環境共生型都市デザインの世界
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

空中に住む −今田町の家−

 篠山の近く、 兵庫県多紀郡今田町という町の山のなかに家をつくることになりました。 私は別に環境共生をしたいから、 この住宅をつくったわけではありません。 本当に気持ちのいい家をつくることが、 結果的に環境共生的になったということでご紹介しようと思います。

 今回のセッションのテーマは「環境共生と快適性」ですが、 そういう意味で言うと、 この家はとても快適ですが、 便利ではありません。 私は便利と快適は根本的に違うものだと考えています。 便利を追求していくことによって本来得られる快適性をわれわれは失っているんじゃないか、 快適な環境を得るという行為を捨ててまで、 便利を追求してどうするんだという気持ちが私にあります。

 スライドの前に、 最初の年の冬に施主からもらった手紙を紹介しましょう。 先ほど快適だと言いましたが、 夏は快適ですが、 冬は寒く、 結構厳しい。 施主からの手紙には次のように書いてありました。 初めて霜が降りたときの話です。 「朝、 窓の外は雪かと見まがうほどに厚く霜が降り、 それが、 陽がさし気温があがる頃になると白い湯気となり一種幻想的世界です。 今田町で初めての冬、 味わっています」。

 そのような雰囲気を想像していただきながら、 写真を見ていただきたいと思います。

画像eg001
写真1 今田町の家・遠景
 山のなかに住宅が空中に浮いたような形で建っています。 つまり、 2本の杭で持ち上げられたステージの上に住宅が建っているわけです。 この家を建てた施主は東灘に住んでいましたが、 震災後に「余生を自然のなかで暮らしたい」といろいろ見てまわったなかでこの山を売ってもらえることになりました。

 山の下に道がありますが、 その道からはどこからもこの家は見えません。 手前の田んぼの奥のほうに来たら見えるのですが、 そういう意味で言いますと普段誰の目にもつかない家になっています。

画像eg002
写真2 近景
 近づいても、 木々の間にこのようにしか見えません。

画像eg003
写真3 アプローチ
 設計にあたって、 ここでどのように住めば気持ちがいい暮らしができるかを私は考えました。 そこで、 森のなかで空中に浮いていると、 いろいろなことが一挙に解決されて、 とても気持ちのいい家になると直観的に思ったわけです。

 写真3はアプローチの階段です。 ここでは階段をきれいにつくろうという気持ちはなく、 とりあえず登れるということが快適であろうと考えました。 少々しんどくても、 登っていって上に着いたときのそのプロセスと、 そこで得られる環境のレベル差が快適性につながるのではないかと思ったわけです。

画像eg004
写真4 玄関の代わりとなる濡れ縁
 階段を登っていくと、 写真4のようになっています。 この家には玄関はありません。 北側の濡れ縁みたいなところから、 靴を脱いで入っていきます。 このように開放的な家ですから、 本当に気持ちがいいのです。 ここに来ますと、 こんなに気持ちがいいことがあったんだろうか、 というぐらいです。 真夏でもとても涼しい。 そういう家に結果的になっています。

画像eg005
写真5 テラス越しの眺め

画像eg006
写真6 居間、 向こうが和室(仕事場)

画像eg007
写真7 和室(仕事場)
 普段は完全に開け放たれた空間になっています。 最近の家は高気密・高断熱で冷暖房負荷を軽減し、 それが環境にやさしいんだとか、 省エネルギーだとか言っています。 それに対して、 この住宅では全く逆の発想をしました。

 例えば私たちが外国の住宅などを訪れた時、 扉は本来開いているものだ、 使うときだけ閉めればいいんだと言われます。 トイレにしても、 浴室にしても、 子供部屋にしても普段は開いていればいい、 使うときだけ閉めればいいんだ。 そうすることによって風が通るじゃないかと。

 ところが、 最近の日本の住宅はそうはなっておらず、 はなから閉めるような設計になっていて、 必要なときに開けるという構造になっています。 その結果、 気持ちの良さにつながるようなものを失っているんではないかと常日頃思っています。 マンションなどでも風が通らないから結果的に冷房をつけなきゃいけない、 という悪循環が見られます。 それはある種の便利さのようななものから生じているのかも分かりません。

 この家はずっと長い階段を登って躙りの奥から入るのですが、 毎朝食事をつくって食べるところは、 一番遠いところにあります。 普通住宅の設計を習いますと、 例えば建築資料集成などでは玄関との関係でキッチンをつくりなさいとか、 勝手口がどうだとかいうような話になるわけですが、 この家は一番遠いところにあります。

