大津の町家・まちなか〜市民によるまちづくり活動
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質疑応答

 

 

■県と市の関係

難波

 堀出さんにお尋ねしたいのですが、滋賀県と大津市の関係というのはどんなものなのでしょうか。

堀出

 中活のフレームでも今までだと大津市〜県〜国という補助金の流れがあったのですけれども、今回は市や民間が国の補助金をいただきました。やる気のある人は県を通さず積極的に口出ししていいというメニューでした。

 また、中心市街地のエリア内に、例えば滋賀会館とかぶぞく館とか、琵琶湖文化館とか、くぼこう?の駅前の歌碑とか、結構休館になっているものがあって、中心市街地にとっては頭の痛い問題となっています。

 この間もJC主催のフォーラムがあって嘉田知事に来て頂きました。「よみがえれ浮城」と銘打って、琵琶湖文化館を何とかしようとやったわけです。そこで知事の答えを期待していたのですが、「市が何かやるなら県も協力しますよ」という感じです。県も積極的にやってもらって、自らがこの街を良くしようということが必要だと思うのですが、主体性に欠けるかなと思っています。

 明日の百町市に県の担当部局の監督官の方がこられますが、課長は積極的な方で、担当者レベルでは友好的な関係にあります。ただ中心部の活性化等では、やはり県のいろんな施策の中でと言われましたので、なかなか難しいかなと思っています。この5年間は特に顕著かもしれません。

 琵琶湖の右湖岸については今年パワーアップ事業を始めています。要はやる気のあるNPOに大津市が補助金を出して何かやって下さいとしています。今、イルミネーションという声があがっていまして、当然それは県の許可がいることなので、まずなぎさ部分のイルミネーションは協力して頂こうと思っています。やはり言うだけでは駄目で何かやらないといけませんので。


■提灯屋さんの今後

難波

 それから柴山さんのご主人が提灯屋さんとのことですが、ご自分が提灯屋さんのお嬢さんだったらどうしたと思いますか?
柴山

 真面目に答えますと、私は「兼業商家」という言い方をしているんですけれども、実は主人も父も、サラリーマンをしていて、家の中にはお店があるという状態なんです。祖父母世代まで専業でやっていたのですが、父がサラリーマンをやっていて、祖父母亡き後、店を閉めると寂しいから開けておいてくれと言われて、商売しているのかどうかわからないけれども、店は開けているという状態がずっと続いていました。父がリタイアしてから職人のまねごとみたいな状態をしていて、今日も座っていたのですけれども、要するに提灯屋をやっているんですね。

 私があそこに生まれていたとしたら、私は多分専業でやっていただろう、建築士にはなっていなかっただろうと思っています。

 主人もサラリーマンで、同じ建築業界、この業界も危ないということで、もしかしたらリストラで居場所が無くなるんじゃないかと。それで言っているのは、今ならまだ提灯屋間に合うよと。提灯屋はどんどんなくなっていって、生き残ったものが勝つという商売だと私は思っているんです。今だといろんな事ができるとそそのかしているのですが、それは本人が決める事です。


■本当に人の流れを呼び戻せるのか

寿崎

 龍谷大学の寿崎と申します。大津市に住んでいまして職場も大津市内のキャンパスで、東京生まれの東京育ちでここへ来て丸7年になります。大津市の都市計画系の委員会の委員もさせて頂いています。

 私が初めて大津駅で降りたときの印象は、大津市の駅前は県庁の施設ばかりなんです。大津の中心市街地と言われている商業地を思い浮かべたときに浮かぶのは膳所(ぜぜ)なんです。これは外からきて今大津に住んでいる者の感覚ですが。

 先ほど大津駅から浜大津港への人の流れを創ると言われましたが、本当に出来ると思っているのでしょうか。

堀出

 今ご承知のように、膳所駅から西武百貨店前の通りは非常に通行量が多いんですね。元々の経緯から行きますと、その西武百貨店は当初は中町周辺に進出したかったんですよ。しかし膳所に行って流れが変わったような気がします。

 しかし誰に聞いて頂いても大津の中心部は大津百町だと思います。大津の中心を膳所に移すという事は考えていません。やはり元あった百町を何とか5年間で活性化をやろうということなんです。

 色んな議論があって、結果的にこの40事業になったんですけれども、大津駅から社会教育会館の通行量が本当に増やせるかという点については、寺町商店街も以前は難しい事でしたが、長年かかって今の形にまで出来たんですね。

 社会教育会館ももう潰すか売るかという状態になって地元から保存運動もあって何とか活用する事になりました。今年一年で設計して来年工事に入ります。アーカスも今10年経っていますが、郊外にイオンなどの大型店も出来て、非常に難しいと。琵琶湖汽船も京阪グループが営業していますが、ここにも危機感があります。

 郊外に大型店がどんどん出来てきて都心部から人が皆そこへ行く。この辺には大型店がないため影響を受けています。アーカスもパルコも影響を受けていると言っています。ただ、それがいつまで続くかというと、やはり魅力があればこちらに帰ってくるだろうと考えています。

