最後に |
鳴海:
どうもありがとうございました。それでは私の方から簡単に感想を述べて今日は終わりたいと思います。
随分前のことなのではっきり覚えていないのですが、明日香が古都法に指定された背景には、その当時の様々な文化人の中に明日香ファンとでも呼べるような人達がいて、「明日香の風景は日本のふるさと」という一種のフィクションを創ったことがあるのではないかと思います。それが政治を動かしたというのが一つの要因としてあったようです。
その頃の色んな雑誌の記事を読んでも、だいたいそんな雰囲気で書いてあって、明日香に住んでる人の事なんてあんまり考えていなかったというのが、そもそもの発端としてあったわけです。
その後さまざまな議論が展開するわけですが、例えば明日香ファンと呼ばれる人達がいなくなると明日香は普通の所になってしまうとか、ファンは遺跡だけ目指してやって来ますから風景なんてほとんど見ていないとか、そういうことが議論されて、これから地域をどうしていくべきか、この明日香を古都法の対象としてどう見たらいいのかということをもう一度整理し、見直してみないことには、いつまでも指定されたときのフィクションを守っていかなければならない事になってしまいます。
それから「知のデザイン」についてですが、環境を創っていく知恵のデータのネットワークがあれば、誘導していく手掛かりが出来そうな気がします。また、それをどういった方向で作るかというのも、先ほどのそもそもの捉え方をどうするかといった話にも関係することです。
それともう一つは、そういった空間を創るときに、明日香村に住んでいる人も、訪れてくる人も、両者が明日香を舞台に楽しめる仕組みを作っていくことによっても明日香の一つの将来イメージを創れると思います。
そのとき様々ないま行われている活動をいかにしてバイタライズ(生気づける、元気づける)するかという視点も大事でしょう。
この知のデザインというのは面白いアイデアなので、是非育てていって頂ければと思います。
それから前田さんの質問の、植物生態の推移を景観として評価するという研究がもしこれまでに無かったとすれば、結構面白い発想だと思うのですがいかがでしょうか。
例えば、100年かかって森になるのだけれど、その100年経つ間の土地は景観としてみればあまり評価できないとか、例えば木を植えてしばらくはあまり管理されないかもしれないけれども、ある程度「見れるようにする」技法があるかも知れないとか、いわゆる造園ではなく、植物生態を景観的に見るという発想はなかなか良いのではないでしょうか。
この最後の点についてヒントがあれば、少しだけ教えて欲しいのですが。
宮前:
まずは森づくりのような事であれば、徐々にやっていくことは可能性としてはあると思います。ただ、森林の場合は徐々に遷移していくから多分うまくいくと思うのですが、草地の期間が長いと管理がなかなか大変だと思います。
鳴海:
震災復興活動の中で、どんぐりを沢山育てて植えたりするグループが出来てきたでしょう。そういった活動と連動するといったことはないのですか。
宮前:
そうですね。ここは飛鳥時代に森を切り開いて都が出来たんですね。それからずっと、森を切り開いた後を連綿と管理してきたわけです。そのランドスケープを取るのか、あるいはもう一度森に戻すというならば、どの時点に戻していくのか、あるいはどの部分を森に返すのか、といったことが問題になってくると思います。
そういった事をきっちり考えていかないと、突然まったく関係のない景観が出てくるような危惧があります。
鳴海:
今日は宮前さんに明日香の古都保存法について、実際のお仕事を通じての状況と将来の課題について問題提起を受けました。それで幾つか意見交換したわけでありますけれども、最後のアイデアはなかなか面白いと思います。是非頑張って下さい。
どうもありがとうございました。
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