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ルゥキアーノスとその作品

メニッポス、あるいは、冥界下り


MevnippoV h] Nekuomanteiva
(Necyomantia)




[出典]
 高津春繁訳「メニッポス」(ちくま文庫『本当の話:ルゥキアーノス短編集』所収)
 ※僭越ながら、わずかに手を加えさせていただいた。



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メニッポス、あるいは、冥界下り

1.1
メニッボス:
 おお、久しぶりだ、わが館よ、わが炉に通じる門口よ!
 喜ばしきかな、光の世界に立ちもどり、汝を眼にするは!〔Eur. HF. 523-4〕

友人:
あれは、犬儒メニッボスじゃないか。確かに違いない、ぼくの眼がまがっているのでなければ。頭の天辺から足の先までメニッボスだ。すると、あの珍妙な恰好はどういうつもりだろう、フェルトの帽子に竪琴に獅子の皮。だが、とにかくそばに行かねばならん。
 お久しぶり、おお、メニッボス君。どこからやって来たんだね。長い間、町に姿を見せなかったが。

1.8
メニッボス:
 ハーデースが仲間の神々より遠く離れてひとり住まう国より来りぬ、
 死者たちの隠れ家、闇の門を後にして。〔Eur. Hec. 1-2〕

1.10
友人:おやおや、メニッボスは、ぼくらの知らない間に死んで、それからまた生き返ったのか。

1.12
メニッボス:
 さにあらず、生けるわれをハーデースは迎えぬ。〔Eur. Fr. 936〕

1.13
友人:君のその新式の、常識はずれの旅行の原因は、いったい何だね。

1.15
メニッボス:
 若気の至り、心はやりて理を忘れぬ。〔Eur. Fr. 149〕

1.16
友人:ねえ、君、やめにしてくれよ、お芝居は。その文語体から下りて、ぼくのように普通の言葉で話してくれ、その扮装はなんだ、なぜ地下へ旅しなければならなかったんだ。そいつは確かに愉快な歓迎すべき旅行じゃないからな。

1.20
メニッボス:
 友よ、ハーデースの国へ下りしは、やむなくお告げを伺わんがためなり、
 テーパイ人テイレシアスの霊魂に。〔Od. XI_164-5〕

1.22
友人:おい、君は気が変なんだな。でなきゃ、そんな具合に友達に文語体で朗唱するなんてことはやらないぜ。

1.24
メニッボス:驚くなよ、君。なにしろ、つい先刻までエウリビデースやホメーロスといっしょにいたもので、どうしたのか知らんが、詩で一杯になっちゃって、韻律が勝手にぼくの口に出て来るのさ。それはそうと、教えてくれ、地上の様子はどうだい、町の連中はどうしている?

2.2
友人:変わりなしだ。前と御同様だ。かすめる、偽誓をやる、高利貸、一文貸し。

2.5
メニッボス:惨めで不幸な奴らめ。最近冥途でどんなことが是認され、どんな法律が金持どもに対して票決されたか、奴らは知らないのだ。それを奴らは、地獄の犬にかけて、絶対に遮れられないんだからな。

2.10
友人:なんだって? 冥途の連中がこの世の奴らに関して何か変った法律を通したのか。

2.12
メニッボス:そうさ、それも、沢山だよ。だがそれをみんなに公表したり、秘密を打ちあけることは許されない。ラダマンテュスの法廷で誰かに涜神の罪で訴えられると困るからな。

2.16
友人:とんでもない、メニッボス君。お願いだ、友達に君の話を聞かせない法はないよ。君の聞き手は黙っていることを心得ていて、その上、秘教入会者だよ。

2.19
メニッボス:それはむつかしい、涜神になりかねない要求だよ。だが、仕方がない。君のためには危険をおかさねばならん。通過した議案はこうだ、これらの金持で物持で金をまるでダナエみたいに閉じこめて守っている連中を……。

