その理由はおそらく、 都心生活者は、 自分自身の生活が都心にあっても、 配偶者や家族まで都心に引き寄せられないためだろう。 かつては「家業」というものがあり、 家族ぐるみで「家業」を支えていた。 「家業」の前では子供の存在などほとんど問題ではなかった。 「家業」は地域とも強いつながりを持っていた。 ところが今では、 仕事が個人のものになってしまい、 「家業」といわれるものはほとんど見ることができなくなった。 さらに、 個人の中でさえ仕事は、 遊びや地域から切り離される傾向にある。
実はこのような傾向は、 都心のドーナツ化現象がいわれる以前よりあったのだ。 当時、 都心居住者と思われていた人の中には、 都心とその周辺の2カ所に住まいを持つ都市生活者も少なくなかった。
居住地を選ぶということも、 かつては容易なものではなかった。 住み続けることの意味は、 深いものがあった。 しかし、 今は居住地選び、 特に「住民票の場所」選びには、 仕事場との関係より、 子供が優先される傾向がある。 子供のための生活環境を整えることが、 家族生活の中で最優先であり、 容易には動かしがたいものになっている。 都心に残るのは若者と老人だけになるだろうと予測される理由もこのあたりにあるのだろう。 都心と郊外が時間的に近くなり、 都心生活も簡単に手に入れることができる。 その時々の家族のライフステージに合わせて住む場所を変えることができる……、 それだけ、 私たち都市に住むものは、 居住地選択の自由が与えられ、 生活のしがらみが無くなったとも言える。 生活する場所の一つの選択肢として都心居住があるのだ。
しかしさらに今、 人と仕事の関係は新しい局面を迎えつつある。 一つには、 一部の人々の仕事の形態が変わりつつあり、 個人の中で仕事とそれ以外の生活が切り離しづらくなってきていることある。 そうしてもう一つは、 女性の仕事が都心に引き寄せられていることである。 働く女性は一般的に知られている以上に多い。 人知れず働く女性の仕事場は、 家のごく近くに限られていた。 しかし、 このような仕事では飽き足らない女性も多くなってきた。 働くなら都心。 家庭の中では、 個人的であるにせよ、 生活が都心に引き寄せられる兆候が見られる。 このような変化は大きな流れではないが、 確実に都心居住を選択する要因となるだろう。
さて、 では都心居住を迎え入れる都心はどうあればよいのだろう。 はじめに立ちもどれば、 都心をになう大多数は都心生活者である。 この生活者にとって居心地のよい空間を作ること、 このことがひいては都心に居住することに結びつくものと考える。 居心地のよい仕事場、 リラックスできる屋外空間。 空間の質を上げることが大切である。 さらに、 大きな建物は中にいろいろな空間を取り込まないことである。 建物の中に作り上げた質の高い空間を、 外に向けること、 人々の出入り自由な空間にすること。 都心の住宅は、 住機能の内様々な部分を外部化し、 最終的には押し入れとベットが残るともいわれている。 同様のことをオフィスビルも実践してほしい。 オフィス空間も人の生活する場、 オフィス街も生活道路と考えれば、 豊かな生活空間を作りだしてきた住宅地のノウハウも取り入れて、 都心空間は生活の場から、 居住する場となりうるに違いない。