ミステリー
スフィンクスもどきの怪物、
散策者を襲う!!
ハイテク国家日本を襲った
春のミステリー(2)

(4.23. 1996 / 改訂4.17. 1997)



 やがて2人は、頭上から聞こえるざわめきと、お尻と足先をかすめていく冷たい感覚で我に返った。何が起きたのか、2人は小橋の上ではなく、3メートルほど下を流れる疎水に尻もちをついて並んでいた。怪我はなかった。水深が浅いので、溺れもしなかった。あたりを見回したが、さっきの怪物はどこにも見えなかった。

「幻覚ちゃうがな! ほんまや! ほんまやいうとるやろ!!」
 2人は交番に駆け込み今見てきたことを必死で訴えたが、もちろん信じてもらえるはずがなかった。春先はおかしな人間が現れる、と片づけられてしまった。

 だが、その日だけでさらに10人が同様の被害に遭い、その様子を34人が目撃、翌日には16人が疎水に尻もちをつき、やはりその様子を51人が目撃したとなると、話は別である。怪物の噂は京都市中をけたたましく駆けめぐり、怪物を一目見ようという物珍しさで哲学の道を訪れる者が増えていった。怪物はその発する声から「ヒトワ」と名付けられた。

 この「ヒトワ」ブームにあやかろうという商売人が現れたのも不思議ではない。「ヒトワ」グッズを製造し売り出そうと考える土産物屋、被害者向けに衣類乾燥機と更衣室を用意しようという銭湯(学生の街京都には銭湯が多く、哲学の道周辺もその例にもれない)、「ヒトワ」に疎水に落とされても衣類が濡れずにすむようレインコートやウェットスーツを貸し出す喫茶店もあった。

 一方では、その迷惑な怪物を退治して哲学の道の落ちつきを守ろうとする動きもあり、周辺住民と店舗経営者たちは自警団を結成した。彼らは小道の雰囲気を損なわないよう一般散策者に紛れて警戒を続けたが、彼ら自身が怪物の被害に遭うこともあり、成果はあがらなかった。週末が近づくといよいよ桜が咲き始め、彼らの憂鬱は深まっていった。このままでは今年の桜を落ちついて楽しむことなど不可能になる。

 そんな折、一人の旅の僧侶が自警団を訪ねてきた。齢50過ぎ、がっちりとした背の高いその僧侶は一級と名乗り、自警団の人々に請け負った。
「拙僧がその憂いを消し去ってしんぜよう」


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