F201
同、「テイリア」の項。
レウコシュロイ族の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F202
同、「スタメネー」の項。
カリュボイ族の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F203
同、「カリュベス」の項。
ポントスのほとり。テルモドーン河畔の族民……ヘカタイオスではカリュボイ族とも。「アルメニア族は南でカリュボイオイ族と境を接する」。
F204
同、「コイラデス」の項。
モッシュノイコイ族の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「モッシュノイコイ族は、太陽の昇る方角において、ティバレーノイ族と境を接している」。彼ら〔モッシュノイコイ族の〕ところにはコイラデスという都市がある」。
F205
同、「マレス」の項。
モッシュノイコイ族に随従する族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F206
同、「マクローネス」の項。
今のサンノイ族。ストラボーン第12巻(3, 19)、ヘカタイオス『アシア誌』、アポッローニオス第2巻(394)。
F207
同、「コイ族Coiv」の項。
ベケイロイ族近隣の族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「ここまでがベケイリア地方、これを領有するのがコイ族」。またさらに、「これらまでがコイ族〔の領有〕」。またさらに、「コイ族に、太陽の昇る方角において境を接するのがディゼーレス族」。
F208
同、「ヘルモーナッサ」の項。
キムメリア・ボスポロスに、イオーニア人たちの植民である都市を有する小さな島だと、ペリエゲーテース(552 f.)。これをスキュムノス(V)はヘルモーネイアとも呼ぶ。ストラボーンは第6巻(3, 16)の中で、ヘルモーナクスの村と謂う。メニッポスは『2つのポントスの周航』(V)の中でトラペゾーンの地方と。しかしヘカタイオスとテオポムポス(II)は、これを都市だと謂う。
F209
同、「コーロイ族」の項。
カウカソス山近辺の族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。カウカソス山の山裾はKwlika; o[rhと呼ばれる。地方はKwlikv。
F210
同、「コラクソイ」の項。
コーロイ族近隣のコルキス人たちの族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。城塞はKoraxikovn、領地はKoraxikhv。
F211
STEPH. BYZ.「アパトゥーロン」の項。
パナゴレイアにあるアプロディーテーの神殿、ストラボーン第12巻(2, 10)……しかしヘカタイオスはアパトゥーロンがアシアにある入江であることを知っていた。
F212
同、「パナゴレイア」の項。
パナゴレースに由来する都市だと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。島はパナゴレーないしパナゴレイア。パナゴレイアta; Fanagovreiaが交易所などということはけっしてない。
F213
同、「クロッサ」の項。
ポントスの畔の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。族称はKrossai:oV。
F214
同、「パトラシュス」の項。
ポントスの都市だと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F215
同、「イアマイ」の項。
スキュティアの族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F216
同、「イクシバタイ族」の項。
ポントスの畔、シンドイ族注12)の地の付随する族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F217
STRAB. XII 3, 22(EUSTATH. Il. B 857): これに対して、このスケープシス人〔デーメートリオス〕は、どうやら、この人〔エポーロス〕の説を受入れず、また、ハリゾーネス族がバッレネー〔半島〕周辺にいたと推測する諸説……をも〔受け入れず〕、同じように、ポリュステネース河を越して向うの遊牧民のなかから、トローイア方への援軍が来たことを信じる人がはたしてあろうかと、この点をも問題視し、彼〔デーメートリオス〕がとりわけ称賛するのは、ミーレートス人ヘカタイオスの〔説〕、クセノクラテースの弟子たちのひとりでエライア人メネクラテー ス(V)の説、パライパトス(44 F 4)の諸説である。このうちの最初の人〔ヘカタイオス〕は『大地の周航』の中で謂う。「アラジアという都市のほとりにはオドリュッセース河が流れ、河は日没の方角ダスキュリティス湖から発して「ミュグドニエー」平原を貫流し、リュンダコス河へ流れ入る」。彼が言うには、このアラジアは今日無人であるが、アラゾーネス族の住む村が数多くあって、それらの間をオドリュッセース河が流れる。村々ではアポッローンを格別大事にして祀り、キュジコス領の境界地帯でとりわけそうである。また、もうひとりのメネクラテースは『ヘッレースボントス地方旅行記』の中で言う、ミュルレイア周辺の諸地域より上の方に一連の山があり、そこ にハリゾーネスの族民が住みついている。……もうひとりのパライパトスが謂うには、アラゾーネス族はアロペー(今はゼレイア)に住み、オディオスとエビストロボスはこの種族の地方から遠征したという。それなら、上記の諸説が称賛に値するのはなぜか。それは、これらの説が古来の綴りを動かした点を別にしても、何れも銀鉱の所在を示していないこと、また、たとえアロペやーアラジアとかいう市が、かつては存在したことを認めたところで、アロペーがミュルレイア地方内のどこにあるか、ここからイリオンまで来た一隊がなぜ「遥かなる」となったか、を明らかにはしていないからである。XII 3, 23を見よ。
F218
STEPH. BYZ.「スキュラケー」の項。
キュジコス周縁の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。市民はSkulakhnovVとSkulavkioV。
F219
同、「ドリオネス族」の項。
キュジコスの居住民、これをヘカタイオスはドリエイスと云った。Doliovnioiとも、また、女性名詞ではDolionivaとも言われる。
F220
同、「アバルノス」の項。
パリオン地方の都市、地域、岬……ミーレートス人ヘカタイオスは『アシア周航記』のなかで、ラムプサコスの岬だと謂っている。しかしエポロスは第5巻の中で(II F 46)、この都市は、ラムプサコスを建設したポーキス人たちによって、ポーキスにあるアバルニスにちなんでそう呼ばれたと言う。
