フォーラムに向けて
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

問題提起

都市環境デザインのファッションとモード

武庫川女子大学 角野幸博

 

都市環境デザインの意識と無意識

 まちづくりは百年の計である、 といわれる。 だから都市環境デザインに携わる者の多くは、 自分たちが計画する物が一過性のものとは思っていない。 百年いや千年も存在しつづけることを夢想してデザインをおこなう。

 その一方で、 都市環境デザインも他のデザインプロダクトと同様、 その時々の社会的ニーズ、 技術革新、 デザイン界の動向などに敏感に反応する。 永続性を意識しながら、 無意識のうちに同時代の空気を感じ取ったデザインが街にあふれる。 服飾・雑貨のデザインと同じように、 都市環境デザインにもファッションとしての側面がある。

 もちろん、 うつりゆくスピードつまり寿命は衣服よりも建築や土木構造物の方がケタ違いに長い。 だから、 もしも時代の空気を感じ取りながらデザインが変化しているとすれば、 街の中には様々なデザインのものが混在することになる。 なかには、 永続性の意識とはうらはらにすぐに取り壊されるものや、 次の時代を先導するつもりがまったく影響力をもたずに時代の仇花に終わるものもある。 その一方で、 時代遅れになりながらも何らかの理由で街なかに残ってしまったものが、 文化財として保存対象になることもあるだろう。

 永続性を意識しながらも無意識のうちに流行を追うことの矛盾を、 どう調整すればよいのだろうか。


ファッションについて

 ファッションは、 時代の最先端にありながら移ろいゆくもの、 絶えず変化しつづけるものと理解される。 アパレル業界ではこの変化を先導しつづけることがビジネスチャンスになる。 しかし環境デザインの関係者のなかには、 軽佻浮薄でチャラチャラしたものだからといって、 時代に迎合したものをあまり積極的に評価しようとしない人も多い。 本当にそれですむのだろうか?
 ファッションの本質については、 すでに研究者達の間で様々な議論がかわされている。 たとえば、 「大衆が消費を楽しむような環境を整えた時、 ファッションは自己表現となり自分を他人から差別化し優越感を示す手段となっている」という主張がある。 ファッションには差別化や階層化への志向があるがゆえに、 個々のファッションはすぐに模倣され、 短命になりがちである。 また新しいファッションは、 伝統的なデザインをモチーフにして生み出されることもある。 過去のトレンドと現在のニーズを読み取りながら、 誰かが「仕掛ける」ことも可能になる。


モードについて

 ファッションと類似の言葉にモードがある。 アパレル関係者はほぼ同様の意味で使う。 辞書をみるとモード=ファッションという説明すらある。 しかしモードには、 他に「様式」や「最頻値」という意味もある。

 様式というと、 確立されたデザインスタイルを思い浮かべる。 ヨーロッパの建築を例にとると、 クラシック、 ルネサンス、 バロック、 ロココ、 ゴシックなどの様式が思い浮かぶ。 チューダー、 ビクトリアン、 ジョージアンといえば、 イギリスではごく普通の主婦でもその違いを説明できる。 天竺様、 唐様というと日本の鎌倉時代の寺院建築の様式である。

 様式化したデザインも、 その当初は新奇あるいは珍奇なものであったかもしれない。 それが一定期間存続した時、 様式として認められるのだろうか。 いったん確立された様式は、 模倣されたり、 時代や地域を越えてレファレンスされて新しいファッションとして再生することもある。

 ファッション(流行)とモード(様式)とは対立図式ではなく連続性をもつものとしてとらえられ、 その相互関係を理解すべきである。 ちなみにフランス語のmodeは、 女性名詞の場合は流行を、 男性名詞の場合は様式を意味し、 はからずもモードの二面性と連続性を示している。


