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「モノ」に憑かれて街をさ迷う

京都造形芸術大学・INOPLΛS 井口勝文

 

人は「モノ」に憑かれる

 木の精霊のことを「木霊・こだま」と言いますが、やまびこの「こだま」ともどこかで通じているのでしょうか。そんな神秘的な、古代人の想いが伝わってくるような言葉です。

 そんな木の肌に触れると安心します。樹皮に触れても、鉋のあたった白木に触れても、視覚や触覚、しばしば嗅覚でもって木の存在を実感します。その木か若々しいときにはそのみずみずしさを、歳を経ているときにはそのたどったであろう長い歴史を実感します。しっかりと積まれた石の壁や石垣にも同じ想いを実感します。土壁や漆喰壁、鉄やアルミニウムなどの金物、コンクリート、アスファルト、ガラス、プラスチック製品も同じです。「モノ」の存在感、そこで実感するものを私はそう呼びます。


「モノ」の存在感

 街中から「モノ」の存在感が急速に失われています。建築やランドスケープのデザインがさまざまな形や色や細工のアイデア商品になるにつれてその傾向が深まっているように思われなりません。一方でミニマムデザインの流行が素材の味わいを抹消して、ひたすら抽象空間を目指しています。PCの画面に見るグラフィックデザインのように空間がデザインされています。だから街の中で「モノ」を見掛けると、つい引き寄せられてしまいます。気がつくと「モノ」に擦り寄ってうっとりとなっている自分に気がつきます。


「モノ」は気高い

 「モノ」を大切にしなさいと、教えられて育ちました。世界に誇る茶の文化は身辺の「モノ」を見る眼に支えられています。「モノ」が持つ力には計り知れないものがあります。人は「モノ」を使い、つくり、そして「モノ」は人の心をはぐくみます。今デザインの力を考えるとき、もう一度「モノ」の力に注目しよう!と叫ばずにおれません。

 デザインは形も、色も、細工も、「モノ」の存在感には勝てない。「モノ」の気高さには勝てない。そんなデザインの力を待ちます。

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「モノ」にこだわるデザイン。それは使う素材の選択によるよりも、「モノ」へのこだわりの差によることが分かる。
 
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イタリア・サンジミニアーノの大聖堂前広場。トラバーチンの階段、ピエトラフォルテの壁、煉瓦、ガラス、木、錬鉄の金物。それらの息詰まるばかりの存在感が迫ってくる。 愛媛県内町。漆喰壁と瓦、雨戸や格子の木肌、障子の紙。それらの「モノ」の存在感が町の空気に染み込んでいる。町を歩くと細胞が生き返ってくるのが分かる。
 
     
     井口勝文(いのくち よしふみ)。
     1941年福岡県生まれ。九州大学工学部建築学科卒業、同大学院博士課程修了。フィレンツェ大学留学(イタリア政府給費留学)。G・C・デカルロ都市・建築設計事務所、(株)竹中工務店を経て、現在、京都造形芸術大学環境デザイン学科教授、INOPLΛS都市建築デザイン研究所所長。著書に『都市環境デザイン』『フィレンツェの秋』『都市のデザイン』など。
 
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