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back.gif第29弁論・解説


Lysias弁論集



第29弁論

ピロクラテスに対して 補足






[1]
 この争訟は、おお裁判官諸君、私が予想していたよりも片手落ちなものとなっている。確かに、脅迫者たちやピロクラテスを告発してやると称していた人たちが多くいた。その中の誰一人として今、現れないのである。このことこそ、訴状がまさしく真実であるという、何にも劣らぬ証拠だと私には思われるのである。なぜなら、もしもエルゴクレスの財産の多くを彼が得ていなければ、こんなに告発者たちを追い払うことはできなかったであろうから。

[2]
 だが私は、おお裁判官諸君、あなたがたみなさんがご存知だと考えているのだが、エルゴクレスに対してあなたがたが死刑判決を挙手採決した所以は、彼が国事を悪く処して30タラントン以上の財産を所得したからである。しかるに、これらの財産は何ひとつ国内に見つからない。はたしてどこへ向かうべきか、あるいは、どこにその金品を求めるべきか。いったい、姻戚たちやあの者が人間たちのうちで最も親しくしていた人たちのところで見つからないとしたら、敵たちのところで見出すのは困難であろう。

[3]
 ところで、エルゴクレスがピロクラテス以上に重んじた者が、あるいは、人間たちのうちでより親しい関係にあった者が、誰かいたであろうか。彼はあなたがた重装歩兵の中から彼を連れ出し、自分の財産の管理者と為し、そして結局は、彼を三段櫂船奉仕者に任命したのではなかったか。

[4]
 しかるに、恐るべきことであろう、――もし財産を持っている者たちは三段櫂船奉仕者となったら嘆くのに、この者は、それまでは何も所有していないのに、この時には志願者としてこの公共奉仕を申し出るとしたら。だから、彼がこの男を三段櫂船奉仕者に任命したのは、罰せられるためではなく、利益を得て自分の財産を守護するためであったのだ、――この男以上に信ずべき相手をもたなかったので。

[5]
 そこで私は考えるのだが、おお裁判官諸君、ピロクラテスにとって弁明は二つに一つである。すなわち、彼にとってふさわしいのは、エルゴクレスの財産を取得したのは別人であると証明するか、あるいは、彼を破滅させたのは不正であり、彼はあなたがたのものを何も着服しておらず収賄もしていないと証明するかである。そこで、もしこれらのどちらもしないのであれば、有罪票決されるのは決定的であるし、他の人たちから取得した人々には怒るが、あなたがた自身のものを手に入れた人々は容赦するというようなことがあってはならない。

[6]
 そこで、アテナイ人たちの中で、エルゴクレスについて、発言者たちに対して、もし彼を救うことができたらと、30タラントンが供託されたことを知らない者が誰かいるであろうか。連中は、あなたがたの、報復したいと望む人たちの怒りを目にしたために、静かにして、自分たち自身の態度を敢えてはっきりさせようとはしなかった。そこで、この男は、先ず初めに、連中から金品を取り戻せなければ国家に密告してやると言った。

[7]
 だが、その金をも受け取り、あの者の他の財産の裁量者ともなったので、厚顔無恥さにとらわれたあまりに、エルゴクレスに対して、ありとあらゆる人間の中で最も敵対的であったと、自分のために証言してくれる証人たちを獲得するまでに至ったのである。しかしながら、あなたがたには考えられるであろうか、おお裁判官諸君、彼が狂気に陥ったあまりに、トゥラシュブウロスが将軍となりエルゴクレスがこれと仲違いしている時に、自発的に三段櫂船奉仕者を引き受けたなどと。いったい、彼はどれほどもっと早く破滅したことであろうか、あるいは、どれほどもっと激しく侮辱されたことであろうか。

[8]
 さて、以上のことに関しては、陳述は充分である。だが私は、あなたがたに要請する、――あなたがた自身を助けるよう、そして国家のものを取得する者たちを哀れと考えるよりも、はるかにもっと不正者たちに報復するようにと。なぜなら、彼は自分のものを何も納めるつもりはなく、あなたがたのものを当のあなたがたに返却するだけのことであり、したがって、それよりもはるかにより多くが彼の手もとに残るであろう。

[9]
 というのも、まことに恐るべきことであろうから、おお裁判官諸君、もしも、自分たち自身のものを寄付することも可能でない人たちにはあなたがたは怒り、彼らを不正者としてその財産を没収しながら、あなたがた自身のものを取得した連中には報復せず、あなたがたは財産を盗み取られるばかりか、こういった者たちをより難敵として持つならば。

[10]
 なぜなら、連中はあなたがたのものを取得していると自覚しているかぎりは、あなたがたに悪意を持つことを決してやめないであろうから。それは、国家の不運だけが自分たちに対する面倒からの解放だと信じているからである。

[11]
 そこで、私は考えるのである、おお裁判官諸君、彼にとってふさわしいのは、財産を賭して争訟することだけではなく、身命も賭して危険を冒すことであると。というのも、まことに恐るべきことであろうから。――私人たちの物が窃盗団に破滅させられるのを関知している者たちは、同じ罪を帰せられるが、この男は、国家のものをエルゴクレスが横領してあなたがたのものを得ようと収賄したのを関知していながら、同じ報復を受けず、むしろ、あの者によって取り押さえられた財産を、自分の邪悪の褒賞として受け取るとしたら。だから、連中はあなたがたの怒りを受ける値打ちがあるのだ、おお裁判官諸君。

[12]
 なぜなら、この者たちは、エルゴクレスが裁判を受けた時、民衆の中を歩き回ってこう言ったのだ、――ペイライエウス出身の五百人は自分たちによってすでに買収され、市内出身の千と六百人も〔すでに買収された〕と。さらに、彼らは自分たちの過ちを恐れるよりは、むしろ金品の方を信じるかのような振りをしていた。

[13]
 そこで、あの場であなたがたは彼らに見せつけたのであるが、あなたがたがよく思慮するなら、今も次のことを万人に明らかと為すであろう。つまり、誰であろうと不正者としてあなたがたが捕まえた相手に、あなたがたが報復するのを思いとどまらせられるほどの、それほどの金品はないということを、そして、あなたがた自身のものをくすね盗り横領した彼らには、いかなる免罪もあなたがたは与えないであろう、ということを。さて、以上が、私があなたがたに助言するところである。

[14]
 なぜなら、あなたがたはみなご承知のとおり、エルゴクレスが出航したのは、金儲けをしようとしてであって、あなたがたと名誉愛を競おうとしてではないし、この男以外には誰も金品を所有していないのである。だから、あなたがたが思慮深ければ、あなたがた自身のものを取り戻せるであろう。
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