ヘルメス選集

第八のものと第九のもの





[出典]

大貫隆訳「第八のものと第九のものに関する講話」
(『ナグ・ハマディ文書/チャコス文書/グノーシスの変容』岩波書店、2010.10.所収)

[外部リンク]
THE GNOSTIC SOCIETY LIBRARY
The Nag Hammadi Library
The Discourse on the Eighth and Ninth
Translated by James Brashler, Peter A. Dirkse, and Douglas M. Parrott
リンク切れの場合はここ



一 プロローグ — 約束

§1【52】[ 第1行は完全に欠損、翻訳不能 ]
 タト「[おお、わが父よ、]昨日あなたは[私に]約束されました。私の思考を[第]八のものに導き入れて、それに続いて第九のものにも導いて下さると。これが(密儀の)伝受(パラドシス)による順序(タクシス)であるとも、あなたは言われました」。
 ヘルメス「おお、わが子よ。まさしくそれがその順序である。しかし、  (私の)約束は人間の弱さを考えてのことなのだ。なぜなら、私がその約束を始めたとき、お前に言ったはずである。すなわち、『もしお前がそれぞれの階梯(バトモス)をすべて想起するならば』と」。

二 訓話と霊的秘義への導入

1 霊による誕生

§2 ヘルメス「私は力(デュナミス)によって霊を受けた後、お前に活力(エネルゲイア)を与えた。そうして、お前の中には理解力(ノエーシス)が具わり、私の中では、その力が臨月のようになった。なぜなら、私は自分の中に湧き上がる泉から受け(て妊娠し)たときに、私は(お前を)産んだのだから」。
 タト「おお、父よ。あなたが私に語られた言葉はどれもみな当たっています。ただ、あなたが一番最後に言われたことに、私は驚いています。すなわち、あなたは『私の中にある力』について語られました」。
 すると彼(ヘルメス)が答えた。「私はそれ(力)を、ちょうど胎児を産むように産んだのである」。

2 霊的な兄弟、母、父について

§3 タト「父よ。すると、もし私が(そうして生まれた)種族に数えて〈もらえる〉のであれば、私には兄弟がたくさんいるということになりますね」。
 ヘルメス「そのとおり。その善きものは[ ]によって数えられて【53】[     第1−4行はほぼ完全に欠損、翻訳不能    ]そして[  ±5 ]いつでも。それゆえ、わが子よ。お前はお前の兄弟たちを認識して、彼らに対してしかるべく敬意を示さねばならない。なぜなら、彼らもお前と同じ父親から来ているのだから。すなわち、私はあらゆる種族ごとに呼びかけたからである。そしてそれに私は名前を与えた。なぜなら、彼らはここにいる子供たちと同じように、生まれた者たちだからである」。
§4 タト「すると、わが父よ。彼らには〈母〉もいるのですか」。
 ヘルメス「おお、わが子よ。彼らは霊的な者たちである。というのは、彼らは活力として存在し、魂をも成長させる者たちだからである。それゆえ、私は彼らを不死なる者たちとも呼ぶのである」。
 タト「あなたの言葉は真実です。今後はもう反論はありえないでしょう。おお、わが父よ。どうぞ第八のものと第九のものについての講話をお始め下さい。そしてこの私を、私の兄弟たちの仲間として下さい」。

3 正しい祈り、霊的な成長の道筋

§5 ヘルメス「おお、わが子よ。それでは万物の父に向かって、お前の兄弟であり、私の子らで或る者たちと一緒に祈ろう。父が(私に)霊を分け与えて下さって、私が首尾よく語ることができるように」。
 タト「おお、わが父よ。でも、彼らはもう(彼らの)種族たちと結ばれてしまっているのだとしたら、彼らはどのように祈るのですか。おお、わが父よ。私は(あなたがおっしゃることに)従いたいと思います」。
§6 【54】[   第1−3行はほぼ完全に欠損、翻訳不能   ] それ(祈り)は何か[法律的なもの]ではない。むしろそれは魂にとっては易しいものである。[もし魂が]それ(祈り)を愛しさえすれば。そして[お前にとって]なすべき正しいことは、あの種族に関する知識においてお前が今成し遂げた前進を記憶に留めておくことである。おお、わが子よ。自分自身を昔の日々と比べてみなさい。幼い子供がするように、お前は愚かな無理解このうえない質問をしたものだ」。
 タト「おお、わが父よ。今私に訪れた前進と、(救われた)種族に関する認識は欠乏を超えたもので、私には初めてのものです」。
§7 ヘルメス「おお、わが子よ。もし、お前が自分の言っている真理を理解するならば、お前の兄弟たち、すなわち、わが子らもお前と共に祈っていることを知るだろう」。
 タト「おお、わが父よ。私は今、自分にその種族の間で訪れてきた美しさ以外には、まだ何も理解できません。その美しさのことをあなたは魂の美しさと呼んでおられます」。
§8 ヘルメス「お前がそこまで建てられてきたことは、段階を追って獲得されたことである。願わくば、お前に認識が与えられるように。そして今度は、お前自身がそれを教える者となるように」。
 タト「おお、わが父よ。私はその種族のすべてのことが分かりました。しかし、とりわけ【55】[沈黙]の内に行なわれる[賛美]のことが分かりました」。