2.24
友人:君、その通過した議案より先に、ぼくが君から一番聞きたがっていること、即ち、君の地下への旅の目的、道中の案内者、それから順に、あそこで君が見たり聞いたりしたことを、話してくれたまえ。趣味の人たる君が見聞に価することを一つでものがすわけがないからね。

2.31
メニッボス:この点でも君の言う通りにしよう。友人が無理を言う場合に、どうすればよいのだ? 従う外はあるまいからね。
 そこで、先ずぼくの冥途旅行出発を決心させた理由をお話ししよう。子供の頃、ぼくは、ホメロスやへシオドスの中の英雄たちばかりではなく、神々たち自身の戦争や争い、更に彼らの姦通、暴力、掠奪、訴訟、父親の追放、姉妹との結婚の話を聞いて、これらすべての事を素敵だと思い、これに対して非常に動かされた。ところが大人の仲間入りをする頃になると、反対に、法律は詩人たちに反して、姦通も争いも掠奪も禁じていることを知った。
 それでぼくは自分をどう扱ってよいか判らなくて、大きな疑惑に陥った。神々は、姦通や相互の争いを、いい事だと思わなければ、なさるはずがないし、律法者たちも利があると考えなければ、その反対の事を勧告するはずがないと、ぼくは思ったからだ。当惑して、ぼくは決心した。所謂哲学者たちの所に行って、身をゆだね、煮て食おうと焼いて食おうと、好きなようにして、人生に処する単純な確固たる道を示してくれるように願おうと。
 こう考えて彼らの所へ行ったのだが、実は気が付かずに、諺にあるように、煙から火の直中に転がり込んだのだった。というのは、段々と観察している中に、特にこの連中の間で無知と困惑が他に比較して勢力を握っていることが判ったので、普通の人の生き方が黄金の如く尊いことをこの連中は直ちにわたしに示したのだった。
 例えば、彼らの中のある者は常に楽しみ、あらゆる場合に快楽を求めよ、なんとなればこれこそ幸福なのだからと言った。また或る者は、反対に、常に救難辛苦し、けがれた身に檻襟を纏って肉体をおさえ、絶えずへシオドスのかの徳に関する安っぽい文句、汗と頂上への登攀を讃しつつ、すべての人を罵り、つまはじきとなることを勧めた。ほかの一人は、金銭を軽視し、その所有をどうでもよいことと考えよと勧告した。また反対に或る者は富もまたよしということを示した。宇宙に関しては、何をかいわんや。イデアや非物質性や原子や虚やこの種の用語の山を毎日毎日彼らから聞かされて、胸が悪くなった。更に、一番不可思議なのは、各人が、およそ相反する意見を述べながら、はなはだ説得力のあるもっともな議論を開陳するので、同じ物を一人が熱いと主張し、一人が冷たいと主張する時、何物も同時に熱くかつ冷たいことはあり得ないとよく承知していても、どちらの意見にも反対することが出来ないことだった。
 だがこれよりも遥かに不合理なことがあった。観察していると、同じこの連中が自分の説と全く反対のことをやっている事実を発見したのだ。例えば、金銭を蔑視せよと教える者たちは懸命にそれにしがみつき、利息を争い、料金を貰って教え、このためにはあらゆることを耐え忍ぶし、名声を棄てる者は、そのためにすべての言行を行なうし、更に、ほとんどすべての者は快楽を攻撃しているくせに、かげでは専らこれに精を出している。
 この期待を裏切られて、ぼくは以前よりも更に落ちつきを失ったが、とにかく、ぼくが愚かで未だ真理を知らずに歩き廻っているにしても、その知性によって名声赫々たる大勢の賢者達もぼくの仲間なのだと思って、少々慰められた。そこである時、この問題を考えて眠れなかった時に、バビロンに出かけて、ゾロアスターの弟子で後継者たる呪法師の誰かに頼んでみようと決心した。彼らが何かある呪文と儀式によって冥府の門を開き、誰でも彼らの欲する者を安全に地下に導き、再びこの世へ連れ戻すと聞いていた。それで、かれらの一人と冥府への下降を交渉し、ポイオティアのテイレシアスの所に行って、予言者にして賢者たる彼から、思慮ある正気の人間が取るべき最善の生とは何であるかを教わるのが一番よいと考えた。
 そこで、はね起きて、大急ぎで真すぐにバビロンに直行した。到着すると、カルデア人の一人で賢者で素晴らしい技の男と話した。長髪は白を混じえ、おごそか極りない髯をたらし、ミトロパルザネスという名だった。歎願したり懇望したりした結果、やっとのこと、謝礼は望み次第の条件で、ぼくの道案内をする承諾を取りつけた。ぼくを引き受けたその男は、先ず新月の日から始めて、二十九日間、早朝、太陽の登る頃にぼくをエウフラテス河に連れて行って行水させ、何か長ったらしい呪文をとなえた。しかし、競技の拙いアナウンサーのように、早口で、はっきりと言わなかったもので、よく聞きとれなかった。だが、誰か神霊を呼んでいるようだった。とにかく、呪文の後でぼくの顔に三度唾してから、途中で会う人たちの誰の方も見ないで、帰るのだった。ぼくらの食い物はというと、木の実で、飲物はミルクに蜜のまぜ物にコアスペースの水、臥床は戸外の草の上だ。予備の精進料理法が彼の満足ゆくように行なわれると、真夜中にティグリス河に連れていって、ぼくをきれいにし、洗い、炬火、海葱、その他もっと色々な物でぼくを清め、同時に例の呪文をつぶやいていた。それから、ぼくを天辺からつま先まですっかり呪法にかなったようにした後で、ぼくが悪霊に害をうけないように、ぼくの周囲を歩き廻り、ぼくをその状態のまま、うしろ向きに歩かせて家に連れて帰った。こうして後、航海の準備をした。そこで、メディア人の着物によく似た呪法師の衣裳を身につけ、ぼくの方は、ほら、自分は、この帽子に獅子の皮に竪琴の扮装を急いでさせて、誰かが名前をきいたら、メニッボスではなく、ヘラクレスとかオデュッセウスとかオルペウスと言えと教えた。

