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質疑応答

 

 

●リノベーションの良さを世間にどうしたら知らせられるか

長町(LEM空間工房)

 私は照明の仕事をやってまして、リノベーションの空間がいかに自分の仕事にいい効果をもたらすかも知ってますから、リノベーションは大好きなんです。実際、私の自宅だけでなく仕事場もリノベーションの空間ですから、もともと私たちの仕事グループはそっちの方面が好きだったと思うんです。

 リノベーションの空間で暮らしながら思うことが二つあります。ひとつは、こういう空間を好きな若い知人がおりまして、その方が自宅を古いマンションを改装してリノベーション住宅にしましたら、その友人・知人も結婚などで新しく家を建てるときはみんなリノベーションハウスになったんですよ。ところが、その知人と繋がりのないもうひとつの友人グループは、新居を持つときはみんな新築を買うという現象を同時期に見ました。

 つまり、一度知ってしまうと、伝染病のようにリノベーションをしたくなるものらしいのです。ですから、こんな風にあっという間に広めるためには口コミで知ってもらうという方法もあるでしょうが、それ以外にリノベーションの良さを広めるために過去のご経験でいい工夫があれば教えてもらいたいと思います。

中谷

 まず、住まいの購入の前に、たいていの人はマンションだったらモデルルーム、一戸建てだったら住宅展示場に行きますよね。そういう行動はたかだかここ20年、30年の習慣に過ぎないのですが、なぜそうなるのかというと、やはり圧倒的な広告量によってそうするもんだと思わされているところがあると思うんです。

 例えば、300戸もあるタワーマンションを売ろうと思ったら、モデルルームはもちろんのこと、雑誌広告からテレビコマーシャルまですごい量の宣伝をしています。また、リクルートなどの住宅情報誌でも新築は何ページものカラー広告、中古は後ろの方の帯広告(広告主は不動産屋ですから、売れてもいない中古住宅にお金をかけられないという事情があるのです)となっていて、よっぽど中古を探す気でないと、一般の人は新築の方に目が行くようになっているのです。中古の広告は、新聞の折り込み広告に入っている手書きのものしか目に入らない。新築と中古の情報の差は歴然とあるのです。その差が、家を購入するときにもまずは新築からという行動になって出てくるのです。その情報量の差をどうすればいいかと僕も思っています。

 それと、分譲マンションは将来売ることもあるんですから、管理組合がホームページで自分とこを宣伝するようになって欲しい。「ウチはこんな自慢のマンションです」「こんなコミュニティです」という情報が、家を探す人がコンピュータで検索したらぱっと出てくるようになっていたら…。そんな情報が重要ではないかと思います。

 それと、やはり強いのは身近な人の口コミでしょうね。先ほどドラマの話を随分しましたが、今はレトロな住まいに住むことを格好いいという風潮が出てきているように思うんです。例えば、80年代終わり頃に放映された木村拓哉と山口智子が出た「ロングバケーション」の舞台は古びたビルを改造した住居でしたが、あのドラマを見たとき、僕は世間の流れがちょっと変わったかなと思ったんです。それ以前の80年代バブルのころは、W浅野のドラマに代表されるように、都心のマンションでイタリアの家具を置いて暮らしているのが格好良いという流れでした。しかし、最近のドラマではけっこう古い家、古いアパートが舞台になっているでしょう?。

 その割に、中古市場はさっぱり活性化していないのですが、これからボディブローのようにじわじわと浸透していけば、それが格好良い住まいだということも定着していくような気がします。「格好良い」という言葉を連発してしまいましたが、世間がそう思うことって結構大事だと思います。

 おそらく、格好良いとは住まいだけのことでなく住人のライフスタイルも合わせてのことでしょうが、そこでの生活、暮らし方がステキだと思った人が今リノベーションを求めて僕の事務所にやってきています。ですから、広め方としては地道な方法ですが、そういう口コミが広まることを願って仕事を手がけています。


●ディベロッパーさんが踏ん切るには

長町

 もうひとつ思うことは、私の仕事が照明ですからマンションに関わることがとても多いのですが、過去のいろんな仕事を振り返ると建て主・売り主側もスケルトンとか自由度の高い新しい試みをしてみたいという意志を感じることが多々あるのですが、やはり土壇場になるといろんな経済的な事情で断念せざるを得ないということが多いのです。

