偽ディオニューシオス・アレイオパギーテース
天上位階論
(De caelesti hierarchia)
(解説)
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[底本]
TLG 2798
Pseudo-DIONYSIUS AREOPAGITA Scr. Eccl., Theol.
A.D. 5-6
fort. Syrius
001
De caelesti hierarchia
Theol.
G. Heil and A.M. Ritter, Corpus Dionysiacum ii: Pseudo-Dionysius Areopagita. De coelesti hierarchia, de ecclesiastica hierarchia, de mystica theologia, epistulae [Patristische Texte und Studien 36. Berlin: De Gruyter, 1991]: 7-59.
[邦訳出典]
『中世思想原典集成3:後期ギリシア教父・ビザンティン思想』(平凡社、1994.8.)に今義博訳にて。
{解説}
著者とされるディオニューシオス・(ホ)・アレイオパギーテースは、……新約聖書「使徒言行録」に「彼〔パウロ〕について行って信仰に入った者も何人かいた。そのなかにはアレイオパゴスの議員ディオニューシオス、またダマリスという婦人その他の人々もいた」(使17:34)と述べられている人物にほかならない。すなわち、彼は、アテーナイで布教した使徒パウロによってキリスト教に入信したあるギリシア人であり、したがって使徒パウロの直弟子であるが、しかし彼はパウロに師事した後、「パウロに次ぐ」(De divinis nominibus III, 2, PG 3, 681A〔『神名論』熊田陽一郎訳、教文 館、1992年〕)偉大な神学者ヒエロテオス(Hierotheos)なる人物に師事し、その教えを伝えようと著作を著したのである(cf. ibid. II, 9, PG 3, 648B;IV,15, PG 3, 713A)。それゆえ彼は使徒時代に属する最初の教父とみなされることになり、特別に高い敬意を払われるようにな った。彼の著作は後に「ディオニューシオス文書」(Corpus Dionysiacum)あるいは「アレイオパギーテース文書」(Corpus Areopagiticum)と呼ばれ、キリスト教関係の文書のなかでも他を圧し て「聖書に次ぐ権威」さえもつようになった。そればかりか、ディオニューシオスは新ブラトーン主義者たちから深い影響を受けたのであるが、その関係が逆転されて新プラトーン主義者たちの先駆者であると誤解されるようにもなったのである。
しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけてなされた実証的な研究によって、実は 「ディオニューシオス文書」が使徒時代に書かれたものではなく、紀元500年頃に書かれたものであることが確証された。すなわち、「ディオニューシオス文書」は当のディオニューシオス・アレイオパギーテース自身の著作ではなく、偽書であることが判明したのである。だが、 真の著者が誰であるかということはいまだに確定されていないために、今日ではその著者を「偽ディオニューシオス」(Pseudo-Dionysios)と呼んでいるのである。
「ディオニューシオス文書」は『神名論』、『神秘神学』(De mystica theologia)、ここに訳出した『天上位階論』(De coelesti hierarchia)、『教会位階論』(De ecclesiastica hierarchia)、10通の書簡(Epistulae)から成る。ギリシア語原文が失われてラテン語訳だけが存在している第11番目の書簡というのがあるが、それは後で追加された偽書であるとされている。
これら一群のギリシア語文書は6世紀前半から東方キリスト教思想界に流布しだす。思想界に登場した当初からこの著作に対する疑いがもたれたりしたが、しかし特に7世紀に証聖者マクシモス(Maximos Homologetes 580-662年)によりその文書の真作性が確信されるようになると、東方ギリシア語思想圏では急速に広く受け入れられ、高い権威を有するようになった。
