イソップ伝
プラヌウデス編
寓話作家アイソーポスの生涯
|
[底本]
TLG 1765 003
Vita Pl vel Accursiana (sub auctore Maximo Planude) (recensio 1),
ed. A. Eberhard, Fabulae romanenses Graece conscriptae, vol. 1. Leipzig:
Teubner, 1872: 226-305.
5
(Cod: 11,718: Narr. Fict.)
[挿絵]
マショー本(1486年版)〔Les subtiles fables d'Esope : Lyon, M. Husz, 1486 / Notice de J. Bastin
Association Guillaume Le Roy, 1926〕による。-->多謝、竹村宏さん
寓話作家アイソーポスの生涯
[1]
人間界の出来事の自然本性をはっきりさせ、後世の人たちに伝え広めた人たちは他にもいる。しかしながら、アイソーポスほど、倫理的な教えの神的な霊感にはるかに深く触れて、他の多くの人々をはるかに凌駕した者はいないように思える。というのも、教訓(nouthesia)をたれるにしても、意見表明するわけでもなく、論理展開するわけでもなく、またもちろん、自分の世代より前の時代がもたらした歴史〔話〕に依拠することもなく、万事を寓話(mythos)によって知的訓練をし、しかもそれが聞き手の魂をあまりに強くとらえたので、理論派の人たちでさえ、小鳥たちも狐たちも〔登場し〕ないような話をしたり思考することを恥じ、あまつさえ、言葉なき〔生き物〕たちの多くが時宜を得た教訓をたれてきた事柄に改めて心を傾注しようとしたほどである。そこから、ある話は身にふりかかった危難を洞察させ、ある話は、時宜にかなった最大の利益を得させたのである。とはいえ、この 国制の模像としての哲学者の独立不羈の人生を過ごし、言葉によってよりもむしろ行動によって哲学者であった人物は、生まれは、大プリュギア〔小アジア西部の内陸部。ヘレスポントスの南沿岸部(トロアス地方)を小プリュギアというのに対して〕の呼び名を持つ地のアモリオンの出身であるが、運命(tyke)によって奴隷となった人であった。このことについては、プラトーンの『ゴルギアス』中に述べられていることが、すこぶる美しくかつ真実なこととしてあてはまるようにわたしには思える。すなわち、「たいていの場合、これらは」と彼は謂う、「お互いに正反対なのである、自然(physis)と法(nomos)は」(482E)と。すなわち、アイソーポスの魂を自然(physis)は自由人として引き渡したけれども、人間界の法(nomos)はその身を奴隷身分に引き渡したのである。しかしながら、彼は堅固であって、したがって魂の自由によってそこなわれることもなく、なるほど身体は多くの地方、さまざまな身分に住みかわったけれども、かの魂はその本来の位置を逸れることはなかったのである。とはいえ、彼は奴隷以外の何ものでもなかったばかりか、彼より後の時代のいかなる人間よりも不格好であった。というのも、頭でこぼこ、鼻はぺちゃんこ、首ずんぐり、たらこ唇、黒人(名前もここに由来した。というのは、アイソーポスとは、アイティオピア人というのと同じだから)、太鼓腹、扁平足でせむし、この姿の醜怪さは、たちまちにしてホメーロスのテルシテース〔『イリアス』巻2の212以下〕をも凌駕した。けれども、彼のなかで何にもまして最悪だったのは、どもりで、音声のしるしなく、言語不明瞭だったこと。一事が万事、アイソーポスには奴隷身分が用意されていたとさえ思える。というのも、身体がこれほど奇態な男に、奴隷たるの網の目からのがれられたとしたら、それこそが驚くべきことであったろうから。とにかく、この男の身体はこのとおりであった。しかし魂は、生まれつき抜け目なきことこのうえなく、ありとあらゆる思いつきにかけては、犀利なことこのうえなかった。
[2]
さて、この男を所有している者は、〔アイソーポスが〕内向きの仕事にはてんでなじめないものだから、畑仕事をするよう野良にさしつかわした。そこで彼は出かけて行き、その仕事を熱心にやった。やがて主人も、仕事の監督をするために畑にやってくると、ひとりの農夫が善きものらの中からイチジクをもぎとって、贈り物として差し出した。彼〔主人〕はおやつの時間に食おうと、家僕のアガトプウス これがその童僕の名前であった に、見張っていて、入浴後に自分に供するよう言いつけた。事情かくのごとくして、アイソーポスがちょっとした用事で屋敷に入ってゆくと、アガトプウスがこれをさいわいと、次のようなたくらみを奴隷仲間のひとりに持ちかけた。「よかったら、イチジクを、腹いっぱい食おうや、なぁ、あんさん、わしらのご主人がこれを所望しても、むろん、わしら二人してアイソーポスのせいにする、やつが屋敷に駆けこんで、恐れるところがなくなると、こっそりイチジクをぱくつきましたとな、そうやって、家への入口と真実の土台のうえに、ぎょうさんの嘘をうち建てるべぇ。そうすりゃ、二人対一人では何にもなるまいし、そのうえ、よしんば弁舌に力をもっていたとしても、訴えて咎めをまぬかれるなんてできっこねぇ」。それがよいと思われたので、彼らは行動に移し、イチジクを味わいながらお互いにほくそ笑みながら言いあった。「ああ、あんさんのせいで、気の毒なアイソーポスめ」。
さて、主人は沐浴から帰ってくると、イチジクを所望し、アイソーポスが平らげてしまったと聞くや、怒って、アイソーポスを呼ぶよう言いつけ、呼ばれてきた相手に謂う、「言ってみろ、このろくでなし、ここまでわしを馬鹿にして、倉に入りこんで、わしのために用意されていたイチジクを頂戴したわけを」。相手〔アイソーポス〕は聞いて事態を理解したけれど、どもりだからどうにもしゃべることができない。そこで今まさに打たれようとし、中傷者たちが勢いこんで迫ってきたとき、主人の足許に身を投げ出して、少し待ってくれるよう懇願した。そして、駈けていってぬるま湯を持ってきて、それを飲むと、指を口につっこむと、今度は水分だけを吐き出した。というのは、食い物には触れたことがなかったからである。とにかく、これと同じことを、追及者たちもするよう求め返した、そうすれば、イチジクをかっぱらったのが誰か、明らかになるだろう、と。主人は、彼の頭の良さに驚嘆しつつ、そうするように他の連中にも指示した。彼らは湯を飲むにしても、もとより喉に指をつっこむのではなく、それで頬の〔内側の〕横をかすめようとたくらんだ。しかし、ぐずぐずしながら飲むと、たちまちそのぬるま湯が飲んだ連中に船酔い気分を起こさせ、ひとりでに〔イチジクの〕実を吐き出させた。かくして、家僕たちの悪行と誣告が白日のもとにさらされ、連中は次のことばをはっきりと思い知ったのである、
他人に罠をしかける者は、
自分で自分にそうしていることに気づかない。
[3]
次の日、主人は町に荷運びをし、アイソーポスは指図されたとおり畑起こしをしていると、アルテミスの神官たちだったか、あるいはまた他の人間たちだったか、道に迷って、アイソーポスに出くわし、町に通じる道を自分たちにおしえてくれるよう、ゼウス・クセニオスにかけてこの男に懇請した。そこで彼は、先ずは一行を樹影にともないゆき、質素な食事を供して、そのうえで彼らに説明し、彼らが所望している道へと案内してやった。そこで彼らは、ひとつはその客遇に、ひとつはまたその道案内にも格別この男を頼りとして、両手を天にさしのべ、祈りをもってその善行に報いた。そしてアイソーポスは引き返したが、絶え間ない労苦と炎熱に眠りに落ち、「運命(Tyche)」が自分の上にやってきて、舌のもつれの解放、言葉の流暢さ、寓話の知恵を恵んでくださる夢を見たように思えたので、すぐに眼がさめて謂った。「おやおや、なんて快い眠りやったことか。いや、それだけやない、美しい夢を見たもんや。しかも、そら、支障なくものが云えるぞ。ウシ、ロバ、二本鋤。神々にかけて、こんないいことがわしに起こった理由がわかったぞ。客人たちに敬虔にふるまったので、お返しにこんないい目にあったにちがいない。なるほど、いいことをするのは、もろもろの善望にみたされるってことやな」。
[4]
さて、こうしてアイソーポスは事態に狂喜し、再び畑起こしを始めた。するとひとりの男が畑にやってきた その名はゼーナス 、働いている者たちのところに来ると、中の一人を、作業を少ししくじったので、杖で殴りつけたので、すぐさまアイソーポスが大声を出した。「やい、ちっとも不正してない者を、何でそないにいじめ、1日中わけもなく鞭ばかりくらわすんや。このことを旦那に洗いざらい報告したる」。ゼーナスは、アイソーポスの口からこのことを聞いて、ひとかたならず驚き、自分に向かって云った。「アイソーポスがしゃべり始めたのは、ちっともわしの得にはならん。ここは先手を打って、わしの方が先にやつをご主人に讒言してやろう、やつがそんなことをしでかすまえに。そうすれば、ご主人がわしを追及するのをゆるめてくれよう」。
こう云うとすぐに町の主人のもとに駈けだした。そうして騒々しく走り寄って、「ご機嫌よろしく」と謂った、「ご主人様」。相手が、「何をそんなに騒いでいるんや」と謂う。そこでゼーナスが、「畑でいささか奇っ怪なことが起こりやした」。そこで主人が、「いったい、どの樹かが季節外れの実をつけたんか? それとも、家畜のどれかが自然に反した仔を産んだんか?」。すると相手、「そうじゃござんせん。アイソーポスめが、前はおしだったのに、今しゃべり始めたんでがす」。すると主人、「そんなら、おまえにとってちっともいいことじゃないな、それを奇っ怪なことみなすからには」。そこで相手、「さいでがす」と謂う、「わしを馬鹿にしくさるのは、喜んで見逃しやす、ご主人様。けど、あなた様や神々に対して、聞くに堪えぬ冒涜をしくさるのでがす」。
このことばに主人は怒りにとらわれ、ゼーナスに謂う、「ええか、アイソーポスはおまえに引き渡そう。売り払うなり、贈り物にするなり、おまえの好きにするがええ」。そこでゼーナスは、主人のところに現れたアイソーポスを受けとり、これに対して自分が主人としての権利を有することを宣告すると、相手は、「もちろん、何でもあんさんの望みのままに」と謂う、「働きますでがす」。
[5]
この時たまたま、ひとりの男が役畜を買おうとして、そのためにかの畑に通りがかり、ゼーナスに尋ねたので、この者が「わしのところに」と謂う、「売り物の家畜はおらんけど、男の奴僕(somation)ならおる。これを買う気があるなら、売り渡せる」。
そこでくだんの交易商人が、その奴僕を自分に見せてくれるよう謂うので、ゼーナスがアイソーポスを呼び寄せると、交易商人は彼を見るなり、吹き出してしまった、「どこからおまえさんのとにに来たんや」とゼーナスに向かって謂う、「この土壺(chytra)は? 樹のうろからうまれたんか、それとも人間か? こいつが声を持っていなかったら、革こぶと思わないわけにはいかんかったとこや。こんなろくでなしのために、わしに道草をくわすとは、どういうつもりや?」。
こう云うと、もと来た道に引き返そうとした。するとアイソーポスが彼を追いかけて、「待っておくんなさい」と謂う。相手が振り返って、「しっしっ」と謂う、「あっち行け、くそけがらわしい犬め」。するとアイソーポスが。「あっしに云っておくんなさい、何のためにここに来なすったのか」。そこで交易商人。「ろくでなしめ、何か役に立つものを買うためやがな。ところがおまえときたら、役立たずのくそったれで、わしには用がないんや」。するとアイソーポス、「あっしを買っておくんなさい、いろいろとあんたは得をすることができるんでがす」。すると相手が、「おまえからどんな得がえられるんや、ほんまに憎たらしいやつや」。するとアイソーポス、「あんたの屋敷には、だらしなくて泣きわめく童僕がおるんとちゃいまっか。そいつらにあっしを家庭教師としてあてがったら、ぜったいそいつらにとってお化けの代わりになりまっせ」。するとこのことばに交易商人は笑って、ゼーナスに謂う、「このできそこないの容れ物はなんぼで売るんや」。彼が謂う、「3オボロス」。交易商人はすぐさま3オボロスを支払って言う、「払うも買うも、ただみたいなもんやな」。