 また、完全にフリーな立場で臨んでみても、売り主側の例の潔癖性的な問題がからんできて、いざやってみても思ったほど面白くなくなって、新たな試みをやめてしまうということがあります。正直言うと、私は以前より仕事に夢をいだけなくなっているんです。

 ですから、そういう集合住宅の新築で、もう少しカスタマイズできるような案件に進められそうな知恵があればお教え願いたいと思います。つまり、ディベロッパーさんも何か面白いことをやってみたいんだけど、その踏ん切りがつかないような時に、後押しできるような知恵がありませんでしょうか。

中谷

 自分の体験から言っても難しいことですよね。私自身、ディベロッパーにいて設計と営業の両方を体験したことがあります。設計の立場で「これは面白い」と思って提案したことでも、営業の立場で考えると「そんなん好むのは一部の人だけや」と思ってしまって、どうしても無難な方向になってしまうのです。そういう所を説得するのは本当に難しいですよね。

 ただ、私にも大胆な提案が通ったときがありました。それはバルコニーのないマンションを新築でやったときです。なぜ通ったのかを考えてみると、たまたま担当者がこういうセミナーを聞きに来てくれて、「なるほど、これからのマンションはそうでないとあかん」と思いこんでくれたという経緯がありました。加えてその人が社内ではけっこう発言力があったという事情もありました。だから、やはり担当者をその気にさせること。それは力になってくれます。

 でも、どうやったらその気にさせるかと言われると、そこが難しいところで…。プレゼンで大胆な取り組みを発言しても、「まあそういう考え方もあるだろうね」で終わりでしょうから、まずは仕事が始まる前に担当者とじっくり話し合う必要があると思います。


●リノベーション住宅に住みたい人びととは?

金澤(大阪産業大)

 中谷さんが出された例では、住人がキックボクサーとかカーデザイナーなど、何かライフスタイルにしっかりとした価値観を持った個で生きている方という印象でした。今までの住宅開発のターゲットは家族でした。家庭という概念で間取りを考えていくのが一般的でした。中谷さんのお話を聞いていてとても興味深かったのは、これからは家族ではなく個人の価値観に重きを置いたところに住宅開発がシフトしていくのかなと理解したのですが、そういう理解でよろしいでしょうか。

中谷

 確かに、今までの住宅開発、特に郊外の団地なんかは夫婦+子ども2人の4人家族を想定していたと思います。でも、ウチの事務所に来られるお客さんは単身者ばかりではなく、そうしたファミリー層もけっこうおられます。年代的には30代が一番多いかな。

 特徴的なのは、ファミリー層でもご夫婦とも働いていて、専業主婦が少ないということがあげられます。つまり、これは都心居住の特徴でもあるのです。ただ、今都心に暮らす平均家族数は大阪市の場合2.1人ですから、すでに都心居住の家族像が今までのファミリー層とずれてきています。今までに体験した家族例では、60代のお母さんと40代の娘さんという例もありました。一口に家族と言ってもいろんなパターンがあります。ゲイの方も多いです。

 また職業も、最初は横文字職業の方がものすごく多かったのですが、今はそんなこともなくなっています。公務員の方もいればサラリーマンの方など、いわゆる普通の職業の方が多くなっています。

 だから、家族パターンや職業などはもう千差万別と言っていいのですが、ただどの方も空間に対するこだわりが強いという点では共通していますね。従来の住宅市場で提供される家では満足できないという方々です。

 私の事務所は、1998年に中古マンションの1室を改装して販売するところからスタートしたんです。なぜそういう仕事にしたかと言うと、それ以前にディベロッパーにいたとき、自分はそれを売る立場にいながら、もし自分だったら買わないだろうという思いがあったんです。で、「こういう家を売りたい」と会社に提案してもそれが通らなかったので、じゃあ自分でやってみるわと事務所を設立したんです。もしも豊富な資金があれば1室ではなく丸ごとマンションを建てるなり住宅開発をしたんでしょうが、もちろんないからマンションの1室からスタートしてみたんです。

 つまり、最初からリノベーションを考えたわけではなく、自分が欲しい家が一般の人にも受け入れられるかどうかを考えていたんです。その時、見に来てくれた人がものすごく多かったんですよ。その当時の業界用語で広告対価による来場者数というのがあるんですが、業界の常識の百倍ぐらいの人びとが見に来てくれて、「やっぱり従来の家では満足できない人はいっぱいおるんや」というのが僕の感想でした。住まいにこだわりのある人は現状の家では満足できず、そういう人たちが来てくれたんだなあと思いました。