F221
同、「シゲー」の項。
トローアスの都市だと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。族称はSigivthV。
F222
同、「ミュリクゥース」の項。
テネドス島とレスボス島の対岸の、トロイアの都市。ヘカタイオスが。「トローイア地方のミュリクゥスへ(ejV Murikoventa th:V Trwikh:V)」。
F223
同、「ラムポーネイア」の項。
トローアスの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。族称はLampwneuvV。しかしヘッラーニーコス(4 F 159)はこれをラムポーニオン、族称をLampwnieuvVだと謂う。
F224
同、「ガルガラ」の項。
トローアスのイダ山頂にある都市、昔はガルガロスと呼ばれ、ストラボーン(XIII 1, 5.58)と、ヘカタイオスは、これをアイオリス地方と名づける。しかしアルクマン(F 131)は、女性名詞でガルガロスと謂い、ここに居住するのはレレゲスである。テッサリアのラリッサにましますゼウスの子ガルガロスにちなんで名づけられた……ガルガラという山頂もある。エパプロディトスの謂うには、都市の方は女性名詞で言われるが、山頂の方はどちらでもない〔中性名詞である〕。ヘッラーニーコス(4 F 158)は、このとしを、シグマを使ってガルガソンと謂ったが、間違っているとわたしは思う。
F225
同、「グリュノイ族」の項。
ミュリナ人たち(F 138cを見よ)の小都市、ここにはアポッローンの神殿、古い占い所、そこで崇拝が行われる高価な白大理石の神殿(Strab XIII 3, 5)もある。しかしヘカタイオスはこの都市をグリュネイアと呼ぶ。
F226
同、「アマゾネイオン」の項。
……アマゾーン女人族が居住したキュメーも、そのように呼ばれていた。ヘカタイオスは『アイオリス誌』の中で、イオタを使ってその名を書き記している。
F227
同、「メレートス湾」の項。
スミュルナ人がメレートス河にちなんで呼んだと、ヘカタイオスが『アイオリス誌』の中で。
F228
STEPH. BYZ.「エリュトライ」の項。
イオーニア人たちの都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。クノーポスにちなんでクノープゥポリス〔「クノーポスのポリス」〕と呼ばれた。
F229
同、「シドゥッサ」の項。
イオーニアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「ここにシドゥッサという都市がある」。
F230
STEPH. BYZ.「キュベレイア」の項。
イオーニアの都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F231
同、「コーリュコス」の項。
……(F 267を見よ)コーリュコスと男性名詞で言われる山もある、高山で、イオーニアのテオースとエリュトライとに近いと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F232
同、「ミュオンネーソス」の項。
テオースとレビュドス(=Strab. XIV 1, 29)との中間にある都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。アルテミドーロス(V)は、これを地方名だと謂う。
F233
同、「ノティオン」の項。
イオーニアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F234
HERODIAN. p. mon. levx. 13, 17(II 920, 7 L):
コルゥラ。都市の名だと、ヘカタイオスが。「プリエーネーが位置するのは、コルゥラのすぐそばと思われる」。
F235
STEPH. BYZ.「ミュエース」の項。
〔属格は〕MuvhtoV、FavgrhV注13)〔の属格〕がFavgrhtoVとなるように。イオーニア地方の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F236
同、「シデーレー」の項。
イオーニアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F237
同、「キュネー」の項。
リュディアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F238
同、「ミムネードス」の項。
リュディア人たちの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F239
STRAB. XIV 1, 8:
続いてラトモス湾があり、湾内に「ラトモス山麓の」と言われるへーラクレイアがあり、碇泊地をもった小都市である。以前は湾の上方にある山と同名でラトモスと呼ばれ、この山をへカタイオスが紹介していて、あの詩人〔ホメーロス〕によってプテイローンと言われている山(Il. II 868)に同じと見なしている。というのは、ラトモスの上方にプテイローン山が横たわっていると謂っているからである。
F240
STEPH. BYZ.「ミーレートス」の項。
カリアにあるイオーニア人たちの有名な都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F241
同、「ラデー」の項。
イオーニアの島。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F242
同、「カリュアンダ」の項。
ミュンドスとコースとに近い同名の都市にして†港。ヘカタイオスはこれをカリュアンダと謂う。
F243
同、「ミュンドス」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。カリアには他に古ミュンドスPalaia; MuvndoVという都市もある。
F244
同、「メドマソス」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F245
同、「ヒッポネーソス」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F246
同、「コリュダッラ」の項。
ロドス人たちの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。族称はKorudallei:V。
F247
