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ルゥキアーノスとその作品

ディプサースたちについて

Peri; tw:n Diyavdwn
(Dipsades)





[解説]
 リビア砂漠の幾つかの珍しい動物相の記述がおべっかに導く。この作品は序である。(K. Kilburn)


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ディプサースたちについて

 [1] [1] リビアの南部は、砂が深く、大地が焼けこげ、たいていは荒れ地、すっかり不毛で、全体が平坦、緑なく、草なく、植物なく、水なく — あるとしたら、おそらく窪地にわずかな雨でできた水たまりで、これとて濁って、悪臭を放ち、ひどく渇いた人間にさえ飲める代物ではない。実際、無住なのはこの故である。それとも、いったい、どうすれば、かくも野蛮で、乾燥し、実りなく、絶えざる水涸れに圧しひしがれた大地が、居住可能となろうか。さらにまた、暑熱そのもの、徹底的に火と燃える空気、煮えたつ砂が、ここを完全に足を踏み入れられない地としているのである。

 [2] 近傍に住むのはガラマンテス族のみで、礼儀正しく敏捷なこの族民は、天幕居住者で、たいていは狩猟で生計を立て、この者たちは時には、とくに冬至のころ、神が雨を降らせるのを待って、狩りをしながら侵入する。このとき、炎熱の大部分は消え、砂は湿って、どうにかこうにか踏みしめられるものとなる。狩るのは、野生ロバ、地上の大スズメ〔ダチョウ〕、一番多いのはサル、時にゾウである。これらのものらだけが渇きにもちこたえ、おびただしい鋭い太陽を歎きながらも、長期間耐えるからである。それでもやはり、ガラマンテス族は、携行していた食糧が尽きるや、ただちにもとに引き返す。砂が燃えあがって歩きにくくなり、行き詰まり、次には網の中に捕まえられたように、自分たちも獲物もろとも破滅するのではないかと恐れるからである。というのは、太陽が水分を引き剥がし、たちまち地面を乾燥させて煮えたぎらせたら、逃れられないからである。光線が湿り気に供給されると、ますます熾烈さを増し加えるからである。それが火にとっての養分なのだから。

 [3] しかも、わたしが云ったすべてのものら — 暑熱、渇き、沙漠、地上に何ものも得られないこと — は、これから〔わたしによって〕言われようとしていること、つまり、この地方がまったく耐えられない所以のことに比べれば、扱いがたいことはまだましだとあなたがたに思われるだろう。というのは、多種多様な、大きさは最大、多さはおびただしく、恰好は異様、毒は敵しがたい爬虫類が、この地に棲息しているからである。あるものは地表の下に、砂の巣穴の中に潜伏し、あるものは地上をうろついている — プァハダー、コブラ、クサリヘビ、ツノヘビ、ブゥプレースティス、アコンティアス、アムピスバイナ、ドラコーン、サソリの2種 — ひとつは地上を歩き、巨大で体節多いもの、もうひとつは空中を飛び有翼、バッタやセミやコウモリの翼のような薄膜の羽根をもっているもの — こういった数多くの有翼の鳥類が、かのリビアを近づき易くはないところとしているのである。

 [4] しかし、砂が養うあらゆる爬虫類の中で最も怖ろしいのは、ディプサースである。それほど大きくはない蛇で、クサリヘビに似ており、咬むことは強烈、毒は濃く、たちまち間断なき痛みをもたらす。というのは、燃えあがらせ、腐敗させ、腫れあがらせ、〔犠牲者たちは〕火の中に置かれたように悲鳴をあげる。とりわけ、それが彼らを消尽させるところのものは、この爬虫類と同名の症状である。すなわち、彼らは途方もなく渇き、最も奇異なことは、飲めば飲むほど、ますます飲み物を渇望する。つまり、彼らの欲望ははるかに強まるということである。ナイル河そのものとかイストロス河まるまるを飲むよう与えても、渇きを消すことは決してできず、水を注いで病をさらに燃えあがらせることになろう。あたかも、火を消そうとして油を〔注ぐ〕ように。[5] 医師たちの僕童が言うには、その原因は、毒が濃厚なため、飲むことで、当然、液状化し、広くひろがり、鋭い作用をするようになることを要求するからだという。

