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緑のファッションと自然にならうモード

 

 

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ファッションとしての緑
 
 緑のファッションは「憧憬」「模倣」「珍奇性」「話題性」「機能性」に支えられているのではないのかと思います。 憧憬とは、 主に明治の頃、 「あんなきれいな花が咲くのなら一度自分の近くにもってみたい」と外国の植物に憧れることです。 模倣とは、 イングリッシュガーデンなどのデザインを真似るということです。 珍奇性とは、 花博の時に展示された面白い形態をもつラフネシアや黒いユリのような物珍しさです。 ハーブなどは話題性に支えられていたと言えます。 機能性とは、 街路樹などのようにストレスがかかる環境で植栽せざるを得ない場合に、 機能を満足させる特定の植物の輸入などでデザインが徐々に洗練されてくるということです。


自然にならうモード

 緑のファッションの対極に自然があるのだと思います。 そしてその自然とは「発見の宝庫」ではないかと考えました。

 自然の価値を発見するにはいくつかの段階があります。 第一段階は出生地の自然に価値を置く段階です。 例えば、 セントラルパークはイギリスの田園地域に価値を置き、 その田園環境を都市部に回帰させたといわれています。

 第二段階は、 ヨーロッパでよくいわれている、 観念の自然をつくりだす段階です。 例えば、 イギリス庭園にあえてローマの廃墟のイメージを添加して観念的な自然をつくろうとします。

 第三段階は、 狩猟文化に関係するといわれていますが、 もともと生産的な労働の対象であった森林や農地に対して新しい自然の価値、 新しい美の価値を生み出していく段階です。

 このような段階をひとつずつステップアップしていく、 つまり、 自然環境の中には色々な新しい発見の宝庫が含まれているのではないかと考えています。 例えば、 わたしたちは今、 瀬戸内海や上高地を美しいと評価していますが、 元々そのような美を日本人が認めていたわけではありません。 明治以降、 あるいはそれ以前の外国人からその美しさを指摘され美を発見してきたものなのです。 それと同様に、 我々は今何を美しいと考えるべきなのか、 自然の中から発見していくとことがあるのではないかと思います。

 

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ファッションvs自然にならうモード
 
 つまり、 緑のモードとは、 新しい価値に支えられた、 自然の中に見出されるものなのではないでしょうか。 先ほどの宮沢さんの話と概念的にはよく似ていますが、 普遍的な美や価値のもとに、 発見される美や新しい価値が多様に存在し、 複合的に連携している。 それらに支えられているものが、 モードとしての緑なのではないか。 つまり、 ファッションとしての緑と対極の概念として、 自然にならうモードというものがあるのではないかと思います。

 たえず次の第四の段階を模索するために緑、 自然を考えていくことが大事だと思います。 鷲田先生の話の最後に「この世の外ならどこへでも」とありましたが、 外の世界へ行くきっかけが自然環境の中には残されているのかもしれません。 また、 自然環境の中に発見されるものを大切にしていく必要があるのだと思います。

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