郊外の大きな開発を都心に移したというダルムシュタットのお話について、 もう少し詳しくうかがいたいと思います。
日本では、 郊外に大型ショッピングセンターができるときに商業調整という制度があって、 そこに建てることを認めるか認めないかというプロセスがありました。 だいたいは認めることを前提にして、 規模をどうするかという話に終始しますが、 ドイツの場合はその辺りの法律的な根拠はどうなっているのでしょうか。
春日井:
大型店舗の立地についても都市計画で決められています。 だいたいは「郊外」といった立地条件や規模ではねられますが、 はねられない場合もあります。 このダルムシュタットの場合でも、 当時は「○○m2まで」といった具体的な規模の指定はなかったと思うので、 法律的根拠がなく、 許可せざるを得なかったのかもしれません。 そこで、 「小さくなりますが、 都心のいいところに、 こういった条件で来てください」と、 「お願い」したかたちになりました。
今は、 ダルムシュタットでは「工業用地で10,000m2以上のものはつくれない」という条例ができていますから、 最初から郊外には計画もできません。
もう一つは、 どのような会社が郊外に出ようとして、 その郊外の場所は誰の土地だったのかということです。 土地をもっている人は、 土地を貸して収入を得るために、 是非そこにきて商売をして欲しい。 店舗側と土地のオーナー側の両方があったと思いますが、 郊外の土地にショッピングセンターを建てたかった人達はビジネスチャンスを失ったわけです。 そのような人たちとのやりとりが分かったら、 お話しください。
春日井:
ビジネスのやりとりは市の内部で行われたので、 私は実際には知りませんが、 だいたいお答えできます。
地主の利益とか商売になるとかならないとかは小さなことで、 その人達の商売なんてものはものの数ではないのです。 もし大型店舗ができれば、 大勢の人々が職を失うことになります。
先ほどお見せした大型店舗セントロの場合でも、 セントロができてから周辺の街の商業活動が成り立たなくなっています。 10年くらい前に、 同じような規模の大規模店舗の出店が計画されましたが、 やはりそれが原因で取りやめになりました。 それでもセントロができた背景は、 失業者が多かったので「何百人何千人という人々の職場をつくれる」といって政治家を説得したからです。 けれどもそれはオーバーハウゼンだけで見た話ですから、 広い範囲で見れば周辺のもっと大勢の人々が職を失うわけです。 ですから、 ビジネスチャンスという一人二人の利益は無視してもいいと思います。
また、 セントロに一番近いオーバーハウゼン・ミテという街の商店街を整備するために、 セントロの資本が5%くらいお金を出しています。 そういった形で、 町の破壊を形式的に償おうという形も出ています。
ダルムシュタットの例は、 日本でいうと、 大型店や百貨店を呼んでくるタイプの再開発事業に似ていると思います。
日本では、 13万都市で大型店が一つというのはあり得ません。 13万都市であれば大型店が二つ三つできます。 仮に13万都市で大型店が一つしか需要がないとしても、 20〜30万都市の場合大型店がものすごくたくさん出てきます。 そして、 中心市街地にお客さんが全く寄らなくなります。
そこで、 中心市街地に人を呼ぶために、 再開発事業で商業を中心部にある程度は置いてきたのですが、 それでは追いつかなくなっています。 行政が大型店を中心部に呼んでくるのには限界があるのです。
ダルムシュタット市の場合、 最初の大型店を市がお金を出して都心に呼んできたということですが、 もし次に大型店が出店することになっても、 市有地がそんなに残っていないと思います。
そこでお尋ねしたいのですが、 もう一つの大型店が郊外に出店するということは、 日本の場合当然起こると思いますが、 ドイツでは起こらないんでしょうか。
春日井:
まさにその通りです。 実際ダルムシュタット市周辺には都市がいっぱいあって、 ダルムシュタットの力の届かない地方自治体では、 郊外にどんどん大型店ができているわけです。
ダルムシュタット市内でも大型店出店の話がありましたが、 それは今のところ建築許可を出さずに押さえてきました。 市内を上手くやったので、 その第二第三の例として、 自分たちのお金を使いながら中心市街地を活性化しています。 今のところ、 ダルムシュタットは郊外よりも都心に商業が集まっていて、 割合上手くいっています。
今の建築許可の話でもそうですが、 ドイツの場合は許可制によって私権に制限が課せられています。 日本の場合、 自分の所有地は建築基準法や都市計画法の範囲内であれば、 結構なんでも自由になります。 憲法を始めそうなっていますが、 ドイツは違うんですか?
