京都は再生するか〜百年後の水と緑をデザインする
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フリーディスカッション

 

 

昔の路地の魅力について

司会(中村)

 今のお話の中で、 清水先生は(今回提案された)路地の形態が自分のイメージと違うと言われましたよね。 清水先生が思う路地の魅力とはどんなものでしょうか。

清水

 私の体験に即して言えば、 私の子供の頃は路地は子供達の遊び場だったんです。 同時にそれは知らない人が入り込めない雰囲気だったんです。 今考えてみると、 そこはとても狭い空間だったんですね。 本来の路地はかなりプライベートな空間で、 だからこそ、 そこに入り込むのが面白かったと私は思っています。 独特の雰囲気で、 とても面白いところでした。

 しかし、 この計画では路地裏にカフェが出来たりして、 人が行き交うようになっています。 そうすると、 もう昔の路地とは言えないという気がします。 路地ではなく道になってしまったんですね。 今、 皆さんが言っている路地は私が知っている路地ではないという感じがします。


京都で暮らす人の感想

司会

 ではこれから会場の方からのご意見や質問をいただきたいと思います。 今日は専門家だけでなく、 城巽学区の皆さんや淡路景観園芸学校の学生さんも来られていますので、 皆さんの視点からの感想を聞いてみたいのですが。

 城巽学区から来られた坂本さん、 いかがですか。 (坂本さんはワークショップにも参加していただきました)

緑とどう付き合うか
坂本(城巽五彩の会会長)

 今日はなんだか難しいところに来てしまったという気がします。

 まず久光君の案についてですが、 面白いとは思いましたが、 ものすごく町が変わってしまいますよね。 二条城を生かすという感じじゃないと思いました。

 堀川に清流を流して楽しむ案はいいんですが、 町の中にもっと水が流れるようにしてもいいんじゃないでしょうか。 それと小学生の通学路となっている道はコンクリートなのだろうかと気になりました。 ただ、 全部を土の道にしてしまうのは無理かなという印象も持っています。

 屋上の露天風呂は私も面白いと思いました。 マンションの上に露天風呂を作るときっと目玉商品にはなるでしょうが、 マンションの住人だけでなく外部の人たちも受け付けることになるんでしょうか。 マンションの人だけではきっと維持できないだろうから、 その辺がちょっと疑問に思いました。

 上野先生の案は、 手をかけて緑を育てるということですよね。 なるほどその通りなのですが、 屋上の緑化は露天風呂と同様、 とてもお金がかかるんです。 やはり、 助成などの助けがないと一般の家では屋上緑化は難しいと思いました。

 しかし、 小規模な緑化は面白いです。 「おじさんのネギ畑」のような試みは、 私たちもやってやれないことはないと考えています。 このセミナーが始まる前に近所を歩いていたら、 この建物の北側にあるお家でフェンスにカボチャがなっているのを見ました。 その奧では芽キャベツとナスなどの野菜を育てたり、 バラのアーチを作っていてとても楽しんで緑を育てているようでした。 その辺が久光君の案ととても似ていたんです。 ですから、 私たちもやれば出来るだろうとは思います。

 ともあれ、 みんなの目を緑の方向に向けさせるのは若い人の役目だと思います。

司会

 ありがとうございます。 ワークショップに参加された今井さんも、 ひとことお願いできますか。

今井(ワークショップ参加者)

 では緑について思っていることを少し。 今年の夏、 御池通りの緑が雨不足でずいぶん枯れてしまいました。 みんなも見ることばっかりじゃなくて、 緑の管理について考えることが必要かなと思った次第です。

通りの役割分担について
司会

 JUDIの会員で、 城巽の住人でもある西さん、 発言をお願いします。

西

 3年ぶりにタイから日本に帰ってきたところです。

 今日の提案には、 夢に近いようなレベルの案から実現可能なレベルのものまでいろいろなレベルの提案が含まれていたと思います。

 例えば、 上野先生の提案で水と緑のために町の構造を分節化するという案は、 大変大規模な話で、 個人の権利者に任せていて本当に出来るのだろうかという気もしました。 やはり、 空間が連続していくためには個人任せではなかなか難しく、 何らかのガイドラインが必要だという気がします。 今回の提案は永い目で見たときのまちづくりのあり方全体に対する提案で、 実現化へ向けた方策についてはこれから考える、 ということだと思いますが。 個人的には提案されたような内容が部分的にでも出来ていけばもっと楽しいまちになっていくと思います。

 京都に住んでいる人は皆さん感じていることと思いますが、 個人所有地内の路地には大変美しいところも多く、 よそからのお客さんにはこういう京都を見て欲しいと思いますし、 こういった路地空間の豊かさが京都の空間財産のひとつだと思っています。

