フォーラムに向けて
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

 

地域性と伝統性を継承する美しいまちづくりと
デザイナーの仕事

辻本智子環境デザイン研究所 辻本智子

 

地域の自然とそこで生活する人々の生き様が景観を創っていた。

 江戸末期、日々に政情が不安定になってきていた時代、江戸の町には美しい庭を持つ大名屋敷や花の名所があり、庶民が生活する町屋のあちこちには花鉢が置かれ、江戸は独自の花文化を持つガーデンシティであった。四季の変化を大切にし、自然と共生する江戸の人々は、花への興味だけでなく、花を愛でるシーンづくり、器、しつらえといったインテリアをはじめ道具、服装、読み物と興味に広がりを見せ、そのライフスタイルが個性的で美しい江戸の町の景観を創り上げていた。

 イギリスのプランツハンター、ロバートフォーチュンは「日本人の国民性の著しい特色は下級階級でも生来の花好きであることであると言うことだ。始終好きな植物を育てて無常の楽しみとしている。もし花を愛する国民性が人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、この国の国民は世界で一番文化が高い国民であろう」と書いている。

 この時代、江戸は世界一の人口であったが、ロンドンとは比較にならないほど美しく、清潔で循環型ライフスタイルを守る、緑豊かなガーデンシティであったと言われる。これは江戸の町に限ったことではなかった。江戸時代は各藩が固有の教育、文化を創り上げ、その地の自然を生かした特産物・工芸品も創られていた。もちろん園芸文化も同様であった。

 この緑あふれる美しい町と自然と共生したライフスタイルが、黒船がやって来ても平和的開国を可能にしたとも言われる。実は、ペリーは軍人であったがシーボルトが書いたフローラ・ジャポニカ等の書物を読んでいた。日本に開国を迫ろうした時、シーボルトからペリーに手紙が来た。「日本に対して攻撃的開国はやめてもらいたい。この国の人々の暮らしのすばらしさ、繊細さが生み出す文化のすばらしさを暴力的な形で潰してはいけない」と言った内容であったそうだ。シーボルトは日本から2000以上の植物を持ち帰った人だけど、持ち帰ったのはそれだけではない、手鏡や調度品、多くの日本の工芸品も持ち帰ったほど日本文化が好きだ。また、それ以上に彼の研究を助けてくれ、彼を慕う多くの心優しい日本人を大切に思っていた。日本を愛したシーボルトが日本の平和的開国の手助けをしただけでなく、彼の息子までが明治憲法を作るのに多大な協力をしたと言われている。

 景観は地域の自然とそこで生活する人々の生き様が長い間の時間をかけて創り上げるものだ。つまり、美しい国は、そこで生活する人々の共生のライフスタイル=生き様が美しいともいえる。

 無くしてはいけないほど美しい風景とライフスタイルを持つ国なら、武器を持たずとも世界がその国を攻めることもなく、守ってくれるということだ。

画像0a201 画像0a202
 

経済性重視のまちづくりがもたらした物

 長い鎖国の時代から急展開に開国した日本。器用な日本人は西洋の真似が進歩と、急速に西洋化する。明治以降、特に戦後、経済性を重視してきた日本は効率と合理性を求め、町を変化させた。町づくりは地域の自然や歴史を無視してパターン化した形ですすめられた。自然と共生した形で作られた家や町は、自然を征服する形で作られるようになった。

 いつの間にか「もったいない=古いものを守る」「代々暮らす家」という文化は、「20年たてば建て替える家へ」と使い捨て文化に変わり、それは日本の生活空間だけでなく様々な変化を生み出した。環境を変えるのではなく環境に適応するために季節ごとに取り替えていた住まいのしつらえや生活用品が使われなくなっただけでなく、打ち水や夕涼みなど、暑ささえ楽しさに変える日本人独特のライフスタイルまで無くすことになってしまった。

 暮らしの変化はついに、私たち日本人でさえ、「今の日本人」が信じられないように「日本人の心」まで変えてしまっている。

 一方、自然の乏しかったヨーロッパの国々、特に産業革命をいち早く起こしていたイギリスは江戸の人々の暮らしに学び、多くの植物を持ち帰っただけでなく、都市と緑のかかわりを学び、イギリスにコテッジガーデンが生まれ、ガーデニングブームが起り、後にはこれがハワードの田園都市につながるのである。

 バブル時、自然と文化を無くしたことにも気づかず、経済力を持った日本人が海外を訪れ、多くの女性があこがれたのがイングリシュガーデンであり、ここからガーデニングブームが起こった。花への人々の意識が高まったのは大阪花の万博であるが、95年くらいから個人レベルのガーデニングブームが火を噴いた。ガーデニングブームの発祥の地が江戸であるということは、お花好きのおば様方の誰も気づいていなかったであろう。

 時代が変わっていっても日本の園芸はなくなっていたわけではない。江戸時代同様庶民は鉢で植物を楽しんでいた。小さな庭や路地の片隅には植木鉢が置かれていた。しかし、どの家も車を持つようになると庭は車庫になっていった。親子別居、ダブルインカムがあたり前になると植木に水をやる人もいなくなる。花のまちづくりはどちらかいえば暇なお年寄りが行政のお手伝いをするという感じであった。

 ガーデニングブームはニュータウンの戸建住宅から火を噴いた。海外の美しいガーデンシティに感化され、また、自分たちのふるさとをニュータウンに創り上げようとご近所一緒に花のまちづくりをスタートさせた。花緑と触れ合うだけでは満足しなくなった市民は江戸時代の人々と同様、花緑と共に生きる暮らしを楽しく、豊かにデザインしたいと感じてきている。