かくして、道を進んで、彼らが屋敷に着いてみると、まだ母親のもとですごしている2人の童僕が、アイソーポスを眼にすると、びっくりして泣き出した。するとアイソーポスがすぐに交易商人に謂う、「あっしの請け合ったとおりになったでがしょう」。相手は笑いながら、「ずっと奥に入って」と謂う、「おまえの奴隷仲間に挨拶するんや」。そこで中に入って、彼が挨拶するのを、彼らは、「わしらの主人に、いったいどんな悪いことが起こったのやろ」と謂う、「あんな醜い奴僕を買いなさるとは。いやいや、どうやら、屋敷の魔よけ代わりにあれを買いなさったらしい」。
[6]
久しからずして、交易商人も入ってきて、旅支度をするよう奴隷たちに差配した。翌日、アシアへの旅行をするというのだ。そこで彼らはただちに調度類を分けあった。するとアイソーポスが、荷物のいちばん軽いのを自分に譲ってくれるよう頼んだ。新入りで、こういった奉公にまだ鍛錬ができていないからというのだ。そこで一同は、何も持とうとしなくたって、かまわないといったが、彼は、みんなが骨折りしているのに、自分だけ手伝わないわけにはいかないと言った。
そこで一同が、何でも好きなものを持つよう任せたので、あちらこちらと見まわして、粗布と敷布と籠といったさまざまな道具を集め、ひとつの籠にはパンをいっぱいにして、これを二人で運ぼうとしたのを、自分にかつがせてくれと申し出た。一同は笑って、こんなとんでもないろくでなし以上の愚か者はいないと謂った、ちょっと前まではいちばん軽い荷物を持たせてくれと頼みながら、今はどれよりもいちばん重たいのを選ぶとはなぁ、しかし、本人の熱意を満たしてやらねばなるまいと、籠を持ち上げてアイソーポスにかつがせてやった。彼は、肩に荷をのせられ、あっちへふらふら、こっちへふらふら。これを見て交易商人は、驚嘆して謂う、「アイソーポスめ、労苦に熱心だから、わしの払った代価はすでにもとをとったようなものだ。家畜1頭分の荷を持ってくれるのやから」。
こうして、昼食の刻限になって一行が休息したとき、アイソーポスはパン配りを言いつけられ、大勢で喰ったので、籠のひとつは半分にした。おかげで昼食後には、荷物はより軽くなったので、ますます熱心に道を進んだ。さらにまた夕方になって宿泊するときも、再びパン配りをし、次の日には完全に空になった籠を肩にのせて、皆の先頭を進んだので、これが先頭切るのを見て、くそったれはアイソーポスなのか、はたまた誰かほかの者なのか、奴隷仲間たちにも両論が生じたほどである。そして彼らは思い知ったのである、この黒い肌をしたやつがいかに誰よりも賢明な行動をしたか驚嘆すべきは、あっさりと使い果たされるパンを持ったこの男であって、ほかの連中は敷布やほかの道具類といった、自然本性的にそれほどは使い果たされることのないにきまっているものをかついだのである。
かくして交易商人はエペソスにつくと、奴隷人足たちの他の連中はいい値で売り払えたが、彼には筆生(grammatikos)と竪琴弾き(psaltes)とアイソーポスという3人が売れ残った。しかし彼の馴染みのひとりが、サモスに渡るがいいと忠告し、あそこなら奴僕(somatia)を大きな儲けで売り払えるだろうからと説得した。そこで交易商人はサモスに上陸し、筆生は竪琴弾きといっしょに新調した衣裳を着せ、二人とも陳列台の上に立たせた。アイソーポスの方は、どこをとっても飾りたてられるようなところがなく、というのは全体が出来損ないであったから、こいつには山羊皮の粗服でくるみこんで、二人のまんなかに立たせた、だから見物人たちもこう言って辟易したものだ、「この胸くその悪ぃのがくっついているのか? こいつのおかげで他のものまでが台無しだっちゅ〜のに」。しかしアイソーポスは、多衆に馬鹿にされようと、一向平気で、その連中を見つめて立っていた。
ところで、哲学者のクサントスは、当時、サモスの住民の一人であったが、市場に入りかけて、2人の童僕が奇麗に着飾って並び立ち、そのまんなかにアイソーポス〔が立っているの〕を目撃して、まんなかに醜怪な人間を配置することによって、不細工さの並置によって若者たちがその美しさを引き立たせるようにした、交易商人のその思いつきに感心した。
そこでもっと傍近くに寄って、竪琴弾きに、どこの出身かと聴いた。すると相手が、「カッパドキア」。そこでクサントスが、「して、おまえは何ができるのか?」。そこで相手が、「何でも」。するとこのやりとりに、アイソーポスが笑い出した。そこで、クサントスの馴染みの弟子たちは、彼がとつぜん笑いだし、しかも歯をむきだしにしているのに眼をとめて、何か化け物を見ているような気になって、ある者は、「きっと、歯を持った瘤にちがいない」と言い、ある者は、「いったい何を見て笑ってんだ」と〔言い〕、ある者は、「笑ったんじゃない、震えてんだ」というふうに〔言い〕、皆が皆して、笑ったのがいったい何者なのか知りたくなって、なかの一人が進み出てアイソーポスに謂った、「何だって笑ったんだ?」。すると彼が、「さがれ、海のヒツジ」。この言葉に相手はすっかり面くらって、じきに引き下がった、クサントスが交易商人に謂った。「この竪琴弾きはいくらか?」。相手が「1000オボロス」と答えると、もう一人の方に行った、法外な値を聞いたからだ。そしてさらにその相手にも哲学者は、どこの出身か質問した、そしてリュドスと聞いて、問い返した、「して、おまえは何ができるのか?」。こいつもまた「何でも」と謂ったところが、またもやアイソーポスが笑った。弟子たちのひとりが当惑して、「いったい何だってあいつは何かにつけて笑うんだ?」。ほかのひとりが彼に向かって云った、「おまえも海の牡山羊が聞きたけりゃ、質問してみな」。クサントスはといえば、またもや交易商人に尋ねた、「この筆生はなんぼや?」。するとその者が、「3000オボロス」と答えたので、哲学者はその値の法外さにがっかりして、くるりと向きを変えて立ち去ろうとした。弟子が、奴僕たちが気に入らなかったのかと質問すると、「そうじゃないが」と謂う、「奴隷人足ごとき、高すぎるのは買わないつもりだ」。すると彼ら弟子のひとりが謂う、「なるほど、そういうことでしたら、とにかくこの醜いのを買わないって法はありません。こいつだって同じ奉公をするでしょうから。こいつの代金ならわれわれも払いましょう」。クサントスが謂った、「いや、面白いな、君たちが金を出して、わしが奴隷を買うとはな。けれど、わしのべっぴんの女房は、醜い奴僕に仕えられることに我慢できまい」。するともう一度弟子たちが、「導師よ、近い教えがあります、女のいうことを聴くなという」と云うので、哲学者が云った、「その前に、あたら金を無駄にしないために、何を知っているか試してみなくちゃ」。
とにかくアイソーポスに近づいて、「ご機嫌さん」と謂う。すると相手、「何であっしが不機嫌でないんで?」。そこでクサントス、「おまえを歓迎するよ」。すると相手も、「あっしも旦那を」。これにはクサントスも、その他の者たちもいっしょになって、返答の意外さと周到さに仰天し、尋ねた、「何者か?」。すると相手が、「黒人や」と謂う。そこでクサントス、「そういうことを謂っているんのではなくて、どこから来たのか?」。すると相手、「あっしの母親の子宮から」。そこでクサントス、「そういうことを言ってるのではなくて、どこで生まれたのか?」。相手も、「床の上だったか土間だったか、あっしのおっ母は、あっしに告げてくれなんだ」。そこで哲学者、「で、何ぞ仕方を識っていることがあるか?」。すると相手が、「何にも」。そこでクサントス、「どういうことか」。そこで相手が、「こいつらがどんなことでも知っていると称したからには、あっしには何ひとつ残ってないんでがす」。このやりとりに弟子たちは滅法よろこんで、「神的な先見の明にかけて」と謂った、「まったく美しくも返答したもんだ。たしかに、ひとりで何でも知っている人間なんていやしないからな。だからこそ、明らかにやつは笑ってたんだ」。
そこでもう一度クサントスが謂う、「わしに買ってもらいたいか?」。するとアイソーポス、「そんなことをあっしに相談する必要があるんでがすかい? 買うも買わないも、旦那の善いようにすりゃぁいい。誰も何も力ずくに訴えはしまへん。それは旦那の思いのまま。望むなら、財布の口を開けて銀子を払いなされ。さもなきゃ、馬鹿にするのはよしとくれ」。そこで再び弟子たちがお互いに謂いかわした。「神々にかけて、導師を言い負かしたぞ」。さらにクサントスが謂う、「おまえを買い取ったら、逃げだそうとするだろうな」。アイソーポスが笑って謂った、「そうしたいなら、旦那に相談なんかしないやい。ついさっき、旦那もあっしにしなかったようにね」。するとクサントスが、「言うことは美しいが、おまえは醜男だ」。すると相手、「注目せなあかんのは、心であって、哲学者殿、見てくれやおまへんやろ」。
このとき交易商人に近寄ってクサントスが謂う、「いくらでこいつを売るんか」。すると相手が、「あっしの商売を冷やかしといでか、あんたの童僕として値打ちのあるのをうっちゃっといて、こんな醜男を選ぶなんて。ほかのやつらを買うとくれ、こいつはおまけにしときまっせ」。するとクサントス、「いいや、ぜったいこいつだ」。そこで交易商人。「買うなら60オボロス」。そこで弟子たちが即座に値段を出しあって払い、クサントスが買い取った。すると、収税吏たちが取引のあるのを知って、売り手が誰で買い手が誰か調べるため、傍に寄ってきた。しかし両人ともしみったれた値段に名乗りをあげるのを恥ずかがっていると、アイソーポスが真ん中に立って大声で言った。「買われたるは、あっし。買ったるはこちらの方、売ったるはあちらの方。両人とも黙っていたら、むろんあっしは自由人」。おかげで収税吏たちは心がなごんだので、クサントスには税を免除して立ち去った。
[7]
こうして、アイソーポスは家に帰るクサントスについて行った。焼けつくような真昼時であった、クサントスは歩きながら長衣(chiton)をたくしあげて小便をした。これを見てアイソーポス、その内衣(himation)の後ろをつかんで、自分の方へ引っ張って謂う。「なるべく早くあっしを売っておくんなさい、さもなきゃ、逃げ出しちまうだよ」。そこでクサントス、「何のために?」。「なぜって」と彼が謂う、「こんな主人にゃ仕えてられねぇだ。なぜというて、あんさんは主人で、怖いものなし、それやのに、自然〔の欲求〕に休息を取ることもせず、歩きながら小便をしなさる、〔そうとすると〕奴隷のあっしが何か仕事を仰せつかった日にゃ、道を歩いている最中に何かこんな自然的欲求がきざしても、あっしは飛びながら大便をしなくちゃなんねぇのは必定」。するとクサントス、「そんなことがおまえの心をさわがしているのか? わしが歩きながら小便するのは三つの害悪を避けようとしてだ」。そこで相手が、「どんな?」。すると彼が、「突っ立ったままでは、太陽がわしの頭を燃え上がらせるであろ、足を地面が焦がすであろ、小便の臭いが鼻をつくであろ」。「そこでアイソーポスが、「歩き続けておくんなさい、旦那はあっしを納得させやした」。
[8]
さて、屋敷の近くに到着すると、クサントスはアイソーポスに門の前で待っているよう命令した。自分の女房がべっぴんだとわかっているので、彼女をもいくらか丸めこんでおくまえに、こんな醜怪なものがいきなり彼女の前に現れるわけにいかなかったからである。そこで自分が入っていって言う。「奥や、これからはもう、おまえの召使い女たちの奉仕をわしが享受するといっておまえがわしを罵ることはあるまいよ。なぜなら、眼にも美しい、いまだ見たこともないような童僕を、わしもおまえのために買ってやったところだから。やつはもう門の前に立っている」。彼が〔いったのは〕こういうことであった。ところが召使い女たちは、言われたことが真実だと思って、新入りが自分たちの中の誰の情人になるかをめぐって、お互いに賤しからぬ言い合いを始めた。
