決定版・憲法無効論は破綻した論理

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       憲法無効論というのは政治論として心情的には理解できるところはあるが、

       法学的には根本的に誤っている、ということをあまり知られていない。

       何故か?

       憲法学者などの法学者が、憲法無効論をまともに相手をしていないので、

       憲法無効論者はどこが間違っているのかわかっていないからだ。

       大学院生レベルではほぼ間違わない。

       法学部生でも真剣に法学を学んでいる人なら大丈夫だが、

       まじめに勉強していなければ間違う可能性があるというレベルなので、

       憲法無効論について、法学部の学生と先生が対話したら、

       どのようになるかを想像しながらまとめてみました。


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       学生:占領期間中に憲法を制定することは、ハーグ陸戦協定に違反します。

           また、大日本帝国憲法の改正規定に違反することから、

           日本国憲法は無効であると思うのですが。


       先生:それは憲法学や法概念論からすれば初歩的な誤りだよ。

           日本国憲法が無効であるということは、

           憲法として効力がないと言っているわけだよね。

           前の憲法に違反するか、しないか、ということは、

           新しい憲法の効力論とは基本的に関係がないんだよ。

           憲法無効論は、まずこの初歩的なところで間違っているんだ。


       学生:どうして前の憲法に違反するか、しないか、ということが、

           新しい憲法の効力論と関係がないのですか?


       先生:新しい憲法が、前の憲法に違反するということで効力を持たないのであれば、

           憲法学というものが成り立たないよ。

           考えてもみたまえ。

           現在のロシアの憲法は効力を持っていないのかい?


       学生:え・・・!?。


       先生:ロシア帝国は革命によってレーニンに打倒された。

           これをロシア革命といい、

           それによって誕生したのが社会主義国家であるソヴィエト連邦だ。

           そのソ連も崩壊し、現在はロシア共和国となっている。

           国の過程としては、ロシア帝国⇒ソ連⇒ロシア共和国、となる。

           ロシア帝国の憲法からすれば、革命など当然に違法であるから、

           ソ連は違法状態となる。

           じゃあ、ソ連という国家は実在しなかったのか。

           そんなことはないね。

           ソ連という国家は実在し、憲法もあった。

           そのソ連も解体することになり、現在のロシア共和国となった。

           そこで問題だが、ロシア共和国は、かつてのロシア帝国から見たらどうなるだろうか?

           帝国が共和国家になっているのであるから違法状態だ。

           じゃあ、現在あるロシア共和国の憲法は効力を持っておらず無効状態なのだろうか。

           現在あるロシアはまぼろしで、ロシアの憲法は何の効力も持っていないのだろうか。

           そんなことはないよね。

           前の憲法に違反するかどうかということが、

           現行憲法に効力があるかどうかという話には何の関係もないのだよ。

           これは思想に関係なく、法学一般としての考え方。

           そうでなければ、革命を起こしてしまった西洋人はマヌケだと思うが、

           だからといって国家として永久に憲法を持てないというのはおかしいよね。

           国家と憲法という関係そのものが成り立たなくなってしまうよ。


       学生:それは革命を正当化する論理ではないでしょうか?


       先生:それはまったく事実に反するよ。

           法学というのは政治哲学などの思想とは違うんだ。

           法治国家における政府、国民と憲法の関係性で、客観性や公平性が求められる。

           近代国家の法体系で憲法典は頂点にあることから、

           その最高法規である憲法を無効にする法理論や法的根拠はないんだ。

           革命を正当化するとかしないとか、そういうことではなく、

           法学として、ごく当たり前のことなんだよ。


       学生:じゃあ、どうしても憲法を無効にはできないのですか?


