資本主義の恐ろしい局面



私の同年代では、ぼちぼち自分の子供が成人している人がいる。

これまで親と子で貨幣価値が異なるのが当たり前だった。

「お父さんが子供の頃は10円あればいっぱいお菓子が買えた」

「お爺さんの頃は1万円あれば家が建った」などの会話があった。

しかし、私の同世代では自分と子供が同じ貨幣価値である。

100円は同じ100円、1万円は同じ1万円。

私が子供の頃から40年以上をかけて

自動販売機の缶ジュースが100円から130円になったが、

こういったものは消費税の影響に過ぎない。

結婚式の一般的ご祝儀は今も昔も3万円。

20年以上、経済が成長していないのである。

これが非常に恐ろしいことであるということを多くの人は気づいていない。


標準的なサラリーマンが大きな頭金なしにマイホームを買うと、

銀行で35年の住宅ローンを組むことになる。

この住宅ローンだが、

同じ昭和の35年ローンと今の35年ローンではまったく意味が異なるのだ。

昭和の時代に35年経てば名目GDPは2倍以上になっているので、

仮に元本を1円も返済しなくても借金は実質半分以下になる。

今の時代は経済が成長しないので、借金の額はずっと変わらない。

利息がずっしりとのし掛かる。

現代に住宅ローンを抱えているサラリーマンはかつてよりも相当しんどいと思う。


ソビエト連邦の崩壊により共産主義思想は衰退した。

しかし、『資本論』で記されたマルクスの

資本主義批判は解決されたわけではない。

最近流行ったピケティもそのことを述べている。

近世になって資本主義経済が登場するまでは、

経済のやり取りには「売る人」と「買う人」しか存在しなかった。

すなわち「生産する人」と「買う人」だけで成り立っていた。

買う人は一方でモノを売って買うお金を得ているので、

実態は売る人と買う人の物々交換のような経済であった。

だから経済成長はほとんどなかった。


ところが、資本主義経済の発展により

「売る人にお金を投資する人」が登場した。

マルクスは、これを「地主−資本家−労働者」という関係性で説明したが、

現代的にわかりやすく言うと、「資本家(株主等)−経営者−労働者」

という構造が資本主義により出来上がったのである。

経営者は資本家からお金を借りて商売をする。

資本家はボランティアではないので、お金を出資するからには利潤を求める。

いわゆる利息である。

この利息が前提にある以上、

経営者は会社の業績を伸ばし続けなければならない。

経済が永遠に拡大し続けることを前提に成り立っているのが

資本主義経済なのだ。

ある意味ネズミ講的な構造であり、

資本主義経済がまやかしだと批判したのがマルクスである。

経済を拡大させていく過程で利益を得るのは資本家であり、

労働者は搾取され続けていく。

経済は永久に拡大はできないので、富が一部の資本家に集まり、

搾取された大多数による労働者によって、いずれ革命が起こるだろうと予測した。


マルクスによる資本主義の矛盾についての指摘は基本的に正しい。

資本主義が利息を前提にしている以上、この宿命から逃れられない。

しかし、資本主義経済がいくら発展しても共産主義革命はまったく起こらなかった。

実際に共産主義革命(もどき)が起こったのは、

中国、キューバ、北朝鮮、ベトナムなど

資本主義とは無縁の貧しい国ばかりであった。

これはいったいどういうことなのだろうか。

この答えは簡単。

マルクスの資本主義批判から抜け落ちていたのがインフレである。


第二次世界大戦当時の総理大臣の年収は1万円弱である。

この頃、10万円でも持っていれば大金持ちだ。

現代、10万円あっても1ヶ月も生活できない。

つまり、経済成長(インフレ)によって資産家のお金が減少し、

自動的に庶民に分配されていたのだ。

名目GDPの成長が資本主義の矛盾を解決していたのである。

だから、資本主義が進んだ国ほど

名目GDPが成長するので共産主義革命など起こらず、

資本主義が機能しない国で共産主義革命が起こった。

後進国は資本主義の恩恵を受けていないのでそれがやりやすかったのだ。


それをふまえると、冒頭で私が親子で同じ貨幣価値で過ごしていることが、

恐ろしいことであると言っている意味が理解いただけるだろう。

まさしく共産主義革命が起こる地盤が作られつつあるのだ。

デフレ下の資本主義経済では1億円を持っている人と、

100万円を持っている人がいれば、

1億円持っている人が圧倒的有利となる。

デフレ下では何もしないほうがお金の価値が上がるからである。

100万円を元手に何かやろうとしている人のできることは限られている。

パイが広がらない状態では、

お金を持っている人が圧倒的に有利となるから、富の偏りが起こる。

日本は格差社会になりつつあり、

その原因が小泉・竹中政治時代の新自由主義路線にあると

言われているのは正確ではなく、

名目GDPが20年以上も成長しなければ、

格差感は当然に広がっていくのである。


現在の日本では大企業と中小零細企業の格差が目立ちつつある。

大企業では過去最高額のボーナスが出て、残業も少なく休みも多い。

中小零細企業は同じ仕事でも取引先から

価格の値下げなど厳しく迫られ、

それを補うために仕事量を増やし、

従業員は仕事がきつくなるだけで給料は上がらないか、

むしろ下がることになってしまう。

ボーナスもないか少額で、残業は多く、有給休暇どころか休日出勤も増える。

これでは正社員になっても意味がないから、派遣社員になる人が増える。

派遣社員だと自分一人だけなら趣味ぐらい楽しみながらそこそこ食べていける。

これでは結婚などできない。

大都市圏で未婚率が上がるのはこういうことだろう。

調べたわけではないが、医者や弁護士など所得の高い人や、

大企業の社員や公務員の結婚率は比較的高いのではないか。

日本の会社の99%が中小零細業である。

この状況が続けば続くほど、世の中に不平不満が蔓延する。

その不平不満の矛先は国に向かい、

革命の土壌が作られていくということだ。

アベノミクスの異次元金融緩和について、

経済理論的におかしいと言っている人もいるが、

もはや日本の置かれている状況は、

そんな常識でやり過ごせるほど生やさしいものではない。

この長く続くゼロ成長状態が続くことを容認するのは、

共産主義に賛同するに等しい行為である。

私は劇薬あるいは電気ショックを使ってでも、

日本経済を動かそうとするアベノミクスを支持するし、

それをやらなければ日本はますます危険な方向に向かっていくことになるだろう。






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