8.6
友人:何のためだ、メニッボス君、その出で立ちとその名前の理由がぼくには判らないが。

8.9
メニッボス:少なくともこれだけは明らかで、何の隠し立てもないよ。この人たちは、ぼくらより前に、生きながらにしてハーデースの〔館〕に降りて行ったことがあるんだから、ぼくを彼らに似せれば、たやすくアイアコスの監視の目をくぐって、なじみだというので、何の邪魔もされずに通過できると考えたのだ。この衣裳のおかげで、芝居でやるようにさっさと送って行ってもらえるというわけさ。
9.1
 さて、はや夜が明けそめると、河へ下って行き、出発にとりかかった。彼は小舟に、供物に、蜜水 (meli/kraton)に、そのほか、儀式に必要なものをすべて用意していた。これらの用意の品々を舟に積みこみ、そのうえで自分たちも、
 悲しみの中にぼろぼろと涙を流しながら、乗りこんだ。〔Od. XI_5〕
kerberos.jpg そして、どれくらいか、河面を下った後、エウプラテース河がその中に姿を消す沼沢と湖へと舟を進めた。これをも渡った後に到着したのは、さびしい、森に蔽われた、日のささぬとある場所だった。そこに下船し――先導したのはミトロパルザネースだ――、穴を掘り、羊の喉をかききって、その血をそのまわりに注いだ。その間に、くだんの呪法師は燃えさかる炬火を手に、もはや低い声ではなく、出来るかぎりの大きな声で叫び、ありとあらゆる精霊たちもろとも、ポイネーたちもエリニュスたちも、
 夜のへカテーも、世に畏ろしいペルセポネイアも〔Cf. Il. IX_569〕
勧請した。これらの名とともに、彼は夷秋の何か意味の判らぬ、長い名前を混じえた。
 すると、たちまち、その場所全体が揺れ動き、呪文の言葉に大地は裂けて口を開き、ケルベロスの吠え声が聞こえ、陰欝にして物恐ろしい様相となった。
 地の底深く死者の王なるアイドーネウスも恐れ戦きぬ。〔Il. XX_61〕
というのは、大部分の物がはや姿を現わしたからだ、湖、火の河、プルートーンの王宮。それにもかかわらず、大地の裂け目を抜けて降って行くと、ラダマンテュスが恐怖のあまり死んだようになっていた。ケルベロスはちょっとばかり吠え、少々身体を動かしはしたが、ぼくが素早く竪琴を鳴らすと、すぐに音楽に魅せられてしまった。湖に着いた時に、すんでのことに渡り損うところだった。もう渡し舟が一杯で、呻き声で満ち満ちていたからだ。乗っていたのはすべて手負いの者ばかり、ある者は脚に、ある者は頭に、またある者はほかの箇所を潰されていた。思うに、どこかの戦いに出陣してのことであろう。
asphodelus1.jpg だが、それにもかかわらず、最善者カローンは、獅子の皮を目にすると、ぼくらをヘラクレスと思って、舟に迎え入れ、よろこんで渡してくれたばかりか、下りるぼくたちに近道を教えてくれた。暗闇の中だったので、ミトロパルザネースが先に立ち、ぼくはこれにつかまって、後からついて行き、ついにアスポデロスの生い繁る広い広い野原にたどりついた。そこには死者たちの影がキーキーと啼きながらぼくたちの廻りを飛んだ。少しずつ先に進んで、ミノースの法廷についた。彼は高い王座のようなものに坐し、彼の側にはポイネーたち、エリニュスたち、アラストールたちが立っていた。一方の側から大勢の者たちが長い鎖につながれて、一列になって引き立てられて来た。姦夫、女郎屋、税金の取り立て屋、おべっか使い、誣告者、その他この世の中を万事乱すかの連中の一隊だと言うことだ。またこれとは別に、金持ちと高利貸たちがやって来た。蒼ざめて、太鼓腹で、痛風持ち。みんな首枷と2タラントンの烏〔という名称の拷問具〕につながれている。ぼくたちは側に立って、その光景を眺め、弁明を聞いた。彼らを弾劾しているのは、珍らしくも思いがけない弁者たちだった。