そこでクサントスの奥方が、新入りを中に呼ぶように言いつけたので、一人の〔召使い〕女がほかの者たちより先に飛び出し、呼び入れることを手付けにしようと、走り出て新入りを呼んだ。そこでくだんの者が、「ほら、あっしならここにいる」と謂ったので、仰天して、「あんたがかい?」と謂う。そこで相手が、「そうや」。するとくだんの女、「この魔よけ、中に入るんじゃないよ、でなきゃ、みんな逃げ出しちゃう」。そこにさらに他の女が出てきて、彼を眼にするや、「おまえの顔なんか、ぶっ叩かれるがいい」と謂い、「こっちにお入り、けどあたいには近づかないどくれ」、入って女主人の前に立った。
彼女は、これを見ると、視線を夫の方にそむけて、謂う、「こんな化け物をどこからわたしのところに引っ張ってきましたの? これをわたしの前から追い出してちょうだい」。するとくだんの夫が、「おまえに充分だよ、奥や、わしの新入りをそんなに馬鹿にするもんじゃない」。「明らかですわ、クサントス、あんたがわたしを憎んでいるのは。というのは、他の女を迎え入れたいものの、きっと、わたしがあんたの屋敷から出てゆくようわたしに謂うのを恥じて、この男の奉仕にわたしが堪えられなくなって逃げ出すよう、こんな犬頭〔キュノケパロス〕をわたしのところに連れてきたのですわ。わたしの持参金をわたしに返してちょうだい、そうしたら出てゆきます」。このことばにクサントスはアイソーポスに対して、道中は、歩きながら小便することについて何なら綺麗事をぬかしながら、今はこの女に何も言わんのかと非難すると、アイソーポスが謂った、「このあまを処刑坑(barathron)に投げこむがいい」。するとクサントス、「やめろ、ろくでなしめ。この女を、〔この女が〕わしを〔好いてくれる〕ように好いているのが、いったいわからんのか」。そこでアイソーポスが、「この女を恋していなさる?」。するとくだんの相手が、「もちろんだ、逃亡奴隷め」。するとこれに対してアイソーポスは真ん中で〔不同意の〕足を踏み鳴らしながら大声でよばわった、「哲学者クサントスは、女の尻にしかれていなさるぞ」。
そして自分の女主人の方に向き直ると謂った、「あなたは、おお、おかみさん、哲学者があなたのために奴隷を購入してくれることを望んだのですな、若くて、体つきがよくて、活きのいいのを、そいつはあんたが風呂に入るときにもあんたの裸を眺め、哲学者の醜聞になるようなことをしてあんたといちゃつく。エウリピデース、あっしはあんたの口を黄金だと主張する、こういうことを言っているのだから。
海原の波頭にあまたの怒りあり、
河川にも、はたまた熱き火の息吹もあまたあり、
恐ろしきは貧窮、恐ろしきは他にも無量、
されど悪しき女ほど恐ろしきは他になし。 〔断片1059〕
あなたは、おお、おかみさん、哲学者の妻だから、美しい若者たちに奉仕されることを拒み、あなたの夫に侮辱をなすりつける真似をけっしてしてはなりませぬ」。彼女はこれを聞くと、何も反論できなくて、「どこで、あなた」と謂う、「この美を狩猟してらしたの? そればかりか、このくそったれはおしゃべりで、ふざけたもの。とはいえこれと仲直りしましょう」。するとクサントス、「アイソーポス、おまえの女主人はおまえと仲直りなさるぞ」。そこでアイソーポスが皮肉っぽく、「大層なことだ」と謂う、「女を飼い馴らすのは」。するとクサントス、「もうこれ以上は黙れ。おまえを買ったのは、奴隷にするためで、やりこめさせるためじゃないのだから」。
[9]
次の日、クサントスはアイソーポスについてくるように言いつけ、野菜を買うため、とある菜園家のところに出かけていった。そして菜園家が野菜の束を刈り取ってくれたので、アイソーポスが担ぎ上げた。
そこでクサントスが菜園家にまさに小銭を支払おうとすると、菜園家が、「まあまあ、旦那」と謂う、「問題をひとつあんたに解いてもらいたい」。そこでクサントス、「どんな?」。すると相手が、「一体全体どうしてなんでがすか、あっしに植えられた野菜は、面倒見よく耕され水をかけてもらっているのに、それでも成長は遅い。ところが地面に勝手に芽を出したやつは、なんの面倒も必要としないのに、こっちの芽吹きは早いって〜のは」。ところがクサントスは、その提題は哲学者のものだったにもかかわらず、ほかに云いようも思いつかず、神的配慮によって、それはほかの目的に向けられているのだと謂うばかり。
するとアイソーポスが、傍にいたものだから、笑い出した。これに向かって哲学者が、「どちらなのか、ただ笑っているだけなのか、それとも嘲笑しているのか?」。するとアイソーポスが、「嘲笑しているんでがす」と謂う、「いや、旦那ではなく、旦那に教えた人を。だって、神的配慮によって起こったことは、みな知者によって解明されているんでがすから。とにかくあっしに問題を出してください。そしたらその問題を解いてみせやしょう」。
そこで、そういうわけで、クサントスは菜園家に向き直って言う、「とにもかくにも都合がよろしくない、あんた、あれほどの聴衆の中で対話してきたわしが、今菜園の中で知的な問題を解くというのは。ただ、これなる童僕は、あまたの経験を持っておって、わしについてきておる。こいつに相談すれば、提題の解を得られるやもしれぬ」。すると菜園家が、「この醜怪なやつは、文字を知ってんでがすか? ああ、なんたる不幸。さあ、謂ってくれ、おお、最善の御仁よ、提題の解を知っているなら」。そこでアイソーポスが、「女が」と謂う、「再婚した場合、前夫との間にできた実の子らを連れていて、〔新しい〕夫の方も前妻との間に子づくりをしていたのがわかったとしたら、自分が連れてきた子にとっては、彼女はその母親であるが、夫の連れ子にとっては、その継母となる。このとき、両者に対する態度は大いに異なる。すなわち、自分の子どもは情愛深く面倒見よく養ってすごすが、他人の胎から産まれた子は、憎み、嫉妬心をいだき、こちらの子らの養いはへつって、自分の実の子らへの足しにする。なぜなら、後者は自然本来的に自分の子として愛するが、夫の連れ子は他人のものとして嫌うからである。じつに大地も同じであって、ひとりでに自分から生えでたものにとっては母親であるが、あんたが自分で植えたものにとっては、継母になる。そのために、自分のものは嫡子としてますます強く養い育むが、あんたに植えられたものには、庶子としてそれほどの養いを分け与えないのである」。このことばに、菜園家はよろこんで、「あんたはわしを信じてくれるやろ」と謂う、「どうしようもない苦痛と無駄口からわしを楽にしてくれたってことを。野菜はただで持ってってくれ、そしてあんたにこれが必要になったときはいつでも、自分の菜園のように入ってきて取ってくれ」。〔Cf. Perry119〕
[10]
数日後、クサントスは今度は風呂に行き、何人かの友だちと出会ったので、アイソーポスに向かって、屋敷に先に帰り、レンズ豆を鍋(chytra)に入れて煮るよう云ったので、くだんの人物は帰って、レンズ豆の一粒を鍋に入れて煮た。さて、クサントスが友だちと連れだって入浴した後、いっしょに食事しようと彼らを誘った。ただし予告して、食事はつましくレンズ豆だけということ、また、食い物の多彩さによって友だちを判断すべきではなく、真心をこそ審査基準にすべきだともいった。
そこで一行が連れ立って、屋敷に到着すると、クサントスが謂う。「わしらに風呂あがりの〔"apo loutrou"〕飲み物をくれ、アイソーポス」。そこで彼が、風呂の流し(aporroia)から汲んで手渡したので、クサントスは悪臭ふんぷん、「ぺっぺっ、何だこれは」と謂う、「アイソーポス」。すると彼が、「風呂あがり〔"apo loutrou"〕でさ、言いつけどおり」。クサントスは友だちがいる手前、怒りを抑えて、洗足盥を自分に供するよう言いつけると、アイソーポスは洗足盥を置いて突っ立っている。そこでクサントス、「洗わんのか」。すると彼、「旦那はあっしに、何なりと指示すること、そのことだけするよう申しつけなすった。ところが旦那は今いわなんだ。『水を洗足盥に入れて、わしの足を洗え、靴を置け、云々』とはな」。これに対して、友だちに向かってクサントスが謂った。「わしが買うたんは奴隷ではなかったのか? とんでもないことだ。買うたんが先生だとは」。
こうして、彼らが寝椅子につき、クサントスがアイソーポスに、「豆は煮えたか」と尋ねると、彼は豆の1粒をすりこ木にとって渡した。そこでクサントスがとって、煮え具合を調べるために豆を受けとり、指で潰してみていった、「煮え具合や美(よ)し。持ってくるがいい」。そこで彼はめいめいの皿の中に水だけ空けて、給仕したので、クサントスが「豆はどこか」と謂う。すると彼、「そいつぁ、旦那がとっただ」。そこでクサントス、「豆粒1個を煮たのか」。するとアイソーポス、「もちろん。豆をひとつと云うて、豆豆をとは云わなんだやろ、それは複数でないということや」。
こうして、クサントスはすっかり困りはて、「同志諸君」と謂う、「こいつはわしを気狂いにさせよる」。それからアイソーポスに向かって、云った。「さぁ、あくどい奴隷め、わしが侮辱しているように友たちに思われないよう、さがって仔豚の脚を4本買ってこい、そして大急ぎで煮て供応せい」。そこで彼は急いでそうして、脚が煮えているあいだに、クサントスは口実をもうけてアイソーポスを殴ってやろうと、彼〔アイソーポス〕が何かの用事で忙しくしているすきに、鍋から脚を1本こっそり抜き取って、隠しておいた。しばらくして、アイソーポスも入ってきて、鍋を検分し、脚が3本しかないことを見つけ、自分に対して何かたくらみがなされたことを悟った。それならと、中庭(aule)に駈けおり、食用仔豚の脚の1本を戦刀(machaira)で切り取り、毛をむしって、鍋のなかに放りこんで、ほかの脚といっしょに煮た。クサントスはといえば、アイソーポスが脚をくすねられて、見つけられないために逃げ出しはしないかと怖れて、ふたたび鍋の中にそれを入れておいた。
さて、アイソーポスが脚を皿に空けると、それは5本になっていたので、クサントスが、「これは何だ」と謂う、「アイソーポス。なんで5本なんや?」。するとくだんの男、「仔豚2匹の脚は何本でがすか?」。そこでクサントス、「8本やがな」。するとアイソーポス、「でがすから、ここに5本、下に3本脚の食用仔豚が1頭おりますがな」。するとクサントスはひどく不機嫌になって、友たちに向かって謂う、「ついさっき言うたのとちがいますか、じきにわしを気狂いにさせるのは、こいつだってことを」。するとアイソーポスが、「ご主人さま、〔指示内容を〕具体と抽象との、どれくらいの割合で要約したらいいかをご存じなかったのは、過ちではありませぬ」。こうしてクサントスは、アイソーポスを鞭打つに都合のよい理由を何ひとつ見つけ出せなかったのである。
[11]
次の日、弟子たちのひとりが豪勢な宴会をしつらえ、他の弟子たちといっしょにクサントスをも招いた。そうして〔一同〕腹いっぱいになったとき、クサントスはありあわせの食膳から見繕った余し物を取り分けて、後ろに控えていたアイソーポスに渡し、「さがって、わしを好いてくれるものに」と相手に向かって謂う、「これを手渡してくれ」。そこで彼は、帰る道々心に思いついた、「今こそわしの女主人に仕返しをする絶好の機会や、新入りで来たときにわしを馬鹿にしくさった仕返しや。わしの主人を好いているのが誰だか、今に見とれ」。
こうして、屋敷に着くと、玄関口に腰を下ろして、女将さんを呼び出し、余し物の籠を彼女の目の前に置いて謂う、「おかみさん、ご主人が遣わされたのは、これをみなあなたにではなく、好いてくれるものになんでがす」。そして雌犬を呼んで、「おいで、リュカイナ〔「雌オオカミ(lykaina)」の意〕や、お食べ、これをおまえにやるようにとのご主人の指示なんやから」云いつつ、一切れずつ雌犬にみんな投げ与えた。