       先生:絶対に不可能ということはなく、

           ケースによっては理論的に可能性がないわけではないが、

           原則として憲法というのは国家のなかで法体系の頂点にあるので、

           憲法をしばる存在はないのだよ。

           だから、過去に憲法が無効になった例は一度もなかったんだ。


       学生:第二次世界大戦期、ドイツに占領されたフランスでは、

           ドイツの傀儡政権といわれるヴィシー政権が誕生し、

           ペタン憲法と呼ばれるものがつくられました。

           ところが、ドイツの敗戦により、ロンドンに亡命していたド・ゴールが

           帰還して政権を取り返し、

           ペタン憲法を無効とした事実があったと思うのですが。


       先生:ド・ゴールは、ペタン憲法を「無効」としたのではなく、「破棄」したのだよ。

           ここを混同してはいけない。

           もし、ド・ゴールがペタン憲法を無効としていたのであれば、

           ペタン憲法が存在していなかったことになるので、

           それまであった第三共和国憲法が存在していることが確認されるはずだ。

           ところが、ド・ゴールは第三共和政には戻さず、第四共和国憲法を制定し、

           国民投票により信任を受けて、第四共和政をスタートさせた。

           第四共和国憲法は、第三共和国憲法を改正したものではないので、

           違憲ではないだろうか。

           だからといって第四共和国憲法には効力がないということにはならないんだ。


       学生:前の憲法に違反することが、

           今の憲法の効力論と関係すると思っていましたが、

           そういうことだったとは知りませんでした。


       先生:もっとわかりやすい例があるよ。

           先ほどのフランスの例でいうと、

           第四共和政がスタートした直後にはド・ゴールは失脚しているんだ。

           そして、しばらくしてフランスがエジプトの問題で大混乱すると、

           再びド・ゴールが政権に戻り、事態を収束させ、

           第五共和国憲法を制定して、はじめて大統領選挙を導入する。

           ところが、この大統領選挙を取り入れた憲法は、

           フランス憲法裁判所が憲法違反であるという判断をしたのだ。

           しかし、第五共和国憲法は現在まで続いているよね。

           憲法違反がいまの憲法の効力論に関係があるなら、

           現在のフランス憲法は明確に効力を持っていないことになる。

           憲法学ではそのように考えず、憲法というのは法体系の頂点であるから、

           機能している以上は制限されないと考えるんだ。

           法学としては、第五共和国憲法の法的瑕疵は、

           その後に治癒されたと考えるのだよ。


       学生:それでは法の効力論とはどのように判断することになるのでしょうか?


       先生:妥当性、実効性を持っているというのが、法学の基本的な見解となる。

           天皇陛下をはじめ、内閣、国会、裁判所といった国家機能の三権、

           国民の99%以上が日本国憲法を憲法という前提で動いている以上、

           現行憲法は妥当性、実効性を持っていると判断せざるをえないだろうね。


       学生:日本は、いまの憲法を無効とするタイミングはなかったのでしょうか。


       先生:独立回復した直後であれば可能性はあっただろう。

           占領期間中は憲法が妥当性、実効性のもと、

           機能していないと考える余地はあるので、

           独立した直後、機能していなかった憲法について改めて無効確認し、

           帝国憲法の存在を確認するということはできなくもなかった。

           しかし、主権回復したと国家が、憲法という前提で運用した以上、

           それを無効とする法的根拠は存在しないことになるんだ。


       学生:それでは日本国憲法を無効とすることはできないという結論になりますが、

           もはや占領軍がつくった憲法を持ち続けなければならないのですか?


       先生:それはおかしい。

           日本に憲法というものが存在しなかった状態で、

           占領中に現在の憲法が制定されたのであれば、

           破棄しない限りそうなるかもしれないが、

           日本には明治から大日本帝国憲法があって、

           占領中にそれを改正するかたちで現行憲法が成立したんだ。

           だったら、改正手続きによって、再び、日本人の手によって憲法を制定することは、

           占領軍のつくった憲法を持ち続けることにはならない。

           そもそも近代以降、戦争に敗れた国の皇室が存続することそのものが

           異例なことなんだ。

           日本はあれだけの敗戦を経験しても、天皇と国民の関係はびくともしなかった。

           GHQですから、天皇を残すしかなかったんだよ。

           だから、天皇が存続する以上、新しい憲法を制定する場合、

           帝国憲法の改正手続きをとるしかなかったんだ。

           それだけ天皇の上諭及び御名御璽は重たいんだよ。

           だから、天皇の下に憲法を改正させられたのであれば、

           再び天皇の下で、正しい憲法に戻すことはできるんだ。

           共和国だったらそうはいけない。

           現行憲法が存在することそのものが、

           戦前戦後に国体が存続したということを表しているとも言えるんじゃないか。


       学生:日本国憲法は帝国憲法の改正の限界を超えているのではないでしょうか?