三 祈り、幻視、賛美

1 祈りの意図

§9 ヘルメス「おお、わが子よ。[ ±6 ][ ほぼ完全に欠損、翻訳不能 ][ ±4 ]成長した者たち[の間での]賛美において」。
 タト「おお、わが父よ。私はあなたが語られる言葉から力を受けたいと思います。さきほども言いましたが、さあ、二人で祈りましょう。父よ」。
§10 ヘルメス「おお、わが子よ。私たちが思いを尽くし、心を尽くし、魂を尽くして神に祈ることは正しいことである。そして、私たちには八つのものが与えられるように神に求めること、それが私に訪れて、それぞれが自分の分を受けることが望ましい。お前がなすべきことは、ぞれを理解すること。私がなすべきことは、(お前を)強めること。そのために、私の内側に溢れ出る泉から言葉を汲んで語ることである」。
 タト「おお、わが父よ。一緒に祈りましょう」。

2 祈 り

§11 ヘルメス「私はあなたに向かって呼びかけます。あなたは力の王国を支配される方。あなたの御言葉は光を生み出し、不死、永遠、不朽のもの。あなたの御心は生命の模像を至るところに生み出し、あなたの本性(フュシス)は存在に形を与え、【56】魂(複数)[と力と]天使たちはそこから発しています。[  ±9  ][ ほぼ完全に欠損、翻訳不能 ][ ±3 ]存在する者たち。
§12 あなたの経綸は、あらゆる個物に及んでいます。あなたはあらゆる者を生み出し、霊たちの間に永遠(アイオーン)を[分け与えられる]。あなたは万物を創造し、自らの中に自らを所有し、すべてのものをその豊かさの中に保持する方。
§13 (あなたは)目に見えない神、人は沈黙の中であなたについて語ります。あなたの似像は動きながら、司られると同時に、司るもの。(あなたは)力強い方、どの偉大さをも超える方、どの栄光よりもさらに高い方、ゾークサタゾー、ア、オーオー、エエ、オーオーオー、エーエーエー、オーオーオーオー、エーエー、オーオーオーオーオーオー、オオオオオ、オーオーオーオーオーオー、ウウウウウウ、オーオーオーオーオーオーオー、オーオ−オーオーオーオーオーオー、ゾーザゾート。
§14 主よ、私たちにあなたの知恵(ソフィア)を分け与えて下さい。それを私たちに訪れさせて、私たちが(互いに)、八つのものと九つのものを眺めることについて告知できるようにして下さい。私たちは、すでに七つのものまでは到達しました。それは私たちが敬虔で、あなたの戒めに従って歩んでいるからです。そしてあなたの御心を、私たちはいつも満たしております。[そして私たちは]これまで【57】[あなたの道を]歩んできましたし、[あらゆる気まぐれを]捨て去った結果、(超越的世界の)幻視(テオーリア)[が]起きたからです。
§15 主よ、私たちに真理の模像をお与え下さい。どうぞ、霊によって、私たちがその模像の欠けたところのない形を見ることができるようにして下さい。どうぞ、私たちが献げる賛美を通して、プレーローマの模像をお受け取り下さい。そして、現に私たちの中にある霊をお認め下さい。なぜなら、万物はすべてあなたによって魂を与えられているからです。なぜなら、生まれたものは、生まれざる方であるあなたから生じたのですから。自ら生まれた者(アウトゲネース)の誕生もあなたから生じたのですから。あなたはすべて誕生したものの誕生です。
§16 どうぞ、私たちが献げる精神の供犠をお受け下さい。それは私たちが心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くしてあなたに向かって送り届ける供え物です。私たちの中に在るものをお救い下さい。そして、私たちに不死の知恵(ソフィア)をお与え下さい」。

