中世都市国家のかたちを今に継承しているイタリア諸都市では、 都市社会の中心性を象徴する市庁舎(政治)、 広場(市民)、 教会(精神文化)のワンセットが集まる場所がチェントロである。 イギリスの近代都市では、 インナーシティの衰退が進んでも、 政治・金融・サービス・消費の中心性を担うタウンセンターが、 その場所の意味を持続させ、 都市再生のよりどころとなっている。 チェントロも、 タウンセンターも、 その都市に生きる人、 都市を訪れる人の誰もに共通して、 「ここが都心だ!」と了解できる都市の中心となっている場所である。
それでは、 日本の都市ではどうであろうか。 「大阪の都心はどこ?」と聞かれて、 誰もが共通して「都心」と認識している場所があるのだろうか。 都心=CBD(中心業務地区)や、 都心・盛り場論、 歴史的市街地の中心性など、 これまでも、 いろいろな都心論があった。 これらに共通していることは、 都心を特徴づける場所のかたちや機能があるというよりも、 何らかのアクティビティが高度に集積している状況でしかない。
都心は、 様々なアクティビティの集積密度が高いところであり、 常に盛衰を繰り返しながらも、 それぞれの時代の新しい都市活動を創造し続けることで、 その都市性と求心力を持続し、 都市を成立させる力を持っているところと考えてみよう。
しかし、 よく見ると、 古いビルやマンションのなかに、 新しい店やこれまでの業種分類にあてはまらないような仕事場が入り込んできている。 郊外住宅地の核家族を基本とする暮らしとも、 伝統的なまちなかの職住一体の暮らしとも異なる、 しなやかなライフスタイルがでてきている。 こうした新しい仕事やライフスタイルは、 まだまだ小さな変化ではあるが、 街の元気となって既存の集積へ働きかける。
この街の元気を生み出す〈街の遺伝子〉とでもいうべきものがあるのではないだろうか。 それは、 都市が生き続けていくための新たな営み(アクティビティ)を創造するという情報を伝える遺伝子であり、 その表現形は、 ときどきの社会経済や文化環境の作用によって進化してきたといえる。
盛り場の営みのように、 常に空間や場のかたちを変えても、 長い時間変化しない営みがある。 また、 いろいろな仕事のように、 既存の空間の中に入り込めるが、 常に流動し、 変化する営みもある。
街の遺伝子が活性している魅力ある環境とは、 どのようなところなのだろうか。 今、 大阪の都心で「元気だ」と言われている新しい仕事や生活が入り込んでいる場所やまちなかの空間には、 共通した特性はあるのだろうか。
古びてはいるが、 しっかりデザインされた歴史のある近代建築、 ちょっと前までの街の元気を担っていた営みが抜けだし、 そのあとに割安感のある空間を提供しているところ、 マンションや小規模オフィスビルにみられるような、 住戸やフロアの独立性が確保され、 その利用の自由度が高い空間、 便利ではあるが既存の業務商業集積の外縁部にあるため、 多様な居住と仕事が混在している場所などで、 新しい営みが創造されつつある。
それらに見られる場所の特性は、 多様な仕事の共存、 場所の歴史やアイデンティティ、 自由ではあるが地域の中でのつながりを求める都市コミュニティ、 流動しつつも賑わいの集まるところ、 歩くことが似合うところ…。
今、 元気のある場所から、 街の遺伝子が活性する環境のあり方が見つかりそうだ。 しかし、 こうやってみてみると、 それらは必ずしも空間や建物のかたちの問題だけではないように見える。 それでは、 〈街の遺伝子〉が生きる都心の環境デザインとは何なのだろう。
少子高齢化や産業構造の転換、 情報社会など、 世の中の大きな変化のなかで、 船場では、 人も仕事もスカスカになりつつあるようだ。 しかし、 この社会的変化はまた、 新しい仕事や暮らしを生みだしてもいる。 スカスカになった都心空間を再編するとき、 空いたところをむやみに埋めようとせず、 街の遺伝子が活性する環境づくりを考えてみたい。 それは、 既存の都市空間や建築空間を使いこなしながら、 職・住・遊の立地選択の組み替えを受け止め、 新たな都心のかたちを求めていくプロセスのデザインかもしれない。 そのとき環境デザインは何をめざすのか?
フォーラム主旨
〈街の遺伝子〉が生きる都心
大阪大学 小浦久子
都心とは……
「都心」とは? なかなか難しい問いである。
〈街の遺伝子〉
大阪では、 今、 歴史的市街地である船場の再生が問題になっている。 近代都市をめざして、 新しい産業を興し、 業務商業機能を集積させていく過程で、 大規模なオフィスビルの並ぶ御堂筋が生まれた。 都市文化をつくってきた様々な仕事や広域的情報機能をもった問屋集積が支えてきたかつての町人地は、 オフィス街に変わった。 そして豊かな暮らしの文化が船場から消えていった。 にもかかわらず、 今、 船場で、 この近代の元気を支えてきた業務商業機能が縮小しはじめ、 その都市を成立させる力が落ちてきているといわれる。 確かに、 ビルの空室率が高く、 空き地や駐車場がまちなかに増えている。
〈街の遺伝子〉が生きる都心環境
街の元気は、 何もこれまであったものをスクラップにして新たに再開発するところに現れるわけではない。 まちなかに住み続けている人は、 その仕事や暮らしのなかに創造の遺伝情報をもっているのかもしれない。 新しくやってくる人は、 街の遺伝子が潜在している場所をかぎわけているのではないだろうか。
都心の環境デザインとは?
これまでのようにスクラップアンドビルドによって、 まちとは無関係にデザインされた開発の挿入や、 空間の量的な拡大を図ることが、 必ずしも街の元気につながらない。 今ある空間資源を読み直し、 多様な使い方の選択肢をマネジメントすることが、 街の遺伝子を活性させるだろうか。
小浦久子(こうら ひさこ)
大阪大学大学院工学研究科助教授。民間建設コンサルタント勤務等を経て、1992年大阪大学工学部助手、98年より現職。工学博士。技術士(都市及び地方計画)。専門分野は、都市計画、環境デザイン。大阪の多くの都市開発プロジェクトの計画や都市計画の調査にも携わってきた。
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