かたちと関係の風景デザイン
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セッションから

ケツの穴に口紅

建築家 竹山 聖

 

 「ケツの穴に口紅を塗るような真似は止めろ」

 早稲田でも教鞭をとり、 切れ味鋭い建築で知られる建築家の鈴木了二さんが、 かつて勤めていた建設会社で設計をした建物の現場に設計監理に行って、 現場監督からどやされた言葉として伝えられているのが上の文句です。 すごいですね。 現場監督もすごいなら、 この言葉で切れて会社を辞めてしまった鈴木了二さんもすごい。

 どうも事情はこういうことのようです。 なんでもビルの裏側であまり見えないところだったのですが、 そこは鈴木了二さん、 まだ若かったせいもあって一生懸命図面を描き、 窓の周りに石で枠をデザインした。 それが現場では、 なんでこんな無駄なことするんだ、 と反発を買ってしまった。 それ以上の詳しい話はぼくも知りませんし、 石は高いですから、 現場の論理もわからないではない。 ですからあるいは本当に無駄なこと、 だったのかもしれません。

 しかし建築でもなんでも、 なにが本当に重要で、 なにが無駄なのかはさまざまな観点から評価が分かれる。 それに優先順位をつけるのが設計という仕事だと、 ぼくは思っています。 いわば価値観の集大成。

 日本の街並みでまずヨーロッパと一番違うのは、 道路に対して「ケツ」を向けていることです。 見苦しい部分を平気で向けて恥じるところがない。 この見苦しいと感じるかどうかも人それぞれで、 一概に言えないところが辛いところなのですが、 まず大きく違うのがこのあたりの節度、 美意識でしょう。 ヨーロッパの街の建築は、 道路には必ず「顔」を向けている。 この「顔」をファサードといいます。 ファサードというのは一番重要なエレベーション、 つまり立面、 いわば建物の正面のことです。 普通道路に面した面を言います。

 例えばボローニャのカテドラルは、 行ってみるとわかりますが、 煉瓦が積まれたまま露出した姿でおいてある。 これは、 ファサードが未完成なのです。 顔に化粧が施されていない状態です。 ルネサンスを代表する建築家アルベルティは、 そのファサード形成術によって歴史に名を刻んだのですが、 多くの彼の作品はファサードに全精力が注がれています。 クラシシズムをシンプルな形にして、 装飾的要素を排し、 原理的かつ大胆な構成を確立して、 後世のクラシシズムの規範を打ちたてたアンドレア・パッラディオも、 ファサードに腐心しました。 ファサードには幾多の建築家の精魂が込められています。 あえて言うなら、 西洋の建築はファサードの歴史だという見方も可能でしょう。 ヨーロッパの様式の変遷、 つまりロマネスク、 ゴシック、 ルネサンス、 バロック、 ネオクラシシズム、 などはファサードを見ればわかります。 ファサードの革新が新しい様式を開いてきた。

 街路は基本的に都市のパブリックなインテリア空間ですから、 ここに顔を向けて対話するのが都市の建築の流儀でした。 だから集合住宅も街路に対してどのような顔を見せるかがその住宅の価値を決定した。 だからこそ「装飾は罪だ」と宣言したウィーンの建築家アドルフ・ロースが、 まるで排水溝のふたのようなただグリッドを起こしただけのシンプルなファサードを作ったとき、 ウィーンの町に喧喧諤諤の議論をもたらしたのでした。 いまは近代建築を開いた代表的な建物のひとつに数えられていますが、 それほど建築の「顔つき」には皆うるさかった。

 ところが日本には建築に顔を作るという伝統がありません。 日本の建築は顔を持たない。 特に街路に面しているのは塀ですし、 あるいは生垣の向こうに垣間見えるか見えないかというのが日本建築のありようですから、 街路に面して顔を作るなどという伝統も発想もがなかった。 街道筋の宿場町や京都の町家など、 商業的な建物に少し意識がうかがわれる程度です。 だからなんだと思いますが、 日本は都市化が進んで街路に直接建物が面するようになっても、 平気でケツを向けてきた。

 ケツとは何か。 例えば屋外廊下であり屋外階段であり、 洗濯物や布団を干すベランダ、 バルコニーです。 とりわけ集合住宅においてそれは顕著です。 南向きに対する圧倒的な好みがあるとされているので、 北側が道路だとなおさら殺風景な屋外廊下、 屋外階段が並びます。