3 幻 視

§17 ヘルメス(続き)「おお、わが子よ。お互いに愛の接吻を交わそう。お前は喜びなさい。なぜなら、すでに彼らのもとから光の力が私たちのところへやってきているからである」。
 タト「はい、私には見えます。言葉では表現できない深淵が見えます」。
§18 ヘルメス「おお、わが子よ。私はお前に【58】語ればよいであろうか。[    ±10   ][お前にさきほど]から[七つの]場所が[見え始めたのかどうか]。私は万物についてどう[語ればよいのか]。私は叡智(ヌース)である。[しかし]、もう一つ別の叡智があって、それが魂を動かしているのが見える」。
 タト「私には、私を聖なる恍惚境で動かしている方が見えます。あなたは私に力を与えて下さいます。私は自分自身が見えます。私は語りたいと思うのですが、恐れがそうさせません。私はあらゆる力の上に立つ力の根源を見つけました。それ自身にはもはや根源がありません。私には一つの泉が見えます。それは生命に溢れています」。
§19 ヘルメス「おお、わが子よ。私は叡智であると言ったのだ」。
 タト「私は、言葉だけでは表すことができないものを見たのです」。
 ヘルメス「おお、わが子よ。たしかに、八つのものの全体は、その中にある魂、および天使たちと一緒に、沈黙の内に賛美の歌を歌うのである。しかし、叡智である私にはその賛美が分かるのだ」。

4 沈黙の内に献げられる祈りと賛美

§20 タト「〈沈黙しながら〉どうやって賛美を献げることができるのですか」。
 ヘルメス「お前は今や、もう何も口で教える必要がない者なのだ」。
 タト「おお、わが父よ。それでは私は沈黙します。私は沈黙しながらあなたに賛美を献げます」。
 ヘルメス「それがよい。さあ、歌いなさい。私は叡智である」。
§21 タト「おお、ヘルメスよ。私には叡智であるあなたのことが分かります。あなたの御名は翻訳することができません。なぜなら、それはそれ自身の内に安らいでいるからです。しかし、私は喜んでいます。なぜなら、父よ、あなたが微笑んでいるのが見えるからです。そして万物も【59】[喜んでいます]。それゆえ、あなたの生命の力を欠いたままの被造物はありません。なぜなら、あなたはあらゆる場所に住む者たちにとって主だからです。あなたの経綸が(彼らを)守っています。私はあなたのことを「父」「アイオーンたちのアイオーン」「神的存在」「霊」「霊を万人の上に注ぐ方」と呼びます。さあ、わが父へルメスよ。あなたは私に何と言われますか」。
§22 ヘルメス「おお、わが子よ。そのことについて私は何も言わない。なぜなら、隠されていることについては、沈黙を守ることが神の前では正しいことだからである」。
 タト「おお、トリスメギストスよ。どうか、私の魂が神的存在を見ることなしに終らせないで下さい。なぜなら、あなたは全宇宙の支配者であり、そのすべての上に力を揮われる方だからです」。
 ヘルメス「おお、わが子よ。さあ、[賛]美を始めなさい。ぞして沈黙の内に語りなさい。望むことを沈黙の内に懇願しなさい」。

5 タトの幻視

§23 彼(タト)が賛美を終えたとき、彼は叫んで言った。
§24 タト「父なるトリスメギストスよ。私は何を語ったらよいのでしょうか。私はこの光を受けました。私にもあなたの中に同じ幻視が見えています。そして、八つのものと、そこにいる魂たちと天使たちとが、九つのものとその力を覚め讃えているのが見えます。そして、それらすべての上に権限を持っておられる方、【60】霊によって創造される方も見えます」。