       先生:それは憲法改正の限界説だね。

           私はどちらかといえば、憲法といえども形態は法律である以上、

           改正内容に限界はないという無限界説の立場をとるが、

           現行憲法は必ずしも帝国憲法の限界を超えたとは考えていないんだ。

           現在、日本国民のほとんどは現行憲法を前提に動いているが、

           天皇陛下と国民の関係が、戦後になって歴史的に変更したなどと考えていると思うかい?

           帝国憲法でも天皇は専制君主でもなければ、絶対王権でもなかった。

           戦前と戦後、一貫して天皇と国民の関係は変わらず、変わったのは政治の制度だけ。


       学生:現行憲法第1条は、国民主権条項であるから、

           限界を超えたと考えることもできると思いますが。


       先生:憲法学における国民主権とは、そんなに単純な話ではないよ。

           国民主権というのは政治論としては、

           国民(現代人)が歴史・伝統を無視して

           何でも勝手に決めていいと考えることだと思いがちだが、

           憲法学ではそうではない。

           西洋で近代に発展した立憲君主制とは、王権を制限し、

           国民の権利を明確にするというものだ。

           憲法学では「君主主権」の対義語として「国民主権」と考えるのが一般的だ。

           日本の場合は、憲法ができる遙か以前から

           君主主権や絶対王権などという国家形態は存在しないが、

           明治に制定された大日本帝国憲法は、西洋の立憲体制を参考にしているので、

           天皇を制限する形態を採っている。

           ただし、日本の場合はそもそも天皇は制限する対象ではなかったし、

           歴史上、君主主権や国民主権などという概念が存在しなかった。

           あくまで憲法典の形態として君主主権か国民主権の

           どちらに分類されるか、というだけのことだ。

           現存する世界の君主国のほとんどの憲法が

           国民主権を採用していることからもわかるように、

           国民主権という文言が見られるからといって、

           天皇の正統性とは何ら矛盾するものではないと考えるんだ。


       学生:しかし、国民主権という名の下に、憲法改正規定により

           国会議員の三分の二の賛成と、国民投票により天皇条項を廃止できるというのは、

           国家の形態が変更したと見ることもできるのではないでしょうか。


       先生:あのね、君。

           国会議員の三分の二ということは、

           つまり国民のおよそ三分の二が天皇の存在に反対しているというのは、

           その時点で、もはやそれは国体ではないよ。

           そんな状態に陥って、憲法だけで天皇が守れると思っているのかい?

           国体というのは、天皇と国民の相互信頼関係が原則なんだ。

           その点でも現行憲法は国体に反していない。

           歴史上、時の権力者から天皇が倒されなかったのは、

           それを禁じる条文があったからではない。

           歴史的に天皇は、いつ倒されてもおかしくない状況にあったが、

           誰も天皇には手を出さない。

           これが国体じゃないか。


       学生:もし国会により無理矢理、現行憲法の無効確認決議をやればどうなりますか?


       先生:現行憲法が無効確認されることによって、

           帝国憲法の存在が確認されるように思いがちだが、法学的にはまったく違う。

           先ほどが説明しているように一度、妥当性、実効性を持ってしまった憲法を

           無効にする手続きは存在しない。

           要するに、国会議員が日本国憲法を無視して、

           帝国憲法と一言一句同じ内容の憲法を制定したことになるんだよ。

           「帝国憲法」、「日本国憲法」、「復刻帝国憲法」という別々の憲法が、

           それぞれの時代に存在したことになるだけ。

           日本国憲法が無効になったわけではないんだ。


       学生:ということは明治以降、別々の国家体制が存在することになるのですか?


       先生:そのとおり。

           フランスにならえば、明治政府が「第一君主政」、

           昭和22年からの戦後体制が「第二君主政」、

           復刻帝国憲法体制が「第三君主政」となるだろうか。

           現在でも憲法学会では、東大憲法学の元祖、

           八月革命説を唱えた宮沢俊義の憲法学が大きな勢力となっているが、

           彼らは今上陛下を第二代天皇と考えているんだ。


       学生:え?!そうなんですか?


