もっとも日本建築学会の研究協議会で地域空間の固有性がとりあげられたことはあったが、 これは大都市環境というよりも、 地方都市空間が主対象であり、 地方都市再生への活路を見出そうとする主旨から発するものであった。
すなわち、 三全総をはじめとして、 地方都市への分散政策が唱えられながら、 現実には三大都市圏やがては東京一極集中への傾向をたどる状況に対するいらだちとその見直しの期待を背景とするものであった。
その後、 アメニティ環境整備への志向性が浮上する中で、 アメニティ形成条件の一つとして、 アイデンティティが地域おこしと連動しながら部分的に取り上げられることはあった。
しかし、 それはあくまでもアイデンティティを地域づくりの一つの手段とするものであって、 (主目的ではないにしても)何らかの目的性を持ったものとしてとりあげられることはなかった。
ましてや大震災と直面し、 早急な復旧と防災重視の復興が全面に出てきた今日的情勢を前にして、 委員会で前年度に了承されたアイデンティティというテーマとは言え、 本年度のフォーラムでとりあげることに関しては委員の一部からは異論もあった。
しかし、 (そうであるからこそ)、 復興という大変革に際しても、 災害に有効に働いた自然環境とも関わりの深い地域のアイデンティティを少しでも掘り起こしておくことは重要であるという意見が大勢となり、 このテーマで踏み切ることになった。
幸い、 サブテーマでとりあげようとした地域づくりにおける「住民参加」が地域住民という内なる集合体をベースとするものであり、 アイデンティティの拠ってきたる内なる地域空間と根を一にする所が、 さらに地域の「アイデンティティ」をテーマにする決断の潜在的「テコ」になったと思い起こしている。
だと言って、 都市環境デザイン会議が、 現在進行中の復興問題に生々しく、 アイデンティティを持ち込もうという志向は、 フォーラム委員会の空気としては少なかったがため、 会場も当初は神戸からやや離れた所を考えていた。
しかし、 諸事情で本フォーラム会場が、 神戸という震災地の真中になってしまったが、 プレフォーラムとしてのワークショップ会場を京阪神の諸都市に分散するなど、 震災を契機としながらも、 少しでも地域のアイデンティティを日常的もしくは普遍的課題としてとりあげる努力は怠らなかった。
当初、 フォーラム委員会としては、 まちのアイデンティティの領域を、 ヒューマンなスケールを念頭におきつつも、 都市圏全体か、 市(町)レベルか、 さらに小さい学区にするべきかが未設定のままで走り出したが、 ワークショップを通して、 そのベースがヒューマンな生活行動領域にあって、 それが集合し、 合成される中で「まち」のレベルへと展開してゆくものだということを再確認した。
また、 住んでいる人が感じるまちのアイデンティティと旅行者や外の人が見る地域空間のアイデンティティに関しても、 両方の概念を討議しつつも未整理であったが、 この点はE. レルフ氏が講演の中で「内向きのアイデンティティ」と「外向きのアイデンティティ」に分けて「整理」して頂いた。
我々としては、 このことを受けて、 日本の現実の都市環境の中で、 内外のアイデンティティの相違と共通性、 およびその関係を明らかにしてゆく必要があろう。
このような様々な課題をかかえながら、 主題としてとりあげられた「まちとアイデンティティ(地域空間とまちづくりのアイデンティティ)」であるが、 未だ出発点としての感は免れない。
ただ、 地域空間のアイデンティティを考え続けることの必要性を、 本フォーラム全体を通して、 ひしと感じるものであり、 今後、 地域空間のアイデンティティが都市環境デザインを進める上での何らかの手がかりの一つになることを期待するものである。