 これをケツと自覚しない日本人も多くいます。 自動販売機がロビーに並んでいたって不細工じゃないと思うくらいですから。 電信柱が並んで電線がぶら下がっていようと気にもならない。 パンツをはかないで人前に出たって、 サルは恥ずかしくありません。 井上章一さんの近著、 『パンツが見える』では中国でパンツが見えて恥ずかしいと感じる女性は最近まで少なかった。 日本でもつい50年程前までは同様だったそうです。 つまり「たかがパンツごときでときめく男はいなかった」。 パンツをはくのもパンツが見えて恥ずかしく思うのも、 自然の感情でなく、 文化のなせる技だそうです。 なにしろ「明治末期には東京でも往来で立小便をしている女性はいくらもいた」(同書より)くらいですから。 だから自動販売機も電線も屋外階段も屋外廊下も、 文化に毒された感性の問題です。 自然のままで何にも恥ずかしくなんかないはずなんですから。 あるものはある。 隠すほうが不自然だ。 うーん、 なるほど。

 「これは日本の伝統とつながっています」。

 研究室のフランスから来た留学生が、 この屋外廊下、 屋外階段を取り上げて発表したときのことばです。

 「どうして、 どこが伝統なの?」。

 ぼくは尋ねました。

 「路地に面した長屋は外から直接入ります。 つまり道から直接入る。 パリでは道から直接入る家はありません。 必ずいったん共同のゲートをくぐり、 たとえば中庭のようなコモン・スペースを経由して、 屋内の階段と廊下で家までたどり着きます。 日本にはコモン・スペースを嫌う伝統があるんじゃないでしょうか。 外から直接入るのを好み、 一緒に暮らすという感覚を持ちたくないという」。

 なるほど。 一理あるかもしれない。 もともと日本には集合住宅の伝統はなく、 あってもせいぜい長屋で、 彼女の言うとおり道路から直接入る。 コモン・スペースを嫌う伝統があるのではなくて、 コモン・スペースということがぴんとこないだけなんだ、 とも思いましたが、 彼女の言うとおりのような気もする。 あの殺風景な屋外廊下と屋外階段が日本の住空間の伝統だとしたら、 と思っただけで背筋に寒気が走りました。

 それが日本人の愛する自然です、 と彼女に言われたような気も、 しました。

 外気に面する、 風通しをよくする。 これは日本の伝統的な考え方といっていいでしょう。 『徒然草』にも、 家は夏を旨とすべし、 と書いてある。 しかしそれがそのまま屋外階段、 屋外廊下につながるとは思わなかった。 長屋を積んだらそのまま日本の集合住宅になるではありませんか。 彼女の顔が笑っています。

 屋外階段や廊下が自然かどうか、 日本の伝統につながっているかどうか。 この観点には議論の余地があるでしょう。 でもフランス人の彼女にとって、 とっても違和感があって面白かったのも確かなのです。 恥じらいのあり方は文化によって違うにせよ、 日本人てすごい、 平気でプライヴァシーでもパンツでも見せちゃって平気なんだ。

 実は屋外階段や屋外廊下の出自は、 もう少し別のところにあります。 日本では都市の建築の規制の基本的なやり方は、 面積を決めることです。 つまりこれ以上は作ることができませんよ、 と最大許容床面積を決める。 これを容積率といいます。 屋外階段や屋外廊下の面積はこの容積率に算入されないのです。 限られた全体面積の中から最大限売れる面積を、 あるいは貸せる面積を捻出するのがディヴェロッパーの方針です。 だからすべてが屋外になってしまいます。 街路にケツを見せても仕方があるまい、 となってしまうわけです。 ちなみに機械室もみんな屋上へ持っていくのは、 それがやはり容積率で決まる許容面積に算入されないからです。 そこで日本の街並みは、 下着姿のような屋外階段屋外廊下と、 露出した受水槽、 キュービクル、 空調の屋外機で溢れかえることになる、 というわけです。

