7 タイの町屋に関する考察  鳴海邦碩

 東南アジアの都市では、ショップハウスという市街地建築が一般的なものとなっている。これは各地で商業を営んだ華僑たちの手になるものとみなされており、東南アジア都市の商業の展開にあって、華僑たちが果たした役割が大きかったことを示している。
 写真1はシガンポールのチャイナタウンのショップハウス、写真2はバンコクの導入期のもの、写真3はバルコニーの付いた定着期のもの、写真4は装飾的なバルコニーのついた転換期のショップハウスである。ショップハウスの原型は、福建省など中国南部に見られ、隣り合って壁を共有(公壁)する造りとなっている。
写真はいずれも安藤徹哉著『都市に住む知恵』より

写真1 シガンポールのチャイナタウンのショップハウス。

写真2 バンコクの導入期のショップハウス。

写真3 バルコニーの付いた定着期のショップハウス。

写真4 装飾的なバルコニーのついた転換期のショップハウス。
 ショップハウスがタイの商店建築の一型かというとそうでもない。1988年、はじめてバンコクを訪れた時、郊外にあるムアン・ボラン(民族村のようなもの)に行く機会があった。そこに移築された市場町の建物があった。平屋建て(写真6)のものと、1階が店で2階がベランダのある飲食店のような建物(写真5)であり、これがおそらく華僑によらない現地的な町家ではないだろうか。

 今回の訪問でこの市場町の町家に類似した建物を見つけることができた。写真7がチェンマイ南東90kmのところにあるランプーンの町家、写真8はチェンマイの城壁内にある旧市街地の町家である。チェンマイのものは階高が高く、比較的新しいものと思われるが、ランプーンのものは古く、かつて同じ建物が並び町並みを形成していたと思われる。
 写真7、8、9のようなバルコニーのある町家は、市場町の建物を思わせるが、異なったタイプのものもある。それが以下のものだ。写真10は中間的な特徴をもっている。

写真5 ムアン・ボランにある昔の市場町の建物。1階が店で2階がベランダのある飲食店のようだ。

写真6 平屋建ての市場町建築。

写真7 ランプーンの町家 同じ建物が並び町並みを形成していたと思われる。

写真8 チェンマイの城壁内の旧市街地の町家。

写真9 バルコニーの付いたもの。ランプーンで

写真10 総板張り、寄せ棟。ランプーンで
 こうして見てくると、タイには華僑の影響を受けたショップハウスの他に、土着の市場町に生まれた町家があることがわかってくる。ところが同じランプーンでまた発見があった。それは写真17のコーナーに立つランドマーク的な性質をもつ建物である。入り口上部の看板を見ると、漢字で興振馮とあり、手の柱上部には風水板がある(写真18)。おそらくこの建物の持ち主は中国系の人だと思われる。実際、チェンマイにも多くの中国系住民がおり、商業に従事している。
 以上のことから、タイでは地方の小都市まで、華僑の人々がそのネットワークを広げ、商業活動に従事していることが推察できる。そうした人々は、地域に豊富にある木材を使って、新しい形態のショップハウスを生み出したものと考えられる。

写真11 総板張り、入母屋。チェンマイで

写真12 総板張り、寄せ棟。ランプーンで

写真13 総板張り、バルコニーがあり、写真5のものを思わせる。チェンマイで

写真14 民家の棟飾り付いた町家。チェンマイで

写真15 写真7に類似した町家。チェンマイで

写真16 2階の板壁が特徴的な町家。ラーンプーンで

写真17 1階がコンクリート造り、2階が木造の町家。チェンマイで

写真18 写真17の入り口部分。


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