『美しき村』を計画する
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1 風景をつくる?

 

はじめに

 
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    兵庫県の丹波地域
     篠山市
     柏原町、 氷上町、 青垣町、
     春日町、 山南町、 市島町
      →11月に合併(丹波市)
     人口=約12万人
     面積=約871km2
          (うち山林75%)
 
 平成13年度から15年度までの3年間、 兵庫県丹波県民局まちづくり課長として、 緑条例の見直しに携わりました。 丹波らしさとは何か、 丹波の美しさとは何かを考えてきた訳ですが、 その間、 JUDIホームページの熱心な読者でありましたから、 今日、 このような機会を与えていただき、 これまでの成果を報告できることを光栄に思います。

 地域計画という分野があります。 このごろはすっかり流行らなくなって、 死語になっているのではないでしょうか。 後ほど簡単に触れますが、 地域計画の世界はひどい状況で、 これでは誰も理解できないし、 信用しないでしょう。 流行らないのも分かります。 けれども計画がしっかりしないと良い地域づくりはできないはずです。 何か新しい計画論が必要でしょう。

 これからの新しい地域計画の体系はどうあるべきか。 そのなかで緑条例に何が出来るのか? 緑条例の役割は何か? そういう風に考えて取り組んできました。 今日は実務者の立場からそのことをお話します。 専門家の皆さんから見れば、 恐ろしく雑駁なことを喋ると思いますが、 そこが持ち味なのでご容赦ください。


空間をつくるということ

     
     風景は果たして人間の力を以て、 之を美しくすることが出来るものであろうかどうか。 もしも可能とすればどの程度に、 之を永遠のものとすることが許されるか。
    柳田國男『美しき村』
 
 今日のセミナーのタイトルには、 柳田國男の『美しき村』を引用しています。 この手の話をするときによく引き合いに出されますね。

     
     地域(  )づくり
     まち(  )づくり
 
 まず、 言葉遣いの問題ですが、 「地域づくり」「まちづくり」という言葉の概念が少し広すぎます。 農林業の振興や商店街の活性化、 村おこしのイベントなども地域づくりですし、 福祉や観光もあります。 これから議論しようとすることは、 いったい地域の何を作ろうとしているのか、 まちの何を作ろうとしているのか。 地域(  )づくり、 まち(  )づくり、 この(  )のところに何か言葉が必要です。 それを一言で言わなければならない。

 答えを見つけるのに3日かかりました。 答えは「空間」です。 広辞苑では「事物が存在しない相当に広がりのある部分。 あいている所」となっています。 空っぽの間ということですね。 空っぽを作ることはできませんから少し説明が必要です。

 「バカの壁」ですっかり有名になった養老孟司さんが『からだを読む』という本を書いています。 養老さんは解剖学者なので本職に近い内容の本です。 その本はいきなり「口は解剖できない」という話で始まります。 口や口腔というのは「隙間」のことで実体がない、 だから解剖できない、 という話です。 口を解剖できないのと同じように、 空間を作ることはできない。

 

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 では、 空間づくりとはどういうことか。 ……空間が空間である以上は、 それを取り囲んで構造がなくてはいけません。 そして時間がなくてはいけません。 これは「環境」と呼ばれます。 まわりの境。 広辞苑では「めぐり囲む区域。 四囲の外界。 周囲の事物」となっています。 つまり、 空間を作るとは、 その空間の縁(へり)、 環境に働きかけることです。

 いま私たちがいるこの空間を直接作ることはできませんが、 柱と壁、 天井と床といった環境を作ることで間接的にセミナー室という空間ができている……ということです。 ちなみに口の周りには上唇と下唇という構造があって、 これは解剖できるようです。

 そして、 丸茂先生の言葉をお借りすると、 風景とは、 「環境が立ち現れ」て視覚的に捉えられたものです。 (02年第4回都市環境デザインセミナー)

 以上は私が浅知恵で考えたことなので異論もあるでしょうし、 当たり前の話と思われるかも知れません。 ただ、 この辺りを明確にしておかないと次の議論に進めません。

 
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 さて、 丹波を横から見ると、 この左の図のように、 お盆のような形をしています。 お盆の底辺はせいぜい3km程度の幅しかありません。 お盆を取り囲む山の高さは600m程度です。 丹波の環境はこんな形をしています。 この縁のところをどのように作るか、 山や農地や集落のデザインをどのように表現し、 計画するか。 それが今日のテーマになります。