その後で、主人のもとにふたたび立ち返って、好いてくれるものにみんなやったかと尋ねられたので、「みんな残らず」と謂う、「わしの顔前でぺろりと平らげやした」。すると相手はさらに問いただす、「食いながら、何か言ったか?」。くだんの男、「わしには」と謂う、「なんにもおっしゃらなんだが、心の底からぞっこんなのが、わしにはわかりやした」。ところがクサントスの奥方は、夫に対する好意を、雌犬の二の次と暴露されたものだから、この事態をわざわいと受け取り、これからはもはや夫といっしょには誓って暮らすまいと、寝室に引きこもって悲嘆にくれていた。
酒宴もたけなわとなり、お互いに質疑応答が起こり、彼らの一人が、人間界において大いなる必然が生起するのは何時かという問題に行き詰まっているとき、後ろに控えていたアイソーポスが云った、「死人たちがよみがえって、自分たちの所有物の返還を要求したとき」。すると弟子たちは笑って謂った、「この新入りは頭がいい」。
すると今度は別の者が次のような問題を出した、羊は屠殺に引かれてゆくとき鳴かないのに、仔豚はぎゃーぎゃー鳴き立てるのはなぜか、アイソーポスは再び謂った、「羊は、普段、乳を搾られたり、重たい羊毛を刈り取ってもらえるから、黙って引かれてゆく。だから、ひっくりかえされても、刃物を見ても、何ら恐ろしいものと疑うことをせず、それらをいつものことにすぎないと信じているように思える。これに反して仔豚の方は、乳を搾られたことも毛を刈られたこともなく、何かそういったことのために引っ張ってゆかれたということがないのを自覚しているから、当然、喚くのだ」。こういうふうにいわれたので、弟子たちはまたもや吹き出して、彼を賞讃した。
かくして酒宴がお開きとなり、クサントスは屋敷に帰ると、奥方にしゃべりかけようとなれなれしく抱きついたところが、彼女は彼から身をそらせて謂う、「わたしに近寄らないで。わたしに持参金を返してちょうだい、出てゆきますから。もうあんたといっしょにここにはとどまれません。あんたはあっちへ行って、御馳走を届けてやった雌犬におべんちゃらをいっていればいいのよ」。これにはクサントスも仰天して言う、「どうみたって、アイソーポスめがまたもやわしに何か悪いことを仕組んだにちがいない」。そこで奥方に向かって謂う、「奥や、わしが飲んでいるあいだに、おまえは酔っぱらったのか。御馳走を届けた相手は、おまえではないのか?」。「ゼウスに誓って、わたしにではございません」とくだんの女が謂う、「雌犬にですわ」。
そこでクサントスは、呼ばれてやってきたアイソーポスに謂う、「御馳走を誰にやったんや?」。そこでくだんの男、「あんたを好いているものに」。そこで奥方に向かってクサントスが、「何も受けとらなかったのか?」。するとくだんの女、「なんにも」。するとアイソーポスが、「誰に御馳走を渡せと言いつけなすったのでがすか、おお、ご主人さま」。そこで彼が、「わしを好いてくれるものに」。するとアイソーポスは雌犬を呼び寄せて、「こいつは旦那を」と謂う、「好いとりますです。というのは、奥さんは〔口では〕好いていると言っても、ちっぽけなことで腹を立てて文句をつけ、罵り、離れてゆくのでがす。ところがこの雌犬ときたら、殴ろうが、追い払おうが、離れようとせず、どんな仕打ちも忘れて、すぐに愛情深く嬉々として主人に尻尾を振るのです。だから、旦那は、ご主人さま、御馳走は奥方に、つまり、好いてくれない女に持ってゆくよう云うべきでした」。するとクサントスが、「わかったかい、奥や、過ちはわしではなく、運んだやつにあるのだってことが。何はともあれ我慢しておくれ、やつを鞭打つ口実には困らないはずだから」。けれども彼女は聞き入れず、こっそり自分の両親のもとに離別したので、アイソーポスが云った、「あっしが云ったのは正しかったではありませんか、おお、ご主人さま、旦那を好いているのは雌犬の方が上であって、あっしの女主人ではないというのは」。
何日かが過ぎ、奥方が仲直りしないままだったので、クサントスは親類の者を何人か彼女のもとに遣って、家にもどってくるようにいったが、彼女は聞き入れようとしなかったところ、アイソーポスが彼のところに来て謂う、「心配しなさんな、ご主人さま。あっしが明日、彼女が自由意志で自発的に旦那のところに帰ってくるようしやしょう」。そして小銭を受けとると、アゴラに出かけて、ガチョウや鳥やその他、宴会用の必需品を何やかやと購入して、歩きまわりながら家々を訪問。そうやって、自分の女主人の両親の屋敷にも立ち寄った、彼女がそこの娘であることも、まして、そこに女主人がいることも知らぬようなふりをしてである。そうして、その家の人たちに、婚礼用の品々を買うことのできるところがどこかあるか尋ねた。相手が、「いったい誰がそれを必要としているのか」と聴いたので、「クサントスでがす」と謂う、「哲学者の。明日、女と懇ろにするつもりでがすから」。すると相手は、中に入って、クサントスについて聞いたとおりに奥方に報告するや、くだんの奥方はただちにクサントスのもとに息せききって駈けもどり、彼を罵り倒した、そして他人にこんなことまで言ったものだ、「あたしが生きていなければ、おお、クサントス、他の女とよろしくやれたでしょうけどね」。こういうふうにして、アイソーポスのせいで別れたと同様、彼のおかげで屋敷にとどまったのである。
[12]
数日後、今度はクサントスが弟子たちを食事に呼ぼうとして、アイソーポスに謂う、「出かけて行って、何でもいいから、最も有用で最も善いものを食材に買い出してきてくれ」。かれは道々ひとりごとを言った、「たわけたことを用命するもんじゃないってことを、わしが主人に教えてやろう」。そこで豚の舌ばかりを買って、準備をし、寝椅子についた人たちに、焙った舌をそれぞれ酢入りの魚ソースつきで供した注7)。
弟子たちが、理にかなった舌の供応に、最初の食い物は何と哲学的かなと賞讃すると、今度はアイソーポスは茹でた舌を供した。
弟子たちは同じ食べ物に憤慨し、「いつまで舌なんだ」と云い、「われわれは1日中舌を食ったので、われわれの舌はひりひりしている」と〔云い〕、クサントスも怒って謂った、「おまえにはほかのものはないんか、アイソーポス」。
すると彼、「むろん」。そこで相手が、「おまえに言いつけたではないか、くそいまいましいやつめ、何でもいいから最も有用で最も善いものを食材に買うようにと」。するとアイソーポスが、「哲学者たちのいなさる前で、あっしをなじってくださって、おおきにありがとうさんどす。この人生において、はたして、舌より有用で善いものがおますやろか? どんな教育も哲学もこれによって教育され、教えられるのです。授与も取得も、取引も、挨拶も、祝福も、ありとあらゆる学芸も、これによるのです。これによって結婚はまとまり、諸都市は立ち直り、人間は安泰に過ごせるのです。これを要するに、われわれの人生は皆これによって存続してきたのです。然りしこうして、舌にまさるものは何もないのです」。このやりとりに弟子たちは、正しく言っているのはアイソーポスであり、誤っているのは先生だと謂って、解散してめいめい家に帰った。
次の日、彼らはまたもやクサントスを責めたので、かれは、「あんなことになったのは、わしの考えではなく、役立たずの奴隷の悪行のせいだ」と言い訳した。その証拠として、夕食に取り替えて、「あんたたちのいるところで、わしもやつと対話しよう」。そして彼を呼んで、弟子たちが自分といっしょに食事できるよう、何でもいいから最も低劣で悪いものを食材として買い出しするよう言いつけた。相手は、平気の平左、またもや舌を買って、準備し、寝椅子についた者たちに給仕した。一同は、お互い異口同音に叫んだ、「またもや豚の舌か?」。しかも、少しすると再び舌を給仕し、いやそればかりか、次から次へと。
クサントスは気分が悪くなって、「これは何や、アイソーポス」と尋ねた、「今度は、何でもええから最も有用で善いものを食材にするようおまえにゆ〜たんとちゃうぞ。何でもええから最も低劣で悪いものをとゆ〜たんとちゃうんか」。すると彼、「いったい、舌より悪いものがありましょうや、おお、ご主人様。こいつのせいで諸都市は没落するのではありませぬか。人間どもはこいつのせいでくたばるのではありませぬか。ありとあらゆる虚言、呪い、偽証は、こいつのせいでくわだてられるのでは。結婚、支配、王位は、こいつのせいで転覆するのでは。要するに、人生はこいつのせいですべて無量の過ちに満たされるのではありませぬか」〔プルタルコス『七賢人の饗宴』151B以下参照〕。こうアイソーポスが謂うと、同席者のひとりがクサントスに謂う、「こいつは、あんたがよくよく身を守らねば、間違いなくあんたにとって狂気の因となりますぞ。格好と同様、魂もゆがんだやつなんですから」。するとアイソーポスが彼に向かって、「旦那、旦那はどうやら、悶着起こしの出しゃばり野郎らしい、家僕に対して主人をけしかけるとは」。
これに対してクサントスが、アイソーポスを鞭打つ口実を求めて、「逃亡奴隷め」と謂う、「友だちを出しゃばりとゆ〜たからには、出しゃばりでない人間を連れてきてわしに見せてくれ」。
そういうわけで、翌日、アイソーポスは広場に出かけて行き、道行く人々を見渡し、とある一箇所にたっぷりの間座っている男に眼をとめ、 こいつなら面倒のない単純なやつだろうとひとり品定めをして、近づいて行って謂った。「主人がいっしょに食事しようとあんたを呼んでんだ」。
するとくだんの田舎者は、自分が何者で誰に呼ばれているのかもせんさくすることもなく、屋敷に入り、どた靴のまんま食卓についた。クサントスが、「やつは何者や?」と尋ねると、アイソーポスが云った、「出しゃばりでない御仁でさあ」。そこでクサントスは奥方に耳打ちして、自分に調子を合わせるよう、そして自分が指図したことは、そのとおり実行するよう、そうしたら、尤もらしい言葉でアイソーポスめに鞭打ちをくらわせられようと〔云ったうえで〕、次には皆に聞こえよがしに謂う、「奥や、洗足盥に水を張って、客人の足を洗ってさしあげなさい」。つまり、彼はひとり思案したのだ、必ずや客人は遠慮し、アイソーポスは、客人が出しゃばりなことが明らかになって、鞭をくらうであろうと。そこで奥方が水を洗足盥に張って、行って客人の足を洗いだした。相手は、それがこの家の女主人だということに気づいたが、心の中で云った、「ほんまにわしを尊敬してんだ、だからこそ、そのために自分の手でわしの足を洗いたいんだ、こんなことは奉公人に指図すればええことやのに」。そこで両足を突き出して、「洗うてくだされ、おかみさん」と謂う。そして洗ってもらうと、寝椅子についた。
さて、クサントスは、客人に飲み物の酒が与えらるようにと言いつけたので、かの客人は心中に自問自答した、「先に飲むべきはこの人たちやのに、そうするのがこの人たちによいと思われるなら、こういったことはわしの穿鑿すべきことやない」とおもって、盃をとって飲んだ。さらにまた食事が進んである食べ物が客人に供されると、かの客人はうまそうに食べたが、クサントスは料理人に、これは味つけが悪いといってなじり、しかのみならず、服を脱がして料理人に鞭をくらわした。しかし田舎者は、心の中で言った、「料理はとびきりよく茹でられてたし、わしには美しさにかけて欠けるところはなかった。けれどまぁ、口実がなくったって自分の奴隷を家長が鞭打ちたいというのやから、わしに何の関係があろう?」。こうなってはクサントスは思案にあまり、客人が何も出しゃばった真似をしないので、ふさぎこんでいると、とうとう菓子パンが運ばれてきた。客人は、いまだ菓子パンを味わったことがないものだから、これを積み上げてわしづかみにし、一口で食ってしまった。
