title.gifBarbaroi!
back.gifモンタノス主義


原始キリスト教世界

パピアス『断片集』





[略伝]
Hierapolis.gifヒエラポリスのパピアス

 パピアスは、エウセビオス〔260/65-339〕によってエイレナイオス〔130頃-200頃〕とポリュカルポス〔69頃-155/56〕の同時代人として紹介されている。エイレナイオスは、彼がフリュギアのヒエラポリスの主教であったと述べている。フリュギアがパピアスの出身地であったことは問題がない。パピアスは「長老たち」の次の世代に属する。つまり彼は、もはや使徒たちとは直接つながっていない世代に属し、この点で彼は前の時代の人々とは区別される。彼の関心は、長老たちが使徒たちについて伝えてきたことに向けられていた。
言いかえると彼は、使徒たちがイエスの言葉として業に関して長老たちに伝えていたことを確認しようと努めた。救済の事実とその証言の歴史性に対するこうした関心は、パピアスにあっては反グノーシス主義とともにモンタノス主義びいきという動機によるものである。
 パピアスは『主の言葉の説明』(Syngramata exegeseos:あるいは『報告』、しかし『解釈』ではない)を著した。その断片から明らかなことは、パピアスは「主」という言葉で、イエスの復活前の言葉と業だけでなく、聖霊による復活者の言葉と業をも理解している。すべてのモンタノス主義者と同様、パピアスは千年王国説を教えたので、エウセビオスは彼の精神的能力に関して好意的でない判断を時として付け加えることがある。
 パピアスの書物がその著述された時点ですでに有していたに違いない貴重な資料が総じて失われてしまった理由は、この著作が結局はモンタノス主義に起源するということからだけ説明される。著述年代としては、130年から160年の間を考えなければならないであろう。
(H・クラフト『キリスト教教父事典』p.282)



[底本]
TLG 1558
PAPIAS Scr. Eccl.
(A.D. 2: Hierapolitanus)
1 1
1558 001
Fragmenta, ed. K. Bihlmeyer and W. Schneemelcher (post F.X. Funk),
Die apostolischen Väter, 3rd edn. Tübingen: Mohr, 1970:
134-139.
5
(Q: 1,676: Exeget.)





断片1
 〔欠番。エイレナイオス『異端反駁論』V_33.3-4〕

断片2

2.1.
 パピアスの著作は、数でいえば5巻が伝存しており、これらにはまた『主の語録(logia)の説明(exegesis)』という標題がつけられている。これらが彼ひとりによって書かれたものであることは、エイレーナイオスも言及して、ほぼ次のように言っている。「さらにまたこれらは云々」(cf. Iren. V, 33, 4)。

2.2.
 エイレーナイオスもこれらのことを〔述べている〕。たしかに、パピアス本人が、その巻本の序文で、自身はけっして聖なる使徒たちの聴聞者でも目撃者でもないと表明し、信仰のことは彼ら〔使徒たち〕の知己たちから聞き伝えたのだと教えている。彼の主張するところを引き写しにすると —

2.3.
 「それではあなたのために、かつて長老たちからわたしが美しく学び、美しく記憶しているかぎりのことを、訳(hermeneiai)をつけて示すことをわたしはためらわない。それら〔学び記憶しているかぎりのこと〕が真理であることを確信をもって断言して。というのは、わたしが喜ぶのは、多衆とは異なり、多くのことを言う人々をではなく、真実を教える人たちであり、また、他人の戒め(entole)に言及する人々ではなく、主から信仰に与えられ、真理そのものに由来する〔戒め〕に〔言及する人々〕だからである。

