『新潮45』廃刊は保守台頭という時代の変遷を象徴する出来事



時代は変わった。

月刊誌をはじめとする伝統ある論壇雑誌の売れ行きはどこも厳しい。

『世界』や『THIS IS読売』はとっくに前に廃刊した。

そんな中で売れ行きが好調なのが新興勢力の月刊『WiLL』だった。

特に花田紀凱氏が編集長だった頃は好調だったそうだが、

花田氏が月刊「Hanada」をつくって分裂してからは知らない。

いずれにしても、比較的売れ行きがいいのが

保守系言論誌であるのは確かである。

5年以上前だろうか、小学館の関係者とお話をしたとき、

現在の『SAPIO』をつくっている人たちは、

保守の考えに基づいているのではなく、

ただ売れる路線だけを考えていると聞いた。

「保守系」色を強めれば一定数は売れるのだ。


論壇雑誌として歴史のある『新潮45』も例外なく売れ行きが低迷していた。

そんな中、保守系色を強めれば売れ行きが少しは上向く。

杉田水脈議員のLGBT論文でそれが見事すぎるほど覿面に出てしまった。

雑誌の世界は売れてなんぼである。

売上を伸ばす企画はどんどん通る。

それが休刊のきっかけとなる例の企画となったのだろう。

新潮社全体の中では『新潮45』の売り上げは微々たるもの。

新潮社の社長コメントは売れない雑誌を野放しにしてしまった、ということだ。

保守系の人たちは憤りを感じているだろうが、

長らく言論界に携わっている人間からすると、

時代は大きく変わったものだと感じる。

私が大学生だった二十数年前は、

「憲法改正したほうがいいのではないか」と言うと極右扱いされたし、

それなりの役職にある政治家が堂々と憲法改正を主張することはできなかった。

今は総理大臣が憲法改正を掲げている。

私は基本的に合理主義なので、

思想よりもその立場から憲法改正を主張してきた。

憲法が平和を実現するなど幻想であると。

日本の領土内に北朝鮮のミサイルが1発でも着弾したなら、

憲法などあっという間に改正されるだろう。

たとえ戦前に「憲法9条」のようなものがあっても、すぐに改正されてなくなっていた。

東京裁判史観では、先の大戦は、軍部の指導者が起こした戦争であって、

国民は犠牲者のように論じられるが、

実際は戦争を強力に後押ししたのは国民である。

本当に憲法9条が必要なら自衛隊を無くすべきだ。

憲法9条がありながら、世界トップクラスの軍事力を

保持している状態こそが危険である。

憲法9条が平和を守るダムとなっているのであれば、

何かの拍子にダムは決壊し、最も危険な状態に陥る。

そうならないように平時に憲法を改正し、

何かが起こっても冷静に対処できる体制を整えなくてはいけない。

憲法が平和を守るのではなく、

国民の判断として平和を達成する必要があるのだ。

平和を守ることが国民の責務であるという哲学がまず先になくてはならない。

いずれ自衛隊が必要でない時代が来たなら、憲法9条を復活させればいい。

『新潮45』の廃刊は時代の変遷を象徴する出来事なのだ。

私は“いわゆる保守系”のイデオロギーが前面に出た改憲論には

慎重な立場ではあるが、

いずれの思想であろうと世の中の動きを止めることはできない。

この変えられない時代の流れの中で、

いかに正しい方向に落ち着かせるかが重要となる。

だからこそ、LGBTから憲法改正まで、

本質を見極めた冷静な議論が求められるのだ。






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