ところがクサントスは、菓子作りを、「いったいこれは何だ、ろくでなしめ」と謂う、「密の胡椒もなしで菓子パンをこしらえるとは」となじると、その菓子作りが謂った、「おお、ご主人さま、この菓子パンがなまでしたら、あっしを殴っておくんなさい、けど、ご要望どおりにこしらえられてないのでしたら、責任はあっしではなくて、女将さんにあります」。するとクサントスは、「これをこしらえたのがわしの女房なら、たった今そいつを生きたまま火あぶりにしてくれよう」。そうして、アイソーポス〔を鞭打つ〕ためだからもう一度自分に調子を合わせるよう奥方に合図する。かくして中央にブドウの蔓を運び入れるよう言いつけ、火を点じた。そして奥方がつかまえられると、これを火中に放りこむふりをしながら、火の近くに引きずっていった。何やかやと時間をつぶしながら、田舎者が立ち上がって、こんな無謀をもしやとめようとするかと、彼をうかがった。
相手の方は、またもや心の中で対話していた、「責任はないのに、いったいどうしてこんなに怒るのやら?」、そうして謂う、「旦那さん、そうしなくてはならんとのご決心なら、ちょっくらあっしを待っておくんなさい、帰ってあっしも畑からあっしのかかあを引っ張ってきますよってに、両方ともここで焼き殺しておくんなさい」。これをこの男から聞いてクサントスは、その無邪気さと高貴さに驚嘆し、アイソーポスに謂う、「見ろ、真実出しゃばりでない人だ。勝ちはおまえのものだ、アイソーポス。もうこれ以上おまえの相手をするのはたくさんだ。これからはおまえの自由にするがいい」。
[13]
翌日、クサントスはアイソーポスに指示して、風呂屋に行って、多くの人で混雑していないか見てこい、自分が入浴したいから、といった。ところが、道々、将軍が〔アイソーポスに〕出くわし、彼がクサントスのところの者と知って、どこへ行くのかと尋ねた。するとこいつが、「わかりまへん」と謂うので、将軍は、この返事を自分のことをへとも思っていない証拠とみなし、彼を牢屋に連行するよう言いつけた。そうすると、連行されながらアイソーポスが叫んだ、「ほらね、おお、将軍さま、あっしが答えたのは正しかったでがしょう。だって、旦那に出くわして、今まさに牢屋に連行されようとは、予想もしなかったことでがすから」。将軍は、この釈明の周到さに驚倒して、釈放して立ち去らせた。
こうして、アイソーポスが風呂屋にたどりつき、そこが多くの人で混雑しているのを見たが、入口の真ん中に石が転がっているのを眼にした、この石に、入ってゆく者も出てくる者も、めいめいが蹴躓いていた。すると、入浴のために入ってゆこうとした一人のひとが、これを持ち上げて傍に移動させた。そこで、主人のもとに引き返して、「旦那の言いつけが」と謂う、「ご主人さま、入浴することなら、風呂屋に人間は一人見かけました」。そこでクサントスは出かけて行き、入浴者が大勢いるのを眼にして、「これはどうしたことか、アイソーポス」と云う、「人間は一人見ただけと謂うたやないけ?」。アイソーポスが、「はい」と謂う、「というのは、あの石が」と手で示しながら、「入口の前に転がっていたのでがすが、入る人も出てくる人もみんなあれに蹴躓いていたのでがす。けど、蹴躓かないよう持ち上げてわきへ移動させたのは一人だけ。だから、衆にすぐれた人間は、その人一人しか見えないと云ったのでがす」。そこでクサントスは、「アイソーポスの釈明には、一分の隙もないな」。
[14]
他のあるとき、クサントスは便所からもどりながら、人間たちが排便をしながら尻の穴を見やるんは、いったい何でだろうかとアイソーポスに聴くので、くだんの男が謂った、「昔々、けっこう贅沢な生活をしていたひとりの男が、放蕩のせいで長い時間雪隠の中にしゃがんでいた、そのため、そこで時間つぶしをしている間に、自分の心まで排泄してしまった。そういう次第で、それ以来、自余の人間たちは自分たちまでが何とかそんな目に遭わないですむよう、自分の尻の穴の糞を見張っているんでがす。でも旦那は、ご主人さま、心配いりまへん。心を持っておいでやないから」。
[15]
ある日、酒宴がとりもたれ、クサントスも他の哲学者たちといっしょに寝椅子についていたときのこと、すでに宴たけなわとなり、彼らの間で深い哲学的問題が議論されていた。するとクサントスが興奮しだしたので、アイソーポスが傍につきっきりで謂った。「ご主人様、ディオニュソスは3つの混酒器をお持ちでした。第1は快楽の、第2は酩酊の、第3は暴慢の。ところで旦那がたも、すでに飲み過ごして愉しまれたのですから、続きは取りやめられませ」。するとクサントスがすでに酩酊していたので謂う、「黙れ、忠告は冥府の館に住まいする連中にするがいい」。するとアイソーポスが、「むろん、旦那は冥府の館にでも引きずり降ろされなさるでしょうよ」。
弟子のひとりが、クサントスが酔いですでにへべれけになって、すっかり呂律もまわらなくなっているのを見て、「導師よ」と謂う、「海を飲み干すことのできる者がいましょうや?」。すると彼が、「あたりまえやないけ。わしなら自分でそれを飲み干せるからや」。するとその弟子が、「もしもできなかったら、いったいあなたのどんな財産をかけなさいますか」。するとクサントス、「わしの全財産を賭けよう」。これの証拠に彼らは指輪を置いて、申し合わせを有効にした。
こうしてそのときはお開きになった。次の日の朝、クサントスは目覚めて、顔を洗おうとして、洗っているときに指輪が見あたらないので、それをアイソーポスに聴いてみると、彼は「知りまへん」と謂う、「いったい何が起こったのやら。ただひとつわかっているのは、旦那の家産は他人のものになったってことだけ」。そこでクサントスが、「それは、どういうことか?」。するとアイソーポス、「昨日、酔っぱらって海を飲み干すと賭けをなすったってこと。それも、指輪まで同意のしるしにしなすった」。そこでくだんの彼が、「いったいどうして、信じられぬ大事をわしができようか。いや、今こそお願いだ、何らかの弁えであろうと、何らかの才覚であれ経験であれ、つきあってくれ、助け船を出してくれ、勝つなり、少なくとも約束を解消できるように」。そこでアイソーポスが、「勝つことはできまへんが、合意を解消することならやってみやしょう。
つまり、今日、再び同じところに参会したら、何が起こってもびびらず、酔っぱらって合意した同じことを、今度はしらふで言いなせい。それでも、敷物と卓を浜辺に据え、童僕には海水を旦那に差し出す水呑(ekpoma)を用意させておきます。こうしておいて、見物に馳せ参じた群衆をぐるりと見まわしてから、本人は卓について、水呑に海水で満たすよう言いつけなさい。そうして、それをとって、みなに聞こえるよう契約執行吏に云いなさい、『あんたたちと交わした契約はどんなだったかな?』。そこで相手が旦那に答えるでしょう、海を飲み干すと合意したというふうに。そこで旦那は全員の方に振り向いて、次のように謂いなさい、『サモスの諸君、いかほどの河川が海に流れこんでいるかは、あなたがたもよくよくご存じのとおりである。ところでわしが飲むと約束したのは、海だけであって、そこに流入する河川までは〔飲むと約束〕していない。されば、ここなる弟子をして、行って先に河川をみなとめさせていただきたい、しかるのちにすぐにわしが海だけ飲み干すとしよう』」。クサントスは、これによって契約が解消するであろうことを知って、狂喜した。
さて、どうなるか見物しようと民衆は海岸に蝟集し、クサントスはアイソーポスに教えられたとおりにして、云ったので、サモス人たちは彼をほめたたえて驚嘆し、拍手喝采した。弟子はといえば、このときクサントスの足許に平伏し、相手の勝ちを認め、契約を解消するよう懇願した。民衆がせがむので、クサントスはそのとおりした。
かくして彼らが屋敷に帰り着くと、アイソーポスがクサントスに近寄って云う、「旦那の頼みで全財産を守ったんやから、あっしは自由を得てもええんとちゃいまっか?」。するとクサントスが彼を罵ってこう云って追い払った、「まさか、わしがそんなことをする気になるとでも? とんでもない、
そんなことより、門に出て看てこい。カラスが2羽いるのを見たら、わしに報せろ。それは善い鳥占だ。見えるのが1羽なら、それはよくない」。そこでアイソーポスが出てみると、そのとおり1本の樹の上にカラスが2羽とまっていたので、中に入ってクサントスに報せた。しかしクサントスが出てくるまでに、そのうちの1羽が飛び去った。だからクサントスはその時はもう1羽だけなのを見ていった、「わしに云ったではないか、ろくでなしめ、2羽いると」。そこで相手、「そのとおりでおます。けど、もう1羽は飛び去りました」。そこでクサントス、「逃亡奴隷め、おまえはまだわしをからかい足りないってわけか」。そうして彼を裸にして殴るよう言いつけた。アイソーポスがまだ鞭打たれつづけていたとき、ひとがクサントスを食事に呼びに行った。するとアイソーポスは[まだ]殴られながら喚きたてた、「あわれな者にお慈悲を。あっしは2羽のカラスを見ても殴られているのに、旦那はたった1羽のカラスを見ても宴会に出かけなさる。要は、鳥占なんて時代後れだってことでさ」。するとクサントスは、彼の理知に驚いて、殴るのをやめるよう言いつけた。
[16]
多日を経ずして、クサントスは哲学者たちや弁論家たちを招こうとして、アイソーポスに、門前に立っていて、凡人は誰ひとり入ることを許してはならん、ただし知者たちだけは別にして、と言いつけた。正餐の刻限になると、アイソーポスは門を閉めて、内側に腰をおろした。呼ばれた者たちのひとりがやってきて、門を叩いた〔=門鈴を振った〕ので、アイソーポスは内側から謂った、「犬は何を振るか?」。相手は犬と呼ばれたと思って、怒って引き上げてしまった。こういうふうにして、各々の人ががやってきて、再び怒って立ち去った、アイソーポスが内側から全員に同じことを質問したので、侮辱されたと思ったからである。ところがその中にひとり、〔門を叩いて〕、「犬は何を振るか?」というのを聞いて、「尻尾と耳」と答えた者がいたので、アイソーポスは彼を正しく答えたと合格審査して、開門して主人のところへ案内して謂う、「旦那と食事を共にする哲学者はひとりもやってきませんでした、おお、ご主人さま、この方ひとりを除いては」。そこでクサントスはひどくがっかりした、招いた連中にだまされたと思ったのだ。しかし、次の日、招かれた連中が哲学の学校に参会したとき、クサントスに不平を鳴らして、こう主張した、「どうやら、おお、導師よ、あんさんの本心はわてらを蔑ろにしたいけれど、さすがにそれは恥じて、アイソーポスのくそったれを門の前に立たせて、わてらの顔に泥を塗って、犬呼ばわりさせたらしい」。そこでクサントスが、「それは夢でか、それとも現でか?」。そこで彼らが、「わてらが鼾をかいてたわけないから、現でや」。かくしてすぐさまアイソーポスが呼びつけられ、何のために友たちを不面目にも追い返したのかと、怒りをもって尋ねられると、謂った、「旦那はあっしに、ご主人さま、申しつけやしたんとちゃいまっか、凡人で無学な連中は、旦那の宴会に招じ入れてはならん、ただし知者たちだけは別や、と」。そこでクサントスが、「いったいここな方々は何か? 知者ではないか?」。するとアイソーポス、「どうみても無理でおます。この御仁らが門を叩いたとき、「犬はいったい何を振るか?」と内側からあっしが質問しているのに、この御仁らのどなたさんも答え(logos)をご存じやなかった。そやからあっしは、みんな無学とわかったと思って、どなたさんも中に通さなかったんでおます、賢明に答えなさったあの方ひとりを除いては」。こういうふうにアイソーポスが申し開きしたので、一同彼が云うのが正しいと票決したのであった。
[17]
さらにまた数日後、クサントスは、アイソーポスを従えて、陵墓のところへ行き、あちこちの棺に刻まれた碑銘を読みあげて、ひとり興じていた。このときアイソーポスが、とある棺に、ΑΒΔΟΕΘΧといった字母が刻みこまれていのを見て、クサントスに示してこれがわかるかと尋ねた、相手は千思万考したが、その説明を見いだせず、すっかり行き詰まっていることを認めた。するとアイソーポスが、「この碑文によって、おお、ご主人さま、財宝の在処を旦那に示したら、あっしに何をくれまっか?」。そこで相手が、「財宝を。おまえの自由と黄金の半分を取るがいい」。
