第9弁論
[解説]市民は民会に出席し、自由に発言できた。しかし、それは国家の意思決定に直接関与することであるから、発言者すなわち動議提案者(rhetor)の責任を追及する制度も整備されていた。一つは、提案者の市民としての資格を審査する「提案者の資格審査(dokimasia rhetoron)」であり、もう一つは、提案者が違法な決議を提案・可決成立させるのを阻止する「違法提案に対する公訴(graphe paranomon)」である。 前者において、失格の要件をなすのは、 (1)尊属虐待。 (2)兵役忌避・戦線離脱。 (3)売色行為。 (4)相続財産の湯尽。 ――これらの行為は、本来、市民権剥奪の要件にほかならなかった。したがって、市民であれば誰でも告訴することができた。だが、誰でも告訴できるということは、誰も告訴しないという可能性もあった。だから、もともと市民権を喪失しているはずの者が、民会発言することもありえたのである。そういう場合に、資格審査を受けさせるよう申し立てることができた。この申し立て(epangelia) に基づいて、資格審査の審判が裁判所で行われる。この裁判で、提案者が欠格者と判断されれば、彼は市民権喪失の刑罰を受けた。 リュシテオスなる人物が、テオムネストスを、提案者の資格審査にかけるよう申し立てた。理由は、テオムネストスは、かつて「戦場で盾を遺棄した」ことがあるから、民会で発言する資格がないにもかかわらず、民会演説したというものであった。そして、証人として、ディオニュシオスと「私」(本件の被告)とが立った。法廷において、テオムネストスは、前者に対しては偽証者だと非難し、後者に対しては父親殺しのくせにと罵倒したようである。資格審査の結果は、テオムネストスの勝訴であった。そればかりか、彼はディオニュシオスを偽証罪で告訴し、勝訴した。ところが、今度は「私」によって、「悪言」のかどで逆に告訴された。告訴は調停に回されたが、不調に終わり、今、民衆裁判の審理に付されている。本弁論は、原告である「私」の告発弁論である。年代は、BC 384/383年である。 アテナイ法には、いくつかの禁句があり、これを口にすることは、「悪言」として法律で禁じられていた。法廷での発言は、紛れようのない事実であるから、これについて争う必要はない。問題は、それが「悪言」に該当するのかどうかである。そのため、原告は、法文の語義に関して、くだくだしく穿鑿してゆく。人殺しは禁句だが、父親殺しは禁句ではないのか。戦場で盾を投げ捨てたと言ったら有罪になるが、盾を放棄したと言ったら無罪になるのか……。この、馬鹿ばかしいような語義の穿鑿は、しかし、ギリシア人による論理の厳密性・緻密性の達成と通底していよう。 次の第11弁論は、おそらく、AD 200年ころに作成された要約である。 |