2.4.
 誰か長老たちにつきしたがったことのあるひとがやってきたときには、そのつど、長老たちのことばをわたしは問いただすことをつねとした。アンドレアスは何を、あるいはペトロスは何を云ったか、あるいは、ピリッポスは何を、トーマスあるいはイアコーボスは何を、あるいは、イオーアンネースとかマッタイオスとか、あるいは主の弟子(mathetes)たちのうち別の誰かは何を、また、アリスティオーン長老イオーアンネース(いずれも主の弟子たち)が言っていることは何か、と。なぜなら、書物から得られる事柄は、生きた声、永続する声によって聞かされる事柄ほどには、わたしを益するとはわたしは考えなかったからである」。

2.5.
 ここ〔=上記引用文中〕で、彼〔=パピアス〕がイオーアンネースの名前を2度挙げていることに気づくことが大事である。そのうち、最初の〔イオーアンネース〕を、ペトロスイアコーボスマッタイオス、その他の使徒たちの仲間として数え入れ、〔これが〕福音伝道者(euangelistes)であることとはっきりと明らかにし、もう1人のイオーアンネースの方は、言いまわしを区別して、使徒たちの数とは別の仲間の数に入れ、この〔イオーアンネース〕より前にアリスティオーンを置いて、これまたはっきりと長老と名づけているのである。

2.6.
 こうすることによってこそ、アシアには〔イオーアンネースという〕同名の者が2人おり、2人の墓はエペソスにあるが、それぞれ別のイオーアンネースのものだと、今もなお言われていると述べ来たった人たちの記録が真実であることが証明されることになるのである。心を傾注すべきはじつにこの点にある。というのは、第一の〔使徒イオーアンネース〕を〔かく解することを〕望まぬ人がいるとしても、第二の〔長老イオーアンネース〕が、イオーアンネースの名で伝えられている『黙示録』を見たことがあるのは、尤もなことだからである。

2.7.
 そして、今わたしたちによって明らかにされているパピアスも、使徒たちの言葉を、彼ら使徒たちにつきしたがった人たちから聞き伝えたと告白し、自分はアリスティオーンと長老イオーアンネースの聴聞者だったと主張している。とにかく、しばしば名指しで彼らに言及し、自分の著書の中に彼らの伝承(paradosis)を収録しているのである。こういった点が述べられても、わたしたちにとって無用なことでなければよいが。

2.8.
 パピアスが伝承してきた〔上述の〕声〔=話〕に、彼の別の引き写し添えることは、有意義である。この〔引き写し〕を通して、彼は一種意想外なこと(paradoxa)やその他のことを、伝承によって彼のもとに伝わったと記録しているのである。

2.9.
 さて〔その内容は〕、ヒエラポリスで使徒ピリッポスが娘たちといっしょにすごしたということは、先の箇所(〔エウセビオス『教会史』〕III, 31)で明らかにされたとおりであるが、パピアスが彼らのところにいたとき、驚くべき話(diegesis)がピリッポスの娘たちによって聞き伝えられていると言及していることが、目下の注目点である。すなわち、そのころ、死人の甦りがおこったと彼は記録し、またさらに、バルサバスと呼び名されたイウウストスについて別の意想外なことが再び起こり、毒薬を飲んだが、主の恵みのおかげでなんら不快になることなく生きながらえた、というのである。

2.10.
 このイウウストスを、救い主の昇天後、聖なる使徒たちは、マッティアスとともに立て、裏切り者イウウダスの代わりに、彼ら〔使徒たち〕の数を補充するために抽籤することを祈ったと、『〔使徒〕行伝』という書は、ほぼ次のように記録している。「そこで一同は、バルサバスと呼ばれ、イウウストスと添え名されたイオーセープと、マッティアスとの2人を立てた。そして祈って云った」〔I_23-24〕。

2.11.
 またほかにも、この同じ著者〔パピアス〕は、書かれざる伝承から自分のもとに伝わってきたものとして引用している、それは、救い主のいくつかの馴染みのない喩え話や、その教えや、他にもかなり神話的な話である。