11.20
友人:それは、ゼウスにかけて、誰なんだい。それもぐずぐずせずに教えてくれたまえ。

11.22
メニッボス:日なたでぼくたちの身体が投じるあの影を君はきっと知っているだろう。

11.24
友人:勿論知ってるとも。

11.25
メニッボス:
あの影がね、ぼくたちが死ぬと、ぼくたちを弾劾し、反対証言し、生きている間にぼくたちがやったことを吟味するのさ。いつも一緒にいて、身体からはなれることがないのだから、非常に信用すべきものと思われている。
12.1
 さて、ミノースは慎重に一人一人を取り調べ、その大それた行為にふさわしい刑罰をうけるように涜神者の場所へと送り出した。そして特に、富と権力に気狂い沙汰の威張りよう、まさに人々が自分をはいつくばって敬うのを期待している者共を容赦なく罰した。彼らの束の間の虚勢、倣慢、彼らが自分自身は死すべきはかない人間であり、はかない幸を得ているにすぎないことを忘れているのをミノースは嫌悪しているのだ。彼らは、かのかつての輝かしいすべてのもの、即ち、富、生まれ、権勢を脱いで、この世での幸福を、まるでそれが夢であったかのように、一つ一つ数えながら、裸で頭をたれて立っていた。それで、ぼくはというと、これを目にして大いに愉快に思い、彼らの中で知っている者に会うごとに、側に行って、この世では何者であったか、どんなに威張り返っていたかを、静かに思い出させてやった。やつらは、この世にあるとき、大勢の者が早朝から彼の門前で、彼が出て来るのを待って立っていた、召使に押されたり締め出されたりしながらね。やっとのことでやつが彼らの前に、紫か金色かけばけばしい縞の衣に身を包んで登場し、自分に話しかける者が、接吻するよう胸や右手をさし延べてやれば、彼らを幸福者、浄福者にしてやったと思っていたのだ。これを聞きながら、もちろん、やつらは悲嘆にくれていた。
13.1
 だがミノースによっては、一つだけ、情ある判決が下された。というのは、かのシケリア人ディオニュシオスが、多くの恐ろしい神を恐れぬ罪で、ディオーンに弾劾され、彼の影によって有罪証言されていたのを、キュレーネー人アリスティッボス――ひとびとは彼を尊敬し、地界では最大の権力を有した――がやってきて、あわやキマイラに縛りつけられんとしていたのを、刑を解いてやったのであった。彼〔ディオニュシオス〕は、多くの文人に金銭的な援助を惜しまなかったと論じて。
14.1
 やはり法廷を後にして、われわれは刑場についた。そこでは、おお、友よ、耳にも目にも多くの憐れむべき事があった。鞭のうなり声が聞え、火炙りにされている者たちの悲鳴、拷問台に晒台に車輪、キマイラはひき裂き、ケルベロスはむさぼりくらう。彼らはみんな一緒に罰せられている、王たち、奴隷たち、太守たち、貧乏人たち、金持たち、乞食たち、みんなその大それた行為を後悔している。その中の幾人かをみれば、何とぼくたちの知っている男たちだった。みんな最近亡くなった者だ。彼らは顔を被い、顔をそむけた。ちょっとでもこちらをむくと、まことに卑屈なこびへつらう様子だ。それも、この世じゃおよそ高圧的な人を見下した奴らなのを、君はどう思う。しかしながら、貧乏人どもの刑罰は半分で、休んでは間をおいて罰をうけていた。それから、かのお話に出て来るのもすっかり見たよ、イクシオーンにシシュボスにプリュギアのタンタロス、たしかに奴はひどい目にあっていたよ。それから大地の子ティテュオス、いや全く大した大きさだ。本当に農場ぐらいの広さの地面を占領して寝ていたんだよ。