STEPH. BYZ.「ローリュマ」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。ロドスの港があり、これもローリュマと言われる。
F248
同、「ケドレアイ」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。族称は三音節をとって、KedreavthVないしKedrai;oV。
F249
同、「クラデー」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア周航記』で。
F250
同、「キュッランドス」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F251
同、「ラエイア」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F252
同、「メッサバ」の項。
カリア人たちの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F253
同、「クシュロス」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F254
同、「トゥニュッソス」の項。
カリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F255
STEPH. BYZ.「クサントス」の項。
リュキアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「ここからクサントス河が流れ出る」。アイギュプトス人クサントスあるいは建設者クレースにちなんで呼ばれた。レスボス島にもクサントスという都市がある。
F256
同、「パラタ」の項。
リュキアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。アポッローンと、クサントスの娘リュキアとの子パタロスにちなんで呼ばれた。
F257
同、「シンディア」の項。
リュキアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。族称はSivndioi。
F258
同、「ペッロス」の項。
パムピュリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。アレクサンドロス・ポリュイストール(III)は『リュキアに関して』の中で、リュキアにペッロスとアンティペッロスとがあると言っている。
F259
同、「メラニッピオン」の項。
パムピュリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。一部の人たちは、リュキアの〔都市〕だと謂う。
F260
同、「イデュロス」の項。
パムピュリアの都市にして河川。ヘカタイオスが。最後の音節に鋭アクセントをとって=IdurivVとも〔言われる〕。
F261
同、「リルニュテイア」の項。
パムピュリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F262
同、「シデー」の項。
パムピュリアの都市だと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。タウロスの娘にして、キモーロスの妻シデーにちなんで呼ばれた。後者にちなんだ島〔キモーロス島。キュクラデス諸島内〕がある。
F263
同、「コルデュトス」の項。
パムピュリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F264
同、「キュルベー」の項。
パムピュリアの都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F265
同、「カラドゥロス」の項。
キリキアの湖にして海港。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「次にカラドゥロス河」。
F266
STEPH. BYZ.「ナギドス」の項。
キリキアとパムピュリアとの中間にある都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「次にナギドスという都市。操舵手ナギスにちなむ。ナギドゥーサという島もある」。
F267
STEPH. BYZ.「コーリュコス」の項。
キリキアの都市。パルテニオアスが『お供』(F 21 Martini)で……族称はKwruvkioV。しかしヘカタイオスはこ〔の都市〕をKwruvkeiaと謂う。(F 231を見よ)。
F268
同、「ソロイ」の項。
キリキアの都市……ヘカタイオスが『アシア誌』で。ソローンにちなんで呼ばれたと、エウポリオーンが『アレクサンドロス』(F 1 Scheidweiler)の中で……しかしディオニュシオスは『バッサリア誌』第3巻のなかでSwvleiaと言う……。
F269
TEPH. BYZ.「カバリス」の項。
マイアンドロス河の南側、キビュラに近い都市(Strab XIII 4, 15)。属格はKabalivdoV。市民はKabaleuvV。ヘカタイオスが『アシア誌』で。女性形も同じと、ストラボーンが上述書の中で(XIII 4, 17)。「キビュラ族は、カバリスを領したリュディア族の子孫だった」。
F270
同、「ミュリシン(?)」の項。
プリュギアの族民、ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F271
STEPH. BYZ.「カマレーノイ」の項。
アラビア人たちの都市。ヘカタイオスが『周航記』の中で。
F272
HERODIAN. (p. mon. levx. 8, 8「クナ」
ポイニキア地方は昔はそういうふうに呼ばれたのである。(F 21を見よ)。
F273
STEPH. BYZ.「ガバラ」の項。
ポイニキア地方の都市、女性名詞だとヘカタイオスは謂う。しかしストラボーン(XVI 2, 12)は、シュリアのラオディケイアに近いと。
F274
同、「シドーン」の項。
ポイニキア地方の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F275
同、「ドーロス」の項。
ポイニキア地方の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「次に昔のドーロス、今はドーラと呼ばれる」。
F276
同、「アイガ」の項。
アイオリスの岬……ポイニキア人たちの都市でもあると、ヘカタイオス。
F277
同、「ギングリュモーテー」の項。
ポイニキア地方の都市と、ヘカタイオス。
F278
同、「ポイニクゥーッサイ」の項。
リビュア湾内にあるカルケードーンの向かいの2つの島だと、ヘカタイオスが『リビュア周航記』(F 342)の中で……シュリア内のポイニキア族の都市ポイニクゥーッサイもあると、同人〔ヘカタイオス〕が『アシア誌』の中で。
