地方都市での「議論と合意」の景観まちづくり
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3 紛争から見えてきたもの

 

 

■浮かび上がった生活景をめぐる課題

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 まず考えられるのは、生活景の相続(生活景を守り育成できるか)ということです。戦前に生まれた方たちに代わって戦後生まれの方々が人口の主流となっていますが、そういう状況の中で生活景もそのまま相続できるかどうかが問われていると思います。

 生活景の相続人というのは、生活景の意味を十分理解して相続する意志を持つ地域コミュニティだと私は位置づけています。個人の財産を相続する場合はコミュニティではなく個人となりますが、生活の風景が対象になりますと、多くの人がその中で暮らしているわけですから、地域の人みんながその風景をこれからもあって欲しいかどうかが問われてきます。

 こうした生活景を相続していく上での課題を以下にまとめてみました。

 (1)相続人が町の中に住む不特定多数だから、数がものすごく多い。

 (2)相続する時期が不確定である。いっせいに世代交替するのではなく、少しずつ町の住人が入れ替わっていく。この点が、町の風景の相続が個人財産の相続とは大きく違う点である。

 (3)対象とする生活景の構成要素は、個人資産であることが多い。一部は共有や公有だが、個人資産も集合すると共有資産と考えられる。

 そして伊賀の事例も松阪の事例もそうでしたが、「世代交替」と「不在地主」という要素が生活景を壊す要因となりました。いくらそれまでの住人が地元に愛着を持っていようと、跡継ぎの子どもたちがふるさとを出て東京や大阪に住んでいると、地元で紛争が起きていることも伝わりにくい状況です。この「世代交替」と「不在地主」は生活景が急変する大きな要因だと思います。


■景観紛争を契機として再評価された生活景の景観価値

 ここでのまとめとして、景観紛争をきっかけに再評価された生活景の価値について述べておきます。

(1)変わりゆくまちに対する地域コミュニティの評価基準になること
 多くの人にとっては小さい頃から見ている生活の風景がかけがえのない風景であったことを改めて確認できました。そうした原風景になりうるものがない地域も多いですが、そうしたみんなで認識できる風景が身近にあるのも地方都市のいいところだと思います。生活景と認識されたものが存在することによって、変わりゆくまちの中において景観の変容の是非について自主的に気づくきっかけになります。身近な生活景が将来において変容しそうな時は、何を守り何を変えていくべきかの評価基準として生活景の存在があると思います。

(2)安定して住み続けてきた生活環境の暮らしやすさを可視化していること
 私たち日本人が住んできた低層の町並みは、日照、通風、プライバシー、景観面でトラブルを生じさせない安定した生活環境でした。さらに、伊賀の場合ですと、ハレの日である上野天神祭の時の舞台となるような景観演出という面も備えていました。

 こうした生活景は、安定して住み続けてきた暮らしやすさが目に見えて分かるということです。これもマンション紛争をきっかけに改めて認識できたことです。

(3)地域コミュニティによる住民自治の存在を明示していること
 景観紛争に対して地域住民が行動を起こして成果を勝ち取ったことは、暮らしやすい生活環境が地域コミュニティによる住民自治の存在を明示しているということです。


 以上、生活景が町の中にあるからこそ、住民の方々が自主的に景観に向き合って、自分たちの生活環境を守ってこれたのです。生活景は住民の方々にとって、自分たちの生活環境に関わるための大きなきっかけとなったと言えると思います。

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