 私が昔から京都に住んでいる人に聞いてみたいと思うことは、 昔はもっと通り抜けられる空間が多かったような気がするのですが、 その辺はどうなんでしょうか。

 路面電車の提案については、 御池通りは幅員も広く、 物理的には十分可能でしょう。 それにもまして御池通りは広い割に通過交通が少なく都心の幹線でもあるので、 京都の新しい顔としての実験の場所としてはもってこいだと思います。

 ところで、 通りによってヒエラルキーを付ける考え方の議論がかつてありましたが、 今回のチームの中ではどのように議論されたのでしょうか。 つまり裏でつなげたり、 背割りでつなげたりする考え方もあると思うのですが、 なかなかそうもいかないとしたら、 室町、 新町、 西洞院通のようにずっと抜けている古く、 やや幅も広い通りと、 比較的タ短区間で狭いのものが多い、 後世(秀吉の時代)に作られた中間の通り(小川通、 釜座通、 間之町通等)との間で役割分担を変えるという考え方があってもいいように思いますが。

司会

 西さんのお話のように城巽学区やその回りの町も、 路地が多くて面白い場所です。 長年住んでいる人でも「こんな所があったのか」と、 小さな発見をすることができます。

 さて、 最後に出た「通りのヒエラルキー」についてですが、 通り全部を同じ役割と見て良いのか、 それとも少し扱いを変えて車を通す通り、 通さない通りという風に役割を変えるかということですね。 スタディの当初そうした議論もしていたのですが、 上野先生、 そのあたりはどうでしたっけ?
上野

 補足しておくと、 当初その議論をしていたのですが、 今の城巽学区の市街地構造を見てみると、 すべての通りが「表」として扱われていることがわかりました。 おそらく、 個別建て替えもその構造を前提として進んでいくのではないでしょうか。

 ですから、 今の通りを歩行者専用道とするかどうかは考えないでスタートすることにしました。 ただ実際は、 通りによって交通量も違ってくるでしょうし、 役割も違ってくるでしょう。 交通のコントロール次第で変わってくることも念頭には置いておこうと申し合わせましたが、 ハードウエアとしては全ての通りが「表」として機能することを仮説の条件としました。


個人の生活感に根ざしていないのでは?

司会

 ほかに意見のある方はいらっしゃいますか?
西池(デザイン会社勤務)

 今私はデザイン会社に勤務していますが、 去年までは分譲住宅を作る会社で住宅の開発に携わっていました。 そこでは1街区、 10戸〜12戸を計画していく仕事でしたが、 背割りの部分をどうするかはポイントになりました。 個別建て替えと違い、 ある程度まとまって住宅を作りますので(今までよく提案されてきている)色々なアイデアを実現しやすい機会だ思えますが、 販売が関係するとそううまくいかないのが実情でした。

 全体の事を考えるとその方がいいと理解はしてもらえるのですが、 自分のスペースやお金など犠牲が必要となるととたんに上手くいかなくなります。 これは個別建て替えの時も同じ問題が起きるんじゃないかと思います。 ですから(提案は)理想や最終目標としては素晴らしくて、 私も実現できれば面白いかもしれないという気持ちはありますが、 実現には遠いのかなという印象を受けました。 今回、 ワークショップということでしたので、 具体的に実現するためのブレイクダウンしたアイデアや、 身近なところ(住人側)のナマのアイディアなどを期待していました。

 また、 お二人の論調では環境を整えれば緑が増えるという物理的な面を重視しているように感じたのですが、 私は個人の生活感や生活スタイルとの関係が大事だと思うんです。 久光さんの案でも、 今の生活は(100年後も)変わらず、 周りだけが変わっている案に見えました。 そうではない、 緑が増えると生活がこんなに変わるという緑(環境)と生活の新しい関係が見たかったのですが。

司会

 久光さんが作成した「百年後の生活イメージ」には、 これからも手を加えて完成させていきたいと思いますし、 子供達にも見せられるよう紙芝居やアニメにも発展させれば面白いと思います。 ただ、 おっしゃるとおり、 もっと深みのある生活イメージを作りたいと思います。

 それと、 最初に言われた住宅の周り(外構)や路地的な部分をどう具体化するかについて、 ひとつの参考としてあげたいのは、 パリの「文化空地」という制度です。 パリの歴史的都心で、 道路からの奥行き20m以上のところは50%の空地をとるという制度で、 このこの空地がつながってゆき、 30年かかって遊歩空間が形成されてきたという話です。 (日本建築学会「京都の都市景観の再生」2001年の中の伊從 勉氏の論文参照)敷地が建てづまると生活環境が悪化するという共通の認識があって初めて成立する制度だと思います。

 表の景観ばっかり気にするのではなく、 表からは見えない裏側の空地や路地のつくり方で街区の環境を悪化させないようにしようという認識が私たちにもあれば、 こんな制度も可能だと思います。 環境面だけでなく歴史的・文化的な良さを受け継ぐことになれば良いのですが。


「京都らしい」と言えないのでは?