F279
同、「カルデュトス」の項。
シュリア族の大都市だと、ヘカタイオスが『アシア周航記』の中で。
F280
同、「カニュティス」の項。
シュリア族の大都市だと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F281
STEPH. BYZ.「キュレー」の項。
ペルシア海の島。ヘカタイオス『周航記』第2巻の中で。島人はKurai:oV。
F282
同、「パリカネー」の項。
ペルシア地方の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「ここにパリカネーという名の都市がある」。族称はParikavnioi。Parikavnoiとも言われる。
F283
同、「カンダナケー」の項。
ペルシア地方の都市。ヘカタイオスが『アシア周航記』で。族称はCandanakhnovV。
F284
HARPOKR.「キュパッシス」の項。
……語彙註解者glwssogravfoVたちは、キュパッシスそのものが外衣の1種だと謂い、ある人たちは男性の〔外衣〕だと謂い、ある人たちは女性の〔外衣〕だと謂う。これに言及しているのは、ヒッポーナクシス(F 18)とヘカタイオスが『アシア旅行記』の中で。次のように言っている。「キッシオイ人たちは、キュパッシスというペルシアの服を着ている」。またアリストパネースも『喧嘩好きたち』(I 524, 519 K)の中で。
F285
STEPH. BYZ.「シッタケー」の項。
ペルシア地方の都市だと、ヘカタイオスが『アシア誌』で。市民はSittakhnovV、地方はSittakhnhv。
F286
同、「メーディア」の項。
カスピ海の門aiJ Kavspiai puvlaiのそばに横たわる地方。ヘカタイオスが『アシア誌』で。メーデイアの息子メードスにちなむ。
F287
同、「ヒュオーペー」の項。
ゴルディオイ族に付随するマティエーノイ族の都市。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「ここにヒュオーペーという都市がある。この者たちは、パプラゴニア人たちと同じような服を着ている」。
F288
同、「モスコイ」の項。
コルキス人たちの族民で、マティエーノイ族に付随する。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F289
STEPH. BYZ.「ミュコイ」の項。
ヘカタイオス『アシア誌』の中で〔言及している〕族民。「ミュコイ人たちのところからアラクセース河まで」。
F290
同、「カタンノイ(?)」の項。
カスピ海に面した族民。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F291
ATHENAI. II 70 A:
kinavra注14)〔チョウセンアザミ〕。 ソポクレースは『コルキスの女たち』(F 322)の中でこれをkunavraと呼び、『ポイニクス』(F 646)の中では(kuvnaroVという形にして)、「kuvnaroVの刺が田野を覆う」。ミーレートス人ヘカタイオスは『アシアの周航』の中で……(T 15a)次のように言っている。「ヒュルカニア〔=カスピ〕と呼ばれる海のまわりに、こんもりと木の生い茂った高い山々がそびえていて、その山に刺々のkunavraがある」。
F292
a)ATHENAI. II 70 B:
さらに続けて。「パルティア人たちの日向〔=東〕の土地にはコラスミオイ人たちが住み、平野をも山地をも領している。その山地には1本の野生樹と、刺のあるkunavraと、ヤナギijtevaとmurivkh〔タマリスク〕が茂っている」。
b)STEPH. BYZ.「コラスミエー」の項。
……(F 293)彼らこそコラスミオイ族であると、彼〔ヘカタイオス〕はこう謂う。「パルタイ人たちの日の昇る方角にコラスミオイ人たちが住んでいる」。
F293
STEPH. BYZ.「コラスミエー」の項。
パルタイ人たちの東方の都市。ヘカタイオスが『アシア周航記』で。「彼らのところにコラスミエーという都市がある」。(F 292bに続く)。
F294
a)同、「ガンダライ」の項。
インドイ人たちの族民。ヘカタイオスが『アシア誌』で。彼の著作ではGandavrioiとも言われ、地方はGandarikhv。
b)同、「ガンドロイ」の項。
ディオニュソスに対抗したパルタイ人たちの族民だと、ディオニュシオスがBassarikav〔ディオニュソス伝説〕の第4巻で。しかしヘカタイオスは彼らをガンダライと呼ぶ。
F295
同、「カスパピュロス」の項。
ガンダーラ地方Gandarikhvの都市だが、スキュティア人たちの敵。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F296
ATHENAI. II 70 B:
またインドス河流域にもキュナラkunavraが生えると〔ヘカタイオスは〕謂う。
F297
STEPH. BYZ.「アルガンテー」の項。
インドス地方の都市だと、ヘカタイオスが。
F298
同、「カラティアイ」の項。
インドス族。ヘカタイオスが『アシア誌』で。
F299
同、「オーピアイ」の項。
インドス族。ヘカタイオスが『アシア誌』で。「ここに居住するのは、インドス河流域のオーピアイ族で、ここには王城がある。ここまでがオーピアイ族の〔領地〕。ここからインドイ人たちのところまで無人の地である」。
F300
HERODOT. II 143:
昔、史伝作家ヘカタイオスが『テーバイ誌』の中で自分の系譜を述べ、16代目は神につながる家系であると言った時、ゼウスの祭司たちから受けた扱いを、わたしもほとんどそのまま体験したのであったが、ただしわたしは自分の家の系譜などを述べたわけではなかった。祭司たちは私を神殿内の宏壮な広間に案内し、巨大な木像を示しその数を数え上げたが、それは私が前に述べたとおりの数であった。歴代の祭司長はその生前、ここに自分の像を立てる例なのである。
祭司たちは木像を一つ一つ数えて示しながら、どれも父から子へと系列が続いていることを知らせてくれた。一番最近に死んだ祭司長の像からはじめて、全部の像を一巡し、結局全部が親子続きであることを証示してみせたのであった。
ヘカタイオスが自分の家系を述べて、16代目の先祖を神であるといった時、祭司たちは木像の数に基く自分たちの系譜をこれに対比させて、人間が神から生れたというへカタイオスの説は認められないといった。ヘカタイオス説の反論として自分たちの系譜をあげたというのはつまり、この巨像の示す一人一人はいずれもピローミスであり、かつピローミスから生れたものであるといい、結局345体の巨像がいずれもピローミスから生れたピローミスである所以を証示し、その系譜が神にも半神にも遡るものだとはいわなかったのである。ピローミスというのはギリシア語でいえば「立派な人」という意味である。
