ストリートファニチュアなど都市景観を構成するエレメントを時間軸によって、俗にいうエージング効果を意識したデザインをするケースは少ない、あるいは「ない」といっても言い過ぎではないでしょう。メンテナンスフリーを前提としてあまり維持管理にコストをかけられない公共空間においては、耐久性 堅牢性、老朽化しない素材が求められるケースがほとんどです。そもそも買い替え需要を意識した一般消費財と違い、時間の経過と共に陳腐化するデザイン手法やトレンドを意識するケースもあまりありません。
しかしそれらも10年もすればくたびれた外観となり、個人が洗車しワックスがけをして大切にしている自家用車のように、ある一定の年月が経つとクラシックカーとして時間の経過による価値を得られたという話も残念ながら聞いたことがありません。
強いて言うならそれらを含む都市景観が歴史を重ねるうちに様々な要素と絡み合って、地域のブランドとして認知されるなどの一助として、エレメントのデザイン意義があるのではないでしょうか?
写真は直接的には都市景観と関係ないものです。都市景観においても時間軸という点で植物が担う部分は大きいだろうという意味で考えると、樹木の生長による景観の変化や、季節の移り変わりを感じて日本人が本来生活の中でも大切にしてきた様々な事柄が都市においても感じることのできるもの。また南北に長い日本の地理的特性において、都市の景観に地域性を表現する役割として、そこにどんな樹木が溶け込み景観を形成しているかが重要であるのはいまさら述べるまでもありません。
植物のように長期を経て価値を増大していけるエレメントのデザインって……。残念ながら古いとか希少性による市場価値など「○○鑑定団」のような骨董の世界にしかなさそうです……。
都市景観における時間の価値とエレメントデザイン
(株)コトブキ タウンスケープ事業推進本部商品企画部室長 佐藤肇
地域が育てていく景観デザインも含めた文化性やブランド、地域の価値それらが相乗的に効果を発揮するには数十年とか、世代で言うと2代3代と最低でも見ていく必要がありそうです。
そこであらためて植物の力を再認識するという意味でカンボジアの仏教寺院タプロム(1186年)と現代の住宅の玄関先を比べてみました。1粒の種から数百年という年月を経て、圧倒的な力強さで人間の作った石積の寺院を覆う樹木。片や、数年とはいえ、かってにからみついて数年後には目ざわりともいえる塩ビの雨樋を覆い隠してしまうであろうジャスミン……。植物の景観における力をあらためて感じさせくれます。
佐藤肇(さとう はじめ)
1958年東京都生まれ。1982年(株)コトブキ入社。以来、ストリートファニチュア・サイン・遊具のデザイン、設計部門において日本各地における様々なオーダーデザインにかかわる。現在、同社開発部門でストリートファニチュア・サイン・高齢者向け健康器具の開発に従事。
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