他方、西方ラテン語思想圏で……「ディオニューシオス文書」に対する関心が高まったのには、この時代がいわゆるカロリング・ルネサンスの時代で、知識人のあいだで ギリシア文化に対する強い関心があったという事情もあるが、特に当時王国の教会政治の中枢にいたヒルドゥイヌス(Hilduinus 855/61年歿)の果たした役割が大きい。ヒルドゥイヌスは、教会政治に対する思惑から、「使徒言行録」に記されたこのディオニューシオスと、パリの初代司教として殉教したディオニューシウス(フランス語で「ドニJ〔Denis〕、サ ン=ドニ〔Saint-Denis〕と呼ばれた)とを同一人物(実は別の人物)だとし、さらにパリ初代司教のディオニューシウスは。ハリの司教に任命されたのではなく、全フランク王国の使徒、つまり教皇代理に任命されたとする虚説を立てた。そのため、ディオニューシオスはフランク王国と、なかでもディオニューシウスを守護聖人とするサン=ドニ修道院(ヒルドゥイヌスはここの修道院長であった)と特別な関係をもつ人物になっていた。パウロの弟子のディオニューシオス・アレイオパギーテースとパリの初代司教のサン・ドニとの同一視は以後エラスムス(Erasmus 1466/69-1536年)に至るまで続いた。
「ディオニユーシオス文書」は初めヒルドゥイヌスによってラテン語訳が試みられたが、 これは公にされなかった。9世紀にエリウゲナ(Eriugeaaまたはヨハネス・スコトゥス〔Johannes scottus〕 801/25-77年以降)によってラテン語訳が行われるとともに、『天上位階論』に対する註解書(『天上位階論註解』〔Expositiones super lerarchiam caelestem〕)も著されて、以後「ディオニューシオス文書」は西方においても東方と同様に絶大な権威をもって受容されていき、ラテン語訳は17世紀までに15種類の翻訳が行われたほどである。
かくて、「ディオニューシオス文書」は真作性をほとんど疑われることなく東西キリスト教思想界において高い権威をもって受容された。その真作性が鋭く疑われたのはとりわけルネサンスと宗教改革の時代以降のことであり、その後、述べたように、19世紀末に至って偽作性が決定的に明らかにされた。
偽ディオニューシオスが「われわれは自分から率先して言うつもりはまったくないけれども、しかし、神について教えている聖なる人々が天使の様子から観想した限りで、われわれに教示されたことを可能な範囲で説明することにしよう」(De coesti hierarchia vl, 1, ,PG 3, 200C)と述べていることからも窺えるように、彼は自分自身の立場をキリスト教の伝統的な教えの伝達者にすぎないとしている。彼の言う「神について教えている聖なる人々」には、彼の師であるパウロをはじめ、新約の聖書記者と旧約の預言者たちも含まれているのみならず、もう一人の彼の師ヒエロテオス(実在の人物かどうか不明)も含まれている。パウロの著作は聖書そのものであるが、ヒエロテオスの著作は偽ディオニューシオスにとって「いわば第二の聖書」(De divinis nominibus III, 2, PG 3, 681B)と位置づけられている。つまり、 「ディオニューシオス文書」が言明している限りでは、彼がキリスト教の伝統的な教えとして直接依拠しているのは聖書とヒエロテオスの著作である。しかし、実際にはそのほかにニュッサのグレゴリオス(Gregorios 335頃頃-94年)をはじめとするカッパドキアの教父たちやアレクサンドレイアのクレメンス(Clemens 150頃-215年以前)をはじめとするアレクサンドレイアの教父たちにも依拠しているところがある。
ところが、ヒエロテオスが使徒の仲間であるという設定にもかかわらず、ヒエロテオスが表している(ことになっている)思想の伝統は、実は異教的な新プラトーン主義と深い関係を有しているのである。つまり、偽ディオニューシオスがヒエロテオスから伝承されたとしている思想には、偽ディオニューシオスと同時代(5五世紀)の異教的新プラトーン主義者であるブロクロス(Proklos 410/12-85五年)の思想との密接な親近性が明白に看て取れるのである。シェルドン=ウィリアムズ(I. P. Sheldon-Williams)という現代の一研究者は、偽ディオニューシオスが自分の師匠ヒエロテオスを使徒の仲間に設定したのは、この人物を通して異教の源泉に権威を与えるために考案した虚構であると見ている(I. P. Sheldon-Williams, "The Pseudo-Dionysius", in: A. H. Armstrong〔ed.〕, The Cambridge History of Later Greek and Early Medieval Philosophy, Cambridge 1967, p. 457)。
