戦後日本の夜明け

 


先日参加した久野潤先生が講師を務める歴史勉強塾(れきべん)では

日本国憲法成立過程について詳しく説明されました。

そこで学生さんからこんな質問があった。

 

「憲法を変えようとすることに反対している人の理屈はどういったものなんですか?」

 

素朴な質問にすごく時代の変遷、新鮮さを感じました。

我々の学生時代だと「なぜ憲法を変える必要があるのか」というのが普通でした。

いまの学生さんの感覚は、「なんでこんなもの変えることに反対するのか」

ということに変わってきている。

「なぜ変える必要があるのか」という問題提起も重要ですが、

「なぜ変えるのに反対するのか」という視点は非常に大切で、

そこを考えれば奥深いものにつながっていく。

反対者の中心にあるのは第9条の戦争放棄です。

じゃあなぜ第9条が大事なのか、ということを突き詰めていけば、

そこに思想など何もないことが判明します。

リベラルな思想と平和主義は何の関係もない。

かつて憲法9条が大好きな人は、だいたいソ連が大好きだった。

ソ連は軍事大国で核武装国でした。

リベラル派が平和主義なら、現在の中国にも猛抗議しなければならないはず。

リベラル派が護憲派で親中派というのは、その時点で思想はもう無茶苦茶なのです。

第9条を絶対に守ろうとする人は、自分が何を言っているのかわかっていない人か、

日本の弱体化を都合よく感じている人です。

そんなものでは今後、「9条を守る」という主張を維持することはできないでしょう。

 

戦後すぐは復興を遂げるまで、戦前世代が我慢して黙っていただけ。

その次の世代は、前の世代がわざと黙っていたことを気づかずに、

それを当たり前だとして過ごしてしまった。

その戦後世代が世の中の中枢を占めはじめるのが昭和時代の終盤。

日教組の反日教育もそのあたりがピークとなります。

その後に戦後の自虐史観が崩壊し、

今の若者たちは自虐史観が崩壊しだしたあとに生まれているので、

単なる戦後世代とは異なる。

彼らには戦後体制や自虐史観に対して、素朴に疑問を持つ感覚が芽生えているのです。

そして、世界最古の歴史・伝統に基づく日本という祖国について、

素直に誇りを感じることのできる世代となります。

 

現在は、依然としていわゆる戦後世代によって官僚、マスコミ、教育機関という

世の中の中枢を握られていますが、

近いうちにその足下から覆っていくことになるでしょう。

 

そのときにどうやって次の世代の基軸を確立していくかが課題となりますが、

素晴らしいことに日本には皇室があります。

万世一系の皇統を中心に日本における時間の縦軸、日本の背骨を認識し、

そこを基軸に世の中のことを考えていけば、

大きな失敗をすることなく、安定した国づくりを続けていくことができます。

戦後日本の夜明けはもう、すぐ目の前にまで迫っていると考えることができるでしょう。






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