2.12.
 その中で彼の主張するのは、死人たちの甦りの後、クリストスの王国がこの地上に形体をそなえてうち立てられ、およそ1000年もの期間つづくであろうという。これこそ、わたしの考えるに、〔パピアスが〕使徒たちの話(diegesis)を取り違えて理解したことがらで、彼ら〔使徒たち〕から比喩によって神話的に述べられたことを〔彼は〕見抜けなかったものである。

2.13.
 実際のところ、〔パピアスは〕その巻本から証拠立てて云うことができるように、すこぶる理解力(nous)が小さいようにみえる。ただし、彼の後の大多数の人たち — 教会人たちのうち、彼に類似した意見の持ち主となったかぎりの人たちの共犯者に彼がなったということは別のことである。その連中は、この人物〔パピアス〕の古さを大前提にした人たちで、例えば、エイレーナイオスや、他の誰であれ、類似したことを考えて表明したひとである。

2.14.
 さらにまた、彼が自分の書に伝承しているのは、先の箇所ですでに明らかにされたアリスティオーンの、主の言葉についての他の説明(diegesis)と、長老イオーアンネースの伝承(paradosis)である — 愛学者(philomathes)たちなら、これを読むよう〔わたしたちは〕勧める — 、〔しかし〕今は、当然、彼の先に公表された声〔=話〕に加えて次の伝承を付け加えよう。これは、福音書を書いたマルコスについて発表したもので、次のとおりである。

2.15.
 「これも長老が言っていたことだ。マルコスは、ペトロスの通訳者(hermeneutes)であって、記憶しているかぎりのことを、精確に書いた、ただし、主によって言われたことにしろ為されたことにしろ、順序立ててではない。なぜなら、主から〔直接〕聞いたのでもなく、これに付き従ったのでもなく、〔彼が付き従ったのは〕わたしが謂ったように、後になって、必要のために教えを広めたペトロスであって、主の語録のいわば集成のようなことをしたのではなかった、その結果、マルコスはいくばくかのことを思い出すままに書いたが、何らの過ちも犯さなかった。というのは、聞いたことは何ひとつ取り残すことなく、あるいは、そのさいに何らか虚言するもないよう、その一点に配慮したからである」。
 以上が、パピアスによって記録されたことである。マルコスについて。

2.16.
 他方、マッタイオスについては、以下のことが述べられている。
 「ところでマッタイオスは、ヘブル語で〔イエスの〕語録(logia)を編集し、これをそれぞれのひとが可能な仕方で翻訳した」。

2.17.
 また同じ著者は、イオーアンネースの第一の手紙をもとに、また同様にペトロスの〔手紙〕をもとに証言を行い、またほかにも、多くの罪ゆえに主に告げ口された女について〔ヨハネ、VII_53-VIII_11〕、ヘブル人たちの用いる福音書に書かれている記録を発表している。このことも、〔先に〕発表されたことに加えて、われわれの注目すべき点である。

断片3

3.1.
 アポリナリオスによる〔と、こうである〕。イウウダスは首を吊って死んだのではなく、窒息死する前に引きずり降ろされて息を吹き返した。このことを明らかにしているのが『使徒行伝』〔I_18〕にほかならず、真っ逆さまに落ちて、腹が破裂し、その内臓がこぼれ出たという。またこのことをもっとはっきりと記録しているのは、イオーアンネスの弟子パピアスで、『主の言葉の説明』の第4巻の中で、次のように言っている。

3.2.
 「涜神行為(asebeia)の大いなる見本として、イウウダスはこの世(kosmos)を彷徨った。その肉体はあまりに脹れあがったため、荷車が容易に通過できるところさえ、かの男は通過できないほど、いやそれどころか、彼の頭の大きさひとつさえも〔通過できない〕ほどになった。例えば、彼の両眼のまぶたは、言い伝えでは、あまりに腫れあがってしまったため、彼は光をぜんぜん見られず、彼の両眼は、医者が検眼鏡を使っても見ることができないほどになった。それほどまでに、体表から深く〔おちくぼんで〕いたのであった。さらに、彼の恥部はいかなる醜悪さよりも不快かつ巨大に見えたし、そこから身体中の体液と蛆とが、ただただ〔生理的な〕必要性のためだけに流れ出てきて、むごたらしい様となったと〔言い伝えられる〕。