 例えば映画館は、アーカスにもパルコにも郊外のイオンにもありますが、私はパルコが良いと個人的に思っています。そういう部分で良い部分は残る。これも本当にどうかと言われればわかりませんが、この事業が確実に出来れば変わってくると思います。

 この間の通行量調査は、先ほど言いましたように3月と9月にやりました。10ヶ所で計っています。今は平日・日曜日とも中町の西友前が一番多かったんです。その次に多かったのがアーカスの歩道橋の所、一番少なかったのは旧東海道の所でした。

 大津駅前も今はあまり多くないわけですが、色んな事業が徐々に出来てきて、皆さんも本当にその気になってくれれば、目標は達成できると思う。ただその目標が高いか低いかと言われれば様々な問題があるとは思います。

 前回の反省点から行きますと、無理な計画は立てていないつもりです。やはり官民あげての事業なので。ただ残念な事は、商業者の方が事前に色んな会議を開いて掘り起こしといった事を長い間やりましたが、なかなか自分達の事業がでてこなかったことです。古い建物も色々ありますし。その辺の事情があって仕方なかったと思います。

官民が出来なかったような所をまちづくり会社がやるという事で今進めております。逆に言えば、大津で今まで出来なかったNPO的なまちづくり会社が出来たという事で、僕はそれなりに期待をしています。


■大津市のイメージ

寿崎

 もうひとつ伺いたいのは、一番最後の講演の中にあった「町のイメージ」です。大津市は市のイメージをどういうものだと思っておられるのか、またどういうイメージを売りたいと思っておられるのか、中心市街地活性化というときには何をお考えなのかというのが知りたいなと思います。

 都計審の委員をしながらこういう質問をしているというのが無責任と言われれば無責任、逆を言えばそれが実態という事なんですけれども、その辺をぜひ教えて頂きたいと思います。

 もう一つは一番最初の森川先生の話にあった自治会が強いという事、これは東京から越して来たので物凄く強く感じました。なんだかんだ言いつつも、まだまだ自治会におんぶに抱っこで依存部分がすごく大きく見えます。一方、大津駅の周辺もマンションがボンボン建って、なんとか小学校が閉校にならずにすんでいるという状況がありますよね。しかしマンション住民は必ずしも自治会には入っていないという中で住民間をどうやって繋ごうとされているのか教えて頂けたらと思います。

 これは本音ですが、実は大津のこの辺の町家に住んでみたいと一瞬思ったんです。でも自治会の状況からして、とても怖くて住めない。それがこの辺に住まなかった理由であります。そういう事も踏まえて、この辺の定住人口を増やさなければとか、市の方でも色々お考えだと思いますが、どういうビジョンでお考えなのかを建前論でも結構ですので是非お願いします。

堀出

 難しいですが、僕は琵琶湖を生かしたい、それと町家を生かしたい。それと大津駅前の区画整理と再開発は、今度、都市計画審議会を通ったら、おそらくすぐ始まると思います。随分用地買収も進んでいます。

 あそこも密集市街地なので、地元の90%以上の人が賛成していますから、必ず出来ると思います。ただ予算が順調に行けばの話です。今はかなり厳しいので、5年間では難しいかもしれません。


■湖岸の景観規制(高さ制限)など

今北

 私はこの町並みよりはちょっと東の方なんですが、小さい頃からずっと住んでいます。今現在は琵琶湖放送のある前の住宅に住んでいます。かれこれ60年あまり住んでいるわけですけれども、小さい時は琵琶湖の浜大津から石場辺りはヨシも生えていて良い雰囲気でした。

 経済の発展と共にどんどん町並みが変わっていったのはご承知の事だと思いますけれども、そんな中で旧市街地が段だん死につつあるというか、そういうイメージの中でこの町の活性化のための事業というのがどんどん進んでいるという事だと思います。

 今大津市の行政の方に聞きたいんですけれども、先ほどの大津市のイメージですね。やはり湖を中心とした観光都市づくりを目指しておられるのかなと思っているんです。ところが振り返ってみますと、湖のすぐ岸に背の高いマンションがどんどん建っていますね。これを旧市街地から見ますと琵琶湖が見えないという状況があるんですけれども、そういう事は今後もずっと続けられるのか、あるいは待ったをかけるのか、あるいはある所は絶対に湖岸に建てないという計画があるのか、その辺の所をお聞きしたいのです。

 このまま放っておきますと、湖岸のマンションに大きな壁をつくられて旧市街からは湖が見えないという、観光都市としてはマイナスのイメージに行っているんじゃないかと思うのですが。

堀出

 景観課というのがありまして、今「あり方検討委員会」というのがあって、色んな意見を聞いている段階です。今の所では規制できていませんし、用途の規制内の建物は建てられます。