新プラトーン主義もキリスト教もヘレニズム時代の混淆主義という思想状況の下に成立し、展開したものである。そして両思想の関係そのものも初めから混淆主義の内にあったのである。新プラトーン主義はプラトーン主義を機軸としつつもアリストテレースやストア学派やグノーシス主義やピュタゴラス学派その他当時行われたほとんどすべての思想を自らの思想の構成要素として取り込んでいるし、この学派の実質的な創立者であるプロティノス (Plotinos 205頃-70年)の思想はキリスト教の立場からは異教的な思想であったにもか かわらず、すでに、東方ではニュッサのグレゴリオスなどにより、西方ではアウグスティ ヌス(Augustinus 354-430年)などにより、キリスト教の内に受容されていたのである。偽ディオニューシオスと新プラトーン主義との関係について哲学的的に重要なことは、プロクロスに代表される後期新プラトーン主義が偽ディオニューシオスを通して初めてキリスト教の内部に流入することによって、初期から後期までの新プラトーン主義の思想の全体像がキリスト教思想界に知られることになったことである。そして初めこの東方に起こったのと同じことが、西方ラテン語思想界でもエリウゲナの「ディオニューシオス文書」の翻訳と註解書(『天上位階論註解』)および彼自身の著作『ペリフュセオン』(Periphyseon)を通して9世紀に起こったのである。こうして「ディオニューシオス文書」の登場によって、新プラトーン主義の全体が東西のキリスト教思想界において重要な思想財となるのである。
偽ディオニューシオスと新プラトーン主義との関係として一つ注意しなければならないのは、 プロクロスが偽ディオニューシオスの思想源泉であるということがしばしば言われるが、しかし偽ディオニューシオスに見出される新プラトーン主義的概念や思想の枠組みには、かならずしもプロクロスにのみ帰することができない部分があることである。プロクロスと偽デイオニューシオスとに共通する、先行の新プラトーン主義的源泉を想定する必要があろう。しかし、残念ながら、その方面の研究はほとんど進んではいない。
偽ディオニューシオスが新プラトーン主義に負っているもののなかで最も顕著なものは神秘的神働術(神の働きを惹き起こす術)であることが指摘されている。従来のキリスト教がさまざまな点で新プラトーン主義から影響を受けていたなかで、この面に関しては影響は受けていなかったのに対して、偽ディオニューシオスはニュッサのグレゴリオスによる聖書の神秘的解釈と密接な関連をもちつつも、それに加えて神秘的神働術を導入した。それは、一言で言えば、魂の上昇は、まず教会の位階における儀礼と祭式を通して、次いで天上の秩序と働きの結果、起こるとするものである(cf. I. P. Sheldon-Williams, op. cit., P. 458)。
偽ディオニューシオスが新プラトーン主義から取り入れたもう一つの重要な概念はトリアス (triavV)の概念である。トリアスというギリシア語は元来は3という数を表しているが、 新プラトーン主義においては特に一元的であると同時に三元的であるものを意味している。 つまり、もっと具体的に言えば、三つのものが相互に関連して一つの構造や働きをなしていることである。トリアスの概念はすでにキリスト教の三位一体(この言葉の元のギリシア語も「トリアス」である)の教義にも現れ、ニュッサのグレゴリオスなどのカッパドキア教父たちにも広く応用された概念であるが、後期新プラトーン主義のもろもろのトリアス概念は偽ディオニューシオスに対してはその思想の全体にわたって、つまり思想体系の基本的枠組みとして、あるいはもろもろの思想の要素概念として、いっそう広範な徹底した影響を与えている。彼の著作に頻出するトリアスの例を挙げれば、(1)あるものがそれ自身に不変にとどまっている相)止留(monhv)、(2)それ自身から出て結果を生み出す相(発出 (provdoV)、(3)結果が自分の出てきた源へ回帰する相(還帰 (ejpistrofhv)、あるいはまた、(1)分有されず、分有しない相(分有されない ajmevqktoV)、(2)分有される相(meqektovV)、(3)分有する相(metevcwn)、あるいはまた、(1)それ自体として存在している相(存在 oujsiva)、(2)発出によって結果を生み出す作用因として存在している相(力 duvnamis)、(3)結果が還帰していく目的因として存在している相(作用 ejnevrgeia)、そのほかがある。