都市環境デザインのファッションとモード

 前置きが長くなってしまった。 都市環境のデザインを、 ファッション(流行)とモード(様式)という視点でとらえてみるのが、 今回のフォーラムの目的である。

 都市環境デザインの歴史は浅い。 少なくともこの言葉が使われるようになってから、 まだ数十年しか経っていない。 モードとして昇華するには時間が短すぎるかもしれない。 しかし、 今までの様々な試みの、 どの部分が様式として次の時代に受け継がれるのか、 何がファッションとして一世を風靡し、 また消費されようとしているのかを考えてみたい。

 その一方で、 モードともファッションとも定義できないアノニマスな諸物が、 じっさいの街のなかにはあふれている。 無名だけれども市民に支持されているごく普通の建売住宅のようなデザインを、 どう理解すればよいのだろうか。 モードには最頻値という意味があることも忘れてはならない。 さらに、 デザインとは一見無縁の、 無作法で醜いモノの集積が作り出す都市風景は、 都市環境デザインの対象にはならないのだろうか。

 また一部の生活者の中には、 提案されたものを次々と消費するのに飽きて、 自らの生活実感を頼りにして伝統的なモノや手作りのモノにこだわる動きもある(これも流行といえばそれまでだが)。

 このような状況に対して、 プランナーやデザイナーは無関心ではいられないはずだ。 自分たちの行為をどう位置付ければよいのだろうか。


ファッションとモードの見取り図

 ファッションとモードとの関係を理解するための補助線を用意してみよう(図参照)。  意識、 無意識の別なく、 いったんデザインされたモノは、 ある瞬間この世に存在する。 それがまったく支持されなければすぐに消滅する。 一定期間この世に存在するなかで、 特定の集団に支持され、 それが他の集団との差別感や優越感を生み出すと、 他からもこれを支持する層が現れ、 その数が一気に増えた時流行現象をひきおこす。 これがファッション化である。

 

画像014
流行(ファッション)と様式(モード)の見取図
 
 これがいずれ飽きられてすたれる場合と、 なんらかの形で存続する場合とがある。 存続のひとつの道筋は、 普通のモノとしてバナキュラー化すること。 もうひとつは定番商品として認められ、 一定の地位を得ること。 当面はあるデザイナーの手法やスタイルにすぎないが、 時間の経過とともに様式化する。 いったん様式の地位を得ると、 時代や地域を越えて採用されたり、 時にはこれをモチーフにして新たな流行が生み出される。

 以上のような進化または変化の図式を参考にしながら、 都市環境デザインを語ってみることはできないか。 現実の都市空間には、 いろんな段階のものが混在する。 不変の基盤(不易)があってその上に移ろいゆくもの(流行)が時代やニーズに合わせて出現しているともとらえられる。

 われわれは何を目指して、 どのような時間軸のなかで都市環境デザインに関わるべきなのか。 都市の個性が取りざたされるなか、 特定の地区と特定のモードとは対応させられるのか。 都市空間を構成する要素の寿命の差をどう理解すればよいのか。 デザインすることから逃れて、 流行のカクレミノに収まってはいないのか。 疑問は山ほどある。

 今回のフォーラムでは、 植栽、 素材、 環境照明、 盛り場を事例に、 そのデザインの変遷を紹介いただくなかから、 専門家としてのスタンスの取り方を議論してみたい。

 現実の都市空間では次々と新しい素材や技術開発がすすみ、 予測不能な現象が続発している。 議論が混乱するおそれは十分にある。 しかしこれを相手にするわれわれにとって、 今までとは異なる図式で都市環境デザインをとらえなおしてみることは、 そう無駄ではないはずだ。

角野幸博 (かどのゆきひろ)
1955年、 京都府舞鶴市生まれ。 京都大学工学部卒、 大阪大学大学院博士課程修了。 工学博士。 広告代理店勤務などののち、 武庫川女子大学生活環境学部教授、 同生活美学研究所教授。 専門は都市計画、 住環境計画。 都心の盛り場や郊外住宅地の盛衰に深く興味をもち、 多くの調査や計画提案を行なう。 主な著書に、 「郊外の二〇世紀」「近代日本の郊外住宅地」「大阪の表現力」など。

左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見はJUDI

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ
学芸出版社ホームページへ