[144] このように祭司たちは、像のあらわしている者たちはすべてみな普通の人間で、神とははど遠いものであることを明言したのであったが、この人々に先立つ時代には、エジプトを支配したのは神々で、この神々は人間とともに住み、常に神々の内のひとりが主権を掌握していたのであるという。神々の中で最後にエジプトの王となったのはオシリスの子オーロス(またはホロス)で、これはギリシアではアポッローンと呼ぶ神である。この神がテュポーンを倒し、エジプトに君臨した最後の神なのである。なおオシリスはギリシア語でいえばディオニューソスである。
[145] ギリシアでは、ヘーラクレースとディオニューソスとパンは最も新 しい神と考えられているが、エジプトではパンは最初の神々といわれる8神の中に入り、ヘーラクレースは第二の神々、いわゆる12神のひとりであり、ディオニューソスは12神から生れた第三の神々の系列に入る。ヘーラクレースからアマシス王までの年数が、エジプトの伝承ではどれほどとされているかということは、すでに先に述べた。パンはそれよりも古いとされ、またディオニューソスは三神の内最も新しいといわれるが、アマシス王の時代に至るまで一万五千年と数えられる。エジプト人は昔から常に年数を数えこれを記録してきているので、右の数字は確実なものであるといっている。(T 4を見よ)。
F301
ARRIAN. anab. V 6, 5:
アイギュプトスについては、史伝作家たちであるヘーロドトス(II 5)とヘカタイオスとが、というのも、アイギュプトスの土地の関する著作が、ヘカタイオス以外の誰かの手に成ったものではないとしたうえでの話だが(T 15c)、等しくこれを「〔ナイル〕河の賜物」と呼んでいる。事情がまさしくそのとおりだということは、ヘーロドトスの至極明晰な立証によって提示された。
F302
a) DIODOR. I 37, 1:
〔ナイル〕河の増水をめぐっては大きな難問があって、多くの哲学者たちや歴史家たちがこれの原因を明らかに示そうと企ててきた。……[3] すなわち、ヘッラーニーコス(4 F 173)、カドモス(III)、さらにはヘカタイオスの一派や、こういった人たちはみな、まったく昔の人だとはいえ、作り話めいた主張へと傾いた。……[6] しかし、ナイル河の源泉群と河がその流れを発する場所については、当代の歴史が記述しているものを含めて、誰ひとりこれらを眼にしたといった者もなく、眼にしたと確言する人々から耳にしたと主張した人もなかった。[7] それゆえ、この問題も結局のところ、推測や尤もらしい憶測の虜になっている。アイギュプトスの祭司たちは、河が人の住む世界を取り巻く大洋オーケアノスにその水源を得ているというが、その説明には健全なところが何ひとつない。また、難問を解くつもりで別の難問を持ち出している。
b) HERODOT. II 19:
私はナイルが他の河川とちょうど逆の現象を示すのは、一体この河にどういう特性が具わっているのかをエジプト人たちに訊したのであったが、これについてはどのエジプト人からも情報を得ることができなかった。……
[20] しかし幾人かのギリシア人は学のあるところを示そうという魂胆から、ナイルの河水について三様の説を成した。しかしその中の二説は、単に指摘しておきたいと思うだけで、特に論ずるに価しないものと私は考える。
その一つの説によれば、ナイルの水位を高めるのは季節風が原因であって、ナイルが海に流出するのを季節風が妨げるのであるという。……
[21] もう一つの説は今述べたものよりさらに非科学的で、いうなれば怪異めいた説であるが、これによれば、ナイルは全陸地をとりまいて流れている大洋から洗出しているので、このような現象を起すのであるという。……
[23] 大洋を云々した論者に至っては、話を模糊としてとりとめもないところへ持って行っているのであるから、当否を論証すべくもない。しかし少なくとも私はオーケアノスなどという河のあるのを知らないし、恐らくはホメーロス乃至それ以前の詩人の誰かが、そのような言葉を発明して詩に詠み込んだのであろうと考えている。
c) SCHOL. APOLL. RHOD. IV 259(=F 18a):
ミーレートス人ヘカタイオスが謂うには、〔アルゴー号の乗組員たちは〕パシスからオーケアノスに、次いでそこからないる河へ、ここからわれわれの海へと乗り出したという。
F303
STEPH. BYZ.「パクゥサ」の項。
アイギュプトスとエリュトゥラー海との中間の村。ストラボーン第17巻(1, 26)。しかしヘカタイオスはFavkoussaiまた〔与格で〕FakouvssaiVと謂う。諸島はFavkousaiまたFavkaioiともいう。
F304
同、「アタッラビス」の項。
アイギュプトスの都市だと、ヘーローイディアノスが第4巻(I 87, 2. II 469, 7 L)の中で。「アイギュプトスにある=AqarrabivthV nomo;Vすなわちアタッラビスという都市」。しかしヘカタイオスは『周航記』第2巻の中で、ラムダをひとつにしてミュをとって〔表記〕。「=AqarambivthV nomo;Vすなわちアラタムベーという都市」。族称は=Aqarambi:tai。
F305
同、「ケムミス」の項。
アイギュプトスの都市。……『ブゥート誌』第2巻によればケムビスという都市もあると、ヘカタイオスが『アイギュプトス周航記』の中で。「『ブゥート誌』の中に、レートスの神殿の近くにケムビスという名の都市がある。アポッローンの神域であるが、この島は浮島で、水上を漂い、移動する」。島人はCemmivthVとCevmbioV。
F306
同、「ボルビティネー」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスが。市民はBolbitinivthV。所有〔「ボルビティネーの」という意〕を表すにはBolbivtinoV。ここから「ボルビティネー式戦車Bolbivtinon a{rma」とも。
F307
HERODIAN. p. mon. levx. 36, 26(II 942, 11 L):
favroVは……男性名詞である。メネラオス[時代]の見張り番prwreuvVはそう呼ばれたからである。しかしまたこの語から名称をとった島の場合は女性名詞であると、ヘカタイオスが謂う。
F308
ARISTEID. XXXVI 108(II 297 K):
カノーボスとは、操舵手メネラオスの名前であると、史伝作家ヘカタイオスと、一般的な伝説とが謂っている。彼〔メネラオス〕が亡くなったとき、その土地のあたりにその名が残されたという。
F309
STEPH. BYZ.「ヘレネイオン」の項。
