環境共生型都市デザインの世界
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40年前の仕事を今でも面倒見ることに

藤田

 草分け的な存在とご紹介を受けましたが、 実をいうと同じ仕事を長く続けるものじゃなと感じることもあります。 みなさんは「まちづくり」と簡単に口にしますが、 トラブルが起きるとすぐに私のようなところに持ち込んできます。

 私が再開発の仕事を最初に手がけたのは1956年か1957年頃です。 それから四十数年後の今になって、 「そごうが抜けた」あるいは「ダイエーが抜けた」「西武が抜けた」から何とかしてほしいという話が持ち込まれてくるんです。 「これを作ったあんたの責任だから、 大店が抜けた後を何とかしてくれ」と言われても、 大部分はみなさんが生まれる前の仕事ですから、 困っているところです。

 ただ、 こうしたテナントビルの運営について一言だけ言うと、 区分所有の建物は非常にやっかいだということです。 そごう問題を例にあげると、 「賃貸料の改定の交渉がつかない」と新聞では報道されていますが、 実はそれは事実ではなく、 ほとんどがそごう自身所有の建物で残りが地元の店舗の建物です。

 そごうとそれら地元の店舗での区分所有だったものですから、 ほとんどを占めていたそごうが抜けてしまうと、 残った店舗は商売にならないんです。 建物全部を売りたくても、 地元店舗部分は彼らの所有ですから、 妙な形でしか売れない。 不景気な時代にこのような建物を積極的に買いたい企業は出てこなくて、 難しいことになっています。 また、 そごうが抜けたため、 全体共用部分の経費が残った人には大変な負担となっています。

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