3.3.
 多大な責め苦と罰〔を受けた〕後、言い伝えでは、自分の地所で命終したが、悪臭のせいで、今に至るまで荒涼たる無人の地となった、いやそれどころか、今日に至るまで、誰であれ、鼻を両手でふさがないかぎりは、その地を通りすぎることさえできないという。彼の肉体のせいで、この地上に、それほどまでの流出(ekrysis)が進行したのである」。

断片4

4.1.
 パピアスは、次のように〔述べている〕。引き写しにすると、 — 「彼ら — 明らかに昔の神的な天使たち — のなかの何人かに、地上の秩序(diakosmesis)を支配するようにさせるとともに、美しく支配するようにも命じた」。さらに続けて彼〔パピアス〕は主張する。「ところが、彼らに対する指令は無に帰する結果になった」。

断片5

5.1.
 しかしながら、この書(イオーアンネースの『黙示録』)の神の霊感について、長広舌をふるうことは余計なことだとわたしたちは考える、というのは、浄福者たち — わたしの謂うのは、「神-言(ロゴス)」論者(theologos)グレーゴリオスキュリッロスや、これに加えるに、昔の人たち — パピアス、エイレーナイオス、メトディオス〔?-311、リシアの主教〕とヒッポリュトス〔170頃-235/36、教父、ローマの長老〕が、この書のために信頼に足ることを追加証言しているからである。

断片6

6.1.
 〔わたしたちが〕〔神学的〕話題を得ているのは、大いなる人パピアス — ヒエラポリス人で、〔イエスの〕み胸にもたれし者(epistethios)の生徒だった人物 — 、および、クレーメース〔アレクサンドリアのクレメンス、150頃-215頃〕と、アレクサンドリアの祭司パンタイノス〔?-190頃〕、至賢のアムモーニオス〔アンモニオス・サッカス?〕、こういった昔の、公会議以前の解説者(exegetes)たち、すなわち、〔創造の〕六日間がクリストスと全教会に起こったと考える人たちからである。

断片7

7.1.
 ところで、教会の解説者(exegetes)たちのうちのより古い人たち、つまりわたしが言うのは、哲学者にして、使徒たちのうちの同時代者たるピローンや、大いなるパピアス — 福音宣伝者(euangelistes)イオーアンネースの生徒 — や……彼らをとりまく人たちのことだが、彼らは天国の問題を、クリストスの教会に関連づけて、霊的に観照した。

断片8

8.1.
 神に対して無邪気さ(akakia)を行う者たちのことを、しもべ(pais)と〔ひとびとは〕呼んだとは、パピアスも『主の〔語録の〕説明(exegesis)』の首巻の中で明らかにし、アレクサンドリア人クレーメースも『養育係(Paidagogos)』の中で〔明らかにしている〕。

断片9

9.1.
 彼〔誰をさすか不明〕はこう主張しながら、パピアス — 当時アシアにあったヒエラポリスの監督者となり、神的な福音伝道者イオーアンネースと同時代に盛りにあった人物 — をほのめかしているのだとわたしは思う。というのは、このパピアスは、その『主の語録の説明』の第4巻のなかで、甦りのさいに食べ物の享受があると云った……またルグドゥヌム〔リヨン〕人エイレーナイオスも、『異端反駁論』第5巻のなかで同じことを主張し、自分によって述べられたことの証人として、上述のパピアスを挙げているからである。

断片10

10.1.
 ……ましてや、ヒエラポリスの監督者にして殉教者パピアスも、ルグドゥヌム〔リヨン〕人たちの敬虔な監督者エイレーナイオスも(ステパノスは受け容れなかった)、その所以は、天上の王国とは、一種の食べ物の享受であると彼らが言うからである。