このときアイソーポス、碑文から4歩離れて、地面を掘って、財宝を引っ張り出し、主人のところに運んで、言う、「財宝を見つけられたんでがすから、約束のもんをくだせい」。するとクサントス、「とんでもない、字母の意味もわしに謂わんかぎりはな。なぜなら、それを知ることが、わしにとっては発見物よりもはるかに大事なことなんやから」。するとアイソーポスが、「ここに財宝を埋めたのは知者で、この字母を刻みこんだわけやけど、それはこういうことを謂うてるんです、Α離れて、Β歩、Δ四、Ο掘れ、Ε汝は見つけん、Θ財宝を、Χ黄金の」。するとクサントスが、「これほど器用で抜け目ないやつであるからには、おまえの自由をおまえが手に入れることはできんな」。するとアイソーポス、「おお、ご主人さま、黄金はビュザンティオンの王に与えらるべしと言いふらしまっさ。その方に信託されているんでがすから」。そこでクサントス、「どこからそんなことがわかるんや?」。するとくだんの男、「字母からでがす。つまりこう謂うてるんですわ。Α返すべし、Β王に、Δディオニュシオスに、Ο〔見つけた〕ものを、Ε見つけた、Θ財宝を、Χ黄金の」。
するとクサントスは、黄金が王のものだと聞いて、アイソーポスに謂った、「発見物の半分をもらったら、おとなしくしてるんだ」。そこでアイソーポス、「今それをわてにくださるんは、旦那じゃなくて、ここに黄金を埋めた者としてくだせいまし。とにかくお聞きなさい。文字がそう言っているのでがすから。Α拾い上げ、Β歩み行き、Δ分かち合え、Ο〔見つけた〕ものを、Ε汝らの見つけた、Θ財宝を、Χ黄金の」。するとクサントス、「こっちへ」という、「屋敷に、そこで財宝を分けあおう、おまえも自由を返してもらうがいい」。こうして帰ったが、クサントスはアイソーポスのおしゃべりを怖れ、これを座敷牢に放りこむよう言いつけた。そこでアイソーポスは引きずられながら、「これが」と謂う、「哲学者たちの約束ってやつですかい? あっしの自由を返してくれくれないばかりか、あっしを牢に放りこむよう言いつけるとは」。するとクサントスは、彼を解放するよう言いつけて、彼に向かって謂った、「おまえの言うのはたしかに美しい、自由を得るためになら、わしに対してますます激しい告発者になるだろうからな」。アイソーポスは云った、「どんな害悪であれ、あっしに対してできることなさるがええだ。けど、否でも応でも、あっしを自由にすることになるでがしょう」。
[18]
ところで、その当時、サモスに次のような事件が突発した。全祭が執り行われていたとき、突如、ワシが舞い降りてきて、公印をかっさらい、奴隷のふところの中に落とした。そういうわけで、サモス人たちは大騒ぎし、この前兆についていうにいわれぬ憂悶にとりつかれ、同じところに集まって、クサントスに懇願し始めた 同市民の第一人者にして、哲学者であるから、自分たちのためにこの前兆の判断を解き明かしてくれるように、と。
けれども彼はすっかり困りはて、しばしの猶予を請うた。そして帰宅したものの、大いに落胆し、苦痛にさいなまれた、判断できるようなことは何もなかったのである。
するとアイソーポスが、クサントスの落胆ぶりを察して、近づいて言う、「何のために、おお、ご主人さま、そんなに落胆しておられますのや? あっしに相談してみておくれやす、苦痛にはおさらば云うて。明日は、民会で進み出て、サモス人たちにこう云うてください、『それがしは、前兆解きの法も、鳥占の法も学んだこともないが、ここなるわしの童僕は、数々の経験を積んでおる。こやつがあなたがたのために問題を解いてくれよう』と。そうして当の本人が答えをしとめれば、ご主人さま、そういう奴隷を使っている旦那が名声を独り占めにできるでしょう。たとえわてがしくじっても、そこから結果する侮辱はあっしひとりにおっかぶせればいいでしょう」。
こうしてクサントスは説得されて、次の日、真ん中に立って、アイソーポスとの打ち合わせどおり、参会者に演説した。そこで参会者はすぐにアイソーポスを呼ぶよう要請した。
彼がやってきて、真ん中に立つや、サモス人たちはその見てくれに心づいて、冷やかして謂った、「この見てくれで、前兆が解けるのか? こんな醜いやつから、いったいどんな美しいことを聞くことができるのか?」。そうして笑いだした。
するとアイソーポスは、手で合図して静粛にするよう要請したうえで、謂う、「サモス人諸君、なぜわたしの見てくれをあざけるのか? 見てくれにではなく、理性に注目すべきであろう。なぜなら、自然が劣悪な姿形にも有用な理性を植えこむこと、しばしばだからである。それとも、諸君が目をつけるのは、陶器の外形なのか、内にある酒の味にではなくて」。一同は、こういったことをアイソーポスがいうのを耳にして、言った、「アイソーポスよ、何かできることがあれば、国のために言ってくれ」。
すると彼は率直に謂った、「サモス人諸君、運命(tyche)は勝利を愛するもの、その運命が今まさに奴隷と主人との間に名声をめぐる競演を課したのであるからには、奴隷が主人に劣ると判明しようものなら、数々の鞭のもとに置かれ、よしやまさっていると〔判明〕しようとも、その場合でも少なからざる殴打にさいなまれるであろう、されば、あなたがたが、わたしの自由をもって直言(parresia)をわたしに賜るなら、わたしは今ただちに怖れることなく問われていることをあなたがたに述べよう」。
このとき、民衆は異口同音にクサントスに向かって声を張り上げた、「アイソーポスを自由にせよ、サモスの者たちのいうことを聞き入れよ。国のために彼の自由を賜えよ」。しかしクサントスは首肯しなかった。そこで評議員が謂った、「クサントスよ、民衆にいうことを聞き入れるのがそなたによしと思われなければ、このさい、わたしがアイソーポスを自由に解放しよう、さすれば、そなたにとって同価となろう」。ことここにいたって、クサントスは余儀なく自由を与えた。そこで伝令官が声を張り上げた、「哲学者クサントスは、サモス人たちのためにアイソーポスを自由とせり」。そしてこれによって、アイソーポスの言葉「否でも応でも、あっしを自由にすることになるでがしょう」が成就したのであった。
さて、アイソーポスは自由を手に入れたので、真ん中に立って謂った、「サモス人諸君、ワシは、ご存じのとおり、鳥類の王である。他方、これが将軍の指輪をさらって、奴隷のふところに落としたということ、これが前兆とするは明らかに、現在の王たちのいずれかが、われわれの自由を隷属させ、現行の法習を無効とせんと企てているということである」。これをサモス人たちは聞いて、意気消沈してしまった。
程経ずして、リュディアの王クロイソスからサモス人たちに宛てて書簡まで届き、この島から自分〔クロイソス王〕あてに貢祖を納めるよう命じ、聞き入れざるときは、開戦の用意ありとの内容であった。
そこでみなして(というのは、怖れたから)、クロイソスに臣従して貢祖を納めること、ただしアイソーポスにも問うてみることを評議した。すると、くだんの男は、質問されて云った、「あなたがたの執政官たちが、王に貢祖を納めることを受け入れるとの動議をすでに提案されたのであるから、あえて進言するような真似はやめて、あなたがたにひとつの喩言(logos)を述べたい、しかるのちに貢祖を納入なさるがよかろう。
運命(tyche)が人生に2つの道を示して見せた、ひとつは自由の道で、これの初めは難路であるが、終わりは平坦である、もうひとつは奴隷の道にして、これの初めは安楽で歩きやすいが、終わりは苦しみにみちている注9)」。
これを聞いてサモス人たちは拍手喝采した、「われわれは自由人であるから、すすんで奴隷となることはしない」。そして使節を和平〔条約〕を持たぬまま送り返した。そこでクロイソスはこれを知って、サモスと人たちと戦端を開こうとした、しかしくだんの使節が復命していうには、彼らのところにアイソーポスがいて、知恵をつけているかぎりは、サモス人たちを手下にすることはできないできますまい。そしてさらに、「できるとしたら」と云った、「おお、王よ、使節たちをつかわして彼らにアイソーポスの引き渡し要求をすることです、きやつの代わりにほかの恩恵の授与と、賦課した貢祖の中止とを彼らに約束して。そうすれば、そのときこそ、すぐにでもそれをせしめることができるでしょう」。
そこで、こういう次第でクロイソスは、使節を派遣し、アイソーポスの引き渡しを要求した。そこでサモス人たちはこれを引き渡したらいいとの考えをいだくにいたった。
アイソーポスはこのことを知って、アゴラの中央に立って謂う、「サモス人諸君、わたしも、王の足許にゆけるなら、大いにありがたいと思う。しかしあなたがたにひとつ寓話(mythos)を語りたい。生き物が同じ言葉をしゃべっていた時代、オオカミたちとヒツジたちとが交戦した。しかしイヌたちが家畜たちと共闘し、オオカミたちを退散させた。オオカミたちは使節を派遣して、ヒツジたちにこう云った、平和に生きたいなら、そして戦争の心配をしたくないなら、イヌたちをこちらに引き渡すことだ、と。そこでヒツジたちは愚かにも聴従し、イヌたちを引き渡すと、オオカミたちはイヌたちを食いちぎり、ヒツジたちを易々と破滅させたのである」。
そうすると、サモス人たちはこの寓話の問題〔意味〕を理解し、懸命になってアイソーポスを自分たちのもとにとどめようとした。しかし彼は受け入れず、使節といっしょに船出し、クロイソスのもとに参内した。こうして一行がリュディアに到着すると、王は彼の御前に立ったアイソーポスを眺めて、立腹して言った。「見よ、あんな島を従わせようとするわしの邪魔をしたのが、こんなやつとはなぁ」。するとアイソーポスが、「大王様、陛下のもとに参上いたしましたは、力によらず、まして必然によってでもありませぬ、自己選択で参ったのでございます。
そこで我慢してわたしの話を少し聞いてくださいませ。ある男がイナゴを狩りあつめて殺しておりましたが、セミまで捕まえました。そこでこれを殺そうとしましたら、そのセミが謂うのです。『あなたさま、むやみにわたしを亡き者にしないでください。なぜなら、わたしは麦穂を害することもなく、他のどんなことでもあなたに不正することはありません、わたしのなかにある膜を動かせて、快い声を発し、道行く人たちを楽しませるのみ。ですから、声以外にわたしから得られるものは何もないのです』。くだんの男もこれを聞いて、立ち去るようにと放してやったのです。されば、わたしも、おお、王様、陛下の御足におすがりします、わたしをことさらに殺さないでくださいませ。わたしはどなたかに不正することさえできず、あわれな身体で、高貴な喩言を語るのみでございます」。
王は驚嘆するとともに彼を哀れみ、謂った。「アイソーポスよ、そなたに命を与えるはわしではない、運命(moira)じゃ。して何が望みか、求めよ、されば得ん」。すると彼が、「陛下にお願いいたします、王様、サモス人たちを解放してくださりませ」。すると王が、「解放しよう」と云ったので、かの〔アイソーポス〕は地面に身を投げ出し、その恩恵に感謝し、その後、みずからの手に成る寓話集(これは今に至るも伝承されている)を集成して王のもとに残した。そして、〔アイソーポスは〕彼〔クロイソス王〕からサモス人に宛てた書簡(アイソーポスのおかげで彼らに解放が与えられたという内容の)と、数多くの贈り物とを受けとり、出航してサモスに立ち返った。こうしてサモス人たちは彼を見て、彼に花環を捧げ、彼のために合唱舞踏を開催した。彼は彼で、彼らに王の書簡を読みあげ、〔サモスの〕民衆から自分に与えられた自由を、自由によって再びお返ししたことを証明してみせたのであった。
[19]
