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使いこなされる風景

E-DESIGN 忽那裕樹

 

ファサードに「力」を与えるもの

 デザインされたファサードとは、どのような「力」を持ちえるのだろうか。「美しさ」「象徴性」「地域性」など様々であろう。しかし、モノの形からだけでは、どうもその「力」を得ることができそうにない。形以上に、時間をかけて場所を使ってきた人々の関わり方、それを支える仕組みの影響が大きいと思われる。ファサードと言えば、意匠性の高い建築などの垂直面のものをイメージする。しかし、道路などの水平面のファサードについて考えてみれば、それが機能及び社会の仕組みが体現されたものであることが理解しやすい。アスファルトの道を思い出して見れば、一目瞭然だろう。一方、色々な人がそれぞれのスタイルで関わっている広場などを見ると、垂直、水平両面のファサードを拠りどころにして、自分の居場所を見つけている人々に出会う。どのようにファサードが配置され、どのような素材なのかを読み取って使いこなしている。支える仕組みも少し違うようだ。この使いこなされている風景をみると、人々の姿が、逆にファサードに「力」を与えていると思える。そう考えると、一度、人々の活動、居方にスポットをあてて、まちを見渡してみることが有効なのかもしれない。


揺れ動くパブリックの風景

 最初に、LANDSCAPE EXPLORERというチームにおける活動を紹介したい。それは、文字通り風景をめぐる探査から、これからの風景を模索しようとしたフィールドワークである。テーマは揺れ動くパブリック。人々の行動やそれを支える場所を観察していると、これまでの概念では捉えきれない「状況」が起きていることに気が付いたのである。この新しい「状況」の収集から見えてきたものと実際に試みているプロジェクトを通して、デザインプロセスの可能性について考えてみたい。


収集された「状況」から見えてくるもの

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新しいパブリック 13のキーワード
 
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ヤクルトランド 桜ターフ
 
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森林浴カフェ ブランド・コーン
 
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屋外の居間 路線庭緑化
 
 集められた「状況」から、これまでのパブリックを語る言葉とは違う13のキーワードが浮かび上がってきた。『ヤクルトランド』と題した写真。銀行前の階段に合わせて脚を切った折りたたみ椅子に腰掛けているヤクルトおばちゃん。公的な場所の勝手な占有だが、いつも誰かが寄り添う姿がある。これにはキーワードとして「貢献するエゴイズム」を当てた。パブリックであるのに「個別化」というキーワードの『桜ターフ』。花見の時期に一人、花の下でくつろいでいるものだ。個別の居方でありながら、微妙に共有している何かが人々をつなぎとめている。公園の風景を満喫できる、木漏れ日が降り注ぐ『森林浴カフェ』。公園に「寄生」して双方の魅力を高めている。高級ファッション・ブランドの店舗が立ち並ぶ歩道で、共同の白い駐輪禁止コーンを立てている風景。当初は一店舗のみであったが、今では並びの店舗が同じものにしている。『ブランド・コーン』と名づけて「民営化」というキーワードにした。『屋外の居間』では、人々がどこからか持ってきた机と椅子を利用して将棋をさしている。大勢の人が来るといなくなり、気がつくとまた楽しそうに時間を過ごす姿が見受けられる。使われ方が「上書き」されている風景だ。

 挙げればきりがないほどの新しいパブリックの「状況」。ここで説明しなかったもの以外にも大量に収集されている。そこに共通するものは、何なのであろうか。


獲得される場所

 フィールドワーク全体を眺めれば、そこには、自分の居場所を見つけて何かを共有しようとする人々の姿がある。そこから生まれるパブリックは、人それぞれの見方による場所の読み取りと、ある意味での責任を持った自らの判断による行動に支えられている。この読み取りと行動によって、自分の場所を獲得しようとすることに可能性を感じる。これは、従来のパブリックを支えてきた大きなシステムに頼らない行動であり、パブリックの場所が“与えられるもの”から“獲得するもの”へと変化していくことが望まれているように思われる。新しい「パブリック・スペース」が楽しみながら“獲得される場所”となる仕組みを模索する必要がありそうだ。話を戻せば、ファサードが仕組みを体現するものだとすれば、仕組み自体の変化は、ファサードの認識に変化をもたらし、使いこなされるためのあり方が発見できうるであろう。


マゾヒスティック・ランドスケープ

 自ら場所を獲得しようとする使い手と、その環境がお互い依存しあい、双方にとってなくてはならない関係を結んでいる状況というものを生み出していきたい。このような風景をマゾヒスティック・ランドスケープと呼んでみたい。一方、サディスティックな状況とは、人々の行動をコントロールするための制約と、それに従った行動だけがある状況である。つまりマゾヒスティックな状況とは、身体感覚をともなって場所に関わろうとする人々によって育まれるものであり、その視点から場所のあり方、及びファサード・デザインを考えていくデザイン・プロセスを模索したい。