 ちなみに、 淡路地域はこの右の図のような形をしています。 お盆の底に立って空を見上げる人と、 海の縁に立って水平線を眺める人とは、 考えることが違ってくるはずです。

 
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 篠山盆地です。 盆地の幅はせいぜい3km程度ですが、 この写真は谷筋方向を見ているので、 「引き」のある風景になっています。 丹波では、 大景観といっても、 せいぜいこれぐらいのスケールです。

 
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 よく目にする中景観。 山があって、 山すその少し高い位置に集落、 手前の日当たりのよいところが農地、 そして河川という合理的な構造が見えます。

     
     それよりも私に先ず珍らしかったのは、 何の模倣も申し合せも無い筈の、 数十里を隔てた二つの土地で、 どうして又是ほども構造が似ているのか、 尋ねても答えられそうな人が居ないから聴かずに戻って来たが、 久しく不審のままで忘れずに居たのである。
     しかも風景は我々が心づくと否とに拘らず、 絶えず僅かづつは変って行こうとして居る。 大よそ人間の力に由って成るもので、 是ほど定まった形を留め難いものも他には無いと思うが、 更にはかないことには是を歴史のように、 語り継ぐ道がまだ備わって居ないのである。 .ri
    『美しき村』
 

丹波らしい風景の捉え方

 このような丹波の風景、 丹波の構造と時間を把握するために、 三つのキーワードを用意しました。 農のシステム、 共有空間、 ランドユニットの三つです。

     
     (1)自然的環境→農のシステム
     (2)社会的環境→共有空間
     (3)構造と時間→ランドユニット
 
 
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 丹波の自然は、 人を寄せ付けないような厳しい自然ではなく、 人の手が入った自然。 農業を通じて人が自然に働きかけることで成立している優しい自然です。 ヤマ・ムラ・ノラ・カワという環境は、 ひとつのエコロジカルなシステムになっています。

 

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 そして、 そのような生活空間全体が共有の財産として認識されています。 農道や川、 社寺などは勿論ですが、 たとえ個人の土地であってもみんなの空間であるという共通認識があるように思います。 集落も民俗学的な構造と時間を持っていて、 共有空間そのものであることが分かります。

 

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 丹波は山がちな地域ですから、 地形をもとに、 支流域を単位として、 30ほどのブロックに分割することができます。 これをランドユニットと呼んでいます。 竹田川(図の緑色の部分)は日本海へ流れます。 加古川(橙色)と篠山川(紫色)は合流して瀬戸内海へ流れます。

 この図に中世の荘園領域を図にして重ねると、 よく一致します。 また、 現在の小学校区を重ねてもよく一致します。 要するに、 地形的な制約からコミュニティを構成する基礎的な単位は、 ずっと変わっていない。 そして、 この谷ではお茶、 こちらでは薬草、 こちらでは黒豆といった具合に土地に合った作物を作っている。 このような単位で空間を、 つまり構造と時間を捉えるということも大切だと思います。


空間は計画する必要があるのか

 このように、 空間には意味があります。 その構造を知り、 過去と未来への想像力を持つことで、 『美しき村』は計画できるのではないか……これが、 柳田國男の問いかけ『風景は果たして人間の力を以て、 之を美しくすることが出来るものであろうか』についての私の基本的な考え方です。

 ただ、 柳田は『村を美しくする計画などというものは有り得ないので、 或いは良い村が自然に美しくなって行くのでは無いかとも思われる』と書いています。 農村空間はひとつの構造原理を持ち、 そこにはひとつの時間が流れていました。 確かに、 そのような世界では計画は無用かも知れません。

 しかし、 最近になって、 モータリゼーションの進展、 都市型ライフスタイルの浸透などを背景に、 より広域な別の構造原理が持ち込まれました。 そして、 農村空間は混乱し、 空間が意味を失っていく、 農村空間の現状をこのように捉えることができます。

 それではどうするか。 地域としては、 50年前、 100年前の環境そのものに立ち戻るという道は選択しないと思うのです。 また、 それでは混乱に任せればよいという道も選択しない。 結局、 この2つの構造原理、 2つのシステムを調整しなければなりません。 法規制制度としての計画論の必要性がここにあるのではないかと考えています。

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