 なぜ一番遠いところにあるのかと言えば、 そこが東の朝陽のはいるところだからです。 この敷地は東に開けていますが、 朝日が昇ってきて陽が射しこむところで朝食をつくって食べることが、 一番気持ちがいいのです。 ですから、 動線からいえば一番遠いところにキッチンがあります。

 そもそもこのようなところに住むということ自身、 便利さからはかけ離れているかも分かりません。 でも、 その便利さとは全然話の違う気持ちの良さだけでつくって、 本当に気持ちのいい、 快適な住宅ができたということです。

画像eg008
写真8 部屋からの眺め
 部屋のなかから見ると、 このように向こう側の山まで見えます。

画像eg009
写真9 キッチン
 奥の方がキッチンになっています。 キッチンシステムなんかは一切ありません。 ただコンロが置いてあるだけです。 奥に見える窓から朝陽が射しこんでくるというわけです。

画像eg010
写真10 浴室
 これは浴室です。 浴室は少し離し別棟のような形でつくっています。 屋根はガラスで、 ここにも朝陽が射しこみます。 施主は毎朝、 射しこむ朝陽のなかで木の風呂にはいるわけです。 当然のことながら、 葉っぱが屋根のガラスに落ちます。 落ちた葉っぱを通り越して日が射してきます。 そしてお湯の上にその葉っぱの影が落ちて、 幻想的なシーンになるわけです。

 その風景が、 365日微妙に変わります。 365日のなかでも晴れた日もあれば曇った日もあるでしょうし、 冬の晴れた日と夏の晴れた日は全然違うわけです。 そういうことに触れながら生活するということは、 とても快適なことです。

画像eg011
写真11 寝室
 屋根裏部屋が寝室になっています。 確かに冬は寒いんです。 そこで普通ですと断熱材を厚くして温度差を少なくしようとか、 いろいろ考えるのですが、 それには限界があります。 この家ではあまりそのようなことに無駄なお金をかけるのはやめて、 寒いなら寒いままで一度住んでみようということになりました。

 幸い、 寝室は2階にあるので、 下で暖房をすれば空気が暖められますから、 ここまでは外の冷気は来ないという感じになっています。

画像eg012
写真12 裏山から

画像eg013
写真13 裏山から
 写真12、 13は裏山の方から見た形です。 真ん中にある折れ屋根のところにリビングの囲炉裏があり、 その煙出しになっています。 その左にある小さな窓が屋根裏部屋の風抜きです。 もうひとつの妻にもあって、 両方から風が抜けるようになってますが、 そのおかげでとても快適です。 手前の左側にあるガラス屋根の部分に浴室とトイレがあり、 すべて空に開いた形になっています。

画像eg014
写真14 模型
 このように家全体が2本の柱で空中に浮いています。 緑のなかに浮いていれば、 きっと風も冷たいだろうし快適だろうと考えたわけです。 そのためにはその手前にある緑の木を壊すわけにはいきません。 別に環境共生的にということから発想したのではないのですが、 手前の木を切るわけにはいかないんです。 それで、 どうすればこういう家が施工できるかを、 いろいろ考えました。

 施工方法については近代の技術を使っています。 住宅はプレカットした木材を空中に浮いたステージ(住宅の床)上で組み立てています。 柱と柱の間に厚さ7cmの木を落とし込んでいって壁をつくっていますが、 普通にそれをやっただけでは雨が入ってきます。 そこで、 その柱と壁のジョイントのところは二枚溝にして雨が入り込まないようにし、 上下でボルトで縫ったり、 間をだぼでつないだりしています。

 施工には近代の技術を使っていますが、 できた家には、 設備とか装置とかいえるものは一切ありません。 ただ単に開口部の多い屋根のあるシェルターですが、 とても快適です。

 家は地面から浮いてますから、 当然ながら水も鳥も虫もすべて家の下を通ります。 しかし、 環境共生を目指して虫のトンネルをつくろうと思ったわけではありません。 要は普通に素直につくれば、 このような形になるのではないかと思っています。

画像eg015
写真15 敷地周辺模型
 この住宅は、 このような敷地にあります。 設計するために敷地の景色を1年間ずっと現場に立って確認することはできません。 そこで、 このような模型をつくって陽がどういう風に上ってくるか、 冬はどういう風に陰になるかといったことを確認しながらつくっているわけです。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見はJUDI

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ
学芸出版社ホームページへ