司会

 では続いて、 淡路景観園芸学校の学生さんにも意見を述べてもらいたいと思います。

オオキ

 兵庫県立淡路景観園芸学校から来ました大木と申します。 学校では都市計画や園芸、 土木的なものすべてをまとめて勉強しています。

 今日の感想ですが、 まず久光さんの発表を聞いて、 とても緑が多い計画だったのでびっくりしました。 毎日植物に接している私たちの目から見ると、 手入れはさぞかし大変だろうなと思いました。 ただ、 そんなにも大量の緑が京都にある必要があるのかという気がしました。 どこの町にあっても良さそうなイメージを受けたのですが。

 上野先生の発表については、 京都の景観と環境と実際にそこに住む人の問題を強引に詰め込んでしまったような印象を受けました。 私は関東出身ですが、 初めて京都に来た人間がプレゼンテーションされた町を見て「京都らしい」と思うかどうか疑問です。 強引にくっつけすぎたような感じです。 全ての面をクリアしてしまおうとすると、 京都らしさが失われてしまうことになるのではと思いました。


議論をブレイクダウンすべきときでは

司会

 では、 ここできちんと整理していただける加茂さんのご意見をいただきましょう。

加茂みどり(大阪ガス)

 今まで2回目、 3回目のワークショップに参加させていただきました。 去年の「緑としての建築」でも発言させていただきました。 確か去年は「都市は多様なものなので、 緑にも多様性があってもよいのではないか」とか「住民参加の必要性」「京都らしさとは何かについての決着がついてない」といったような話をしたと思います。

 実は昨年、 言おうと思ったけれど時間がなくて言えなかったことがあります。 それは、 上野さんが提案された「緑としての建築」は都市の方向性を考えるというコンセプトのもとで提案されているものだと思うのですが、 いざ公の場でそれを議論しようとすると壁面緑化が好きか嫌いかというデザインの好き嫌いの話になってしまったように感じました。 私自身も意見をまとめようとしながら、 そういう部分を持ったように思います。

 やはり緑地は見た目に関係するので、 話をすると、 どうすればいいかと、 単に好きか嫌いかを混同してしまいがちなんですね。 そんな危険性は議論の場ではいつもあるので、 気を付けたいところだと去年から思っています。

 今年のことに話を移すと、 そんなことにならないようみんなで作業を進めたんだなと思いました。 とても分かりやすい絵を見せていただいたと思います。

 逆に言うと、 これからは何を議論すべきかをブレイクダウンしてもいいと思います。 例えば、 何人かの人がおっしゃっていましたが「裏路地をどう思うか」とか「屋上緑化はどうだろう」という所までブレイクダウンするとか、 プライバシーとかコモンの問題など、 もう少しつっこんだ話をする方がより方向性が分かりやすくなると思うのです。

 私の個人的な感想を言うと、 裏路地の発想はとても京都らしいと思う反面、 清水さんの感想と同じく裏路地が表通りと同じイメージだという気がしました。 それと、 今後の議論になっていくと思いますが、 ブロック全体が繰り返されて規則的なイメージがありますので、 どんな変則が許されるのかが議論できればいいと感じました。

 最後に久光さんのシナリオはとても面白かったので、 これからもっとたくさん揃えていかれるといいと思います。

司会

 ほかにどなたかご意見はございますか。


いろんな立場の人が議論できる場が必要

若林(ワークショップ参加)

 第1回と第3回のワークショップでお手伝いをさせていただきました。 ワークショップの企画をしているとき、 僕が気になったのは「地元の人の意見をどんな風に取り入れるか」ということです。 このフリーディスカッションでも、 同じことが意見や質問として出てきていると感じています。 つまり「それはどうやったら出来るの?」という実現化のための手だての方に皆さんの意識は向かっているのです。 そこに、 専門家が考えるイメージとのギャップを感じます。

 今回は実現に向けての第1歩になる話にするかどうかがワークショップでも課題になっていたのですが、 皆さんもそこのギャップに気づかれたのかなということが僕の持ったひとつの感想です。