 ちなみに旧市街地では現在4つのマンションが建設中です。具体的にはパルコの横の湖岸側と、琵琶湖岸の京阪電車側の場所、浜大津の明日都の北側、柴屋町の所です。空き地も何軒かありますが、今は経済状況が悪いということで止まっています。これは私にとっては難しい質問です。

会場

 景観計画が出来ていますよね?あれにはそういう事に関しては何も触れていないのですか?
寿崎

 地域景観計画では何カ所か視点場というのを置いて、そこから琵琶湖を望めるようにということにはなっています。しかし視点場が山の上にあるんですね。そこからだとマンションの屋根越しにもとりあえず湖面が見えてしまう。しかし、百町のあたりに降りてきて見ると、琵琶湖岸に壁があるという形になるんです。大津は傾斜地形なんです。


■まとめ〜土の人風の人ほか

鳴海

 まとめというわけではないのですが、まとめ的な質問をしたいと思います。森川さんが最初にこだわっていた「風の人」と「土の人」というのが、結局、何にこだわっていたか良く伝わってこなかったので、もう一度説明してもらいたいのですが。

森川

 私の中でも整理できていない部分なんですが、要するに、例えば私が百町館で関わっているのは土の人として関わっているという意識があるんです。ですからそこには限界があるのかなというか、専門家として、……限界があるというのではなくて、つまり仕事ではない。

 僕は土の人として仕事に関わるというのはすごく厳しい事だという感覚を持っているんです。つまりビジネスとして土の人として動けるか、そんな感覚なんです。それは動きづらいだろうという思いがあります。もちろん動ける部分もあるんですけれども、それには絶対限界があるんだろうと何となく思っているんです。私の中でも全く整理できていないんですけれども。そんな感じです。

鳴海

 それではコメントではありませんが感想です。

 皆さん『都市の魅力アップ』という本のチラシを入れさせて頂いていますので、ご参考にして頂ければありがたいと思います。この本に書いたこととも関連しますが、中心市街地の成り立ちを考えると、皆仕事とか暮らしの現実の中から形成されてきました。日本中の古い町はだいたいそうだと思います。だんだんそれが活力を失ってきたのは、中心市街地から仕事とか暮らしが無くなってきていることと関連していると思います。

 先ほどの「兼業商家」というのはなかなか面白い言葉だと思うのでが、暮らしも仕事もどんどんこの街から離れていくという現実があるし、街をつくるのもディベロッパーという会社が作るんだという、住宅なんかでもただ買えば良いんだという、そんな流れが強くなってきているときに、それでは中心市街地のように、森川さんの言葉で言えば土の人が創って育ててきた街を、一体誰が面倒見るのかという問題に突き当たってきたわけです。

 ですからこれはどこにでもある問題だし、これからの21世紀にはそういう暮らしの変化、仕事の変化と地域をどうやってマッチングさせていくかという問題になってくると思います。大都市の中でも商売で街を面白くするという事ももちろん必要で、それでビジネスが成り立つんですが、一方で私達が生活とか人生を楽しむということが、まちづくりに直結するような事になっていくんじゃないかと思っています。

 街で暮らしている人が、自分の人生設計が上手く行っているという事と、街が存続していくという事とがイコールじゃないかなと思います。私は、自分の故郷である弘前の中心市街地活性化にも関わっているんですが、仕事いうより、人生を楽しむという感じですね。

 ですから森川さんが先ほど言った「土の人、風の人」についてですが、風の人にならないとお金にならないというのは、それはちょっと変だと思ったわけです。

森川

 変なんですけれども、なかなかそう上手くいっていないのが現状です。仰る通りなんですけれども、現状なかなか難しいと思っているんですけれども。

鳴海

 同じ問題は我々がどこでも抱えている問題で、私も大阪の方でも色んなまちづくり活動をやっていますけれども、ビジネスで儲ける、ビジネスで成り立つだけをまちづくりにしてしまうと大変なんですね。暮らしの中で楽しめる部分をまちづくりにどんどん組み込んでいくような仕組みが、やはり昔はあったわけですよね。

森川

 楽しめると、飯が食えなくなる。

寿崎

 多分それは人生観の問題で、映画を仕事にして生きている人が遊びを仕事にしてしまって失敗だったと、自分は好きだからやったけど、それは遊びにしていた方が、もしかしたら自分の人生の中で楽しめる部分があって良かったと友達が実際に言っていました。それは多分、多分人生観というか生き方の違いだと思います。

鳴海

 僕もそうだと思うます。まあいずれにしても、土の人か風の人か知らないけど、まちづくりというのは自分の楽しみと一体になっていくものだと思います。柴山さんは風の人としてやっているのですか?
柴山

 別の所ではやっていますけれども。別の所だから風の人になれるんです。

鳴海

 そうですか。まあ上手く使い分けてやられていますので、どうやってそういう達人になれるのか、これからも見守って行きたいと思います。是非頑張って下さい。今日はまとまっておりませんが、以上で終わります。

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