4−7 チンクエ・テッレCinque Terreを守る暮らしと景観
          千葉 桂司 CHIBA KEIJI(株)URサポート
 
 1997年に世界遺産に登録されたチンクエ・テッレの正式名は「ポルトヴェーネ、チンクエ・テッレと小島群」という。チンクエ・テッレ(Cinque Terre)とは、イタリア半島の北西部、東リヴィエラ海岸の一部、リグーリア海岸沿いに繋がった「5つの村」をいう。リアス式の入り組んだ海岸と、崖地にへばりついたカラフルな色彩の集落が織り成す景観は、美しさと共に暮らしの厳しさをも感じさせるものであった。夏場の有数なリゾート地・観光地として、訪れた8月末でも、この小さな村々はリゾート客で賑わっていた。
 鉄道を自由に乗り降りできるチンクエ・テッレ・カード(1day ticket) を買い、5つの村々を訪ねる。南からリオマッジョーレ、マナローラ、コルニーリア、ベルナッツァ、そして我々が2泊したモンテロッソ。村の間は徒歩でも船でもアクセスできるが、私たちの訪ねた日は残念ながら波が高くて船が出なかった。いまでこそ海岸沿いに鉄道がとおり、多くの観光客が訪れるようになった村々も、かつては海から船による交通手段しかなく、それゆえに5つの漁村集落は姿を変えずに今日まで存続したのだろう。猫の額のような小さな土地に点在する5つの村々は、そのどこが世界遺産なのかと疑問もわくが、1つの村ではできないことも幾つか集まれば、大きく魅力を増幅できることで納得がいく。
 今、この村々を訪ねる多くの人々は、古くて懐かしい村の姿に新しい価値を見出し、熱い太陽を全身に浴びて美しい海と遊び、豊かな時を過ごす。厳しい自然との戦いの中で守ってきた村人たちの暮らしを忘れたかのように。
 さて、村の構造はどこもよく似ている。急峻な谷間に海から続くメインの坂道をはさんで、折り重なるように繋がる建物群には、たくさんの店やレストランなどがひしめき、村民と観光客が混ざり合い、高密で濃密な時間と空間が展開する。村の中心的な位置には教会と広場があり、村はずれにはワインかレモンの栽培される段々畑が迫る。村の細い路地は楽しいラビリンスだ。小さな港と街と山が一体となった、まるで盆栽のようなコンパクトな空間だ。昨年訪ねた南イタリアのアマルフィー海岸(同じ年に世界遺産)でも、同じく出入りの激しい海岸線の風景は素晴らしく、イタリアの地中海沿岸は北から南まで魅力に富んでいる。
 しかし一方で、この急な坂道や階段は、住民、特にお年寄りの日常生活にとっては大変な苦労だろう。車も使えない。でもそこはきっと、不便を忍ぶ覚悟と諦めのうえで、我が村に誇りを持った人たちだけが暮らしているのではないだろうか、と勝手に推測する。チンクエテッレを歩きながら、私は日本の鞆の浦(広島県福山市)の景観破壊のことを思っていた。不便な街であるからこそ残り、残った街だからこそ人々は守らなくてはならない価値を再発見した。鞆の浦もチンクエテッレも似てはいないか。そこに暮らす人々が街を守り、守られた街を訪れる我々は、そこから多くの歴史や文化を感じ取り、次代に継承していかなくてはならないだろう。
 鞆の浦景観訴訟は、「景観の公益が開発より優先する」という素晴らしい判決(平成21年10月1日)となった事を、最後に申し添えておきたい。
 
リオマッジョーレ

一定区間の鉄道、ミニバス乗り放題の
チンクエテッレ・カード      

マナローラの通り
 

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