 [6] もちろん、わたしは、そういう症状を呈する人を誰も見たことはないし、おお、神々よ、そういうふうに懲らしめられる人間を見たくもなく、有り難いことに、リビアにまったく足を踏み入れたこともない。が、あるエピグラム詩を聞いたことがある。それは、わたしの仲間のひとりが、そういうふうにして亡くなった男の墓標にあるのを自分で読んだと言っていたものである。彼が謂うには、リビアからエジプトに赴く途中、大シュルティス湾を航行していたという。他に方法がないからである。まさにここで、海岸のちょうど波打ち際にある墓に遭遇し、死没の仕方を明らかにした墓標が立っていた。その上に描かれていたのは、ひとりの人間がタンタロスのように湖の中に立っていて、水を掬って、明らかに飲もうとしているが、動物 — ディプサース — が脚にしがみついて巻きついており、かなり多数の女たちが水を運ぶと同時に、その水を彼に空けている。近くには卵があるが、これは、ガラマンテス族が狩るとわたしが謂っていたあのスズメ〔ダチョウ〕の卵らしい。さらに次のエピグラム詩が書き加えられていた — これも云ってもさしつかえあるまい、

思うに、タルタロスもかかることを受難したのであろう。焼けつく毒の
激しき渇きを決して眠らせられぬ。
ダナオスの乙女らもかかる甕を満たせられぬ。 水運びの労苦もて、絶えず汲んでくれているのに。

他にもさらに4行、卵のことと、これを採ろうとして咬まれた事情が書かれていたが、もはやそれらは憶えていない。

 [7] たしかに、周住民たちは卵を集め、これに真剣になった。それは食べるためばかりではなく、空にして道具に使い、これから容器を作るためである。というのは、彼らは、大地が砂のため、陶器をつくることができないからである。たいそう大きなものが見つかった場合には、それぞれの卵から2つの半球ができる。この半球の各々は、頭が入るくらいである。[8] だから、ディプサースたちの待ち伏せるのは、卵のそばで、人間が近づくや、砂から這い出て、あわれなやつ(kakodaivmwn)に咬みつく。彼は少し前に述べられたあの症状を呈する。常時飲んでも、ますます渇き、決して満ち足りることがない。

 [9] これをわたしが詳しく述べたのは、詩人ニカンドロスに対する愛名心からではない、ゼウスにかけて断じて。また、リビアの爬虫類の諸々の自然を知ることをわたしがゆるがせしなかったということを、あなたがたが学び知るためでもない。なぜなら、その称讃はむしろ医師たちのものであろう。術知を使ってこれを撃退もすることができるように、それを知りることは彼らにとって必然であろうから。いや、――どうか、友愛にかけて、譬えを動物に採ることに憤慨しないでほしい — ディプサースに咬まれたあの人たちが、飲み物に対してこうむるのと何か似た症状を、わたし自身もあなたがたに対してこうむっているようにわたしに思われるのだ。すなわち、あなたがたの前に進み出ることが多ければ多いほど、ますますその所行を渇望し、御しがたい渇きがわたしを煽りたて、どうやら、このような飲み物では決して満足しそうにないのである。当然至極だ。いったい、どこにいけば、透明にして清浄な水に巡り会えようか。だから、ご容赦いただきたい。わたし自身も、この最高に快適にして最高に健全な咬み傷に魂を咬まれて、泉に頭を突っこんで、口の中に注ぎこんだとしても。願わくは、ただひとつ、あなたがたから流れ出るものらが不足することなく、聞くことの熱意が空となって、なお口を開けて渇いている〔わたし〕を取り残すことのありませんように。あなたがたを前にしたわたしのこの渇きのために、永遠に飲むことを傷害するものは何もありません。なぜなら、プラトーンによれば、美しきものらに飽く者は誰もいないのだから。

2012.01.28. 訳了。

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