その後、島を離れ、人の住む地を遍歴し、いたるところで哲学者たちと対話した。さらにはバビュローンに至り、自分の知恵を披瀝し、リュケロス王から高位にとりたてられた。
というのは、その当時、王たちは互いに平和を守り、娯楽のためにお互いに理知的な問題を書き送り合っていた。これを解いた側は、約定により、送った側から貢祖を受けとり。そうでない場合は、同じだけの貢祖を提供するを常としていた。そういうわけで、アイソーポスは、リュケーロスに送られてくる問題を見抜いて解き、この王を評判高からしめたのである。またみずからも、リュケーロスを介して王たちに別の問題を送り返し、それが解けないために、この王はできるかぎり多くの貢祖を苛斂誅求していたのである。
[20]
ところで、アイソーポスは子どもができなかったので、生まれよき階層に属するひとり、呼び名をエンノス(Ennos)というのを養子にして、嫡子として王のもとに連れて行き、目通りさせた。しかし、多日を経ずして、このエンノスが統治者の側室と姦通したので、アイソーポスはこれを知って、家から追い出そうとした。
ところが相手は、彼に対する怒りに駆られ、リュケーロスに謀反をたくらむ者たちに宛てたアイソーポスからの書簡なるもの、その内容は、リュケーロスによりも彼らに加担する用意ありというものを捏造し、これにアイソーポスの印章を捺して、王に手交した。王はその捺印を信じ、おさえきれぬ怒りをいだき、いかなる糾問もなしに即断で反逆者としてアイソーポスを処刑するよう、ヘルミッポスに命じた。しかしヘルミッポスは、アイソーポスの友であって、このときにこそ友たるの実をしめした。すなわち、ひとつの墳墓の中に、誰も知らぬ間に、この人物をかくまい、ひそかに食事を運んだのである。一方エンノスは、王の言いつけで、アイソーポスの宰相としての全権を引き継いだ。
しばらくして、アイギュプトス人たちの王ネクテナボー(Nektenabo)王は、アイソーポスが刑死したと聴き、ただちにリュケーロスに書簡を送ったが、その内容は、天空にも大地にも接することなき塔を建造する建築師たちのみならず、質問されたらどんなことでも即座に答えられるものを自分のもとに派遣されたし、これができたら、貢祖を苛斂誅求なさるがよい、できなければ朝貢すべし、というものであった。
これがリュケーロスに読みあげられると、失意落胆に突き落とした、友たちの中には、塔に関するこの問題の解ける者が誰もいなかったからである。もちろん王は、アイソーポスを失ったことを、自分の王国の主柱を失ったとさえ言った。
ヘルミッポス(Hermippos)は、アイソーポスゆえの王の苦しみを知って、王の前に進み出て、くだんの人物は生きているというよろこばしいことを告げ、付け加えていうには、こういうときのためにこそ彼を亡き者にはしなかったのだ、いつか王が独断を後悔なさるとわかっていたので、と付け加えた。すると王はことのほかよろこび、アイソーポスはすっかり汚れてきたいまま前に引き立てられてきた、王は彼を見るや、涙を流して、入浴し他にも手厚い世話を受けるよう言いつけ、その後で、アイソーポスは弾劾された罪状をもきっぱり否認した。これによって王もエンノスを亡き者にしようとしたが、アイソーポスが寛恕を請うた。これに続いて、王はアイギュプトスからの書簡を読むようアイソーポスに手渡した。すると彼はすぐさま問題の解答がわかり、笑って、冬が過ぎなば、塔の建築師たちならびに、質問されたことに答える者とを派遣せん、と返信をしたためるよう言いつけた。そこで王は、アイギュプトスの使節団を送り返し、アイソーポスにはもともとの宰相の全権を手交し、エンノスをも見限られた者として彼に引き渡した。しかしアイソーポスはエンノスを引き取り、彼を何ら憎悪することなく、再び息子として心を注ぎ、とりわけ次のような言葉を教訓した。
[21]
「わが子よ、万事につけて神威(to theion)を敬え、王を尊べ。そして、おまえの敵たちに対しては、怖るべきものとして振る舞え、おまえを侮ることのないように。しかし友たちに対しては、柔和で雅量ある者となれ、そうすれば、おまえにとってより好意をしめす者となろう。さらにまた、敵たちに対しては、病気・貧乏になるよう祈れ、そうすれば、〔おまえを〕苦しめることはできまいから。しかし友たちに対しては、万事において栄える(eu prattein)よう望め。おまえの妻とはいつもきちんと交われ、ほかの男の挑発をうけることを〔妻が〕求めないように。なぜなら、女どもの部類は尻軽であって、あまりちやほやされないと、よからぬことを考えるからだ。言葉は鋭い言葉で聞き手を魅了し、舌は自制的なものの持ち主たれ。栄える(eu prattein)者たちには妬みをいだかず、喜びをともにせよ。なぜなら、妬めばおまえ自身を損なうことになるから。おまえの家僕たちに意を用いよ、おまえを主人として怖れるばかりか、恩人として慎むように。よりまさったことをいつも学ぶことを恥じるな。女を信じて秘密を打ち明けるようなことはけっしてするな。おまえを尻にしこうと、いつも武装しているからだ。
日毎につねに明日までの貯えを残しておけ。命終して敵たちに残してやることの方が、生きて友たちがいないよりはましだからである。出会う者たちに愛想よくせよ、犬ころにとって、尻尾〔を振ること〕はパンをもたらすと知って。善人でありつづけて変節するな。中傷する者はおまえの家から追い出せ、おまえの言ったことしたことを、そそくさと他人に注進するであろうからだ。おまえに苦痛を与えないことは為し、結果したことのために苦しむことをするな。いかなる時も邪なことをたくらまず、悪しき習わしを真似るな」。こういったことをアイソーポスはエンノスに訓戒したので、くだんの人物はこれらの言葉とみずからの良心に、あたかも矢に〔撃たれる〕ように魂を撃たれて、多日を経ずして往生を遂げた。
[22]
さて、アイソーポスは鳥刺したちを全員召し寄せ、ワシの雛を4羽狩り集めるよう言いつけた。そうして、狩り集められた雛を、言い伝えられているとおりに育て、わたし〔筆者〕にはぜんぜん説得的ではないけれど、それら〔のワシ〕にとりつけられた袋によって童僕たちを上空へと運びあげるよう、また、童僕たちのいうことを聞いて、彼らが望むなら、上空へなり大地に向かって地上へなり、どこへでも飛ぶように調教した。かくして冬の季節が過ぎ去り、春が輝き染めたので、アイソーポスは旅立ちの諸事万般荷造りをして、例の童僕たちとワシたちをも引き連れ、アイギュプトスへと出発したが、その威儀と威容は、かの地の人々のどぎもをぬくにたるものであった。
ネクテナボーはといえば、アイソーポス来着と聞き、「わしは謀られた」と友たちに謂う、「アイソーポスが死んだと伝え聞いていたのに」。
しかし次の日、王は全員が純白の衣裳をまとうよう言いつけ、自分はキッロス色〔火色(pyrros)と黄色(xanthos)との中間の色〕の衣裳に、飾り紐(diadema)と宝石をあしらった頭巻巾(kitaris)を身につけた。そうして高い王座に腰をおろし、アイソーポスを案内するよう言いつけた、「わしを何に譬えるか?」入ってきた相手に謂う、「アイソーポスよ、そしてわしといっしょにいる者どもを」。すると彼は、「陛下は春の太陽に、陛下のまわりのこれなる方々は、季節折々の穀物の穂(stachys)に〔"stachys"には、「麦の穂」という意味のほかに、若枝=貴族の御曹子の意味がある〕」。すると王は彼に驚嘆し、数々の贈り物をもって歓迎した。
その日の次の日、今度は王が真っ白の衣裳に身ごしらえをし、友たちには深紅の衣裳を身につけるよう言いつけて、入ってきたアイソーポスにまたもや前回の質問を聴いた。するとアイソーポスは、「陛下は」と云った、「太陽に譬えます、陛下のまわりのこれなる方々は光線に」。そこでネクテナボーが、「思うに、少なくともわしの王国に比すれば、リュケーロスは何ほどのこともあるまい」。するとアイソーポスが微笑しながら謂った、「あの方について、おお、王よ、そのような不用意な発言はおひかえなさいまし。私ども族民に比べれば、あなたがたの著名な王国は太陽のごとくに光り輝いております。されど、いったんリュケーロスに比較さるれば、その光は闇にすぎぬと明示されるに何の欠くるところもないのです」。
ネクテナボーも、言葉の図星なのに驚倒し、「われわれのもとに連れてきたか」と謂った、「塔を建設するはずの者らを」。そこで彼が、「用意はできております、場所を指示していただけさえすれば」。そこで、都市の外の平野に王は出かけ、土地を測量して指示した。そういうわけで、アイソーポスはその場所の四隅に4羽のワシを、袋に乗せて吊り上げられる童僕たちとともに連れ行き、鳥を操る童僕たちに建築用の道具を与え、飛び上がるように言いつけた。彼らは上空にいたると、「わしらに石をくれ」と彼らは謂った、「漆喰をくれ、材木をくれ、他にも建築に必要なものを」。ネクテナボーはといえば、童僕たちがワシたちに上空に運びあげられるのを眺めて、謂った、「どこからわしのところに空飛ぶ人間たちがやってきたのか?」。するとアイソーポスが、「いや、そうではなくて、リュケーロスが持っておられるのです。しかるに陛下は、人間の身でありながら、神にも等しい王と競うおつもりですか?」。そこでネクテナボーが、「アイソーポスよ、わしの負けだ。しかしわしがそなたに質問し、そなたはわしに答えてもらいたい」。
そうしてことばを継いで謂う、「ここにわしの牝馬たちがおるが、こやつら、バビュローンにいる牡馬たちがいななくや、たちまち孕みよる。これについてそなたに知恵があるなら、披露してもらいたい」。するとアイソーポスが、「明日、陛下にお答えいたします、王よ」。そこから退出してくると、童僕たちに猫を捕まえてくるよう、そして、捕まえられてきた猫を公然と鞭打ちながら連れまわるよう言いつけた。ところでアイギュプトス人たちはこの生き物を敬っていたので、それがあまりにひどい目に遭わされているのを目撃して、走り寄って、鞭打っている連中の手から猫をひったくったうえ、すぐさまこの災難を王に言上した。彼〔王〕はアイソーポスを呼んで、「そなたは知らぬのか」と謂う、「アイソーポスよ、われわれのところでは猫を神として敬っているということを。え? 何のためにこんなことをしでかしたのか」。
すると彼が、「リュケーロス王に不正をはたらいたんです、おお、王よ、夕べ、この猫が。というのは、喧嘩っぱやくて威勢のいい、おまけに夜の刻限さえ彼に告げてくれる雄鶏が彼にはいたのですが、それを殺してしまったのです」。すると王が、「嘘をついて恥ずかしくないのか、アイソーポスよ。一晩のうちにアイギュプトスからバビュローンまでゆくような猫がどうしていようか」。するとくだんの男が微笑して謂う、「いったいどうして、おお、王よ、バビュローンのいる牡馬がいなないたからといって、当地の牝馬が孕むことがありましょうや」。王はこれを聞いて、彼の賢慮を祝福した。
その後、都市ヘーリオスの出身者たちで、ソフィストの提題に精通した人士を呼び寄せて、アイソーポスについてこの者たちと相談し、アイソーポスともども宴会に呼んだ。かくして一同が寝椅子についたとき、ヘーリオスの市民のひとりがアイソーポスに向かって謂う、「あなたにひとつ質問をして、それにあなたがどう答えるか、あなたから聴くようわたしはわたしの神から遣わされた」。するとアイソーポス、「あなたは虚言している。なぜなら、神が人間から学ぶ必要は何もないからです。だから、あなたはあなた自身のみならず、あなたの神をも誹謗しているのです」。
今度は別の者が云った、「大なる神殿あり、そのなかに柱あり、12の都市を有す、その各々は30の梁に覆われている。そしてこれを2人の乙女がめぐっている」。するとアイソーポスが謂った、「その問題は、われらのところでは子どもたちでも解けるでしょう。すなわち、神殿とはこの世界、柱とは1年、諸都市とは月々、梁とは月の日数、して昼と夜とが2人の乙女で、この乙女たちは、お互い交互に交替しあっているのです」。