       先生:帝国憲法と現行憲法の間では法的な国家断絶が起こったので、

           現在の立憲君主体制では、昭和天皇を初代天皇として、

           今上陛下を第二代天皇とするべきだと。

           まさに現在を「第二君主政」と捉えているのだ。

           現在のフランスの大統領のオランドは第7代大統領だが、

           彼はフランスの大統領で7人目ということではないよね。

           「第五共和政」の第7代大統領ということだ。

           憲法無効論者が言うように、帝国憲法と現行憲法が連続していないというのであれば、

           今上陛下を第二代天皇と呼ぶ宮沢憲法学は法学的に正しいことになってしまうんだよ。


       学生:ということは、憲法無効論を唱えつつ、現実に憲法無効が実現できなかったら、

           単に左翼憲法学を支援しているだけになってしまうんじゃ・・・。


       先生:まったくそのとおり。

           フランスの場合は、第三共和政と第四共和政、第五共和政も連続しており、

           正統性を継承しているという考え方だが、

           日本の場合は、左翼憲法学も憲法無効論も、

           現行憲法は帝国憲法の改正限界を超えており、革命憲法だと認識していることから、

           国家体制だけでなく、名実共に世界最古の国が断絶したという結論を導くことになる。

           憲法無効論とは、かなり危険なことを言っているのだよ。


       学生:ということは、憲法無効論と左翼憲法学はよく似ているということですか?


