
 「皇帝陛下、セクゥンドスですが、わたくしめに引き渡されたそのまま、これを御身のもとに連れ来ました、死ぬまで沈黙したままでしたので」。
 するとアドリアノスは、哲学者の自制(ejgkravteia)に驚いて、立ち上がって謂った。
 「セクゥンドスよ、沈黙をば、そなたは自分に課した一種の法のごとくに守り通した、余はそなたの法にそむかせることができなかった。されば、この書板をとって書くがよい、そうして、そなたの手を通して余と交わってくれい」。
 そこでセクゥンドスは了承して以下のことを書いた。

 『わたしは、おお、アドリアノスよ、死のゆえをもって御身を恐れるということはありません。たしかに、わたしを殺すことのみは、御身の意のままです。御身はこの御代の支配者として認められているのですから。しかし、わたしの声や、わたしの話されるロゴスに対する自由(ejxousiva)は、何ひとつ御身にないのです』。
 アドリアノスは読んで謂った。
 「そなたは美しく弁明した。しかし、別のもっと多くの事柄についても<余に答えてもらいたい>。というのも、そなたに20の問題を課する、その第一は、世界とは何かだ[これについて余に答えてもらいたい]」。
 そこで再びセクゥンドスは返信した。
 『世界とは、おお、アドリアノスよ、天と地と、その内なる全体との構成体(suvsthma)ですが、76.1 このことは、少し後で述べることにしましょう、言われることに御身が心を傾注するならば。というのは、御身も人間として、おお、アドリアノスよ、われわれ皆もあらゆる受難に与っているごとく、腐敗の灰なのですから。ロゴスなき〔動物〕の命もかくのごとしです。すなわち、それら〔ロゴスなき動物〕の中の或るものらは、鱗に被われており、或るものらは毛に被われており、或るものらは盲目であり、或るものらは飾られています。彼らに与えられた自然によってみずから装い、みずから助けているのです。しかるの御身ときたら、おお、アドリアノスよ、恐怖に満たされているのです。
 <冬の>咆え猛る気息〔=風〕に<震え>はなはだ悩まされ、夏の暑気に熱せられて困窮する。<海綿>と同様に膨れるのです。というのも、<身体>の中に生き物、つまり腹の虫やシラミ〔寄生虫〕の群をもっていて、それが御身の内臓に溝を掘るからです。あたかも、蝋焼きつけ画師たちの火によって、御身は<焼き付けられたもの>となるかのようなものです。間もなく切り裂かれ、分割され、受難多き生き物 — 太陽に焼かれ、北風に凍えるもの — であることを予知するのです。あなたが有する哄笑は、受難の序曲、一転して涙になるものです。わたしたちにあるのは、運命(moivra)の必然でしょうか、それとも、ダイモーンの必然でしょうか。というのは、こ〔の必然〕がどこからくるのか、わたしたちは知りません、今日、わたしたちのそばを通り過ぎるのか、明日なのかを知らないのです。ですから、言われていることを軽視してはなりません、おお、アドリアノスよ。世界を巡廻したの御身ひとりだと言ってはなりません。太陽や月は、星辰とともに、世界を行きめぐっているのですから。自分は美しく、偉大であり、富裕であり、人の住む世界の支配者であると思ってもなりません。生の遊具として生まれついた人間であり、偶然(tuvch)と運命(moivra)に支配された者、時には高慢、時には冥府よりも卑しき者であることを知らないのですか。人生を学ぶことができないのでしょうか、おお、アドリノスよ、数々の実例から。黄金のオボロスによって、リュディアの王は何と富裕だったことか、78.1 総司令官として偉大だったのは、ダナオイの王アガメムノーン、大胆不敵で勇敢だったのは、マケドニアの王アレクサンドロス、勇ましかったのはヘーラクレース、野蛮だったのはキュクロープス、賢明だったのはオデュッセウス、美しかったのはアキッレウスです。ところで、偶然(Tuvch)が、彼らが個々に有していたものらを彼らから奪い取ったのなら、御身からは、はるかに多く〔奪い取る〕でしょう。なぜなら、御身はアキッレウスほど美しくもなく、オデュッセウスほど賢くもなく、キュクロープスほど野蛮でもなく、ヘーラクレースほど勇ましくもなく、アレクサンドロスほど勇敢で大胆不敵でもなく、アガメムノーンほどの総司令官でもなく、リュディアの王ギュゲースほど富裕でもないからです。以上が、おお、アドリアノスよ、わたしたちの序論の部分に書かれた内容です。では、御身が問いただされたところにしたがって進みましょう。

2009.01.03. 訳了。

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