石原莞爾フォーラム
No.130
Date:2000.1.3 10:03 AM
Subject最終戦争は起こらなかった
ハンドルネーム:
Name:中村光三
E-mail:(匿名)
発言: 石原莞爾の墓所には、石原莞爾フォーラム63.等に投稿されている林さんの助言を得ながら、昨年11月に参ってきました。石原将軍の考えについて感ずるところがあるので、皆さんの意見を求めます。

 石原将軍は世界最終戦論を著しています。しかし実際には旧ソ連の崩壊で最終戦争は回避され、将軍の考えるようには進まなかったと考えて良いのではないでしょうか?石原説の「決戦戦争→持久戦争→最終戦争」が 現実には「決戦戦争→持久戦争→代理戦争(冷戦:ベトナム/アフガン)→ナショナリズム戦争(ボスニア/チェチェン)」というパターンになっているように見えます。ではなぜそのような変化が起こったのか?

 原水爆の開発により、まさに「決戦戦争→持久戦争→最終戦争」となるはずでした。しかし55年経っても最終戦争はおきませんでした。私は理由として実戦で広島長崎に投下されたことが、最終戦争を回避させたと考えます。もしネバダなりカザフの砂漠での実験だけで米ソ両国に配備されたならば、両国首脳、軍首脳は軍事的観点のみから原爆をとらえ、原爆戦争の起こる確率はずっと高かったといえます。実験だけでは落とされたときの被爆者の姿を想像することはできません。あの広島長崎の映像が米ソ軍首脳の目に映ったからこそ、「原爆戦回避」のコンセプトが意識的にせよ無意識的にせよ脳に刻まれたものと想像されます。米ソともに数千発の核弾頭を持ち、全面核戦争が起こったとき「自国のみが無傷」はあり得ません。いかなるタカ派でも自国に原爆が落とされたときのこと、誤って原爆戦争が起こったときのことを脳内にかすめることのなかった人間はいないでしょう。

 私はきれい事思考の人間ではありません。1950年代前半はアメリカでも先制核攻撃を行ってソ連を屈服させるべきとという意見があったのは事実です。それはミサイルという運搬手段がまだなく、ソ連は空母を持たないためにアメリカは攻撃を受ける心配がなかったからです。しかしヨーロッパがやられる。

 アメリカ人は原爆投下を擁護して、日本上陸作戦がおこなわれたときの日米の犠牲を未然に防いだと言います。私は原爆投下を擁護するつもりはありませんがあえてするならば「日米のみでなく全人類を破滅から救った」と言うべきでしょう。

 わたしは決して石原将軍のあら探しをしているのではありません。全体主義が依然強いあの時代、流れはたしかに世界最終戦争に向かっていたといえます。でも60年経っても最終戦争はおきなかったのも事実です。この先どのような変化があるか想像する事は私には困難です。最終戦争は将軍の予想よりあとに延期されているだけかもしれません。ただ私が生きてきた1960年代70年代のあの危機感は、今はるかに小さいものになっています。

追加
 先頃、防衛庁次官が「日本も原爆を・・」と発言したと伝えられています。しかし、原爆を製造したのなら、一度は爆発実験を行わないといけません。不発かもしれないからです。原爆実験をどこでやるのか? 東海村か?北海道か?鳥島か? 核武装論者の意見を求めます。


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