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余白のデザイン

無有建築工房 竹原義二

 

 建築はゼロからの出発である。しかしそこには地形や気候、風土といった自然や自然の中で培われた場の力というものが存在する。「無」から「有」を生み出す行為は、何もない場所に、モノとモノがぶつかり合い、人の手の痕跡が刻まれながら、全ての力が結集することでカタチをもっていく。時間の中で脈絡をもった場の力をそこに再現することから建築が始まる。

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 限られた敷地に住まいを構える上で重要に感じられるのは「建築」と「余白」の関係である。敷地境界線によって他者との関係を線引きすると、建築は塀という砦を設け、境界の限界まで建ち、町を埋め尽くしてしまうであろう。「余白」とはそれ自体意味をもたない空間であるが、それだけに様々な出来事が始まる可能性に満ちた空間である。場の脈絡を読み取り、建築の中、そして周囲にとられた「余白」、そして「余白のデザイン」が、家族の関係、町との関係をつくるのである。日本人は長い歴史の中で、有限の空間の中に「余白」を設け、そこに繊細なしつらえを生み出し、見えない約束事を潜ませ、「線」ではなく「間(ま)」という概念を介し、自然や他者との関係を繋ぎとめ、住空間に無限の拡がりを描いてきた。そこには美しいプロポーション、美しい表情、美しい作法といった日本人独自の「美意識」があった。

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 「間」は客間や広間というように空間的な概念、昼間や晴れ間というように時間的概念、そして仲間のように人間関係を指し示す概念を含んでいる。すなわち空間・時間・人間が不可分の関係にあり、ひとつの「間」として認識されてきたのである。

 たとえば来客時には石敷きに水を打ってもてなす。路地は幾度も折れ曲がり、「透かし」たり「ズレ」たりしながら奥が見え隠れし、石の敷き方や目線の位置の変化によって時々立ち止まらせる。すると流動性や定律の中に「間」が生まれ、人はゆっくりと誘われるのである。そしてひとつの敷地の中でも主屋と離れのように棟と棟が庭を介して「間」をもち、生活行為や時に応じた機能によって互いの関係を明確に分かちながら、空や木々といった同じ自然を介して共に意識される間合いの中で生活していた。また、外部空間を軒内まで引き込み、下足のまま入れる「土間」によって、他者の出入りを受け入れていた。しかし生活空間へと踏み入れる手前には、上がり框の高さや敷居といった結界を構え、境界を示していたのである。境界に介在する格子や明かり障子、欄間のように「透かす」ことで見え隠れする設えは、互いの気配を感じさせながら、そこには他者の領域には立ち入らないという配慮が存在した。曖昧で不明瞭な境界は、こうしたしつらえを印に、他者との「間合い」をはかってきたのである。

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 特に日本の空間は常に外界への方向性が強く意識される。それは座敷という空間が庭と対になってつくられ、方位によって庭と建物の関係が巧みに配され、玄関や床の間、畳の方向が決定づけられていることに見てとれる。外に対して内を明確な壁で囲い込む西洋の建築に対し、内と外を軒、縁、建具といった曖昧な要素によって関係づけてきた日本の建築。日本の建築は内と外の間に介在する空間や、内とも外ともつかない曖昧な空間によって、生活を自然の中に晒していくことができた。縁はその巾や奥行き、床と地面とのレベル差や、床仕上げの方向性、さらに板戸、障子などのように重層する建具の開閉によって、内外が融通無碍に変化する中間領域を生み出してきた。そして日本の床と屋根は、四季を巡って、雨や台風、強い陽射しや湿度を調整しながら、地面や空との関係を結んできた。これらは全て「間合い」のデザインといえよう。建具と床と屋根の操作によって生まれた縁や土間、通り庭、あるいは軒下空間や渡り廊下は、空間の廻遊性と同時に内外の連続性をもたらしたのである。

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 こうした自然との闘いと恵みの中で築き上げられた日本の建築の有り様=デザインは現代の私たちの身体に記憶として刻まれている。空から降り注ぎ移ろいゆく光と影、青空と曇り空を繰り返し雨や西陽に晒された地面と屋根、時に荒れ狂い、時に穏やかに、私たちを包み込む自然は、建築の中に新たなシーンを生みだす。それぞれが適度な間合いをはかりながら、空や木々といった同じ自然を介して人と人の意識を紡ぎ、日常の中から何かが始まり出すのである。

     
     竹原義二(たけはら よしじ)。
     無有建築工房、建築家、大阪市立大学大学院生活科学研究科教授。1948年徳島県生まれ、1971年大阪工業大学短期大学部建築学科卒業後、大阪市立大学富樫研究室を経て、石井修/美建・設計事務所勤務。1978年無有建築工房設立。2000年より大阪市立大学大学院生活科学研究科教授。主な受賞歴:「延命湯」で84年渡辺節賞、「吉見ノ里の家」で91年大阪建築コンクール大阪府知事賞、「鴻ノ巣の家」で96年村野藤吾賞、「宝山町の家・山坂の家・広陵町の家」で97年第4回関西建築家大賞、「土と陶の工房美乃里」で99年通産省グッドデザイン賞・第17回日本建築士会連合会賞優秀賞、「海椿葉山」で00年JCDデザイン賞優秀賞・02年第18回日本建築士会連合会賞優秀賞・03年第12回甍賞経済産業大臣賞、「箱作の家」で03年大阪建築コンクール大阪府知事賞、「101番目の家」で03年日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞・04年第一回木の建築賞・日本建築学会作品選奨、「額田の家」で05年第37回中部建築賞受賞。
 
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