15.1
 これらの人々をも通り抜けて、アケルゥシオンの野に足を踏み入れると、そこで半神たちや、名婦たち、そのほか族民ごと部族ごとに分かれて暮している死者の群を見出した。ある者たちは古くさく、かび臭く、ホメーロスの言葉によれば、力がなかったし、ある者たちは未だ新しく、しっかりしていた。そのなかでも特にアイギュプトス人たちはミイラの耐久性のおかげでそうだった。とはいえ、一人一人を見分けることは容易なことではなかった。骨が裸になってしまうと、みんな全然同じようになってしまうからだ。だが、ようやくにして長い間かかって観察して、見分けられるようになった。彼らは重なり合って、はっきりとはせず識別すべき手がかりもなく、この世での美しさももはや保つことなく、横たわっていたのだ。沢山の骸骨が一カ所に横たわり、みんな同じように恐ろしく、うつろなまなざしで睨んで、歯をむいているのだから、はて、どんな方法で美男のニーレウスとテルシテースを、パイエクス人の王と乞食のイ一口スを、アガメムノーンとコックのビュッリアたちを識別すべきか、判らなかった。彼らの昔の特徴はもはや何も残らず、その骨は同じで、見分けがつかず、札も張ってないし、誰も、はや識別不可能なのだ。
16.1
 それで、それを眺めている間に、人間の一生は長いお祭の行列のようなものだとぼくは思った。種々の違った五彩豊かな衣裳を行列の人々に着せて、あらゆる用意をし準備をするのは運命の女神だ。ある者をでたらめに取り上げて、王者にふさわしく装わせる。頭には冠、護衛兵を与え、額には頭飾を巻きつける。しかし、また他のある者には奴隷の衣裳を着せる。ある者は美男に造ってやるが、ある者は醜く滑稽にする。蓋し、この見物はあらゆる種類のものを含まねばならないからだ。だが屡々行列の最中でもある人々の衣裳を変えることがある。初めに定められたまま最後まで行進することを許さず、女神は衣がえをさせて、クロイソスに奴隷で捕虜の衣裳をつけさせ、それまでは召使の間にいて行列に加わっていたマイアンドリオスにポリュクラテースの僭主の衣裳に変えさせる。そして暫くの間はその衣裳をつけさせておくが、行列の時期が過ぎると、その時各人は道具を返し、身体共々衣裳を脱いで、生まれる前の姿となり、隣りの者となんら区別がなくなる。だが、若干の者は、無神経にも、運命の女神が立ち現われて身の飾りの返還を求めると、暫しの間借りた物を返すのではなくて、自分の物を奪われるかのように、気を損じ怒るのだ。
 君は舞台で何度もあの悲劇の役者が、劇の必要に応じて、ある時はクレオーンに、また時にはプリアモスやアガメムノーンになるのを見たことがあるだろう。同じ役者がたまたま少し前には、まことに堂々とケクロプスやエレクテウスの役を演じた後に、すぐに作者の命令で召使になって登場する。そして芝居が終ると、役者達はみんな例の黄金をちらした衣裳を脱ぎ、マスクを取りはずし、高靴から降りて、もはやアトレウスの子アガメムノーンでもメノイケウスの子クレオーンでもなくて、スゥニオン区のカリクレースの子ポーロスとかマラトーン区のテオゲイトーンの子サテェロスという名前で、いやしい貧乏人として歩き廻るのだ。その時、眺めていたぼくは、人の世のためしも亦これと同じだ、と思った。