6 賛美と感謝

§25 ヘルメス「今から後は、われわれは沈黙することが必要である。[今から後は、]もうお前が見たものについて多弁を弄するな。体を脱ぐ時(=死)まで父を賞め讃えることがふさわしいことである」。
 タト 「父よ、あなたが言わんとすること、私もそのことを言いたいと思います。私は心の奥深くで賛美を歌います」。
§26 ヘルメス「お前はすでに安息に到達したのだから、安んじて賛美するがよい。お前は探していたものを発見したのだから」。
 タト 「しかし、わが父よ。私はどうすればふさわしく賛美できるでしょうか。私の心は満ち満ちているのですが」。
§27 ヘルメス「ふさわしいのは、お前が上なる神に向かって歌う賛美である。そしてその賛美は、この不朽の書物の中に書き留められねばならない」。
 タト「私は心の中で賛美を献げましょう。そして万物の終焉、根源の根源、人間たちの探求の的、不死なる発見、光と真理を生み出した者、ロゴスを蒔いた者、不死の生命を創り出す愛に祈ります。隠された言葉でさえも、主よ、あなたについて語ることはできません。それゆえ、私の叡智は日々あなたを覚め讃えたいと望んでいます。私はあなたの霊に仕える道具、叡智はあなたにとって琴をつま弾く爪、あなたの慮りが私に向かって曲を奏でる。私には【61】自分自身が見えます。私はあなたから力を受けました。それは、あなたの愛が私たちを捕らえたからです」。
 ヘルメス「よろしい。おお、わが子よ」。
§28 タト「おお、恵みよ。私はあなたに感謝して、賛美を献げます。なぜなら、私はあなたによって生命を受けたのですから。あなたが私を賢者として下さったのです。私はあなたを賞め讃えます。私はあなたの隠された御名を呼びます。ア、オー、エエ、オー、エーエーエー、オーオーオー、イーイーイー、オーオーオーオー、オオオオオ、オーオーオーオーオー、ウウウウウウ、オーオーオーオーオーオー、オーオーオーオーオーオーオー、オーオーオーオーオーオーオーオーオー。あなたは霊を持っておられます。私は謹んであなたを覚め讃えます」。

四 「本文書」のための指示

1 石柱の設置

§29 ヘルメス「おお、わが子よ。ディオスポリスにある神殿のために、本書を生命の家の書記たちの文字(=ヒエログリフ)で書き記しなさい。そしてその表題は『第八のものが第九のものを啓示する』としなさい」。
 タト「わが〈父よ〉。私はあなたが今、命じられたようにいたします。わが父よ。私は本書の内容を、青緑色の光沢の石の柱に書き記す[べきでしょうか]」。
§30 ヘルメス「わが子よ。本書は青緑色の光沢の石の柱に、生命の家の書記たちの文字で書き記されねばならないであろう。叡智自身がその監督者となられた。【62】それゆえ、私はこの本文が石の上に刻まれねばならないと命じるのである。また、お前はそれを私の聖所の内側に奉納して、八人の守衛と[翼を持った]太陽神がそれを守らねばならない。男性の者たちは右側に位置して、蛙の顔をしている。女性の者たちは左に位置して、猫の顔をしている。
§31 そこで、四角い自乳石を、その昔緑色の光沢の石の板の下に置いて、サファイア色の石の板に、生命の家の書記たちの文字で、名前を記しなさい。わが子よ。お前はこれを、私が乙女座の中にいる時に、しかも私から見て十五度昇り、太陽が一日の周軌のちょうど半分を過ぎた時刻に、設置しなければならない」。
 タト「おお、わが父よ。あなたが言われたことを、私は喜んでいたします」。

2 読者がなすべき誓約

§32 ヘルメス「それでは、本書に誓約を記しなさい。それは、この本を読む者たちが(ここに出てくるいろいろな)名称を、よろしくない目的に用いて、宿命の働きに逆らうことにならないように。むしろ、彼らは神的理法に従って歩まねばならない。その理法を一度でも犯してはならない。彼らは身を清めて、神に知恵と認識を請い求めねばならない。
§33 そしてそれ以前に【63】まだ神によって生まれておらず、『一般的な教え』と『入門書』の段階にとどまっている者は誰であれ、本書に書かれていることを決して理解できないだろう。たとえその人の良心がそれ(=本書?)に対して邪気がなく、しかも非難に値するようなことは何一つ行なわず、同意もしないとしても。むしろ、その人は段階(バトモス)を追って進むことによって、不死性に至る道を歩むだろう。そうして、八つのものについての認識に到達し、その認識がさらに九つのものを啓示するだろう」。
 タト「おお、わが父よ。私はそのようにいたします」。

3 誓約とその帰結

§34 ヘルメス「さて、その誓約とはこのことである。私はこの聖なる書物を読もうとする者に誓わせる。すなわちその者は、天と地、火と水、存在を支える七人の根源、彼らの中に宿る創造的な霊、生まれざる神、自ら生まれた者(アウトゲネース)と生まれた者にかけて、ヘルメスが(本書で)語ったことを秘密にすると誓約しなければならない。
§35 この誓約を守る者たちには、神は憐れみに富んだ方として現れるであろう。また、われわれが(本書で)名前を挙げた者たちも、すべてそうするであろう。しかし、この誓約を破る者たちには、(彼ら)すべてからの怒りが臨むだろう」。

五 結びの言葉

§36 ヘルメス「わが子よ。これは真実で完全なる〈誓約〉である」。

2010.12.23. 入力。


forward.gifNH VI-7 感謝の祈り