       先生:似ているも何も、結論だけが違うだけで、ほとんど同じだよ。

           左翼憲法学も基本は憲法無効論なんだ。

           現行憲法は改正限界を超えており、帝国憲法からは違反状態になっている。

           憲法無効論者はそこで日本国憲法は無効だ、ということになるんだけど、

           左翼憲法学はそうは考えない。

           現行憲法は帝国憲法に違反する、

           だから、帝国憲法とは関係のない別の憲法なんだ、という見解なんだ。

           戦前と戦後は、別々の体制なんだと言う。

           これを一般的に八月革命説と呼んでいるんだ。


       学生:ということは・・・。


       先生:そうだよ。

           先ほどからロシアやフランスを例に出して説明している

           憲法の効力論ということを考えれば、

           左翼憲法学の方が正しいということになってしまうんだよ。

           八月革命説が憲法学会で通説になっているというのはそういうことなんだ。


       学生:先生は現行憲法は帝国憲法と連続しているという考えですよね。


       先生:そうだよ。

           明治にはじまった憲法体制の法的連続を認める方法はそれしかないんだ。

           ところが憲法無効論は、そういった憲法の連続性を攻撃してくる。

           仮に彼らが私たちのような憲法の連続性を認める改憲論に勝利したとしても、

           最後は八月革命説にやられてしまうんだよ。

           だから、結局、左翼憲法学のお膳立てをしているだけだと指摘しているんだ。

           帝国憲法からの連続性を認め、

           再び憲法改正手続きにより、新しい憲法を制定する。

           これが政治論としても法理論としても、最も筋の通った方法論だと考えているんだ。


       学生:憲法無効論が方法論として間違っていることはよくわかりました。

           ここから、若干残る疑問点を教えてください。

           憲法無効論では、現行憲法は交戦権を否定していることから、

           1951年のサンフランシスコ講和条約を締結できないのではないか

           という問題提起があります。

           戦争をはじめる権利がないのであれば、

           戦争を終わらせる権利もないのではないかということです。


       先生:現行憲法は個別自衛権を認めているので、

           戦争を終結させられないということにはならないよ。


       学生:それはあくまで憲法を無理に解釈しただけであって、

           マッカーサー原案では、個別自衛権も排除しています。


       先生:それはその後の経緯をまったく知らない議論だよ。

           ケーディスですら、個別自衛権は国家としての自然権だといい、

           マッカーサー原案に修正を加えたし、

           その後の芦田修正などによる立法過程において終わっている話だ。

           そもそも大東亜戦争は帝国憲法体制によりはじまったものだ。

           事後法により日本が永久に講和条約を結べないなどということは

           法理論としてはありえない素人の議論なんだ。

           相手国は日本の国内事情によって、

           永久に日本と戦争状態を続けなければならないというのか。

           馬鹿げた話だよ。


       学生:帝国憲法75条には、憲法および皇室典範は、

           摂政を置く間は変更することができない、と定められています。

           他国に占領されているというのは、摂政を置く状態以上のことであるから、

           憲法は改正できないという見解があります。


       先生:でも終戦時には摂政は置いてなかったよね。


       学生:類推適用だという見解があります。


       先生:あのね・・・それはまったく見当違い。

           そもそも類推適用というのは民事訴訟で、訴えが提起されたとき、

           その案件について明確な法律の規定はないけれど、

           似たような条文があるので、裁判官がそれを適用するというもの。

           国家の最高法規が無効であるという論拠としては、あまりにも脆弱すぎる。

           無効というのは当然に、自動的に無効というものであるから、

           訴えがあれば適用できなくもないという法理論を根拠にするのは根本的にまちがっている。

           類推適用と言っている段階で、主張しなければ無効にならないと言っているに等しいのだ。

           無効というのは主張しようがいまいが、客観的にも無効なのさ。

           類推適用なんてものが無効の根拠になるわけがないよ。


       学生:刑法を類推適用してはいけないことからみても不自然ですね。


       先生:そのとおり。

           刑法で類推適用を行うことで、犯罪と思っていなかった行為が

           刑事告訴されてはじめて犯罪であると認識されるようなことになってはいけないから、

           刑法は条文に書かれたとおりに運用する、

           すなわち罪刑法定主義が徹底されている。

           ましてや憲法に類推適用などあってはならないことだ。

           条文解釈と類推適用はまったくちがう。

           こんなこともわからずに憲法論を述べてはいけないよ。


       学生:帝国憲法第75条の類推適用などあり得ないことだと?