カノーボスの向かいの場所。ヘカタイオスが『リビュア周航記』で。族称は+EleveieuvV。
F310
同、「エペソス」の項。
……エペソスもナイル河の島である。キオスCivoV、レスボス、キュプロス、サモス、その他も〔島である〕と、ヘカタイオスが。
F311
同、「セーノス」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスがその〔アイギュプトスの〕『周航記』の中で。市民はShnikovV。
F312
同、「シュイス」の項。
アイギュプトスの都市だと、ヘカタイオスがその〔アイギュプトスの〕『周航記』の中で。ノモス注15)はSuivthV。
F313
同、「アボティス」の項。
アイギュプトス地方の都市だと、ヘカタイオスが。これをヘーローディアノス(I 103, 24 L)は低アクセントだと謂う。市民は、地元では=AbotivthV……、ヘカタイオスでは=AbotieuvV。
F314
同、「クラムブゥティス」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスが『リビュア周航記』で。……ヘーローディアノス(II 537, 17 L)はオミクロンを使って、語尾から第三音節に鋭アクセントをとって、!AbotiVというふうに書く。
F315
同、「クロース」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスが『アシア周航記』で。市民はKrwivthV。ノモスもKrwivthV。アラビア人たちのクローイスという都市もある。
F316
同、「リエーブリス」の項。
ポイニクス人たちの都市だと、ヘーローディアノス(I 101, 20 L)。族称は、SubarivthVのようにLihbrivthV。ヘカタイオスが『アイギュプトス周航記』で。
F317
同、「マグドーロス」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスが『周航記』で。
F318
同、「ミュローン」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスが。
F319
同、「ネイロス」の項。
ヘカタイオスがその〔アイギュプトスの〕『周航記』で。「ネイロス〔=ナイル〕河の神殿も」。
F320
同、「オネイバティス」の項。
アイギュプトスの都市。ヘカタイオスが『リビュア周航記』で。
F321
同、「タビス」の項。
アラビアの都市。ヘカタイオスが『アイギュプトス周航記』で。
F322
ATHENAI. III 114 C:
アイギュプトス人たちは酸味のあるパンをキュッラスティスkulla:stiVと呼んでいる。アリストパネースは『ダナオスの娘たち』(I 457, 257 K)もこれに言及し、「またキュッラティスや〔祭司〕ペトシリスを讃えまつれ」。これには、ヘカタイオスもヘーロドトス(II 77)も、パノデーモス『アッティス』第7巻(III)の中でも言及しているが、テュアティアのニカンドロスは、アイギュプトス人たちによってキュッラスティスと呼ばれているのは、大麦でつくったパンだという。
F323
a) 同、X 447 C:
ヘカタイオスは『周航記』第2巻の中で、アイギュプトス人たちについてパン食い人だと云い、さらに続けて。「彼らは大麦を挽いて飲み物にする」(F 154に続く)。
b) 同、X 418 E:
ヘカタイオスは、アイギュプトス人たちはパン食いだと謂う。これは彼らがキュッレースティスを食べ、大麦を挽いて飲み物にするからである。
F324
a) PORPHYR. bei EUSEB. PE X 3 p.466 B:
いったいどうしてあなたがたに言う必要があろうか、ヘッラーニーコスの『非ヘッラス人の法』(4 F 72)が、ヘーロドトスとダマステースからの編集にすぎないと。あるいは、ヘーロドトスは第2巻においてミーレートス人ヘカタイオスの『周航記』から、逐語的に、少しだけ作り替えて移入したと。ポイニクスの鳥の話(II 73)や、河馬についてや(II 71)、鰐狩り(II 70)がそれである。
b) HERODOT. II 70-73
ワニを捕獲する方法は多種多様であるが、最も話の種になると私の考えるものを次に述べよう。
狩り手は豚の背の部分を餌にして鈎につけ河の中流へ放ち、自分は仔豚をつれて河辺に立ち、この仔豚を叩くのである。ワニは豚の声をきいて、その声のする方へ進んでくるが、そこで豚の背にぶつかりこれを呑み込む。それをみなで曳きよせるのである。ワニが陸に曳き上げられると、狩り手は何をおいてもまずワニの両眼を泥で塗りつぶしてしまう。そうしてしまえば後の始末はきわめて容易であるが、それをしないと大変な手間がかかるのである。
[71] カバはパプレミス地区では神聖なものとされているが、他の地方のエジプト人はこれを神聖視しない。その形状は次に述べるとおりである。河馬は四足獣で蹄は牛のように割れており、鼻は扁平で馬のようなたてがみがあり、牙を露わし、尾も声も馬に似て、大きさは特に大柄な牛ほどである。その皮は非常に厚いので、乾かせば投槍の柄に用いることもできる。
[72] 河にはカワウソも棲んでおり、神聖なものとされている。魚類ではレピドトスという魚とウナギを神聖なものとしている。これらの魚類および鳥では「狐鴨chnalwvpexがナイル河に神聖なものといわれている。
[73] 右のほかにもう一つ、ポイニクスという名の聖鳥がある。私はその姿を絵でしか見たことがない。というのもこれはめったに現われぬ鳥で、ヘリウポリスの住民の話では、五百年ごとにエジプトに姿を現わすのである。そしてそれは父鳥が死んだ時であるという。絵に描かれているとおりであるとすれば、その大きさや形状は次のとおりである。その羽毛は金色の部分と赤の部分とがあり、その輪廓と大きさは鷲に最もよく似ている。エジプトの伝承によると、私には信じられぬことであるが、この鳥は次のような工夫をこらすという。すなわち父鳥の遺骸を投薬の中に塗り寵め、遥々アラビアからヘリオスの社へ運び、ここに葬る。その運ぶ方法は、先ず投薬で自分が運ぶことのできるほどの重さの卵形のものを作り、それを運ぶ実験をしてみる。念入りの実験を終えると、卵をくり抜いて父鳥の遺骸を入れ、父鳥を入れるためにくり抜いた部分の穴は、別の投薬を加えて塞ぐと、父鳥を入れた重さがちょうどはじめの重さと同じになる。ポイニクスはそのようにして父鳥の遺骸を塗り寵めてエジプトのヘリオス神殿へ運ぶのだという。エジプトの伝承では、この鳥がこのようなことをするということになっているのである。
F325
STEPH. BYZ.「マルマケス」の項。
アイティオピア族。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F326
同、「ヒュサエイス」の項。