私はそれがドイツと日本の基本的に違うところだと思います。
厳しい規制をして、 個人の規制をする。 規制をするということは、 それだけ保障もしています。 地域環境でいうと、 自分の土地に規制をかけられるということは、 隣の人も規制をかけられるということです。 自分は大きな家を建てられないけど、 隣の人も建てられない。 少なくとも自分の住んでいるところは、 将来も同じような環境が保たれる保障があるわけです。
有光さんがおっしゃられた「自由」というのは、 自分の自由もあるけど「リスク」もあるわけです。 何でもできるけど、 隣の人が工場を建てても文句が言えない。 自由を選びリスクを取るか、 規制で保障を取るか。 これがドイツと日本の大きな違いだと思います。
もう一つ大きな違いは、 ドイツの場合はまず市の都市計画がありますが、 日本の場合はとにかく個人の権利が先にあるようです。 郊外に安い土地を買って自分の家を建て、 後から「学校を建てろ」「水洗トイレも完備せよ」と役所に言ってきます。 私はそれはおかしいと思います。
整備されてなくその分だけ地価の安いところに土地を買って、 後になって、 インフラ整備を市に押し付けるというのはおかしいと思います。 やはり都市というものは、 インフラができているところにまとめてつくるべきでしょう。
有光:
日本とドイツは同じような資本主義体制の国だと思うんですが、 なんか違うなぁと……。
例えば「お金がないから私は2階建にしたい」といっても7階建にしないと許可が下りない場合に、 後のお金はどうしたらいいんですか。 建てるなと言われても住まないといけない。 2階ではいけないと言われたときに、 お金のない人に対しての対策はあるんですか?
そこは7階が建てられる敷地ですから、 もし2階しか建てる資金がなければその土地を高く売って、 もっといいところで土地を買って2階建を建てる、 もしくは7階建ての2階を使う。 2階建では許可が下りないんだからそこでは家は建てられません。
ドイツでは、 基本的には今ある街の姿をルールにしているんですね。 そうすることによって、 今ある現状から大きく改善されるかどうかは分からないけれど、 少なくとも今より悪くならないことを保障しています。
それに対して日本では、 ずっと「今ある状態」を維持するということをルールにはしてきませんでした。 「今ある状態」から自由に離脱することを許容してきた結果として、 「今ある状態」自体が我々にとって非常に分かりにくいものになってしまいました。 自由であるということは、 他人が自由であることを止められないという不自由をも持つことでもあるんですが、 これがまさに我々が直面している問題だと思います。
ドイツがうらやましいと思うのは、 そのようなルールの基礎になる「今ある状態」がはっきりしていることです。 例えば、 「だいたいここは3、 4階建でそろっている」とか。 しかし、 日本の場合は2階建の隣に10階建が建っていたりするわけです。
「今ある状態」を維持するというルールが適用されないままに街ができてしまった日本の今の状況を見るときに、 それでもなおこれからは「今ある状態」をベースに出発するべきではないかというドイツ的な考え方もあり得ると思うんです。 あるいは、 日本の場合は全然事情が違うから基本的に作り替えるしかないと考えるか。
その辺の日本の都市についての考え、 感想をお願いします。
春日井:
都市計画の自由と規制の話を上手く説明していただいて、 ありがとうございました。
私の考えとしては、 昔は皆がそれぞれ「世間体」があって、 計画とか規制がなくてもお互い上手くやっていたのだろうと思います。 例えば2階建の屋根の上に高見台を大工さんに頼んでもつくって貰えなかったというように、 規制なんかなくても収まってきたのです。
しかし、 この頃そういった「世間体」が通用しなくなってきたんじゃないかと思います。 町内会などのコミュニティが崩壊しつつあることも原因の一つだと思います。 そうなると段々お上の力が強くなる。 結局、 規制の方に段々向かっていくんじゃないかと考えています。
ダルムシュタットの再開発で、 都心に商業施設をもってきましたが、 商店街の経営者はどんな人がなのでしょうか。
日本の商店街は戦後にできたところも多いので、 各店舗の商業者の世代交代が一斉に来ます。 ことろが商業者の息子はサラリーマンをやっているので、 容易に商店街の活性化は進みません。 世代交代は重要な要素だと思います。
ダルムシュタットではどうでしょう。
春日井:
私は今の日本の商店街が中心市街地であるのかどうか自体に疑問を持っています。 「世代交代で息子がお店やらなくて段々歯抜けになって」というのは、 その場所自体が中心市街地として成り立つことができなくなっていることの表れだからです。
いい中心市街地というのは、 土地そのものに価値があります。 だからマクドナルドが来たり、 最高級ブティックが来たりします。 そうなると世代交代とかの話ではなく、 いいところはどんどん栄えるのです。
「ちょっと抜けても誰かがまたすぐ入る」元気な商店街であれば、 世代交代の問題はないと思います。
中心市街地活性化と大型店規制
ドイツの大型店規制の法的根拠
井口:
大店舗出店の利害関係をどう考えるか
井口:
ダルムシュタットに第二の大型店は来ないのか
有光:
「保障ある規制」と「リスクある自由」
有光:
春日井:
春日井:
都市計画の自由と規制から考える
丸茂:
日本の都市の将来像
春日井さんのお話しを聞いていて、 既成市街地コントロールの基本的スタンスについて考えさせられました。
商業者の世代交代は問題ないのか
堀口:
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