第28弁論・解説
[1] 告発内容はかくのごとく多く且つ恐るべきものであるので、おおアテイ人諸君、エルゴクレスはその所業の一つ一つゆえに、何度死刑にされてもあなたがた大衆にふさわしい償いをすることが可能だとは私に思われないのである。というのも、彼は明らかに国々を売り渡してきたし、国賓たちにもあなたがた市民たちにも不正してきたし、あなたがたのものによって貧乏人から富裕者に成り上がってきたのである。 [2] しかるに、どうして彼らを容赦しなければならないのであろうか、――この者たちが指揮していた艦船が、金銭の行き詰まりのせいで解体され、数多くの船が僅少になるのを、また、この者たちが貧乏で困窮者として出航しながら、たちまちのうちにかくも市民たちの最多の財産を所有するに至ったのをあなたがたが目撃する場合に。そこで、あなたがたの仕事は、おおアテナイ人諸君、かくのごとき所業に怒ることである。 [3] というのも、まことに恐るべきことであろうから、――今はあなたがた自身が臨時財産税に圧倒されるあまりに、横領者たちや収賄者たちを容赦しているが、それまでは、あなたがたの家産も莫大であり、公的歳入も莫大であったので、あなたがたはあなたがたのものを欲求した者たちを死刑でもって懲らしてきたのである。 [4] そこで、私としては、あなたがた全員が同意するだろうと思うのである、――もしも、あなたがたにトラシュブウロスが通告して、三段櫂船を率いて出航しようとして、新しい艦船の代わりにこれらの古いのを引き渡そう、そうすれば危険はあなたがたのものとなるが、利益は自分の友たちのものとなろう、またあなたがたは災禍のせいでより貧しい者となろうが、エルゴクレスや自分の追随者たちは、市民たちのうちで最も富裕な者にしよう、と言うならば、あなたがたの誰も、彼が艦船を率いて出航するままに任せないであろう、と。 [5] 特に、あなたがたができるかぎり速やかに票決して、諸国から取得した金品を登録させ、彼といっしょに指揮する者たちを執務報告するために下船させることにした時に、エルゴクレスは、あなたがたがすでに誣告者となって、古来の法習を欲求していると言った。そして、トラシュブウロスにも、ビザンチンを占領し、艦船を取得して、セウテスの娘と結婚するよう忠告したのである。 [6] 「自分たちに対する」と彼は言った、「誣告をあなたが断ち切るためだ。そうすれば、あなたやあなたの友たちに策謀した連中は安閑としておれず、自分たちを恐れるようにさせられよう」。こういうわけで、おおアテナイ人諸君、彼らは乗船してあなたがたのものを享受するやいなや、自分たちを国家とは他人と考えたのである。 [7] すなわち、彼らは富裕となると同時にあなたがたをも憎み、もはや支配されようとする者としてではなくて、あなたがたを支配しようとする者として企み、自分たちが着服したものを恐れて、領地を占領したり寡頭制を樹立したり、あなたがたが、日々、最も恐るべき危難に陥っているようにするために、何でも実行する用意があるのである。なぜなら、そういうふうにすれば、自分たち自身の過ちにあなたがたが心を傾注することはもはやなく、あなたがた自身と国家のことを気遣って、自分たちに対しては静かにするだろうと考えたからである。 [8] そこで、トラシュブウロスは、おおアテナイ人諸君、(彼についてこれ以上何も言う必要はないからだが)こういうふうにして人生を終えたが、それは美しかった。なぜなら、彼がしなければならなかったのは、こういった所業で策謀して生きることでも、すでにあなたがたに対して何か善いことを為してきたと思われていたのだから、あなたがたによって処刑されることでもなく、むしろこういう仕方で国家から解放されることであったのだから。 [9] しかるに、私は、一昨日の民会において目撃したのである、――彼らがもはや金品を節約せず、自分たちの魂を、発言者たちからも敵対者たちからも当番議員たちからも買収し、アテナイ人たちの多くを金で堕落させているのを。これに対してあなたがたにとって重要なのは、この男に今償いをさせることによって〔自分たちの〕弁明をすることであり、また、世間の人たち皆に証明することである、――あなたがたが金品に負けて不正者たちに報復しないような、それほどの金品はないということを。 [10] なぜなら、あなたがたが思いを致すべきは、おおアテナイ人諸君、裁判にかけられているのはひとりエルゴクレスのみならず、国家全体だということである。なぜなら、今、あなたがたの公職者たちにあなたがたが証明しようとしているのは、義しい人でなければならないということか、それとも、あなたがたのものをできるかぎり多く着服して、この連中が今やっているのと同じ仕方で救済をもくろむべきか、ということなのだから。言うまでもなく、よく承知しておくべきである、おおアテナイ人諸君。 [11] あなたがたの体制のこれほどの窮状に際して、国々を売り渡したり、金品を横領ないし収賄しようとするような者こそ、城壁をも艦船をも敵国人たちに引き渡し、民主制に代えて寡頭制を樹立する張本人であるということを。したがって、あなたがたにとって重要なのは、この者たちの目論見に負けることではなく、万人にとっての見本とし、利得も憐れみも他の何物も、これらの者たちに対する報復以上には重んじないことである。 [12] そこで、思うに、おおアテナイ人諸君、エルゴクレスはハリカルナッソスや指揮や自分の為した事柄に関しては弁明を企てないであろうが、こう述べるだろう、――ピュレから帰還したとか、民主制的な人間であるとか、あなたがたの危難に参加したとか。だが私は、おおアテナイ人諸君、こういった事柄に関して同じ考えを持ってはおらず、 [13] 自由や正義を欲求し、法習の強化を望み、不正者たちを憎んで、あなたがたの危難に参加したかぎりの人たちは、邪悪な市民ではないし、この人たちの中にあの人たちの亡命を勘定に入れるのは不正でもないということは、私の主張しているとおりである。これに反し、帰還後、民主制のもとであなたがた大衆に対して不正し、私的な家産をあなたがたのものによって大きくしているかぎりの者たち、この者たちに対しては怒りを発することの方が、「三十人」に対して怒るよりも、むしろはるかにふさわしいのである。 [14] なぜなら、後者が挙手採決された目的は、どうにかして可能なら、あなたがたに対して悪く為すためであった。だが、前者にあなたがたが自身を委ねたのは、国家を大きく自由にせんがためであった。そのうちの何事もあなたがたには結果せず、連中の力の及ぶかぎり最も恐るべき危難にあなたがたは落とし入れられたのである、したがって、あなたがたは後者をよりもあなたがた自身を憐れむ方がはるかにより義しく、また、あなたがたの子どもたちや妻女を〔哀れむべきなのである〕。あなたがたはこれらの者によって敗滅させられたのだから。 [15] すなわち、私たちが救済を掴み取ったと考えた時、敵国人たちによってよりも、私たちの公職者たちによって恐るべきことを蒙ったのだから。もちろん、あなたがた皆さんが承知のとおり、あなたがたが不運に見舞われては、救済の望みは一つもない。したがって、重要なのは、あなたがたがあなたがた自身に呼びかけて、これらの者たちから今最大の償いを受けること、そして、他のヘラス人たちに、不正者たちにあなたがたが報復し、あなたがたの公職者たちをより善くするつもりであるということを見せつけることである。 [16] とにかく、私は以上のことをあなたがたに呼びかけているのである。だが、あなたがたの知っておくべきことは、あなたがたが私に聞き従うなら、自分たちに関してよく評議するであろうが、さもなければ、その他の市民たちをより劣悪にするであろうということである。さらにまた、おおアテナイ人諸君、あなたがたが彼らを無罪票決しても、彼らが恩義を感じるのはあなたがたに対してでは決してなく、出費されたものや彼らが着服した金品に対してであるだろう。その結果、あなたがたは敵意の方はあなたがたが自身のもとに残し、彼らは救済の恩義の方はあれらのものに感じるのである。 [17] いや、それどころか、おおアテナイ人諸君、ハリカルナッソス人たちもその他、この者たちによって不正された人たちも、あなたがたがこの者たちに最大の償いをさせれば、この者たちによっては破滅させられはしたが、あなたがたが自分たちを助けてくれたと信ずるであろう。だが、あなたがたがこの者たちを救うようなことがあれば、あなたがたも自分たちを売り渡した者たちの同志であったと考えるであろう。したがって、大事なのは、以上すべてのことに思いを致して、あなたがたの友たちに恩恵を施すとともに、不正者たちに償いをさせることである。 |