明くる日、ネクテナボーは友たち全員を呼び集めて謂う、「あのアイソーポスのおかげで、リュケーロス王に貢祖を納める義務が生じようぞ」。するとなかのひとりが云った、「われわれが見たことも聞いたこともないものとは何か、という問題をわれわれに述べるようやつに申しつけましょう」。そこでそう決定されて、ネクテナボーは満足し、アイソーポスを呼んで謂った、「われらの述べてくれ、アイソーポスよ、われらが見たことも聞いたこともないものとは何かという問題を」。すると彼は、「これについては明日あなたがたにお答えしましょう」。
こういって退出すると、証文をこしらえた、そこには、ネクテナボーは合意にもとづいてリュケーロスに1000タラントンの負債を負えりとしたためられていたが、翌日、王のもとに立ち戻ると、この証文を手渡した。しかし王の友たちは、証文を開封するよりも早く、全員が言った、「それは見たこともあるし、聞いたこともある、また真実知ってもいる」。そこでアイソーポス、「返済いただけるとは、あなたがたに感謝いたします」。ネクテナボーはといえば、負債の同意を読みあげて、云った、わしはリュケーロスに何の負債もないのに、そなたらはみな証言するのか?」。そこで彼らは変説して云った、「われらは見たことも聞いたこともありません」。するとアイソーポスが、「事情かくのごときでありますれば、提題も解けました」。
これに対してネクテナボーも、「かかる知恵袋をおのが王国内に持っておるリュケーロスは浄福なるかな」。かくして、協定どおりの貢祖をアイソーポスに引き渡し、平和裡に送り返した。アイソーポスはといえば、バビュローンに帰着すると、アイギュプトスで起こったことをすべてリュケーロスに語り、貢祖を引き渡した。リュケーロスは、アイソーポスのために黄金の人像を建立するよう言いつけた。
しかし多日を経ずして、アイソーポスはヘッラスに航行したくなった。かくてまた、王にいとまごいをして出郷した、その前に、誓ってバビュローンに立ち返り、以後はこの地で余生をすごすとの誓いを彼〔王〕に立てた。こうして、ヘッラスの諸都市を遍歴し、自分の知恵を披露しつつ、デルポイにも赴いた。しかしデルポイ人たちは、対話には喜んで耳を傾けたが、彼に対する敬意や奉仕はいかほどのこともしなかった。
そこで彼は彼らにしっぺ返しをして謂った、「デルポイ人諸君、あなたがたを海に漂う材木に譬えることをわたしは思いついた。すなわち、それは遠く隔たったところから波間に漂っているところを見ると、何かたいそう価値あるもののようにわたしたちは思うのだが、近くに寄ってみると、まったく安物だとわかる。じっさいわたしも、あなたがたの都市から遠く離れていたときは、あなたがたを語るに価するもののごとく驚嘆していたものだが、今現にあなたがたのところに来てみると、いわば全人類の中で最も無用人間だということを実見した。わたしはとんだ誤解をしていたもんだ」。
これを聞いてデルポイ人たちは、もしかするとアイソーポスがほかの諸都市に行っても自分たちのことを悪く言うのではないかと怖れ、罠にかけてこの人物を亡き者にするたくらみを相談した。そしてじつに、黄金の杯(phiale)を、自分たちのところにあるアポッローンの神殿から引っ張りだしてきて、こっそりとアイソーポスの敷物の下に隠した。こうして、アイソーポスは、連中にたくらまれていること知らぬまま、出発してポーキスに向かって進んでいた。
するとデルポイ人たちが襲いかかり、彼を逮捕し、神殿荒らしだと判断した。彼は、けっしてそんなことをしたことはないと否認したが、連中は力ずくで敷物を広げて、黄金の杯(phiale)を発見した。これをまた取り上げると、街のみんなに、少しばかりの騒ぎどころでなく見せびらかせた。ここにいたってアイソーポスは、連中の策謀に気づき、彼らに放免を懇願した。しかし連中は、放免しないばかりか、神殿荒らしとして牢獄に放りこみさえし、これに死刑の有罪票決を下した。
アイソーポスは、この邪悪なる運命(txche)から助かるすべもなく、獄舎に座ってひとり嘆き悲しんでいた。すると彼の知己のひとり、名はデーマスが、彼のところに入ってきて、ひどく嘆いているのを眼にして、この受難の理由を尋ねた。すると彼が謂った、「自分の夫を埋葬したばかりの女が、毎日、墳墓のところに通って嘆き悲しんでいた。墓から遠からぬところで耕していたひとりの男が、その寡婦と情交したくなった。そこで、ウシたちを後に残し、自分も墓のそばにやってきて、座って、その女といっしょに嘆き悲しみだした。すると女が、いったいどうしてあんたまでそんなに泣き悲しむと聴いたので、「わしも」と謂う、「べっぴんの女房を埋めてきたところや。こうやって泣いていると、苦痛が軽くなるのや」。すると彼女、「あたしと同じことが身の上に起こったのね」。するとくだんの男、「するって〜と、同じ受難に見舞われたのやから、お互いお知り合いにならんて法があるもんか。わしはあんたをあいつみたいに愛するから、あんたもわしを、あんたの亭主みたいにもう一度」。こういうことをいって女を口説き、そのとおり同衾した。しかしその間に、盗人がやってきて、ウシたちを解いて逃げ去った。くだんの男がもどってきて、ウシたちが見つからなかったので、激しく胸を打って泣きわめきだした。そこにくだんの女もやってきて、嘆いているのを見つけて、謂う、「また泣いてるの?」。するとくだんの男、「今こそ」と云った、「真実わしは泣いているのだ」。じっさいわたしも多くの危難をまぬがれてきたけれど、今こそ本当に嘆き悲しんでいるのだ、この災悪からの解放される途がどこにも見つけられないので」。
その後、デルポイ人たちもやってきて、彼〔友〕を牢から追い払い、 強制的に崖の上に引っ張っていった。彼は連中に向かって言った、「生き物たちが同じ言葉をしゃべっていたとき、ネズミがカエルと友だちになり、これを食事に呼んだ。そして金持ちの蔵に案内して、そこには有り余るほどの食料があったので、「召し上がれ」と謂う、「親愛なカエル君」。かくして食事の後、カエルもネズミを自分の住処に呼んだ。「さあ、君が泳ぎ疲れないよう」と〔カエルが〕謂う、「細紐で君の脚をぼくの脚に結びつけよう」。そうやって、池へと引っ張っていった。しかし、こいつが深みへ潜ったので、ネズミは溺れ、死に際に言った、『ぼくは君に殺される。けれど、もっと大きなものが復讐してくれるだろう(ek-dikethesomai)』。こうして、ネズミの屍体が池の中に漂っていたので、ワシが舞い降りてきて、それをかっさらった、それとともに、いっしょに結わえつけられていたカエルまでも。そういうわけで、〔ワシは〕両方をご馳走にした。だからわたしも、力ずくであんたがたから処刑されても、報復してくれるものを持つことになろう。なぜなら、バビュローンや全ヘッラスが、あなたがたにわたしの死の代償を求めるだろうから」。しかしデルポイ人たちはアイソーポスを見逃すどころの話ではなかった。
そこで彼はアポッローンの神殿に逃げこんだ。しかし連中は怒りに狂ってそこからも引きずり出し、再び崖の上に引っ張っていった。
彼は引きずりゆかれながら言った、「わたしの話を聞け、デルポイ人たちよ。野ウサギがワシに追われて、フンコロガシの隠れ家に逃げこんで、これに助けてくれるよう懇願した。そこでフンコロガシは、嘆願者を亡き者にしないようワシに要請し、自分の小ささを誓って軽蔑しないと、最も偉大なゼウスにまでかけて相手に懇願した。ところが〔ワシ〕は、怒ってフンコロガシを翼ではたいて、野ウサギを奪って喰ってしまった。
そこでフンコロガシは、ワシの跡をつけて、その巣がどこにあるかを知った。そこで襲いかかると、その卵を転がし落として潰してしまった。ワシはといえば、こんなことを敢行しようとするものがあれば、恐ろしい目に遭わされるので、2回目にはもっと上空高い場所に雛を産んだけれど、ここもまたフンコロガシがこれに同じことをした。
そこでワシはすっかり途方にくれて、ゼウスのもとに、というのは、その聖なる鳥と言い伝えられていたから、昇ってゆき、卵の3回目の誕生をその膝のうえに置き、これを神にゆだね、護るよう嘆願した。しかしフンコロガシは、糞団子を作り、昇っていって、ゼウスのふところの中にそれを落としたので、思わずゼウスが立ち上がって糞をふるい落とそうとしたときに、思わず知らず卵まで投げ出してしまった。もちろんそれは落ちてぐちゃぐちゃになった。
フンコロガシから、これがこんなことをしでかすのは、ワシに仕返しをするためだということ、じっさい、くだんのワシはフンコロガシに不正をはたらいたのみならず、〔ゼウスにかけての誓約を無視したから〕ゼウス本人に不敬でもあったことを聞き知って、〔ゼウスは〕やってきたワシに向かって、フンコロガシを苦しめている〔のはおまえだ〕、〔おまえが〕苦しむのは義しい、と云った。
とはいえ、ワシの種族が消滅することを望まず、フンコロガシにワシと和解をするよう忠告した。けれども聞き入れなかったので、かの〔ゼウス〕は、ワシたちの産卵の時期を、フンコロガシが現れない別の時期に変更したのである。だからあなたがたも、おお、デルポイ人諸君、わたしが〔庇護を求めて〕逃げこんだこの神を、たとえ神殿は小さかろうと、辱めてはならない。不敬を働いた者は見逃されることはないであろうから」。
しかしデルポイ人たちは、これらのことばをわずかに気にとめただけで、やはり死刑の崖に引っ張っていった。そこでアイソーポスは、自分の言ったことに彼らがひとつも心動かされないのを見て、再び謂う、「野蛮で人殺しの諸君、聞くがよい。ひとりの百姓が田舎で年老いて、いまだかつて街に行ったことがなかったので、その見物を親類の者たちに依頼した。そこで彼らは驢馬にくびきをつけ、荷車の上に彼を乗せて、ひとりでゆくよう言いつけた。しかし道中、暴風雨の天候に見舞われ、真っ暗になって、驢馬たちが道に迷って、とある崖の方へと老人を連れて行った。彼はいよいよ崖から落ちそうになって、『おお、ゼウスよ』と云った、『わたしがあなたにいったいどんな不正をしましたでしょうか、こんな理不尽に破滅しようとは、それも、生まれよき馬たちのせいでも、善き半驢馬のせいでもなくて、極安の驢馬たちによって』。去れば、わたしも、同様の状況に今あるのがいまいましい、貴い人士や著名な人たちによってではなく、やくざな極悪人どもによって破滅するのが」。
さらに、いよいよ崖から突き落とされそうになって、次のような寓話(mythos)を述べた、「ある男が、自分の娘に恋して、女房は野良に追いやって、娘をひとりきりに引き離して強姦した。すると娘が、『お父さん』と云った、『神法に悖ることをなさったのよ。むしろ、多くの男たちに辱められた方がよかったのに、生みの親のあんたによりは』。されば、おまえたちにも、おお、違法なデルポイ人たちよ、これを言おう、スキュッラやカリュブディス〔シケリアの海峡にあるとされた大渦。〕、またアプリカのシュルティス〔アフリカの北端、カルタゴとキュレーネーとの間にある数々の湾の2つの砂州の名前〕に呑みこまれることを選ぶのだった、おまえたちから不正・無意味に殺されるよりは。
とにかく、おまえたちの祖国に呪いをかけ、あらゆる正義に反してわたしが破滅させられることの証人に神々を立てよう、耳を傾けて、わたしのために復讐してくださるであろう」。こうして、デルポイ人たちは崖下に彼を突き落として処刑した。しかし程経ずして、〔デルポイ人たちは〕疫病がかかり、アイソーポスの死を贖うべしという神託を受けた。彼らは[自分たちでも]自覚していたこともあって、不正に殺害された彼のために、標柱まで建立した。しかし、ヘッラスの第一人者たる人たちや、相当な知者に属する人たちもみな、こういった人たちもアイソーポスに対してなされたことを知ってデルポイに赴き、その地の人たちといっしょに考察し、彼ら自身もまたアイソーポスの宿命の復讐者となったのである。
2003.04.30. 訳了 |