都市観光の新しい形
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都市観光と都市デザイン

自律的観光デザインにおける風景

大阪芸術大学 松久喜樹

 

 

風景の復権と観光デザイン

 観光の意味が変わってきている。これまでの国内観光といえば温泉地にみられるような観光会社が企画したツアーに団体で観光地を短期間で周遊するといった形態であるとか、大都市の再開発による大資本による集客が中心であった。そういった利用者からみれば、いわば他律的観光の時代から地域の固有の特徴を見直す自律的観光へのシフトが感じられるのである。

 どこへ行っても同じような、その土地の自然風景やヒューマンスケールの街に背を向けるような箱ものが増えたことは否めない。元々観光にはテーマパークと似た擬似的体験といった側面があるが、受け入れ側の行き過ぎた対応はすぐにあきられてしまうのであろう。大都市はもとより、地方においても観光客を動員する、あの手この手の方策が取られてきたが、肝心の観光客はそういったサービスとは違うものを求めだしたということか。

 「観光客の再訪意識調査」からわかることは、観光客というより観光者がふさわしいと思うのだが、人々はその地域の飾らない風景や人々の生活そのものに魅力を感じていることが見て取れる。

 従来の観光開発のやり方はその地域住民とは関係なく一方的に大開発が行われたり、自然や歴史資源を破壊する状況があったといった反省があるのではないか。そのような視点に立つと集客だけが目的ではない観光デザインという価値観で都市環境を総合化できないかといった目標の設定がなりたつのではと考えられる。観光会社や大資本に従属されやすい従来の他律的観光から脱却し、いかに自律的観光デザインの概念を組みこんでいくかが問われていると思う。これはある意味で風景の復権と言えるだろう。なぜなら魅力ある風景は観光するためのもっとも重要な資源であるからだ。

 平成17年6月1日に全面施行された「景観法」や本年9月1日に市街地のほぼ全域で建築物の高さやデザイン規制を強化する京都市の「新景観政策」は経済効率優先の市場原理の中で、無秩序な景観を放任してきたことに対する時代変化が読み取れる。景観法の最大の特徴は、地域や都市の持つ多様な景観資源や地域らしさをそれぞれの都道府県や市区町村が独自に取り組むことができ、特性に応じて総合的なまちづくりと一体化した取組みが可能になったこと。その領域は都市だけでなく農山漁村も含めたランドスケープを包括していること等が上げられる。こういった内容はまさに自律的観光デザインの理念と共有する内容である。自律的観光デザインといっても、その為の理論構築への考察や取り組み手法の蓄積は始まったばかりであると考えられ、これらについても様々な提案が今後期待できると思う。

 

観光デザインの質と原風景の関わり

 日本の地域のごくありふれた風景の中にも長年、その土地ならではの産業や歴史、自然との関わりなどの土着の文化が反映されているはずである。その価値を忘れかけている住民による魅力の再認識から始まり、地域外からの来訪者にとっては見知らぬ場所との出会いとなるに違いない。

 風景について、価値判断が求められる時、人間は意識するしないにかかわらず、それは実体験かもしれないし、様々なメディアからの情報かもしれないが、自身の記憶と照らし合わせるといった操作をしていると考えられる。このように観光デザインの価値には、人の審美眼と素養が大きく影響するが、特に幼い頃に見た記憶の中に原風景を持っていて、その人の美意識に少なからず影響を与えることが知られている。原風景は人の心の中のイメージを伴っているため、時に郷愁のような美しくなつかしい情感を醸し出すこともある。

 大阪の生んだ文豪、司馬遼太郎は半世紀以上も地上を往来していて無数の風景を見るにつれ、無意識でのことだろうが自分が感動する風景に基準のようなものがあることに気づくと述べている。司馬にとってそれは大阪芸術大学周囲の風景に近い奈良県北葛城郡当麻町竹内街道の風景であったと述べていることは興味深い。風景に対する審美眼は、観光デザインを考える際に決定的に重要であるにちがいない。なぜなら美醜の判断基準そのものであると考えられるからである。また、作家奥野健男が1970年代初めに書いた『文学における原風景』で、作家の作品と作風の関係を分析し、子供の頃の原風景が作風に大きい影響を与えていると語っている。