 それと今までの意見でも出た「京都らしさ」「守るべきものは何か」について、 私個人としての思いもありますが、 みんなが共有できるものにはまだなっていないと感じています。 これについては専門家だけでなくて、 地元の人たちや子供、 高齢者などいろんな立場の人を交えて意見交換する場がまず必要ではないかと思います。

司会

 今後、 このプレゼンテーションを地域の皆さんに見ていただいて、 感想を聞いてみようと思っています。 その反応をもとに手直しをしていきたいと思います。 2週間後に子どもたちを招いて発表会を行ないます。


ヒートアイランド化防止と自動車交通について

榊原(大阪産業大学)

 ちょっと勝手な事を言わせてもらって、 リアクションをいただきたいとおもいます。

ヒートアイランド対策は有効か
 私は京都在住ですし、 今日は京都と百年後の緑がテーマということで参加いたしました。 ただ、 ちょっと私の期待とは違うと思いました。 今、 うちの大学で私は「保存樹」の研究をしようと思っていまして、 今日の話が育てる緑と保存する大木についての話だったら参考になると思ったのですが、 どうもそれとは違う話が多かったようです。 ただ、 パート1の久光さんの話の中で、 御池通りのケヤキを増やすという話があったので、 そういう展望があるのかとは思いました。

 水についての感想も少し言わせてもらいます。 たまたま昨日、 横浜のビジネスパークの調整池の話が出て、 横浜ではヒートアイランド対策のためにとても広い面積を確保しているという話になりました。 大阪でも道路の下に大規模な貯水槽を作っていますよね。 ヒートアイランド対策を考えると、 水の量ではなく平面的な面積が必要になるのです。 都市型水害の点から考えても、 水をどこかに溜めておく必要があります。

 京都ではどれくらいの規模で対応すればいいのかはよく分からないのですが、 ヒートアイランド対策とか都市型水害などの視点から面積を確保しつつ水をどう確保するのかの話も聞きたかったと思います。

モンスーン型アジアの都市モデルに京都はふさわしいか
 個別の感想を言うと、 久光さんのパート1は「空中庭園都市」という言葉が頭に浮かびました。 京都は大阪や東京と違って周囲を山に囲まれているという条件ですから、 大都市と同じヒートアイランド対策をとるのが良いかどうかも疑問です。 上野さんがおっしゃる「モンスーン型アジアにおける都市のあり方」はとても重要だと思いますが、 そのモデルに京都を選ぶのは良いのかどうか。 随分条件が違うと思うのですが、 その辺はどうお考えなのでしょうか。

結局はオープンスペースの取り方に収斂される
 水と緑をテーマにしつつ、 話題では路地や共有性が出てきていますが、 大きく言うとオープンスペースをどう作るかという話になっていると思います。 今日は聞いていて、 水と緑とオープンスペースの話だなと思いました。

 家の裏に中庭や路地を作っていくのは、 良いアイデアだと思います。

 ふと思ったのですが、 京都と同じ格子状の構造を持つフィラデルフィアでベーコンが路地的な遊歩道を造ったことがあります。 現実にそういうものをあるシステムにのせて作り出すことは可能なわけです。 ですから、 現実化のための手だて、 作るシステムをもっときっちり考えていくと、 本当に素晴らしいものができそうだと私も思います。 そんな所まで話が進んでいくと面白いのですが。

 また、 共有部分については表通りの方でけっこうあるのではないかという気がします。

なぜ自動車交通には触れないのか
 気になったのは、 上野さんの絵で街路に角切りがしてないことです。 自動車交通はどうなるんだと思いました。 百年後には自動車交通はないと設定しているのならいいのですが、 私は百年後でも自動車交通はかなりあるだろうと予想しています。 そのあたりをどう作るか、 また自動車交通と共有スペースの関わりはどうなるんだろうと気になりました。

 私は自分の家を作るときでもそれを一番に考えたんです。 私のところのガレージは共有部分から1メートルほどひっこめて庇をつけたんですが、 その部分が幼稚園へ通う子供達のバス待ちのスペースに使われるようになって私はちょっと嬉しい気分がしたんですよ。

 ともあれ、 個人のガレージはどう作るのかの問題も含め、 自動車交通が未来の町にどう組み込まれているのかが気になりました。 もちろん、 私の専門領域がそこだからということもありますが。

司会

 ありがとうございました。 では最後に上野先生に今日の議論をまとめて、 コメントをいただきます。


まとめ

上野

 みなさん、 いろいろなご意見を出していただきありがとうございます。

 ご指摘をいただいた意見の中には、 我々が気にしていたことをしっかり見抜いているなあと思うものもありました。 例えば、 物理的な条件にシフトしすぎているというご意見や、 現実化・具体化する手だてをどうするのかといったご指摘です。 そういうことは我々もいろいろと議論してみた問題で、 今日発表したことが本当に京都の望ましい姿だとは我々自身も考えているわけではありません。