 こんなことから町ぐるみでオープンガーデンをすすめたり、庭先から道路まで手を広げ花のまちづくりを主体的に行うグループも出てきている。お互いの庭づくり自慢がガーデンツーリズムまで引き起こしている。

 公の緑が計画的に配置され、人により創り上げられた空間で生活してきたニュータウン生活者が、家を買った当時の庭をオープンな花の庭に変え、やっと自分の庭先から町へ進出してきたのだ。こうなると道の管理者が国であろうが、県であろうがお構い無しに、自分の前の道は自分が美しくするとどんどん種を撒いていく。この典型が北海道恵庭市恵み野である。田舎の町も負けていられない。ニュータウンはイングリシュガーデンが主流でニュータウンづくり同様イギリスのまねしかできないが、日本の伝統的町並みが残る地方では地域性を生かした和のガーデニングも最近は現れてきた。共生の暮らしが長いだけ、地方は町の歴史が育てたアイデンティティは残っている。

画像0a203 画像0a204
 
 自然に触れ合うと多くのことが見えてくる。私たちがいかに自然の恩恵を受けているか、自然と共生するライフスタイルがどれだけ効率よいものか。ひとつひとつ、おば様方は五感を通し自然のメッセージを読んでいっているのだ。


ガーデンルネサンス

 21世紀、地球環境を無視してはこの地球の存続はありえないことを私達は気づかずにはいられない状況にある。自然環境だけでなく、日本人としての自信まで無くしつつある私達はもう一度、世界の人があこがれであった江戸のように、自然と共に生きる美しいライフスタイルを再構築することが必要になってきている。

 ここで大きな力になってくれるのが花のまちづくりを勧めている市民たちだ。ガーデンが彼らに様々なことを気づかせたように身近な緑、庭園=ガーデンを通し、より多くの人が先人が築いてきた共生の文化を学び、ライフスタイルへの転換、循環型社会の構築を図る試みが必要がある。

 「ガーデンルネッサンス」とは、先人が創り上げた庭園文化や伝統的ライフスタイル等を見直すとともに、21世紀の地球環境を意識し、自然と共生する地球レベル、世界レベルでの新たなまちづくりを個人の「庭」で代表される「花・緑」で提案するものである。「ガーデンルネッサンス」とは身近なガーデンを通し、住民1人1人が地域環境に責任を持ち、自らの力で創り育て上げる参加型社会づくり運動である。

 具体的にデザイナーとして以下の取り組みが考えられる。

1)五感を磨く花緑空間づくり
 宇宙のリズム、地球の自然の巧妙さ(科学性)、美しさを読み取る人間の動物としての野生の五感を磨くスペースとして花・緑空間の創造する。

2)地域性、伝統性を継承するガーデニングの提案
 地域の植物を用いる、地域の伝統工芸品等をガーデニングに取り込むことにより、伝統工芸の新たな展開と継承を図る。

3)住民参加の共生のまちづくりシステム構築の場としての花緑施設の整備
 循環型社会の構築には市民一人一人に自然との共生を意識したライフスタイルが求められる。住民が身近なところから、地球環境レベルまで知識と判断力をもつためには、植物園で代表される花緑施設で花緑空間を体験するだけでなく、たとえばガーデニング指導においても循環型社会への理解を深める情報やまちづくり情報が提供される必要がある。

4)多分野参加型の循環型社会構築のためのシステムと交流拠点づくり
 環境循環型社会を構築するためには建築・環境調節という関連分野だけでなく、あらゆる分野とのコラボレーションが必要になってくる。そのためには環境を社会の中心において、経済や文化の展開を図るシステムづくりが必要である。

  多分野のコラボレーションをはかり、緑空間づくりを試み、それが、新たな花、緑、環境産業の展開を生む事を見せることで、様々な分野と環境が強く関わっていることが解りやすくなる。様々な分野が交流できる場、コラボレーションで実験的に空間づくりが可能な場が循環型システムづくりに必要となる。このような場としては適切な、自然系ミュージアム、特に植物園や公園の新たな利用のあり方が検討される必要がある。


デザインの力

 デザインの力とは何か。ただ単に空間を造るだけでなく、自然に対する人類としての哲学を持ち、自然の持つ美しさを多くの人々が読み取れる形にしてみせる力ではないだろうか。それは空間づくりであり、体験の機会の提供であり、市民がいきいきと生き様を展開させる舞台づくりでもある。

     
     辻本智子(つじもと ともこ)。
     (株)辻本智子環境デザイン研究所代表取締役所長。大阪府立大学大学院農学研究科緑地計画工学博士課程後期中退。 '88年自らがデザインし、花と緑のある暮らしを伝える「花の植物館」の館長に就任。'95年(株)辻本智子環境デザイン研修所を設立後、春日井市都市緑化植物園での住民参加の植物園創りや花のまちづくりに携わり、2000年兵庫県"淡路夢舞台温室「奇跡の星の植物館」をプランニングから植栽デザイン・イベント企画までトータルプロデュースし、現在もプロデューサーとして現場の運営指導を行う。
     先人の共生の暮らしに学び、地域性と伝統性を個人の庭のガーデニングで継承し、地域が輝く美しい日本を復興しょうという「ガーデンルネッサンス」提唱している。淡路では「瓦が庭にやってきた」と言う瓦のカタログ作りや瓦の庭づくりで、伝統産業とコラボレーションしている。
     1991年日本造園修景協会下山奨励賞受賞。
     作品 ユニトピアささやま花植物館(1988年)。
     春日井市都市緑化植物園「住民参加の植物園づくり」。
     大東市水郷の町基本計画。
     兵庫県立淡路夢舞台温室奇跡の星の植物館。
     国際花の交流館主催者展示設計プロデュース(浜名湖花博)等。
 
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見はJUDI

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ
学芸出版社ホームページへ