 学生達に対して原風景についての想い出を書いてもらった。不思議に思った事は、既に多くの都市や都市郊外に生まれ育った人たちであっても、人工的な風景ではなく自然的な風景がかれらの原風景として記憶されている事である。それは近所の川や道端であったり、神社の境内や野山であったりする。戦後、高度経済成長の影響から激変してしまった日本の風景をみると、既に過去の原風景は失われていると思っていたので意外であった。おそらく幼少のころの断片的に刷り込まれた記憶と、のちに社会環境から伝授されたイメージが混在しているのだろう。無意識かもしれないが、社会環境から得た原風景としての好ましい類型に関連づけて認識しているからではないかと察せられる。

 

観光による風景の改善

 自律的観光によって、それが風景にどう関わってくるのか。民族学者の柳田国男は「風景の成長」を昭和8年に著わし、「美しき田園風景の発見というものは、例えば鉄道網の形成による近代化の結果として成長した」と述べている。すなわち田園風景が形成されていった契機の一つは、鉄道網の発達という近代化の結果、それまで見過ごされてきた風景が、旅行者の目を通して新しく認識されるとともに、またそうした視線に対して風景が「美しくあろうと成長していった」と述べている。

 つまり人間にとって対象としての風景は絶対的、静的な客観物としてあるわけではなく、人間がたえず風景に向かって実践的に働きかけること、そのことによって風景がかたちをとって現れてくるといった動的な関係なのだと解釈できる。もともと田園や里山という認識は、近代化の過程で形成されてきた新しい視点であり、日本に居住する外国人によって発見され、戦後に都市住民がそれに呼応した結果であったと考えられている。このことは、自律的観光によって風景とそれを体験する観光者の間に相互作用が起こり、地域の風景が改善されるのではないかといった期待がある。

 歩きながら観光することを基本に、風景やその生活文化を楽しむ事によって、風景を良い方向に持って行く事ができるかもしれない。かつて盛んに専門家の間で行われた集落調査のデザインサーベーの様相に近づき、風景改善を後押しすることが期待される。

 

風景の復元への展望

 渡辺京二は著作の『逝きし世の面影』の中で、近代日本の風景を幕末、明治初期の外国人による日本観察記にはどのように捉えられていたかについて論考している。江戸が当時世界で最大の人口を擁する巨大都市であることは、来日した外国人たちにもよく知られていた。しかし彼らが実見した江戸は、彼らの都市についての概念からあまりにかけ離れた都市であった。それはヨーロッパの都市と似ていないのはもとより、彼らの知るアジアの都市にも似ていなかった。つまり江戸は、彼らの基準からすればあまりに自然に浸透されていて、都市であると同時に田園であるような不思議な存在だったのである。それは丘の上から眺めた江戸の風景について「こんな地点にいると、自分がいま二百万の人々のただ中にいるのだという事実を実感する事がむずかしいときがある。まわりの全景はハイド・パークあるいは、ケンジントン・ガーデンの連続といったふうだ」と綴られていて興味深い。川添登によれば、江戸には、大名屋敷に付随する庭園だけでも千を数え、そのうち後楽園や六義園クラスのものが三百あったという。それに旗本屋敷や寺社のそれを加えれば、江戸の庭園の数は数千あったらしい。

 日本の大都市は氾濫源の埋立てによる造成であることが多く、山と氾濫源が元々の国土であることからして、欧米とは風景の基盤が異なると思われる。このような特異な風景を感じることなく人々は暮らしているが、実は外国人からみれば、きわめてユニークな場所と生活があったのである。人口が減少に向かいだした現代、いかに美しく元の状態に後退していくかが重要な仕事になるであろう。

 たとえば日本は国土の三分の二は森林で覆われているが、実はその半分は人工林であって都市近郊はスギ、ヒノキが多い。スギの人工林に入ってみればきわめて貧弱な生態系がそこにある。林床にはミミズすら棲むことができないのである。ミミズがいなければ他の生物もほとんどいないのが当然で、小鳥がわずかにいるだけである。多種類の自生種である広葉樹があってこそ生態系が保たれるのであって、このような人工林は緑ではあっても、実は自然を破壊してきたのである。国土を荒廃させない為に長期的な展望が必要だと思う。

 山辺に対する水辺も同様の困難な問題を抱えている。戦後、異常な人口の集中による都市化、特に都市のコンクリート化の影響を受け、日本の洗練された水文化は喪失してしまったようである。運河、溜め池、用水路などは埋め立てられるか暗渠化された。臨海部の砂浜も埋め立てられ、工業用地と化した。このように水環境を断ち切ったことによる自然破壊は計り知れない。日本の風景の基盤である山辺と水辺は観光以前の瀕死の状態である。自律的観光によって多くの人々の関心が高まる事で、再構築の機運が高まる事を強く望みたい。

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