イアエステの海外技術学生派遣システムでハーローニュータウンの開発公社に数ヶ月間いることができたので、 そこでニュータウンの勉強をしながら諸外国を見て回りました。 その時私は大学院生で、 大阪大学建築工学科の足立先生、 紙野先生の研究室に所属していましたが、 人生でこのような豊穣な時間を持てるのは今しかないと思い、 海外から大学院に休学届けを出しました。 結局、 大学院に3年間籍を置くことになりました。
当時外国に行く人がまだ少なく、 僕が外国に行ったことを知った関西大学の人から大学祭でのスライド講演を頼まれたほどでした。 片手で数えられるぐらいですが、 ロンシャンの教会の前で偶然出会ったような人々とは、 今でも非常にいい友達です。 当時外国に行くような方なので、 今ではいろんな地域で活躍されています。
学生時代の留学経験
1972年に大学を卒業するころから、 安藤忠雄さんに大変かわいがっていただきました。 当時は僕を含めて二人くらいしか所員がおらず、 事務所に二泊して一日家に帰る、 夜は毎日銭湯に行くという生活をしていました。 その中で、 「三好君、 外国は見ておかなあかんよ」と安藤さんにいわれ、 「そうですね」という感じでイギリスに行きました。
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