       先生:そうなんだけど、憲法無効論者が言いたいことは、

           天皇の意志主義に反するということなんだろう。

           だったら最初からそれだけを言えばいいんだ。

           意志主義は近代法理論の大原則で、

           意志の存在しないものは原則として無効となる。

           これを意思の欠缺(けんけつ)というんだ。


       学生:占領期間中は武力により天皇の意志が封じられていたということになりますね。


       先生:しかし、意志が封じられていたとはいえ、意志が存在しなかったとはならない。

           近代法理論でも意志の不存在と強迫行為は分類されている。

           占領期間中におけるGHQの行為は、むしろ強迫行為に近い。

           民法では、強迫行為は無効ではなく、取り消すことのできる行為となっている。

           取り消さなければ有効だ。

           少なくとも主権回復後に憲法として運用すれば、

           法的瑕疵は治癒されたとみるのが一般的な考え方だ。

           憲法裁判所が違憲判断したフランスの事例からみても、

           そう考えるのが妥当だろう。


       学生:現在、皇室典範は国会の議決で定める規定となっていますが、

           帝国憲法体制では、皇室典範は国会で論じる必要がなく、

           皇族会議で決める制度となっていました。

           皇室典範を皇室にお返しするべきでは、という意見がありますが。


       先生:それは憲法無効論とは関係のない話だよ。

           いまの制度に不満があるのであれば、

           改正して不満のないようにすればいいだけだ。

           そもそも根本的に見当違いだと思うのは、

           皇族会議は枢密院とワンセットだったということを忘れているのではないか。

           戦前であっても、現実には皇族方が皇室典範の条文を考えてつくっているわけではない。

           枢密院顧問が決めたことを、皇族会議で確認することになっていた。

           現在、皇族会議と枢密院を復活させれば、枢密顧問になるのは、

           民主党の各大臣や首相経験者などとなろう。

           影響力を持つのは野田総理、菅直人、鳩山由紀夫、

           麻生太郎、安部晋三、福田康夫、小泉純一郎などになるだろうか。

           安部氏と麻生氏以外は、左翼か女系容認派のどちらかだ。

           こんな状態で枢密院を復活しても目も当てられない状況になるのではないか。

           逆説的に考えれば、女系天皇を国会で阻止できる現在の方がまだマシかもしれない。

           問題は制度ではなく、それを行う人間であるということだよ。


       学生:憲法改正は国会議員の三分の二という非常に高いハードルとなっています。

           憲法無効確認は過半数で可能と考えられていますが、

           その方が手続き論としてもやりやすいのではないかという見解もあります。


       先生:昨今、憲法改正の機運は高まり、憲法改正に賛成という国会議員の数も

           過半数程度には達しているのではないだろうか。

           一方で、憲法無効論を支持する国会議員は

           七百人を超える国会議員のなかで、一人程度だ。

           冒頭から説明しているとおり、憲法無効論は法理論的に破綻している。

           破綻している論理を、たった一人から三五〇人程度まで増やすことと、

           改憲支持の国会議員の数を、半数から三分の二まで増やすことと、

           どちらが難しいかといえば、

           間違いなく無効論支持議員を過半数にすることではないだろか。

           過半数と三分の二という数字だけを見比べているだけではそこがわかりにくく、

           現実の国会議員を直視した方が明らかだよね。


       学生:憲法無効論では、日本国憲法は“憲法”としては無効だけれども、

           講和条約としては有効であり、

           一般法の上位法として存在しているという意見がありますが。


       先生:無理やり考えれば、そうとも考えられないこともない、という程度のものだよ。

           そもそも独立回復後、主権国家が60年も憲法として運用したものを、

           実は講和条約だったなどと考えるというのは、ファンタジーの世界だね。

           空想を楽しんでいる範囲ではいいけど、

           現実の国家でそんなことがまかり通ると考えているのであれば、

           あまりに幼稚と言わざるをえない。

           天皇陛下をはじめ、すべての国家機能、国民の99%以上の

           頭の片隅にもないことは、法としての妥当性も実効性もないことは説明したが、

           それを主要先進国の日本で、まともに論じられることはまずありえない。

           普通の大人が考えればわかることだ。


       学生:講和条約説は、現行憲法の無効確認を行えば、

           戦後に出来上がった法体系はどうなるのか、

           法秩序が無茶苦茶になるのではないか、

           ということへの
言い訳だとは思うのですが。


       先生:彼らが現行憲法は講和条約というが、参議院は明らかに矛盾しているね。


       学生:確か帝国憲法に反しない限り、

           現行憲法は講和条約として有効だという論理だったと思いますが。


       先生:仮に百歩譲って、現行憲法が実は講和条約だったなどという論理を認めたとしても、

           条約には国内法としての効力はない。

           だから、講和条約というのであれば、

           それを国内的に機能させるためには立法措置が必要になってくる。

           しかし、そのような事実は存在しない。

           それでは、現在の社会で日本国憲法に従う義務が生じている現実は何なのだろうか。

           法的拘束力のないものは政府や国民に対しての強制力はない。

           講和条約と称する日本国憲法と政府、行政、議会、国民の法的関係性はどうなっているのか、

           そういったことを一切説明せずに、ただ憲法と認めたくないから

           講和条約だったと言ってみても仕方がないことだよ。

           法学論的にはまったく頓珍漢なことを述べているんだよ。

           さらには、参議院は明らかに帝国憲法に反しているよね。