16.44
友人:云ってくれたまえ、メニッボス君、あの高価な、地上にそびえる高い基や墓碑や彫刻や碑文をもっている連中は、あの世では平民の亡者よりもっと尊ばれてはいないのかい。

17.4
メニッボス:おいおい、君、冗談だろ。あのマウソーロス――ぼくが言っているのはあのカリア人で、その墓で有名な男のことだよ――を眼にしたら、きっと君は笑いが止まらないぜ。あいつは狭い穴に投げ込まれて、卑しい様で横たわり、外の亡者の大衆の仲間となって、どこにいるかわからない有様さ。けだしだ、上にのっかっているあんな重いものにおし潰されているということで、自分の廟を大いにたのしんでいるのだろう。君、アイアコスが一人一人に場所をはかって分けてやる時には−一番大きくても一尺以上は与えないのだがだ満足してその大きさに合わせて身をこごめ横たわる外はない。だが、この世での王者や太守たちがあそこで乞食の如くになって、困って塩魚を売ったり、いろはを教えたり、一番いやしい奴隷のように、あらゆる人に馬鹿にされ、頭をなぐられているのを君が見たら、もっともっと笑ったことだろうよ。マケドニア王ビリッボスを目にした時、実際、ぼくは笑いを制することが出来なかった。さし示されて彼をみると、ある片隅で銭を貰って、ぼろ靴の修繕をやっているのさ。ほかの大勢の者も辻で物乞いしているのが見られた。クセルクセスとかダレイオスとかポリュクラテースたちのことだ。

17.27
友人:王に関する君の話は奇妙で、ほとんど信じられないよ。だがソークラテースはどうしていたね、それからディオゲネースやほかの賢者たちは。

18.3
メニッボス:ソークラテースは、あの世でも歩き廻って、あらゆる人を吟味していたよ。彼の仲間はパラメーデスにオデュッセウスに、ネストールに、その他のお喋りの死者たちだ。彼の両脚は毒薬を飲んだために未だふくれて、はれ上っていた。最善者ディオゲネースは、アッシリア王サルダナパロス、プリユギア王ミダス、その他の大尽たちと一緒に住んでいる。彼らが欺き、昔の幸運を思い起しているのを聞いて、笑い喜び、あおむけになって、度々、とんでもないひどい荒々しい声で歌って、彼らの欺きの声を消して仕舞うので、旦那たちは腹を立てて、ディオゲネースに我慢がならず、宿がえを考えている始末だ。

18.17
友人:こりゃもうたくさんだ。それより、君が初めに話した、金持たちに対してなされた票決というのは何だったのだ?