アイティオピア人たちの小さくて大きい島。ヘカタイオスが『アイギュプトスの周航』で。島民は、=Oasi:tai同様、+Usaei:V。
F327
同、「スキアポデス〔影-足〕」の項。
アイティオピア族だと、ヘカタイオスが『アイギュプトスの周航』で。
F328
a)SCHOL. ABT HOM. Il. Γ6:「あたかも、大空のかたから鶴たちの鳴き声が聞こえてくるがごとくに。/その鶴たちが、冬の嵐と恐ろしい不吉な雨を逃れようとて、/叫びたてつつ、オーケアノスの果ての流れに向かい翔けゆくのは、/ピュグマイオイらに血みどろな殺戮と死の定めをもたらためという」。
歴史に疎いことを利用して魂を奪い、雑音をかきたてる。というのは、彼らはカスタネットで相手〔鶴たち〕から身を守るからである。ヘカタイオスの謂うには、彼らは雄羊の格好をして、攻め来る相手から身を守るが、相手は大きさを無視して、彼らに敵対するという。
b)Eustath. Il. Γ6:
記録されているところでは、彼らは角をつけて雄羊の格好をして、そうヘカタイオスは謂うのであるが、カスタネットを打ち鳴らし、そうやって、なかんずく大きさのことなど無視してピュグマイオイとの戦争をする鶴たちから身を守る。彼らは農民だと、謂われている。さらにまた、麦の穂でつくった斧を用いるというのは、滑稽で信じがたいが、そう言われている。
F329
STEPH. BYZ.「キュノッセーマ」の項。
リビュアの地域。ヘカタイオスが『その〔リビュアの〕周航』で。他にも〔同名の〕地方がある。
F330
同、「アウシグダ」の項。
断じてリビュアの都市にあらずとカッリマコス(F 548 Schneid.)。しかしヘカタイオスは島を知っていた。族称はAu[sigdoi。それほどまでにアポッローンが崇拝されたからである〔???〕。
F331
同、「ゼービュッティス」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F332
同、「Yuvlloi kai; Yulliko;V kovlpoV」の項。
リビュア湾の内。ヘカタイオスが『リビュアの周航』で。「Yulliko;V kovlpoVは大きく深く、航路3日を要する」。
F333
STEPH. BYZ.「マスコートス」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオス『周航記』で。ヘスペリデスの隣人である。
F334
同、「マジュエス」の項。
リビュアの遊牧民。ヘカタイオス『周航記』で。マクシュエスとも異なり、マクリュエスとも異なる。
F335
同、「メガサ」の項。
ガラサのごとし。リビュアの都市。ヘカタイオスが『アシアの周航』で。「この都市の出身がシトパゴイ〔穀物を常食とする民族〕やアロテーレス〔耕作民〕である」。
F336
同、「ザウエーケス」の項。
リビュアの族民。ヘーロドトス第4巻(193)。ザウエーケスは族称。ヘカタイオスが『アシアの周航』の中で。
F337
同、「ジュガンティス」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオスが『アシアの周航』で。市民はZuvganteVで、この者たちは花を集めて蜜をつくり、ミツバチたちによってつくられた〔蜜〕に劣ることがないと、クニドス人エウドクソスが『大地の旅』第6巻(V)の中で。
F338
a) 同、「カンテーリア」の項。
カルケードーンに隣接する都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。ヘローディアノス(I 288, 37 L)。
b) 同、「カンテーレー」の項。
リビュポイニケス族の都市。ヘカタイオスも同様。
F339
同、「エウデイプネー」の項。
リビュアのポイニケス族の島。ヘカタイオスが『リビュアの周航』で。
F340
同、「ヒュベレー」の項。
カルケードーンに隣接する都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F341
同、「ガウロス」の項。
カルケードーンの向かいの島。ヘカタイオス『周航記』で。
F342
同、「ポイニクゥッサイ」の項。
リビュア湾内、カルケードーンの向かいにある2つの島だと、ヘカタイオスが『リビュアの周航』(F278に続く)。
F343
同、「キュボス」の項。
リビュア内のイオーニア・ポイニクス族の都市。ヘカタイオスが『その〔リビュアの〕周航』で、「kai; limh;n †pou a[krh kai; Kubwv」
F344
同、「メタゴーニオン」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。この〔都市〕は女性名詞だと謂われる。
F345
同、「Douvlwn povliV〔奴隷たちの都市〕」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオスが『周航記』の中で**この都市に石を運びこんだ奴隷は自由人となれるし、外国人も同じ。ヒエロドゥウロイ人たちの別の都市もあり、ここでは一人だけが自由人である。クレータにも、人口1000人を擁するドゥロポリスがあると謂われる……アイギュプトスにもドゥロポリスという地方cwrivonがあると、オリュムピアノスが謂っている。
F346
同、「イアンクスゥアティス」の項。
リビュア人たちの都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F347
同、「ヒエラペー」の項。
……リビュアの島。ヘカタイオス『周航記』で。
F348
STEPH. BYZ.「カラメンテー、あるいはまた、カラミンテー」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオス『周航記』で。ヘローディアノス(II 529, 3 L)がイオタで〔書き記した〕よりすぐれている。ポイニクス人たちの都市。
F349
同、「クレッミュオーン」の項。
ヘカタイオスによれば、オミクロンによってクロッミュオーンとも〔表記される〕リビュアの都市である。
F350
同、「モーリュス」の項。
都市リビュッサ。ヘカタイオスが『リビュアの周航』で。
F351
同、「ストイアイ」の項。
リビュアの都市だと、ヘカタイオスが『その〔リビュアの〕周航』で。
F352
同、「ストローエー」の項。
リビュアの都市だと、ヘカタイオスが『アシアの周航』で。族称はStrwai:oVあるいはStrwivthV。
F353
同、「パセールゥッサイ」の項。
リビュアのシリス河に近い2つの島。ヘカタイオスが『リビュアの周航』で。
F354
同、「ティンゲー」の項。
リビュアの都市。ヘカタイオス『周航記』で。族称はQivggioV。
F355
HERODIAN. p. mon. levx. 31, 24 (II 937, 9 L):