断片11

11.1.
 ヒエラポリスの監督者(episkopos)パピアスは、「神-言(ロゴス)」論者(theologos)イオーアンネースの聴聞者(akoustes)であったが、ポリュカルポスの朋輩でもあり、『主の語録』5巻を書いた。その中で使徒たちの数を数えあげ、ペトロス、イオーアンネース、ピリッポストーマスマッタイオスとともに、主の弟子たちの中に数え入れたのが、アリスティオーンと、もうひとりのイオーアンネース — これを彼は長老とも呼んだ — である。一部の人たちの想定では、このイオーアンネースには、2編の小さな公同書簡 — これらはイオーアンネースの名を冠して伝えられている — が帰せられるのだが、それは、昔の人たちが第1の書簡のみを数え入れたからである。
さらにまた一部の人たちは、間違ってではあるが、『黙示録』をもこの〔イオーアンネース〕のものとみなした。そして、パピアスも「〔至福〕千年」説に躓いたが、この〔パピアス〕にエイレーナイオスも〔躓いた〕。

11.2.
 パピアスは第2巻の中で言う、「神-言(ロゴス)」論者(theologos)イオーアンネースと、その兄弟のイアコーボスとは、イウウダイオイ〔ユダヤ〕人たちによって亡き者にされたと。通訳者(eiremenos)パピアスが、ピリッポスの娘たちから伝え聞いたとして記録しているところでは、バルサバス — イウウストスとも合格審査された — は、無信仰者たちのせいで蝮の毒を飲んだけれど、クリストスの名ものもとに、無害のまま無事であったという。さらにまた他の驚異をも記録したが、とりわけ、マナイモスの母親で、死人たちの中から甦った女性のことをも〔記録している〕。また、クリストスのおかげで死人たちの中から甦った人たちについて、アドリアヌス〔帝の時代〕まで生きながらえたと〔いう〕。

断片12

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12.1.
 ドメティアノスの後、ネルウアスが、1年間、王支配した〔=皇帝となった〕、この〔皇帝〕はイオーアンネースをから呼びもどし、エペソスに住むことを赦したが、当時、十二使徒たちのうちで生きながらえていたのは彼ひとりだけで、自分で福音書を著したので、証言者〔=殉教者〕にふさわしいとみなされた。

12.2.
 すなわちヒエラポリスの監督者(episkopos)パピアスは、その人物〔イオーアンネース〕の目撃者であって、『主の語録』の第2巻の中で主張している、〔イオーアンネースは〕イウウダイオイ〔=ユダヤ〕人たちによって亡き者にされたと。つまり、兄弟〔イアコーボス〕とともに、彼らに対するクリストスの予言と、彼〔クリストス〕に対する自分たちの告白と同意とを、明らかに成就したというのである。というのは、主が彼らに向かって、「わが飲む杯、これを汝ら飲むや?」とおっしゃった、すると彼らは熱心に諾いかつ申し合わせたところ、「わが杯を」と〔主は〕のたまう、「汝ら飲まん、また、わが受ける洗礼(baptisma)、これを汝ら受けん」〔マルコ、X_38-39〕。げに尤もなことである。神が虚言なさることはありえないからである。

12.3.
 同様に、博学者(polymathes)オーリゲネースも、『マッタイオス註釈』(t. XVI c.6)の中で、イオーアンネースが殉教したと、確信をもって断言している。このことは使徒たちの後継者たちから学んだと述懐しつつ。それから、博識者(polyistor)エウセベイオスも『教会史』(III, 1)の中で主張している。トーマスはパルティアを籤でひき、イオーアンネースはアシアを〔籤でひいた〕、そうして〔イオーアンネースは〕彼らのもとで過ごして、エペソスで命終した、と。

断片13
 〔欠番。ヴァチカン所蔵の写本 Alex. 14 9世紀〕

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