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図1 |
まずその目的自体が、 その主体を行政、 住民、 専門家、 あるいは市民社会全体に考えた場合では違ってきます。 例えば市民社会を主体に考えると、 環境デザインの目的は「公共の福祉」といった抽象的なものになりがちで、 どうも不明快だと思います。
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図2 |
コラボレーションについては、 合意を形成する場面、 問題を定義・分析し解決策を探る場面、 それに加えて重要なのは良いデザインを創造する場面、 そういう諸場面から成り立っていることと考えています。
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図3 |
村岡町の場合はムラ・マチ起こしの拠点としての公園づくり、 東灘区岡本地区の場合はまちづくりのルールを決めてからものづくりをする、 六甲道南地区の場合は震災復興の再開発計画を進めるなど、 が住民参加の対象であって、 その対象のもとに住民参加の目的がそれぞれあるわけです。 実際今日の生の声を聞くと、 それぞれの実践に特徴のある目的があって、 個性あるまちづくりをしていることが分かります。
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図4 |
うかがったところ、 大成功だったという感じを受けました。
また、 もうひとつ興味深かったのは、 参加したアーチストがこの共同作業を通して意識や制作に対する態度が変わったかどうかです。 コラボレーションの結果としてアーチスト自身も変わっていくのが本来の姿だろうと思うのですが、 その辺がどうだったのかに興味を持ちました。
まちづくり協議会にもいろいろな問題点があるというお話でしたが、 あえて評論家風に言うなら、 住民参加のシステムそのものに問題がある、 あるいは、 意思決定システムに問題があり、 そうしたシステム作りの制度に問題があることが考えられます。
現在の協議会はまちづくり条例という制度のもとでの活動にならざるをえないわけですが、 それで果たして十分なんだろうか。 やはり新しい時代に見合った新しいシステムなり制度なりがないと、 こういう住民参加は成功しないと思うのですが、 そのあたりはどうなんだろうと思いました。
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図5 |