トリアス概念と密接に関連して偽ディオニューシオスが新プラトーン主義から取り入れた方法的・構造的概念に弁証法がある。これはプラトーン以来の一と多あるいは総合と分割の弁証法の系譜に連なるものである。偽ディオニューシオスの「神についての教え」(文字通りには「神学」だが)の最高で最も根本的な概念は「神性の根源」 (qearciva)であるが、これは究極の自己同一性に止留しながらも、多様なる被造物に発出する。この発出の過程が一性から多性への分化、分割という下降の弁証法であり、その逆の多性から一性への還帰の過程が一化、統一という上昇の弁証法である。この二種類の弁証法によって、最高の普遍的ー性においてある掩性の根源(厳密にはこれはー性をも超えている)から最低の特殊的多性においてある被造物に至るまでの一切がヒエラルキ―を成す構 造的連関において理解される(拙論「偽ディオニューシオス・アレイオパギーテースにおける思惟の構造と神学の位置付け」『文化と哲学』第五号〔1986年〕、20-39頁、参照)。そして、偽デイオニューシオスの「神についての教え(神学)」の体系もトリアス的弁証法構造を成している。神性の根源が被造物に発出する相、すなわち下降の弁証法の局面に対応するのが肯定神学であり、被造物が神性の根源に還帰する相、すなわち上昇の弁証法の局面に対応しているのが否定神学であり、それ自身に止留している相、すなわち肯定も否定も超えた局面に対応する神学が神秘神学である。
偽ディオニューシオスの思想では、神の次元領域と被造物の次元領域とが大別されるが、 被造物の次元領域はさらに知性によって捉えることのできる次元領域(可知的世界)と感覚によって捉えることのできる次元領域(可感的世界)とに区別される。この後のほうの区別 はプラトーン以来の伝統を踏襲している。天上界とは知性によって捉えることのできる次元領域であり、そこに存在している非質料的知性が天使である。『天上位階論』はこの天使の位階を論じている。
「位階」と訳された元のギリシア語は「ヒエラルキア」(iJerarxiva)であり、これは現代 日本語として「ヒエラルキー」と言われて日常的にさまざまな分野で使われている。実はこの言葉を最初に使用したのがほかならぬ偽ディオニューシオスである。もっとも、この言葉の派生源である「ヒエラルケース」(iJeravrchV)という言葉は「(高位)聖職者」という意味でキリスト教以前から使われている。「ヒエラルケース」は偽ディオニューシオスにおいて一般的に「聖なる物事に関する創立者、司令者、支配者」の意味で使われており、本訳ではそれが天使である場合は「司令者」と、旧約時代(ユダャ教)の聖職者の場合には 「祭司」と、新約時代(キリスト教)の聖職者の場合には「司教」と訳した。
ヒエラルキアは元来は「聖なる物事に関する創立、司令、支配」を意味しており、偽ディオニューシオスにおいてこの意味で使われることもあるが、多くの場合それは被造的世界の階層的秩序全体ないしその各部分(全体の位階を構成する各階層〔階級〕は多くの場合「ディアコスメーシス」〔diacovsmhsiV〕と呼ばれる)を意味しているが、同時にそれは神が顕現する場でもあって、そのような意味でのヒエラルキアは本訳では「位階」と訳した。偽ディオニューシオスは位階を次のように定義している。「位階とは、できるだけ神に似たものになるところの、また神から自分に与えられた照明に応じ自分の能力に従って神を模倣すべく上 昇するところの聖なる秩序であり、知識であり、活動である」(De coelesti hiesrchias III, 1, PG 3, 164D)。つまり、「秩序」(tavxiV)、「知識」(ejpisthvmh)、「活動」(ejnevrgeia)のトリアスが位階を形成している。「秩序」は、止留、発出、還帰というトリアスの動的構造として確立されているが、このトリアスは相互に一定の法則により関係し合って多様な位階の体系に展開する。隣接する階級のあいだでは直接的に交流し、離れている階級のあいだでは中間の階級を介して交わる。「知識」は神の照明を下位の階級に伝達し、「活動」は照明の源へ引き上げる。