           華族から選出される貴族院と、

           一般国民から選挙する参議院ではあまりにも性質が異なる。

           戦後の立法過程において、

           参議院が二院制における貴族院の役割を担っているだから、

           どう考えても帝国憲法に反する制度だ。

           さらには、彼らの言う無効確認をしたあと、

           貴族院を復元するために華族制度を復活させなければならない。

           ほとんど気の遠くなるような話だ。夢物語だ。

           華族制度の復活は否定しないが、元に戻ることはできない。

           まじめに考えていれば、そんな発想は出ないはずだ。

           不真面目なのか、運動のための運動をやっているだけだろう。


       学生:いまの憲法を改正することは、

           占領憲法に正統性を与えることになるので

           社民党や共産党と組んでも阻止する、という見解がありますが。


       先生:憲法無効論は、現行憲法が無効であるという論理だよね。

           無効なものに、どうやって正統性を与えるのだろうか。

           その法理論がよくわからない。

           無効であるということは、そもそも存在していないのであるから、

           正統性など付与できないはずだ。

           彼らが言う講和条約とやらが改正されるだけであるから、

           反日勢力と手を結んでまで阻止する必要性はないはずだ。

           自分たちが主張している法理論も理解していないのではないか。


       学生:現行憲法を改正する以前に、

           この憲法を、憲法として認めるだけで国賊だという見解もあります。


       先生:昭和天皇は昭和52年8月23日、那須の御用邸で

           記者からの現行憲法についての質問に対して

           次のように仰せになったことがあった。


           「第一条ですね。あの条文は日本の国体の精神にあったことでありますから、・・・」


           昭和天皇は、現行憲法を認めるどころか、

           第一条について「日本国体の精神にあったこと」と公言されている。

           もはや私がこれ以上、何も言うことはないだろう。

       ----------------------------------------

       【まとめ】

       憲法無効論は、法理論としては破綻しているが、

       政治論としては理解できるところがある。

       占領中に憲法を改正させられたことは納得がいかない。

       しかも、その内容が平和憲法なる偽善に満ちたものだ。

       あるとき私は、旧皇族の竹田恒泰氏に対して

       次のようなことを口にしたことがあった。


       しかし、理不尽であっても、昭和天皇と共に苦難を乗り越えてきたのであるから、

       現行憲法を受け入れた先人たちの思いを受け止め、

       また新たに乗り越えていくべきではないでしょうか。


       すると竹田氏の表情がすっと変化し、強い口調で

       「ぼくは理不尽ということは断固として認めないです」と仰せになり、

       私は凍り付いた。

       なんと言葉を返していいかわからなくなったのだ。

       自分では占領中に憲法を改正させられたことは理不尽だと思っていたけど、

       そんなことよりも、とにかくただ固まってしまった。


       そのあと、自宅でしばらく考え込んだ。

       そして、身の回りにあった本を手に取り、もう一度、当時の状況を見つめてみた。

       すると、昭和天皇の一つの御製が目にとまった


       うれしくも国の掟のさだまりて

              あけゆく空のごとくもあるかな



       現行憲法施行に際し、お詠みになられたものだ。

       わが国は世界でも唯一の君民一体の国柄である。

       天皇陛下は、ただ国民の安寧だけをお祈りになっておられる。

       現行憲法にある昭和天皇の上諭には、


       朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、

     定まるに至ったことを、深くよろこび、

     枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第73条による

     帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、

     ここにこれを公布せしめる。



       こういったものは無理矢理つくらされたものだと思っていたが、

       いま、昭和天皇は本心から「深くよろこび」とお思いになっていたのではないかと

       畏れ多くも考えるようになった。


       以前に竹田恒泰氏から、天皇陛下の和歌というのは、

       “神々とのつながり”であるという話を聞いた。

       昭和天皇が理不尽と思っておられたのであれば、

       このような御製をお詠みになるはずがない。

       昭和天皇は新しい憲法が制定されたことを、

       和歌によって皇祖皇宗にご報告されたのだ。

       その中身に嘘があるはずがない。

       陛下のお心には常に民のことしかない。

       敗戦により民が飢えている状況は、耐えられないことだったのではないか。

       二千年の歴史・伝統に基づく国体が変更していないのであれば、

       GHQの草案であろうと、何であろうと、使えるものは使って、

       一刻も早く復興に向けて歩んでいきたいとお考えだったのではないかと、

       畏れながら拝察することができる。

       まさに「よころんで」現行憲法を迎えられたのではないか。


       私が竹田氏の言葉に理屈抜きで凍り付いたのは、

       そのお姿に昭和天皇が重なって見えたからではないだろうか。

       理不尽と考えるのは、臣民の理屈である。

       日本は君民一体の国である以上、臣民の理屈だけで考えるのは、

       それもまた国民主権思想の害悪ではないだろうか。

       日本人は天皇と共に苦難を乗り越えて歩んできたのだ。

       その現実を受け入れ、一歩一歩、未来に向けて進んでいくべきではないだろうか。

       本当の意味での保守の精神とは、現実から目を背けるのではなく、

       現実に向き合うことであると考える。






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