19.2
メニッボス:よく思い出させてくれたよ。それについて話そうと思いながら、ついその話からとんでもなくそれて仕舞った。
 ぼくが亡者どものところにいる間に、議員たちが公共の事柄に関して集会を召集した。大勢が急いで集まって行くのを目にして、ぼくは直ぐさま亡者共にまじり、自分も集会者の一人となった。ほかの色々な事も処理されたが、最後に金持に関することが出た。彼らに対する多くの恐るべき弾劾、即ち、暴力、大風呂敷、倣慢、不正への攻撃がなされた後で、最後に民衆指導者の一人が立って、次のような案文を読み上げた。

19.15
案文
20.1
 「金持どもは生ける間にかすめ取り、しいたげ、ありとあらゆる点で貧乏人を軽蔑して、多くの無法の行為を行ないし故に、議会並びに人民は次の決議をなすべし。彼らが死せる時には、他の罪人のそれと同じく、彼らの肉体は懲罰に附し、魂は、再び生を得べく上界に送りかえし、驢馬の中に入るべし。以上の状態にて五万と二百年を、驢馬より驢馬となりて荷を運び、貧しき人々に追われつつ、過したる後、彼らは死することを許さるべし。
  動議提出者、亡者郡、死人村、骨助の子、舎利の幸兵衛」。

 この動議が読み上げられると、役人たちは投票に附し、大多数が挙手によって賛成し、プリモーはプープーと怒鳴り、ケルベロスは吠えた。これが彼らの動議の制定批准の仕方なのだ。

21.1
 以上が君が尋ねた民会での出来事だ。ぼくはといえば、ぼくがやって来た目的であるところの、テイレシアスに近づいて、すべてを話して、いかなるものを最善の生と考えるか教えてほしいと彼に願った。彼は笑い出して――ちっぽけな、めくらの、蒼白い、細い声の爺さんだ――「わが子よ」と言う、「お前の困惑の原因はわかっている、即ち、賢者たちの自家撞着だ。とはいえ、お前に教えることは許されないのだ。ラダマンテュスが禁じているからな」。「そりやいけません、」とぼくは言った、「小父さん、どうか教えて下さい。あなたよりももっと目が見えずにぼくがこの世を歩き廻るのをほっとかないで下さい」。すると彼はぼくをわきにつれて行き、ほかの者から遠く引きはなして、ぼくの耳の方へかがみこんでそっと言う、「普通の人間の生活が一番いいのだよ、天文にこるのや、究極原理や第一原理を云々したりするのはやめ、例のややこしい三段論法には唾をひっかけて軽蔑し、こんなことは無駄なお喋りと考えて、現在に善処し、大いに笑い、かつ何事も遊びだと思って、道を急ぐことのみに常に留意すれば、もっと利口というものだ」。
asphodelus2.jpg かく言い終りて、アスポデロス咲く野を再び歩み行きぬ。〔Cf. Od. XI_539〕
22.1
 ぼくは、もうおそかったので、「さあ、ミトロパルザネース」と言う、「ぐずぐずしていないで、生きている人たちの所へ帰ろう」。これに彼は答えて言う、「心配するな、メニッボス。面倒のない近道を教えてやるから」。そして、ほかよりも暗い場所にぼくを連れて行って、まるで瞳孔からのように、定かならぬ、かすかな遠くの光を手でさし示して、言った。
 「あれがトロポニオスの聖所で、あそこからポイオティアからの人たちが降ってくるのだ。だから、あの道を通って登って行けば、直接ギリシアに出られる」。この言葉に喜んでぼくは、呪法師に別れをつげて、ぼくにはわからない仕方で、とにかくその穴を這い上って、レバデイアに出たのさ。

 2006.01.13. 添削終了。

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