 我々としては、 むしろそうした問題を考えていくきっかけにしてほしいし、 疑問や意見を誘発する形になればいいという気持ちなのです。 ですから今日の発表は、 「答え」ではなく「問題提起だ」と再度申し上げておきます。

 では今日出たご意見を私なりに整理してコメントいたします。

オモテとウラのあり方
 ワーキングショップの途中でも清水先生からご指摘を受けたことですが、 これからの路地のあり方をどう考えていくかはうまく整理できなくて、 今の段階ではわれわれはきちんと解けていません。 路地=町の中のフットパスという風に、 路地を短絡的に捉えがちだというご指摘はとても的を得ていると思います。

 もっと多面的・多様的なオープンスペースとして路地を考えていくべきだというご指摘はもっともですし、 私も必ずしも路地がフットパスにいろんな施設をくっつけたものではないと思います。 そういうこともこれから考えていくべきことでしょう。

京都らしさ
 今日プレゼンテーションしたものが本当に京都らしいのかということになると、 我々もそう考えているわけではないと答えざるを得ません。 しかし、 京都もまた他都市と同様、 今日的な問題を考えなくてはいけないのです。

 榊原先生から「モンスーン型アジアの都市のプロトタイプを考えるとき、 京都がモデルとしてふさわしいのか」とご指摘がありましたが、 歴史的・文化的な文脈のこだわりが一番鮮明に出てくるのが京都という町だからこそ、 京都をモデルにしようと思ったのです。 町のプロトタイプを考えてそれを作っていく過程で、 地域の持っている歴史的な文脈は京都に限らずどの国、 どの町にもあります。 それをいかに取り入れるかを考えたとき、 我々の身近にあり、 かつそれに一番“うるさい”京都で考えていくのはトレーニングとしてもいいではないかと考えて、 京都を取り上げることにしました。

 今後、 どのように「京都らしさ」を作っていくかが課題なのですが、 それには住んでいる人の視点(つまり、 自分たちの生活スタイルとして自然だと思える京都らしさ)、 外部からの視点(こうあってほしいという京都らしさ)など、 様々な視点がいかに収斂していくかが課題になってくると思います。

ヒートアイランド化
 同じく榊原先生のご指摘で、 京都が大都市と同じような対策でいいのかということです。 しかし、 早稲田大学の尾島先生が書かれた「ヒートアイランド」という本(東洋経済新報社 2002・8)によると、 日本の都市の中で人工排熱による温度上昇が一番高いのは京都だと書かれています。 京都の位置する盆地特性によって夏は暑く、 冬が寒いのですが、 そのことが人工排熱を助長する原因になっているのです。 しかも、 夏のクーラー利用はますます増加しています。 ですから、 京都のような地形の町こそ、 ヒートアイランド化の問題を重要視する必要があると思えるのです。

 これまでみんなの常識として「京都は夏暑くて、 冬寒い」と思っていましたが、 だからといって住んでいる人がそれを我慢して住んでいるわけではありません。 みんなせっせと人工排熱して、 この盆地はますます暑くなっているのです。 その問題をみんなの共通認識にしていかないと、 京都はどんどん住みにくい街になってしまいます。 ヒートアイランドに限らず、 地下水もどんどん低下していて、 京都の生活環境は今、 確実に悪化しつつあるのです。 せっかく文化的首都だった町に住んでいるのですから、 今日のプレゼンテーションがそうした問題をみんなの共通認識にするきっかけになればと私は考えています。

自動車交通
 実は、 議論の当初に自動車交通については考えないようにしようと申し合わせてスタートしています。 もちろん、 百年後に自動車が消えることを予想したわけではなく、 久光さんの絵には人力タクシーの絵があったり、 私の絵には小型の電気自動車を描いたりして多少は自動車のようなシステムが残ると予想はしています。

 しかし、 現代のようにドアtoドアで自動車が町中を走り回ることにはならないのではないかとも思います。 むしろ、 百年後もそんなことをしていたら、 色々収拾がつかなくなるのではないでしょうか。 自動車ではなくて、 新しいマス・トランジットをいかに町に入れるか、 もっと使いやすいものにするにはどうすれば良いかといったことを考えることが、 都市交通問題を解決することの基本になるかと思います。

司会

 最後に、 今回の研究プロジェクトには城巽女性会と(株)現代計画研究所から協賛をいただきました。 まことに、 ありがとうございました。 これでセミナーを終わらせていただきます。

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