 法律が街並みを決める、 というのはこういうことです。 これにせめて化粧をしよう、 口紅を塗ろうとすると、 無駄なことはするな、 それこそケツの穴に口紅を塗るようなまねはよせ、 とこうなる。 比喩が下品ですみません。 でもぼくもケツの穴に塗ることはないと思いますが、 そして行きがかり上ケツのたとえで来てしまいましたが、 実はケツではないですね。 パンツや下着のたとえもどうでしょうか。 恥ずかしいかどうかも文化の問題のようですし。 ともかく見せようとしているのではないのですが、 見えてしまう部分のことです。

 ところが日本の場合、 屋外廊下を整ったファサードにしようとすると、 壁面の開放率という規定が邪魔をします。 消防法では三分の一の開放率で屋外廊下と認めてもらえます。 ところが二分の一を開放しなければ床面積に算入されてしまいます。 容積率に算入されてしまいます。 手すり部分をいくら開放的にしてもそれは開放率に入れませんよ、 手すりの上だけで全体の二分の一とってください、 などという役所もありますから、 パンツのはかせようもない。 結局ほとんどケツはケツのまんまにとどめおかれる。 パンツをはいちゃあいけない。

 これが廊下のほうじゃなくて各住戸の面する表のほうならまだいいかというと、 当然こちらもバルコニーが回って、 生活をゆかしく見せる窓など出てくる余地はない。 布団なんかがバンバン干される。 いいじゃないの生活感があって。 ぼくも大学の頃、 布団を干させないための工夫を語る先生の話に、 首をひねったほうでした。 まだジャングル少年だったんですね、 ナイフとフォークの使い方も知らない。 知ってどうなるって話もありますが。 箸でいいだろ日本人は。 なるほど日本の伝統と結びついているのかもしれない。 その先生はどうしても布団干しが止まないので、 ついに、 大きな柄の鮮やかな色の布団をきちんと歪みのないように干してください、 とお願いしたとか。 うーん、 今にして思えば、 いっぱい食わされたかな。 なにしろユーモアの達人、 上田篤先生でしたから。

 そもそもだいたいが街路、 つまり都市のインテリアという概念すら日本にはあまりなくて、 ただの通過動線たる道路に過ぎないのですから、 道を歩いていても何にも面白くない。 だからどこを歩いても人の排泄物やら反吐の前を見て見ぬふりをして通り過ぎる心休まらぬ道行きとなる。 かつてのように小さなスケールの小道を辿る分にはちりちりと風鈴の音の一つもしてアレ下着が干してあるワイ、 と風流風情の風景だったかもしれません。 しかし近代都市計画の大規模集合住宅団地で、 風流も風情も失せてしまった挙句の生活感露出大会じゃあ、 日照りの夏はおろおろ歩いてお天道さんにも顔向けできないってもんです。 なにしろスケールが大きすぎる。 こまやかな牛若丸でなくって弁慶方式。 ご存知ですか?幅4メートルに満たないと法的には道路と見なされないのですよ。 風情のある小道もどんどん消されていきます。

 つまりは殺風景か暑苦しいか恥ずかしいか。 広い道路に慣れていない日本人には、 街路景観などという頭がない。 井戸端会議や「ここだけの話」の根回し腹芸でしか言葉を鍛えてこなかったから、 公衆の面前で堂々かつ闊達に語りかける言葉を、 日本語はもたないのです。 街並みも同様。 道に面するところにはせめて顔を作ること。 ケツは隠すこと。 より気持ちのいい空間にしていくこと。 容積率算定方法も見直すこと。 防災に配慮するのは当然ながら、 小さなスケールの道の良さも認めていくこと。 こういったことをやはり行政や公共的なディヴェロッパーが率先しておこなっていかなければ、 日本の街並みは悲惨な状況の加速されるままに、 誰も愛着を持たない町が出来上がっていくばかりでしょう。

(竹山聖著『独身者の住まい』
廣済堂出版、 2002より)
     
     竹山 聖 たけやませい。
     1954年大阪生まれ。 京都大学を卒業後、 東京大学大学院に進学。 博士課程修了。 大学時代から活発な設計、 批評活動を展開。 79年設計組織アモルフ創設。 92年より京都大学助教授。 古代都市遺跡を訪れ、 都市発生を探求。 1996年ミラノトリエンナーレ参加。 パリ、 バレンシア大学でも教える。
 
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