5つのデザインアプローチ

 現在、実際に試みているデザイン・プロセスを5つのアプローチでまとめて紹介したい。

場を獲得していくこと─大日六丁目商店街・ふれあい広場─
 市場型の商店街に顔をみせる広場として、自然の変容やイベントごとに表情を変えるデザインを試みた。この広場は、市民の活動の積み重ねから獲得した場所である。商店街を中心としたまちづくり活動の継続から行政のもつ土地を借用することが位置づけられ、市民自らの管理によって運営されている。整備前の広場で、イベントや活動を繰り返し、使い手とこの場所の可能性を共有した後にデザインを展開した。現在年間80回を数える広場での活動があり、教育、福祉、防災など活動の視点も多様になっている。小さな場所ではあるが、地域連携の場として機能している。大きくなった桜の下で、子供たちが自分で企画した陶器市を楽しんでいる。震災のメモリアルイベントも含め、より多くの使いこなし方が提案され続けている広場である。

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活動のきっかけを与えること─堺市・自然ふれあいの森─
 ここでは2001年4月のプロポーザルコンペにおいて、休耕田を含め里山を対象に、市民による野外活動、環境学習などにより、自然に親しみ学ぶ活動拠点となることが求められた。提案したのは、「森の学校」。新しい森との付き合い方を模索していきながら、そこでの人々の関わり方が風景を作っていくという、プログラムと一体となったデザインである。必然性を失った従来の里山を再現するのではなく、新たな必然性を持ちえる活動をサポートする施設を最小限に計画している。施設整備を先行させるのではなく、「初期設定」として活動のきっかけとなる施設だけを配置し、その後の活動に合わせて、後追いの施設整備を小さく、少しずつ展開している。活動内容は、市民からの提案にほとんどを委ねている。失敗や意見が合わないこともしばしばであるが、徐々に、この場所独自の新しいルールや関わり方が生み出されつつある。活動に応じて計画変更を行いながら、今後より多くの側面で関わる人が増え、新たな森とのつきあい方が見つかることを願っている。

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多様な読み取りを可能にすること
 ─大阪市城東および西東京市の集合住宅のランドスケープ─
 これら集合住宅の公開空地では、周辺とのつながりを考慮しつつ、その場所独自の水平方向のファサードの配置と素材を与えている。極力、何をする場所であるのかを示す記号的なデザインを避け、使い手それぞれの読み取りの多様さから、場所のキャラクターが決まることをめざしている。アスファルトに浮かぶ芝生のマウンドでは、花見や自転車で駆け上る子どもなど、様々な使いこなし方が見受けられる。駅前に計画中の広場は、歪めたグリッドのワイヤーフレームを広げた構成に起伏を与え、多種多様な活動を支えるプラットフォームとなることをめざしている。

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大阪市城東の集合住宅のランドスケープ・デザイン
 
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西東京市の集合住宅ランドスケープ・デザイン
 
活動のプログラムを組み込むこと
 ─千里リハビリテーション病院ランドスケープ─
 リハビリテーションセンターのランドスケープ・デザインである。周辺の自然環境と連続する場所とすることを基本として、眺めて美しい環境と関わって楽しい環境を同居させる試みである。ここでは、徹底してプログラムを組み込むことを目指している。入院患者、介護講座受講者、ボランティア、通院患者、及び入院経験者の散歩や専門家の視察、地域住民の関わり、そして従業員にいたるまで、屋外環境への関わりを整理・統合してデザインに反映している。「人それぞれのリハビリがある」というクライアントの言葉を旨に、それぞれの関わり方を可能とするため、リハビリのみを行う施設配置をやめ、構成要素が複合的に活動を支えるものになることを意図している。

 完成後の活動や管理にも携わることになっていて、使いこなすプログラムを生み出し続けながら、環境に関わることを考え続けたいプロジェクトである。

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屋外空間の使いこなし方を伝えること。
 ─雑誌『OSOTO』─
 だれでも「おそと」で楽しいひと時を過ごした経験があるだろう。多分、あげればきりが無いけれど、「おそと」と呼ぶ屋外空間で心地よい時間が流れることがある。この気持ちを少しずつでいいから共有していきたい。屋外空間の楽しみを小さなことから伝えていきたい。そんな思いで「OSOTO」という雑誌を編集している。

 屋外空間を使いこなす達人とも言える人々を応援したり、屋外空間の楽しみ方などを紹介している。デザインの「力」というのは、何も物理的な施設のデザインだけが、発揮するものではない。いままで知らなかった活動に触れることで、周りの風景が違って見えてくるのである。価値を伝えることで、ファサードの意味も変わるのである。

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 ここでピックアップしたデザイン・プロセスの試みが、使いこなされる風景を生み出すこと。また、その中で、ファサードを含めた場所のあり方が議論され、デザインの「力」が発揮されることを願っています。

     
    忽那裕樹(くつな ひろき)
     1966年生まれ。大阪府立大学卒業。(株)E-DESIGN代表取締役。作品「堺・自然ふれあいの森」「神戸・大日六にぎわい広場」「中国四川省・成都置信未来広場」他。共著書『ランドスケープ批評宣言』『マゾヒスティック・ランドスケープ─獲得される場所をめざして─』他。京都造形芸術大学、大阪市立大学、立命館大学・非常勤講師。LANDSCAPE EXPLORER代表。雑誌『OSOTO』編集長。
 
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