リザ河畔のドゥリザ湾。ヘカタイオスが『アシアの周航』で。「この湾の名前はドゥリザ」。
F356
STEPH. BYZ.「トゥリンケー」の項。
ステーライに隣接する都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。
F357
同、「メリッサ」の項。
リビュア人たちの都市。ヘカタイオス『アシア誌』で。住民はMelissai:oV、領土はMelissaiva。
F358
ATHENAI. IX 410 E:
サッポー(F 44 Bgk4)は……頭の飾りを手巾(ceirovmaktra)と言うと、ヘカタイオスも明らかにしている、つまり『周航記』の著者は『アシア誌』の中で付言している。「女たちは頭に手巾(ceirovmaktra)をつけている」。
F359
STEPH. BYZ.「エウエルゲイア」の項。
……都市。ヘカタイオス『周航記』で。市民はEujelgeuvV。
F360
APOLLON. DYSC. De pron. p. 92, 20 Schn.:
〔人称代名詞の〕複数の主格hJmei:V, uJmei:V, sfei:Vは、イオーニア方言においてもアッティカ方言においても共通に使われるが、主格が現れないことは、デーモクリトス派、ペレキュデース派、ヘカタイオス派の人々のイオーニア方言の作品から信じられる。
F361
EPIM. HOM. CRAM. AN. OX. I 207, 18:
e[w〔eijmivのIon. subj. pres.〕を少し変化させるとejmiv、複数はejmevn。「われらは老婆なりgrh:eV ejmevn」とキュレーネー人カッリマコス(F 294 Schneid.)が、eijmevnの代わりに。ejmevnの命令形はe[qi、さらに余剰語シグマをとってe[sqi。ヘカタイオスは「ejnqavdi e[sqi〔われらここにあるべし〕」。まさしくこれをアッティカ語著作者たちはi[sqi〔2人称単数・命令形〕に変えたのは、e[scwをi[sceに変えたのと同様である。
F362
ETYM. GEN.「gevgeioV〔大地より生まれた=昔の〕」(Reitzenstein Ind. Lect. Rostock. 1890/91 p.13. ET. M. p.223, 33)の項。
昔人〔の意〕。gevgeiaiとも。ヘカタイオスとカッリマコス(F 252 Schneid. 124 Kapp)の著作で述べられている。
F363
同、「mevtassai」(Miller Melanges 215. ET. M. p.596, 32)の項。
誰しもこの語は真っ直中mesaivtatai、つまり、aiJ metaxuv(sc. e[rsai)の意味だと考え、したがって最上級〔形容詞〕に入れる……だが、イオーニア方言では同じ意味でe[pissaiと言われることもできる。ヘカタイオスの著作では、「e[pissai」は、先に生まれたものの後から生まれたものたちaiJ ejpiginovmenai toi:V progovnoiVという意味である。 〔『オデュッセイア』第9巻221に仔山羊や仔羊について出てくる。呉茂一の訳では、「春先に生まれたのは、夏に生まれたのと別々に、/冬の仔は、また別の檻に入っていて」と訳している〕。
F364
HERODIAN. p. mon. levx. p.30, 18(II 936, 7 L):
〔語尾が〕aVに終わり、語尾から二番目の音節にイプシロンeが先行することばは、ヘッラス人たちの用法において、単数主格では何もない。ただし、krevaVのみは例外である。……「ヘッラス人たちの用法において、単数主格では」と付言したのは、ヘカタイオスの作品では、「devata peritetamevnoi〔驚くべきことを削ぎ落とされた人たち〕」という言い廻しがあるからである。
F365
HESYCH.「uJp' aujnhvn〔泡の下〕」の項。
ヘカタイオスの著作で。Filhta:V〔エジプト語?〕のこと。
F366
PHRYNICH. 193 p.295 Rutherf.:
skorpivzetai〔「まき散らす」〕。ヘカタイオスはこれはイオーニア方言だと言い、アッティカ語著作者はskedavnnutai〔「まき散らす」〕の意だと謂う。
F367
POLLUX I 50:
座業職人eJdrai:oi tecni:tai。例えば、「手で胃袋を満たす者たち=手業で生計を立てる者たちceirogavstoreV」という語をヘカタイオスが言っているとせよ、また「手の主人たち=職人たちceironavkteV」という語がヘーロドトス(I 93. II 141)によって与えられているとせよ。
F368
SCHOL. Τ HOM. Il. Ω 228:「こういって、数多の櫃の美々し蓋を開けて」
fwriamovV〔櫃〕。つまり、わたしたちが着るforou:menものを入れてある〔という意味〕。ある人たちは語源をfavrh〔反物〕あるいはfwrav〔盗み〕に求める。しかしアリスタルコスは、kibwtovn〔箱〕という言い廻しの方がより新しいと謂う。だが彼は知らないのだ、シモーニデース(F 239 Bgk4)もヘカタイオスもこの語〔fwriamovV〕に言及しているということを。
F369
SUIDAS 「moicivdion〔不倫の子〕」の項。
姦通によって生まれた者〔を意味する〕。ヘカタイオスのみならず、ヒュペレイデースも(F 42 Bl.-Jensen)。
F370
PLIN. NH IV 94:
……北方に大洋がある。パラパニスス河の先、この大洋がスキタイの海岸を洗っているところをヘカタイオスはアマルキア海と呼んでいるが、この名は土語で「凍結した」という意味である。
F371
SCHOL. LUCIAN III 402 p.110, 25 Us.:
F372
STEPH. BYZ.「アミュロス」の項。
テッサリアの都市。 アルゴー号乗組員の一人に由来する。都市は女性名詞。「葡萄も沢なるアミュロスの平野なるドーティオーン」というヘーシオドスの詩句(F 122 Rz2)は不明。族称は=AmureuvV。……しかしエウポリス(I 360, 392 K.)は彼らのことを=Amuvroiと言い、モロッティア近辺の住民だと。ここから、=Amurai:oiとも言われる。スーダ(III)。<ヘカタイオスは>『系譜学』の中で、これらの族民は=Eordoivと呼ばれ、後にはLevlegeVと〔呼ばれた〕。この同じ族民が、Kevntauroiとも+Ippokevntauroiとも。また都市を=Amurikhvと呼ぶ。
F373
DIODOR. XL 3, 8 (PHOT. Bibl. 244 p.381a7):
……イウゥダイオイ人たちについては、ミーレートス人ヘカタイオスがこういったことを記録している。
2007.10.08. 訳了。