 リノベーションを望む人は確かに個性の強い人が多いです。今まで家を購入する層だった4人家族の層ともずれてきています。そうかと言って、従来のファミリー層がいないわけでもない。そういう感じです。


●デザイナーズマンションとどう違うのか

金澤

 その流れでもうひとつ伺いますが、新築のマンション市場でも「デザイナーズマンション」が目玉だったりすることがあります。そうした新築のデザイナーズマンションと中谷さんが進められているリノベーションマンションとの位置関係がどうなっているかもお聞かせください。

中谷

 ウチの事務所の20代のスタッフに言わせると、「デザイナーズマンションは一番格好悪い。だからここの事務所を選んだ」そうです。何が格好悪いのかと聞くと、「作られすぎ」「スタイルがもう出来上がっている」という意見が返ってきて、さらに聞くとどうも「もっと自分が空間づくりに参加できる」ということを望んでいるようなのです。

 確かに、事務所に来られるお客さんも、もっと自分が空間に関わりたいという意志が強いと思います。

 ただ、私自身はデザイナーズマンションを否定しているわけではなく、デザイナーが力を発揮して商品化された住まいのジャンルももっといっぱい出てきたらいいなあと思っています。建築家が個性を出しすぎた極端な例があってもいいと思うんですよ。きっとそれが好きだというお客はいるはずですから。特に賃貸だったら、限られた期間ですから、都会の緊張感を感じるような住まいがあってもいいと思うんです。

 しかし、いざ購入ということになってくると、家の選び方が違ってきます。購入に限らず賃貸に住むウチの若いスタッフもそうですが、「もっとベーシックな部分がしっかりしたものが欲しい」と言います。それは構造とかがしっかりしているというベーシックではなくて、箱として素材がちゃんとしていること。つまり、新建材なんかを使ったりするのではなく、使うこと、住むことで自分らしさが出てなじんでくるような住まいということです。そういう望みを持っている人が増えてきているなと感じています。


●利益はどうやって出しているか

難波(兵庫県)

 利益のことについて質問致します。建て売りの一戸建てを売るのと違って、すでにある住宅をコンバージョンして売るのは利益を出すのが難しいのではないかと思います。誰がどこで儲けるのか…。その辺はどうなっていますか?。

中谷

 確かに、新築と違って改修という仕事では設計料は儲かるという額ではありません。ところが、リノベーションは新築をやるよりも手間も掛かるし、難しいことも多くて、かなり経験がないとできない仕事なんです。ふたを開けて見ないと分からないことも多いし、なかなか儲けにくい仕事だなあと日々思っています。新築の設計料を10%いただくなら、リノベーションの場合は設計料が15〜20%取れるようにしたいし、建築家もそれを言っていかないといけないと思います。

 現実問題として、どう利益を上げているかについてですが、私の事務所の場合は設計料だけでなくて、不動産の手数料、工事の請負による工事利益などがありますから、それで何とかやっていけている状況です。

 工事業者の立場としてリノベーションに参加していくことを考えると、どうしても売り上げの嵩が低いから、もし売り上げだけのことを考えたら、なかなかリノベーションには目が向きにくいだろうなと思います。しかし、売り上げより利益率も重視している工務店さんならば、リノベーションはなかなかいい仕事だとお薦めしたいです。新築と違って工期が短いし、回転が早いですから、コンスタントにリノベーションの仕事が入ればちゃんと利益が出るんです。そういう工務店がどんどん増えてくれたらいいなと思っています。

 では供給者側の立場としてはどうか。普通は土地を買ってマンションや一戸建てを建てて売る形でしょうが、正直言うとやはりそちらの方がリノベーションよりは楽ですし、大きな利益も出るでしょう。ここでも、リノベーションは難しい問題を抱えています。建物を買って改修し、それを売るというやり方は、プロがやると瑕疵担保責任が二年ついて回りますから、商売としてはとてもリスキーなんですね。それで儲けている会社も東京では出てきているのですが、たとえうまくいってもそんなに利益は出せないから、やはりリノベーションの供給を商売にするのは難しいなあと思います。