偽ディオニューシオスは被造的世界を上位のものから下位のものへと、天使、人間、事物の三階層に区別し、それぞれに天上の位階、教会の位階、律法の位階を割り当てている。これらのうちの初めの二つに関してはそれぞれ『天上位階論』と『教会位階論』という著作が残されているが、最後の律法の位階に関してはそれを主題にした著作はない。律法の位階は感覚によって捉えることのできるレヴェル、教会の位階は感覚によっても捉えられると同時に知性によって捉えることのできるレヴェル、天上の位階は知性によって捉えることのできるレヴェルであり、魂はこの三つの段階を上昇して神性の根源に向かう。
『天上位階論』は天使の秩序組織と機能を体系的に解説したものである。天上の位階もトリアスによって構成されている。すなわち、大別して上位、中位、下位の三階級に分けられ、各階級が三隊に分けられている。最上位の階級には熾天使(セラフィム(Serafivm)、 智天使(ケルビム Ceroubivm)、座天使(王座 qrovnoi)が属し、中位の階級には主天使(主権 kuriovthteV)、力天使(力 dunavmeiV)、能天使(能力 ejcousivai)が属し、最下位の階級には 権天使(権勢 ajrcaiv)、大天使(ajrcavggeloi)、天使(a[ggeloi)が属している。この構成を見ればわかるように、「天使」というのは天上的知性の全体を指す場合とそのうちの最下位のものを指す場合がある。最下位の知性が特に「天使」と呼ばれるのは、その階級の知性がわれわれ人間に最も近い位置にいて神の神秘をわれわれに伝達する働きが、われわれの方から見るとまさに「使者」としての働きであるからである。
天使のすべては質料から自由な知性そのものであって(存在)、自分自身が自分自身を知 性認識する{作用)ことができる(力)。それゆえ、存在(ウーシア)、力(デュナミス)、作用 (エネルゲィア)というトリアスの各要素はすべての天使において互いに不可分に結びつい て互いを包含している。
偽ディオニュシオスは天使を指すのに「知性」とか「存在」とか「力」など多様な呼び方をしている。このうち、「力」とはもともと旧約聖書で「天の大軍」とか「万軍」とか 「天軍」などと呼ばれている神の「軍」のことであるが、それは多くの場合、旧約聖書に おける天使に対する呼称なのである。
『天上位階論』が後の思想に与えた影響として特に取り上げなければならないものの一つは、大教皇グレゴリウス(Gregorius I 在位590-604年)やダンテ(Dante Alighieri 1265-1321年)に見られるように、中世の全時代を通じて行われた天使論に対する決定的な影響である。また、『教会位階論』とともに『天上位階論』はキリスト教の宗教的象徴の解釈の方法と理論に対しても大きな意義をもった。すなわち、『教会位階論』は宗教的儀式の象徴的行為に関して、『天上位階論』は天使と神に対する象徴的名称に関して、それらの解釈方法と理論の基盤を提供した。
もう一点触れておかなければならないのは、中世の美学や美術に対する影響である。偽ディオニューシオスにおいては、感覚で捉えることのできる物質的な美しさはすベて神的な美を分有しており、したがって、それは神的な非物質的・知性的な美しさを象徴する。そ れゆえ、この世のあらゆる美はわれわれを神へと引き上げる手段となる(De coelesti hierarchia I, 3, PG 3, 121C)。『天上位階論』に述べられているこの神学的美学は、9世紀にエリウゲナによってラテン語訳とその註解(『天上位階論註解』)によって西方思想界に流入することになった。エリウゲナにとっては目に見えるものも見えないものもすベての被造物は 「神現」(qeofavnia)ないし「神の現れ」(apparatio Dei; manifestatio Dei)であり、この世のすベての美しさは神的な美に導く階梯である。そしてエリウゲナやサン=ヴィクトルのフーゴー (Hugo 1141年歿)を介して12世紀にサン=ドニ修道院の院長シュジェール (Suge 1081頃-1151年)は偽ディオニューシオスに鼓舞された美学思想を展開した。
彼がサン=ドニ修道院に新しく建てた聖堂がゴシック様式の最初の建築であったかどうかは別にしても、石やステンドグラスなどの建材も含めて聖堂という建物の美が神の美にわれわれを導くものとして解釈したことにより、彼はゴシック建築に美学的基礎を与えたの である。
(今 義博)
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