 ただ、私が申し上げたいのは、こうしたリノベーションをしていると工事請負が本業でサプライヤー(供給者)ではないと思われがちなんですが、私自身は都市型住宅を供給する会社として仕事をやっていると言うことです。契約は設計業務委託であったり工事請負という形をとっていますが、リノベーションを提案して供給するところまでやっているんです。そういう感覚で仕事をしていると、ディベロッパーが売れないリスクを抱えるのとは違って、お客さんの請負でやっていますから、売れないリスクを抱えることはない。これは商売として考えると、なかなかこけにくい。

 要は、土地を仕込まないディベロッパー、ハウスメーカーと言ったところでしょうか。僕はそういう感覚で仕事をしています。土地のリスクを背負わないディベロッパーとして都市型住宅の開発・供給をしているつもりでいます。


●法律的な壁

芝井(浦部設計)

 社会人1年目として建築基準法なども勉強している立場です。コンバージョンをする上で、法律上難しい点などがあればお聞かせください。

中谷

 何に転用するかにもよりますが、特に集合住宅にリノベーションする時は法律上の壁がいろいろありますね。法的な採光を確保しなければならないというのは古い法律だと僕は思うのですが、そんなことをクリアしていくのに難しいことが多いです。だから先ほどの例のように、床をわざわざ減らしたりすることも考えないといけなかったりします。

 あと、難しいのは2方向避難。普通のマンションだったらバルコニーから降りられるようにするのが一般的ですが、バルコニーがないマンションはどうしたらいいか。私が手がけた例は、2方向避難を求められない規模の面積でしたので、なんとかそれをせずにぎりぎりいけたということがあります。

 ただ、僕が思うに2方向避難が有効に機能した例は歴史上何件あったのか。リノベーションに限らず新築のマンションもそうですが、2方向避難という法律がデザイン的な制約をしていると思うのです。どのマンションも2方向避難のためにバルコニーにハッチを付けていますが、コストとの兼ね合いで考えるともっと違う方法があるんじゃないかとおもってしまいます。

 安全のために行われていることが、かえってバランスの悪いことを生み出していると思うことは他にもあります。例えば、治水のために堤防を作って専用の手すりを付けるなど、安全面を考えてどんどん過剰設備になっていく川のあり方など、どこまでやれば気が済むのかと思うことが身近にもたくさんあります。

 しかし、最近では防災のプロでも「想定を上回る地震や洪水が来る場合もあるし、ある程度のことでいいのでは」という考え方をされているようです。建築基準法のもともとの発想もそんなところがあって、建物が壊れさえしなければいいという考えで作られていたはずで、安全性を考え出したらきりがないことだと思うのです。どこかで決断しないといけないのでは?。

 僕が思うには、実は法律だけでなく世の中の過剰な部分(安全性や清潔性への期待)がネックになって建物の転用を拒んでいるような気がします。

 実際、住宅への転用をしようとするとき、ネックになるのは2方向避難と採光の二つであることが多いですね。


●締めくくりコメント

鳴海

 今日はとても面白い話を聞かせて頂いて、ありがとうございました。

 今日のお話の中で出た「モービルハウス」についてですが、私も十数年前の阪神・淡路の震災復興の時に被災跡地の応急仮設住宅にこれを採用してはどうかと提案したことがあるのですが、結局ダメだったんです。「個人の宅地に仮設住宅を造ることは個人の資産を作ることになる」から公的な資金は使えないという理由でした。法律に照らすと、応急仮設住宅は公共的な場所に公共が造らなければならないということでした。

 結局、ご存知の通り一戸500万円もする仮設住宅を3万戸も作ることになりました。すごいエネルギーですよね。その後、その仮設住宅がどうなったのか。かなりの数を外国に運ぼうとしたんですが、まず運ぶのが大変だということで引き取り手がなかなか現れなかったと聞きます。モービルハウスの話を聞きながら、そういうことも思い出しました。

 お話の中でも指摘されていましたが、日本は先進国の中でも古い建物の再利用のための投資額が一番少ない国です。私たちの環境の質を表現するには、この事実が一番分かりやすいと思いました。ただこれからは、もっとそういう部分にお金が増えてくるような気がするんです。新しいのはもういいから、古いもの再利用してやっていこう、そんな気分が世間にも出てきているように思うのです。今日はそういうことに関心のある若い方も大勢来てくださっていますが、古いものを再生する業界がもっと発展していくことも期待して今日のセミナーを締めくくりたいと思います。中谷さん、今日はありがとうございました。

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